学校の宿直室は私と先生と交(まじる)君のための場所だ。
私――小森霧。今は学校引きこもり。
以前は普通の引きこもりだと言われていたけれど
二のへ組に入った時、家庭訪問に来てくれた先生のことが好きになった。
だから学校に来て、この部屋に引きこもった。

先生も初めはどこかの下宿で暮らしていたようだったけど、
そこが火事になったとかで甥っ子の交君と一緒にこの宿直室に住むようになった。

これは間違いなく運命だと私は思う。
将来私は先生のお嫁さんになる。
だから今こうして、先生と交君の三人で家族のようにして暮らすようになったのだ。
そうに決まっている。

先生はもてる。
同級生の女の子はみんな恋敵だといっていい。
でも、誰も私と先生と交君が暮らすこの部屋での団欒のひと時を邪魔しようとはしない。

たった一人、あのストーカー女を除いては。

ストーカー女――常月まとい。何があったのか知らないけれど、先生に告白されたと
思い込んでずっと先生の背後にぺったり貼りつくようにして付きまとっている。

彼女は部屋で食事を作って先生の帰りを待っている私のことが気に入らないらしく――私だって、
外で先生のことを尾行している彼女のことは気に入らない――宿直室にこっそりリップクリームを
置いて行ったりとかそんな嫌がらせをしかけてくるので、私も先生が出かける前に
先生の背中に長い髪の毛を一本つけておいたり、そんな嫌がらせをしている。
本当に、彼女は私の心を乱す。
引きこもり女だ何だのと面と向かって意地悪を言ってくることもあるので
私もその時は言い返す。今のところ、口げんかは私の方が少し勝っている気がする。



今日も部屋に入ってこようとするストーカー女を追い出した。いつものことだ。
私が籠っている宿直室にまで入ってこようなんて、図々しいにもほどがある。
ここで寛いでいいのは先生と交君だけだ。

窓の外を見ると彼女の着物がひらひらと木陰に見える。あそこから先生の様子を
窺っているに違いない。まったく、図々しい。

ぷんすか、と思いながら私は夕食の支度を始めた。今日はお鍋の予定だ。
こたつの上を片付けて鍋を置く。通販で買った野菜やお肉も準備は万端だ。
こんな寒い日にはお鍋が一番いい。


「はー、食べた食べた」
先生も交君もお腹一杯になるまで喜んで食べてくれて、私の顔も思わずほころぶ。
片づけを始めようか、まだこたつでゆっくりしていようかと思い始めた頃、
交君が窓の外を見て私を呼んだ。

「小森のねーちゃん、雪だぞ!」
「えっ、本当?」
思わずこたつから出て交君のそばに行く。
交君の言っていたことは本当で、白い雪がちらちらちらちらと
窓の外に降って行くのが見えた。……寒いわけだ。

……ふと、彼女のことが気になった。窓を開けて先ほど彼女の姿が見えたあたりに
目を凝らす。
着物は見えなかったけれど、木陰に立つ彼女の白い息は見えた。
「まだいるんだ」
そう声に出すと、彼女は自分に言われたと思ったのか木の影から出てきて
睨むように私を見た。
「そうよ。ずっと」
寒いからか、彼女の顔は血の気が引いたかのように真っ白だ。
ただ、髪と瞳だけは黒々としていつもより凄みがあるように見えた。
彼女をこのまま外に置いておいたらどうにかなってしまうのではないかと
私はそんな予感を抱いた。

「……今だけ、」
ため息とともに私は言葉を吐き出す。
「入ってもいいよ」
私の言葉がよほど意外だったのか、彼女は目を丸くして私を見た。

「ゆ、雪が降ってる間だけだよ!」
私がそう念を押すと、「なあんだ」と彼女は拍子抜けしたように答えて
宿直室に入ってきた。

お鍋には三人で食べきれなかった残りがまだあったので彼女はそれを食べた。
こたつに入ってお鍋をつついていると彼女の顔色も段々いつものように
戻ってきて先ほど感じられた凄みも薄れていく。

彼女が食べ終わってから洗い物を片づけて――
何で彼女の食べた食器を片づけないといけないんだろうとは正直思ったけれど、
こたつで背中を丸めている彼女をこたつから出すのもどうかと思って
今日だけは洗ってあげることにした――、
窓の外を見ると雪はやむどころか激しくなっているように見えた。


「ねえ」
私もこたつに戻って彼女に声をかける。
本を読んでいる先生に視線を注いでいた彼女は私の方に目を向けた。
先生はさっきから、私たちの間でいつ喧嘩が始まるかとひやひやしたような
表情を浮かべながら黙っている。

「……ここで私が追い出したら、あなたまた窓の外から先生を見るの?」
「決まってるじゃない」
薄く彼女は笑った。
何て厄介な子なんだろう。自分のことは棚に上げて私は思わずため息をついた。

「……今夜だけ、この部屋に泊まってもいいよ」
私の言葉を聞いた途端彼女は喜色満面と言った表情を浮かべ、
「聞きましたか先生!? ついにこの引きこもり女も私と先生の関係を認めましたよ!」
「頭わいてんじゃないのこのストーカー女!!」
私は彼女の言葉を打ち消すように大声を上げた。

「あの、お二人のどちらともそういう関係ではないんですが……」
先生が小さな声で何か言っているけれど、私と彼女の耳にはほとんど届いていない。
きっと彼女が睨んでくるので私も睨み返す。

「今日は寒いからいてもいいってだけ! 寝るなら私と一緒の布団!」
ちっ、と私にも聞こえるように彼女は舌打ちをする。……憎たらしい。


「……で、本当に一緒に寝るんだ」
寝る時間になって、押し入れの中に敷いた布団の中で彼女は呆れたような声を上げた。
「そうだよ」
「隣の布団で寝るとかそういう話かと思った」
「だってそれじゃ、あなたが先生を襲いにいきかねないでしょ」
「人聞きの悪い」
「信用できないもの!」
私はぎゅっと彼女の手を掴んだ。これでこっそり先生のところに行く心配はない。
彼女はもともと私より体温が低いのか、手は少し冷たかった。

「へえ」
彼女はいかにも余裕のありそうな顔をして私に掴まれていない方の手を伸ばすと、
私の頬に触れた。
「色は白いのに、体温は高いのね」
「そうだよ。あなたは冷たいんだね」
彼女の目はいつも意地悪なことを言う時のそれに似ていて私も喧嘩腰になる。
「私もあなたのこと、信用できないわ」
それはそうだろう。お互い様だ。そう思いながらも彼女の言葉に
少し動揺した私の隙をつくように彼女は私の手を振り払うと、
両腕を私の身体に回して抱きしめてきた。
「ちょ、ちょっと、何を」
「こうすれば先生の所にいけないでしょ」
「私、先生のこと襲ったりしないから!」
慌てている私を見てふふ、と彼女は目を細めている。……本当、憎たらしい。
「湯たんぽみたい……あったかい……」
彼女はそう言って身体をきゅっと密着させてきたかと思うと、
少し後には静かな寝息を立てて眠り込んでいた。

彼女は、本当に勝手だ。
湯たんぽにされている私の方は、結局一晩中まんじりともできなかった。



寒波、襲来。
「雪が降っている間」なんて言った私はつくづく馬鹿だと思う。
それから一週間の間、雪が降りやむことはなかった。

「ご飯まだー」
ストーカー女が交君と一緒にこたつでテレビを見ながら、コンロの前に立つ私にそんなことを言う。
「手伝いなさいよストーカー女!」
「うるさいわねえ、この引きこもり女」
気だるそうな声を上げて彼女はこたつから出てくると
「それで何をすればいいの?」
と聞いてくる。私は適当な大きさに切った大根と大根おろしを彼女に渡した。
「これ、やっといて」
「はいはい」
彼女は肩をすくめてそれを受け取る。

天気予報によると、四人での生活はまだ数日は続きそうだった。

-完-

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