新井智恵が勤務先から帰ってきたちょうどその時に電話が鳴った。

「もしもし――?」
「あ、ご無沙汰しています。新井智恵先生ですか」
受話器から聞こえてくる声は、二年前までは毎日のように悲鳴や絶叫を聞いていた
その声だった。

「はい。糸色先生ですよね?」
彼女と、今電話をかけてきた主である糸色望は二年前まで同じ学校に勤務して
同じ生徒たちをずっと見ていた。
彼女たちがみな卒業してから糸色望は離島の学校に勤めることになり、
二人の道はそこで別れたのだ。

電話を通して安堵の息が漏れてくる。糸色望から何か連絡があるということを
智恵は予期していた。そして何を言ってくるかと楽しみにしていた。
だから、糸色望の次の言葉をうずうずと待っていた。

「あの、智恵先生。今日先生から荷物が届いたんですが」
「ああ、届いたんですね」
「あの、あれは……何なんですかー!?」
今にも泣きそうな叫び声が聞こえてくる。智恵はふ、と笑うと、

「あれから二年目ですよ」
と静かに答える。
「だから何なんです、あれは!」
「結婚二周年は藁婚式というそうですよ」
「え? ……藁婚式?」
「ええ。藁にちなんでお祝いするそうです。
 昨年は紙婚式なので、ほら、ペーパークラフト集を」
「ああ、交が喜んで作っていました。ありがとうございました。
 ……って、藁婚式だからって箱いっぱいの藁人形を送ってくることはないじゃありませんか!
 木津さんからの荷物かと思いましたよ!」
してやったり。という嗜虐的な笑みをちらりと浮かべた後、智恵はごく真面目な声で、

「あら、藁人形はあくまで箱が大きすぎるから隙間を埋めるために詰めておいただけですよ」
「分かってます、それも分かってます。底に麦わら帽子がありました」
「島の子供たちと外出する機会も多いかと思って帽子にしたんですけど」
「ご親切感謝します。……それにしたって藁人形はないでしょう! 釘刺さっているのもいるし!」
「そういえば、私この前小森さんに会ったんですよ」
智恵は望の抗議を無視して話題を変えた。
二年前の卒業生の話に彼の声のトーンも少し変わる。

「元気でしたか?」
「ええ、在宅での仕事も続いているようですね。最近は外に出てもそんなに緊張しないみたいですし」
「そうですか。安心しました」
心底安心しているらしい様子は電話でも伝わってきた。

「木津さんや常月さんや三珠さんも特に警察沙汰は起こしていないみたいですね。
 今のところ」
「最後の一言が不安なんですが……」
「可能性はいつだってありますよ」
「それはそうですが。……智恵先生、たまに生徒たちに会っているんですか?」
「ええ、よく相談に来ますね。高校を出てから、今までとは勝手が違って戸惑うことも多いみたいです」
「私のところには誰も相談に来たことがないんですが……」
すっかりいじけた声がした。

「あら、寂しいんですか?」
「なんかこう、釈然としません」
「みんな学校なり会社なりで忙しいから島までいけないだけですよ。先生のお仕事が大変なことも分かっていますし」
「そうでしょうか」
すんすん、と泣き出しそうな雰囲気だ。
「そのうちあの子たち、先生のところにまたみんなで行くんじゃないですか?」
「いや、それはそれで……」
厄介ですと言いたそうな声に、相変わらず面倒な人ねえと智恵は思う。

「あの、そういえば智恵先生。去年から思っていたんですが」
思い出した、というかのように糸色望は話題を変えた。
「はい」
「結婚一周年とか二周年とかでプレゼント頂きましたけど、私、結婚してない筈なんですが」
「そうですか? 彼女はそのつもりだと思いますよ。私は彼女の気持ちを汲もうかと」
「……こういうの、外堀を埋められているって言いませんか?」
「さあ。それはどうでしょうか」

その後しばらく世間話をしてから新井智恵は電話を切った。
視線を動かし、本棚の方に目をやる。移植をコーディネートしたあの時に
集めた資料が入っている一角に目が留まった。

当時一枚だけ手に入れた彼女の、赤木杏の写真がそこには飾ってある。


「結婚二周年おめでとう。気に入ってもらえたかしら?」
赤木杏は帽子をかぶって、いつものように悪戯っぽく微笑んでいた。

-完-

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