「はいはい、どうぞー」
「来世笹に短冊のセット、2千円ですよー」
小石川区。絶望先生たちの学校のそばの道路の一角に人だかりができている。
道路にテーブルを並べて数日後に迫った七夕用の笹と短冊を売っているのは
二のへの生徒、根津美子と丸内証拠。背が高く、ボーイッシュな外見で少し目つきの鋭い美子と

おっとりとして見える翔子は一見したところ仲のよさそうな普通の女子高生に見えるが、
彼女たちはそんな普通の枠には収まらない。
基本的にお行儀の悪い商売をして儲けることを喜びとしている彼女たちのこと、
今回売っているものも決してまともなものではない。まともなものではないからこそ
どうしても欲しいという人が集まり、金を産む。

来世笹――今日の二人の商売の種はこれであった。七夕の笹といえば願いを書いた
短冊をつるすものだ。来世笹とは、たとえ現世で絶望的な願いであっても
来世にはかなうことを祈って短冊をつるす笹である。

もともとは二人のクラスメイトの風浦可符香が昨年言い出したことだったのだが、
来世に願いがかなう来世笹だの、その更に来世で願いがかなう来々世笹だの、作ってみたら
一部の大衆の支持を得て大評判になってしまった。
昨年そんな状態だったと聞き伝えた美子と翔子が今年の七夕を前に商品化してみたところ
思った通りの大当たりだったのである。

もちろん、実際に来世に願いがかなうかどうかなんて責任を取るつもりはない。
この商品は適当に笹を仕入れてきて「来世笹」というもっともらしい説明書と
パッケージをつけただけで、つまりはインチキなのだ。ただしそれなりに工夫はしている。

笹は一人暮らしの部屋やベランダにも飾りやすい小型のもの。
短冊も、自分で色紙を切って準備しなくてもいいようにと5枚セットで笹についている。

来世、もしくは来々世にかないますようになんて願い事は人前ではとても
言えないようなこともあるのかもしれない。
自分の部屋で願いをこっそり書いて飾れるという形が需要を喚起したということなのだろうか、
二人が売っていた来世笹と短冊のセットは――よく売れた。

「んー、商売繁盛っと」
最後の1セットを無事に売り終えて、美子が売り上げの千円札の束をぱちんと指ではじく。
「よく売れたね。もう少し準備しておけばよかった」
「まあねー、でも大体こんなもんでしょ。一年に一回しか使わないものの
 在庫抱えても面倒なだけだし」
「なんか変な人いたよね、1人で20セット買って行った。配るのかな」
撤収のためにテーブルを片付けながら翔子が囁くと、
「売るのかもね」
「えっ、再販?」
そんなことさせていいの? と尋ねる翔子に、
「この町で売られたら困るけど――別の町とかで売る分にはどうせわかんないし、
 いいんじゃない? あのセットだけでそんなに高い価格をつけて売れるとも思えないし、
 対して利益でないよ」
冷静に美子は答える。
「あー! 美子ちゃん翔子ちゃん、もう売り切れ?」
片付けを終え、さあ帰ろうとしたところで管楽器のピッコロのような甲高い
声が二人の耳をとらえた。

「――風浦さん」
二人が振り返った先にいたのは、予想通りにクラスメイトの超ポジティブ少女、
風浦可符香。
「来世笹売れちゃったんだあ」
目をきらきらさせながら、大して残念そうでもない口調で彼女はそう言う。
美子は封筒にしまった売り上げの束をもう一度出すと、
その中から紙幣を二枚出して可符香に見せた。

「風浦さん、これ――」
「何? これ」
きょとんとした表情を浮かべる可符香に、
「アイディア料みたいなもの。来世笹ってもともと風浦さんのアイディアなんでしょ?」
「えー?」
可符香は目を丸くした。美子ちゃん、と翔子が呟くが美子は彼女の言葉は無視した。
「取っておいてよ。結構、いい稼ぎになったから」
「そんなの、いいよ」
可符香は満面の笑みを浮かべる。だが美子は、どうしても受け取らせなければいけないと
感じていた。借りをつくるときっと碌なことにならない。

「いいから」
可符香の右手をつかんで美子はその掌の中に無理やり紙幣をねじ込ませようとした。
だが可符香はするりとその手を逃れた。
「美子ちゃんと翔子ちゃんが稼いだ大事なお金なんか受け取れないよ」
言葉は、あたかも善良だ。だが美子はその裏に何か黒いものが潜んで
いるような気がしてならなかった。

人間には欲がある。一つの欲が満たされれば次の欲が生まれる。
満たされない欲は心のスキマになる。心のスキマを埋めるものは――
たとえそれが一瞬のことであっても――金になる。

クラスメイト達や先生、美子と翔子の身近な人たちがたくさんの心のスキマを
抱えていることは見ていればわかる。
どういう心のスキマを持っているか、ということは二人にとっては
人間を判断する上での大切な指標の一つだ。

可符香には心のスキマがない。あるのかもしれないが、二人には感じ取れない。
どれだけ絶望的な状況に陥ろうとも適応していつも妖しく笑っている、そんな風に見える。

だから可符香は、二人にとって要注意人物だ。
「じゃあ、その代わりに」
いいことを思いついた――とでもいうように、可符香がぽんと手をたたいた。
二人はその声になぜかぎくりとした。

「二人は短冊に何を書くのか教えて」
「えっ」「えっ?」
二人は思わず聞き直していた。
「だって、二人も来世笹に何か書くんでしょう?」
美子と翔子は顔を見合わせていた。売ってはいたものの、
自分たちが短冊に何かを書くとは考えたことがなかった。

二人はリアリストだ。何か願いがあるのなら、それを実現するための
具体的な方法を考えその実行に邁進する。
星に願いをかけるだなんてセンチメンタルなことに興味はない。
ましてや、来世への願いなど。

「……書かないよ。来世への願いなんてないし」
「えー?」
可符香は美子の言葉に意外そうに目を丸くすると、
「翔子ちゃんは?」
と翔子の方に目を向けた。
「私もないわ。現世利益のことしか考えてないもの」
「えええ? それでいいの?」
「いいよ、それで」
美子が投げやりに答えると、
「だって地球は神様の気まぐれでリセットボタンを押されちゃうかもしれないんだよ?」
「は?」
二人は同時に間の抜けた声をあげていた。
「地球はね、神様がリセットボタンを押したり電源コードに足を引っかけたりしたら
 すぐに終わってしまうの。生き物たちもある日突然ぷつんと消えてしまうの。
 そこでポロロッカ星人が押し寄せて生き物たちはみんな食べられてしまうんだけど――、
 でも大丈夫! すぐに再起動がかかって来世が始まるから!」
また始まった。この少女は時々、妄想としか思えない話をすることがある。

「あ、じゃあ、そういうことで――」
一応質問には答えたのだし、借りは返したということにして二人がそそくさと
立ち去ろうとすると、
「待って!」
と可符香はすばやく二人の前に回り込んだ。
「じゃあ、これは教えて。二人とも、何でそんなにお金稼いでるの? 
 何かが欲しいからそうしてるんだよね?」
二人は顔を見合わせた。そして、二人の意見を代表するように美子が答える。

「お金があれば何でも手に入るから。だから、稼いでる。何が欲しいかなんて
 決まってないよ」
「へえ、そうなんだあ」
感心したような可符香の脇を、今度こそ二人はすり抜けた。
可符香は身体の向きを変えて並んで立ち去る二人の後ろ姿を見送ると、
「嘘ばっかり」
とその可愛らしい声で呟いた。

 * * *

「ふう」
根津美子と丸内翔子は、学校の近くのマンションで二人で暮らしている。
家賃は二人の稼ぎで十分まかなえていた。
帰ってきた美子はソファにどさりと座るとその足を投げ出した。
「美子ちゃん、くつろぐ前に今日の売り上げの整理」
翔子に窘められて美子はあわてて立ち上がると、ダイニングテーブルに向かい
売り上げの確認をして記録をつける。金額に間違いはなかった。

「そういえば、なんで可符香ちゃんにお金渡そうなんて」
翔子は咎めるように美子に尋ねる。
「後でアイディアは自分のものだとか言われたら厄介だと思って。
 あの子面倒くさそうだし――、早めに手を打っておいた方がいいと思って」
「そういうもの?」
「そうだよ。結構そういうところから厄介な話になることもあるんだよ」
「ふうん」
根津美子と丸内翔子は高校に入ってから知り合った。
美子が胡散臭い金儲けをしているのを知って面白そうだと近づいてきたのが翔子だ。
美子と比べて、翔子は一見したところ人畜無害の女子高生に見えるので
二人で組むと商売はしやすくなった。
だが、こういう経緯である以上、翔子は美子と比べてどうしても経験は浅い。

「それでさ、」
売り上げの管理を終え、美子は再びソファに戻って足を投げ出した。
「翔子はなんでこんなことやってんの?」
「え?」
「何で私に付き合ってこんなことしてるのかなって……」
「……ゲーム、かな?」
翔子は冷蔵庫から冷えたお茶を取り出すと、自分の分をコップに注いで
一口飲み、薄く笑ってそう答えた。
「ゲーム?」
美子が翔子の言葉を繰り返す。
「うん、どうやったら人に商品を売りつけられるかって考えるの刺激があって
 面白いし……美子ちゃんは何が欲しくて、商売してるの?」
「そうだね……」
美子は少しだけ真面目に考えた。
「今は、時間かな」
「時間?」
きょとんとした表情を翔子は浮かべる。
「うん、こうして居られる時間」
「ふーん」
翔子はまたくぴりとお茶を飲んだ。

 * * *

二人が住むマンションの前の道に少女が一人立つ。風浦可符香である。
可符香のいる場所からは二人の部屋のベランダがよく見えた。
もちろんそこに、笹飾りはない。

――現世で願いがかなっているからいらないんですね、きっと。
可符香は胸の内でそう呟くと、マンションを後にした。
やがてその姿は夕闇の中に溶け込むように消えていった。

-完-

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