根津美子と丸内翔子は二人で暮らしているマンションの一室で休んでいた。
このところAKBN84の公演で休みがすべて潰れていたこともあって、この日だけは
どこにもいかずに休むことにしようと以前から約束してあったのだ。

そんなわけで、TVの正面に置いてある黄色のソファに二人は座って先ほどから
ドラマを観ている。
ドラマは数年前に放映されていたものの再放送で、失意のうちに都会を去った
女性が南の島に行き、そこの人々に触れるうちに生きる気力を取り戻していく――と言う、
よくある話だった。

「ねえ」
ソファの左端に座っていた根津美子がTVから目を離さないままに声をかける。
「ん?」
右端に座っていた丸内翔子もTVから目を離さないまま答えた。
「これ面白い?」
肘掛けに左ひじを乗せて頬杖をつきながら根津美子はテンションの上がらない口調で
そう尋ねる。
彼女はドラマの中で展開されているありがちな話にだいぶ前からすっかり飽きていた。

「面白くなくはないよ」
丸内翔子は曖昧で消極的な答えを返す。
「だって、他のチャンネルよりましだよ」
「……」
美子は無言でリモコンを取ると、チャンネルボタンを適当に押して変え始めた。
何人もの芸人が出ている――割に、知った名前の人は出ていないトーク番組。
気難しそうな政治評論家が日本の将来について夢のない議論を交わす討論番組。
良く知らないスポーツの録画放映がいくつか。
ピークを過ぎた芸能人が鄙びた温泉地を巡る旅番組。

「お話はともかく、風景はきれいだよ」
翔子はそう言って美子の手からリモコンを取り上げると元のドラマに戻した。
その間に何があったのか、都会で別れた恋人が島まで主人公を追ってきたらしい。

「……まあね」
青い空と青い海。
ドラマのストーリーはともかく、背景はきれいだ。
それだけは美子も同意した。
同意はするものの、ドラマの続きを見ようという気にはなれない。
美子はソファの上に寝転がると、両脚を翔子の太ももの上に乗せた。
「美子ちゃん」
窘めるように翔子が言うと、
「ごめんねえ、脚が長いから」
と美子は悪戯っぽく笑って翔子を見る。仕方ないなあ、という笑みを翔子も浮かべると
TVから美子の脚の方へと視線を移した。

AKBN84でアイドル活動を――担任教師曰く、いかがわしい芸能活動を――している副作用で、
美子の脚は以前と比べて引き締まっている。
以前から細い脚だったが今は程よく筋肉もついていかにも健康的な形を保っている。

「……」
無言で、翔子は美子のふくらはぎを揉み始めた。その途端、「ちょっと!」と美子が叫んで
身体ごとソファからずり落ちる。

「翔子あんた何やってんの!?」
「え?」
翔子はきょとんとした表情を浮かべると、
「知らないの? 美子ちゃん。運動した後はこうやってよく揉み解した方がいいんだよ」
「それは知ってるけど! 今運動なんて全然してないでしょ!? 家でだらだらしてるだけでしょ!?」
「そうだったね」
しれっと答える翔子に美子は呆れたような表情を浮かべながらまたソファの左端に座った。

TVの中では都会に帰る帰らないで主人公とその恋人が揉めている。

「いいよ、美子ちゃん」
こっちこっち――というように、翔子は自分のももを軽く叩いて美子に先ほどと同じように
脚を載せるように促す。
美子が警戒した目で翔子のことを見ていたので、
「もうしないから。さっきみたいなのは」
と言うと、しばらくしてからやっと寝転がって脚を伸ばしてきた。翔子はふくらはぎと
足の指に軽く触れるにとどめる。美子は翔子の手を少しくすぐったく感じたけれど、
少しするとその感覚にも慣れてきた。

頭の後ろで手を組んで枕にし、美子は天井をぼんやりと見つめる。
ここに二人で暮らすようになったのは、翔子と一緒にビジネスを――悪徳商法を、
始めてすぐの頃だ。

二人でいたほうが商売のために何かと都合がいいのでこうなった。
実際、商品を新しく仕入れた際にはこのマンションの部屋の中に在庫が溢れ返っている
こともしばしばだ。新しい商売のアイディアについてここで議論することも多い。
ここは二人の住処兼仕事場なのである。

「翔子」
「ん?」
「お金、結構貯まったよね?」
「え? ……うん」
商売で得たお金は二人で均等に分けているので、もちろん美子は翔子がどれだけの
収入を得ているのか知っている。今の質問はただの確認だ。

「今度、二人で。沖縄でもいかない?」
「新しい商品でもあるの? 仕入れ?」
「違うよ」
美子は天井を見たままで答えた。
「この部屋にいても、大抵仕事の話になっちゃうし。本当に何も仕事のことを考えない
 旅行っていうのもいいかなって思って」
TVの中では、ヒロインが海をバックに島に残ることを決意していた。

「悪くないね」
翔子の答えを聞いて、美子は目を閉じる。
「でしょ? だから、今度」
「うん。二人でね」
翔子の言葉を聞いて美子は頷くと、やがて静かに眠りに落ちて行った。
翔子はTVの音量を小さくする。

――少しお疲れかな、美子ちゃん。
美子の寝顔を見ながら翔子はそう思う。
このところ本当に休みがなかったから、疲れていても無理はない。
が、「沖縄旅行」なんてことを言い出したのを見るとここ最近の疲れというよりは
ここ数年の疲れがたまってきているのかもしれない。

――悪くないよ、きっと。
最短でも数か月は先になるであろう沖縄旅行に思いを巡らせ、
翔子は内心で美子にそう話しかける。

その旅行は、きっとすごく楽しいものになるに違いない。

――でも……。
翔子はちらりとTVに目をやった。ドラマのスタッフロールが流れていた。

――私たちは、ずっとそんな風にはしてられないんだよね。きっと。

商売のことを何も考えずに島でのんびりと過ごす。
そんなTVドラマの主人公のようなことができるのは、
自分たち二人だと一週間が限度だろうと翔子は思っていた。

翔子は刺激を求めている。
美子と一緒に悪徳商法なんてことをしているのも、心のどこかで
スリルを求めているからのような気がしていた。
きっと美子にも、同じような部分があるのだろう。

――刺激がないと、退屈になっちゃうもんね。

そう思いながら、翔子は美子の足の裏の一か所をぎゅっと押す。
「痛たぁっ!?」
美子が叫んで目を見開き、足をひっこめる。

「あ、美子ちゃん痛かった?」
翔子はきょとんとした表情をわざと作って美子を見る。
「痛いに決まってんでしょ! 何やってんのよ!?」
「今の、頭のツボだよ。美子ちゃん普段から頭使い過ぎだから。
 痛いってことは効いてるってことだから、もっと押してあげるね」
「押さなくていいから!」
と美子が足をさらに引っ込めようとするが、ぐっと翔子は美子の足を掴むと
美子の悲鳴を気にせずぐいぐいとツボ押しを始めた。

-完-

 ←押していただけると嬉しいです。


絶望先生置き場へ戻る
indexへ戻る