こんな夢を見た。

私は久しぶりに小石川区で行われる二のへ組の同窓会に出席するために電車に乗り込み、
空いた電車のボックス席で雑誌に投稿するための原稿の最後の部分を書いていた。
電車はずっとトンネルの中を走っている。

『会場へと向かった。』
と最後の文を書き、『了』という文字を原稿用紙の終わりにつける。
まだまだ推敲の必要はあるが、一通り形が整ったことに私は肩の荷を下ろした気分になって
安堵の息をついた。

「終わったんですか?」
管楽器のピッコロを思わせるような甲高い声で尋ねられて私が思わず視線を上げると、
目の前にはコートを羽織った風浦さんが座っていた。

風浦可符香。
私が担当した二のへのクラスの大元ともいえる人物。
若くして亡くなった彼女の臓器は、似たような年格好の少女たちに移植された。
移植を受けた少女たちを集めたのが二のへのクラスだった。
しかし、少女たちは奇妙な行動を見せ始めた。
彼女が生前よくつけていたという髪留めをつけては、時と場合に応じて、誰かが風浦さんを演じるようになった。あたかも彼女がそこに出現したかのように。
私たちは彼女の奔放な思考に振り回されながら、彼女を受け入れていた。

「終わっちゃったんですね」
確認するように彼女がもう一度尋ねてきたので、ええ、終わりましたと私は答えた。

「どんな物語でもいつかは終わるんですね。そして終わりの方に書かれたことが真実(ほんとう)になる」
は? と意味が分からなくて私が聞き返すと、

「つまり、どんなお話があったとしても最後の行に『その後色々ありましたが主人公は幸せに暮らしました』
 と一文付け加えればハッピーエンドですよ! 先生の書いた小説でもそうです」
と彼女は満面の笑みを浮かべる。いやその、小説には流れとか伏線とかいろいろあってですねと
私がぶつぶつ言うと、

「世間に認められた名作でもそんな文章が追加されているものがありますよ」
と彼女はすまして答える。そんなのないでしょう、と私が言うと、
「『私たちの知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、
  いいえ、飲んでも、……神様みたいないい子でした』」
と彼女はどこからか取り出した「人間失格」の一文を読み上げた。

「ほら! 人間失格と言っていた葉ちゃんがラストで神様みたいないい子に!
 ハッピーエンドです!」
いや、それはハッピーエンドとかそういうんじゃありません。
ラストでとってつけたように出てきた話でもありません。
という私の言葉を無視して、
「ですから、話の途中で何があったとしてもラストで上書きしてしまえばラストが真実になるんですよ。
 二時間ドラマで序盤にどれだけ疑わしい人がいても最後に犯人と言われた人が犯人です!
 どれだけきちんと書かれた遺言状があってもそれより日付が新しいものが見つかればそちらが優先されます!」
二時間ドラマや遺言状は確かにそうですけどね。と私が言うと、彼女はふと窓の外に流れる
トンネルの壁を眺めてから、

「でも、古い遺言状の方が素敵だったらどうしたらいいんでしょうね」
と言った。
なんですか素敵な遺言状って。と呟いた私の言葉に彼女は答えず、
「先生」
と改まって私を見た。その目はいつになく真剣だった。
「絶命先生や智恵先生の言っていたことは単なる冗談で、風浦可符香はみんなと一緒に元気に卒業したと
 どこかに書いたら、それが真実(ほんとう)になりませんか?」
それは、その。私が口ごもると、彼女は突然話を変えた。
「先生、今安心していらっしゃるでしょう」
何にです。

「『こんな夢を見た』って、冒頭に書いてありますものね。これが夢だと思っていらっしゃるんでしょう。
 でもこれは夢ではないかもしれませんよ? 『夢と思っていたがそうではなかった』とどこかに
 書かれればこれは夢ではなくなってしまいます。夢ではなく、私が本当に、先生のところに来ているのかもしれませんよ?」
どちらでも構いませんよ。と私は答えた。
「本当に?」
ええ。本当に。

電車がトンネルをでる。窓から入り込んできた日の光が彼女の顔を照らしだした。
もうすぐ駅につく。そこで降りる予定だ。私は口を開いた。

「私が知っている真実(ほんとう)のことは一つだけです。風浦さん。あなたが二のへ組の、私の生徒だという
 ことだけですよ」
間もなく電車が停まるというアナウンスが流れてきた。私は席から立ち上がり、網棚の上に置いた
鞄をおろすと原稿用紙と万年筆をその中にしまった。

「今日は木津さん達が準備してくれた同窓会です。だから、あなたも来たんでしょう?
 一緒に行きましょう、風浦さん。あなたもあのクラスの卒業生なんですから」
そう言って彼女に手を差し出すと、彼女は私の手に掴まって立ち上がった。
そして私達は電車から降り、同窓会の会場へと向かった。

-了-
絶望先生置き場へ戻る
indexへ戻る