「兄ちゃん兄ちゃん」
絶望先生の新しい赴任先の島を訪れた久藤准は、教会を出たところで島の女の子に呼び止められた。
「ん? どうしたんだい?」
教会の中からは先生と女の子たちが騒いでいる声がまだ聞こえてくるが、
久藤はその喧騒に加わる気はあまりなかった。

「兄ちゃん、いろんなお話知ってるんやろ?」
女の子はくるくるとした目を輝かせて聞いてくる。
「山田のおっちゃんが言ってた」
ああ、と久藤准は思う。久藤は昔この島で世話になっていたことがあるので、
いろいろな話を即興で作れるという彼の特技が島の大人には良く知られているのである。

「それで、それがどうしたんだい?」
「何かお話聞かせて」
島にある子供向けの本は大抵読んでしまったと女の子は付け加えた。
「そっか」
久藤はそれを聞いて微笑んだ。彼も本が好きで、この島にいた頃は本が少なくて飢えていたものである。
「いいよ。じゃあ、ちょっと静かなところに行こうか」
「うん!」
女の子と連れだって、久藤は教会から離れた。

「それで」
海の良く見える小高い丘の草の上に久藤と女の子は並んで座る。
「どんなお話がいいんだい?」
「んーとね、可哀想じゃないお話がいい」
「そっか」
久藤准は雲を見上げて少し考え、頭の中でお話を組み立てる。
「じゃあ、こんなお話はどうかな。『おしゃれ上級者の男の子』」
そして、彼はその話を語り始めた。

”むかし、むかし。ある村におしゃれ上級者の男の子がいました。
 男の子が着る服はどれもひどくおしゃれなものばかりだったのですが、
 村の人たちにはそのおしゃれがよく分からず、男の子はいつもその服が怖がられていました”

女の子は黙って久藤の話を聞いていた。ここまで聞いただけだと可哀想な話にも聞こえるが、
きっと色々なことがあって可哀想でなくなるのだろうとそのくらいの予想はつく。

”ある時、そんな男の子に友達が一人できました。おしゃれ上級者の男の子と
 同い年で、その男の子は人の服があまり気にならない子でした。その男の子の方は
 本が好きで、いつでも本を読んでいるような子供でしたが、おしゃれ上級者の男の子に
 連れられて外で遊ぶことも多くなりました。村の人たちは、変り者の二人が一緒に遊んでいるのを
 遠巻きにして見ていたものでした”

”そんなある日、二人はいつもは入らないような森の奥まで入っていきました。森の奥に
 なっているはずの木の実はすごくおいしいもので、それを取って帰って村のみんなとも
 一緒に食べようと思ったのでした。森の奥で見つけたその木の実は、高い枝になっていました。
 木の実を落とすために本好きの男の子が木に上り、おしゃれ上級者の男の子は落ちてくる
 木の実を受け止めることにしました”

”でも、本好きの男の子が木の実を落とそうと枝の方に手を伸ばしたとたん、ぐらりと大きく
 体がゆれ、本好きの男の子は地面に落ちてしまいました。地面で待っていたおしゃれ上級者の男の子は
 慌てて本好きの男の子に声をかけましたが、男の子はぴくりともしません。
 これはまずいと思ったおしゃれ上級者の男の子は、大声で叫びながら助けを呼びました。
 二人がいたのは森の奥でしたので、村に帰ると時間がかかってしまいます。近くに誰かいないかと、
 男の子は助けて下さいと叫び続けました”

”男の子の声を聞きつけたのは、森の奥に住んでいた魔女でした。魔女は事情を聞いて、
 本好きの男の子を自分の家に連れて帰ると魔法をかけた薬草を煎じたスープを飲ませて治療をしました。
 男の子はすぐに、すっかり治りました”

久藤の話を聞いていた女の子が肩の力を抜いた。少しだけ緊張していたらしい。

”でも、本好きの男の子は村に帰れなくなってしまいました。魔女の治療を受けたものは
 村に帰ることはできないという掟があったのでした。おしゃれ上級者の男の子は周りの大人に
 何度も何度も頼みましたが、本好きの男の子は村に戻ることはできませんでした”

「かわいそうやん」
女の子が抗議するように久藤を見上げた。
「ここまではね。ここで、やめちゃう?」
久藤が尋ねると、女の子は首を振って「つづき」と言った。

”それから数年が経ち、魔女のところで育てられていた本好きの男の子は学校にいくことになりました。
 その学校には『わけあり者』が行くことができるのでした。きっちりアメーバ―を食べてしまった
 女の子や、クラゲをかつらにしてしまった髪の薄い男の子や、たぬきの尻尾を借りたら返せなくなってしまった
 女の子や、心無い王様にこのクラスの教師をするように言われた先生や、いろいろなわけありの
 人たちがそこには集まっていました”

”おしゃれ上級者の男の子は、本好きの男の子がこの学校に通うことになったという噂をどこかで聞き伝えました。
 二人はずっと会っていませんでしたが、おしゃれ上級者の男の子は本好きの男の子のことをずっと
 気にしていました。おしゃれ上級者の男の子はこの学校の制服を手に入れて、
 学校で一番偉い、理事長の先生に
『僕もここに入らせてください。わけあり組に友達がいるんです』
 と頼みました。
『だめだ、だめだ』
 理事長の先生は答えました。
『お前はどう見ても普通の子どもじゃないか。わけあり組には入れん』
『でも、行きたいんです』
『だめだ、だめだ』
 おしゃれ上級者の男の子は何度も頼みました。何度も何度も、頼みました。
 その学校にはわけあり組の他に、普通の子どもが行く普通組もありました。
 結局、おしゃれ上級者の男の子は普通組に入ることを許されたのでそこに入ることにしました”

”『おーい』
 学校に入ってすぐ、おしゃれ上級者の男の子は本好きの男の子を見つけました。
 本好きの男の子は図書室でやっぱり本を読んでいましたが、おしゃれ上級者の男の子を見て
 驚きました。
 『俺もこの学校に入ったんだぞ!』
 とおしゃれ上級者の男の子は誇らしそうに言いました。そうして、二人はまた毎日、放課後になると
 一緒にいるようになりました”

”でも、普通組はわけあり組よりもずっと早く卒業しなくてはいけません。それに気が付いたとき、
 おしゃれ上級者の男の子はどうしてもわけあり組に入りたくなりました。
 それでまた、理事長の先生のところに頼みに行こうと思いました。
 でも、今度はわけあり組に入れてもらおうというのですから前よりもっと強く頼み込まなくては
 いけません。それに、わけあり組のみんなは個性が強いので、そこに入っても大丈夫なように
 見せないといけないと思いました”

”悩んで悩んで、男の子は制服の下に無地の白いシャツを着ていくことにしました。
 こんなことをしたのは初めてでした。男の子はいつも、自分で一番格好いいと思うシャツを選んで
 着ていましたから。いつものシャツは鞄の中に入れて、真っ白なシャツを着て男の子は
 理事長先生の部屋に向かいました。
 理事長室に入ってみると、そこには理事長の娘さんもいました。

『先生、僕をわけあり組に入れてください』
『またお前か。だめだ、だめだ』
 理事長先生は言いました。
『お前は普通の子どもだ。わけあり組を見たなら分かるだろう。普通の子どもにいられるような
 場所じゃない。覚悟してわけあり組に入った者でさえ、今度の新学期には普通組の方にうつりたいと何人か
 言ってきたくらいだ』
『僕は普通なんかじゃありません』
 男の子は言いました。
『嘘をつくもんじゃない』
『嘘なんかじゃありません』
 男の子はそう言って、制服のボタンを外すと真っ白なシャツを見せました。
『ほら、僕はこんな恰好をしているくらいわけありなんです!』
 理事長はそれを見ても、全然驚きませんでした。
『それがどうした。お前はやっぱり、普通の子どもじゃないか』
 男の子はそれを聞いてがっかりしました。こんな格好悪い服を着ていても普通に見られてしまうのかと
 思いました。
『さあ、帰れ』
 そう言われたので、男の子は理事長室を出たらすぐに着替えようとかばんからいつものシャツを
 取り出しました。
『待て』
 と理事長の先生に呼び止められて男の子は立ち止まります。
『そのシャツはなんだ。見せてみろ』
 そう言われて男の子が広げたシャツを見せて、理事長は卒倒しそうになりました。
 そのデザインはあまりにも奇抜で、見ていると呪われそうな気さえしたからでした。
 男の子にとってはごく普通のシャツでしたが”

”卒倒しそうになって白目をむいた理事長を見て、これまで部屋の片隅に立ちずっと話を聞いていた
 理事長の娘はいかにも愉快そうに高笑いしました。
『お前はいつもはそんな服を着ているのか?』
 とおしゃれ上級者の男の子に尋ねます。
『はい』
 と男の子が答えると、
『お父様。この者ならわけあり組にもなじめそうではありませんか』
 と理事長に言いました。
『しかし、この者は普通の子どもだ』
『先ほど、わけあり組の人数が減ってしまうと頭を抱えていらしたのは
 お父様でしょう。これほど奇抜な服を平気な顔で着こなせるのなら、
 わけあり組に入ったとしてもやっていけるのではありませんか』
 男の子も、そうです僕はやっていけますと何度も何度も言いました。
 それで、結局男の子はわけあり組に編入することになりました。
 念のために理事長の娘もわけあり組に入り、普通の子どもがわけあり組に入っても大丈夫かどうか
 見ていることになりました”

”わけあり組の学校生活は、普通組よりもずっと長いのです。
 おしゃれ上級者の男の子は本好きの男の子と、本を読んだりおしゃれ議論をしたりして
 過ごしていました。
 その内に、わけあり組の中で好きな女の子もできました。
 本好きの男の子は自分のせいでおしゃれ上級者の男の子をわけあり組にいれてしまったような
 気がしていたので、好きな女の子ができたと聞いてちょっとだけ安心していました”

”二人は今でも、友だちです。わけあり組の他の生徒たちとも友達になって、
 日々楽しく過ごしているのでした”

「はい、おしまい」
久藤が女の子の方を見ると、女の子は満足そうな顔で
「兄ちゃん、ありがと」
と言った。
「可哀想じゃなかっただろ?」
「うん、良かったなあ男の子二人とも。兄ちゃん、また今度別の話聞かせてね」
「また今度ね」
女の子は久藤に手を振って、ぱたぱたと走り去っていく。
久藤も手を振って、女の子の後姿を見ていたがやがて海に視線を戻した。

――木野は、まだかな……

久藤たち、絶望先生のクラスの男子生徒は女子と同じ卒業式に出席するわけにはいかなかった。
だから卒業式は普通科に混ぜてもらい、そこで卒業証書をもらった。

卒業式には、同級生の木野国也ももちろん出席していた。
高校の卒業式では制服を着ていなければいけないので、いかにおしゃれ上級者・木野といえども
人を卒倒させるようなハイセンスな格好をするわけにはいかない。
普通科の生徒たちの中で木野のセンスに気づいたものは誰もいなかっただろう。

絶望先生の新しい赴任先を訪ねようとということで男子一同も卒業式後に集まったのだが、
木野だけは「ちゃんとした服に着替えてくるから」と言って遅れてくることになったのだ。
久藤は土の上に寝転がった。

「久藤、ここにいたのか」
背後から聞きなれた声がする。
久藤が起き上がって視線をそちらに向けると、完璧に決めた――花壇と花束で自分を飾り付けた――
木野国也がそこに立っていた。

「……すごい格好だねえ、相変わらず」
呆気にとられながらそう言うと、
「ああ! いいだろ?」
と木野は得意そうに言う。
「これから加賀さんにプロポーズしようと思うんだ」
「加賀さんに」
気の弱い加賀さんが木野の格好を見て気絶しないといいが、と久藤は思った。
「それで、受けてもらえたら久藤! 式を挙げてくれ! ここ教会あるんだろ!」
「あ……あるけど」
たぶんプロポーズされても曖昧にしか返事のできない加賀さんを追いつめるような
真似をするのは良くない。
木野はいい奴だが、加賀さんに関しては押しが強すぎると久藤は思う。

「まあ、待てよ木野。いいプロポーズのやり方があるから」
「何!? 教えてくれ!」
久藤は、いいプロポーズのやり方を知っているわけではない。
適当な作り話をして木野の勢いを削ぎ、加賀さんへの押しを少しでも弱くすることができれば、と
それだけを考えてお話を始めた。

-完-

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