木津千里と藤吉晴美は、春休みを利用して京都旅行に来ていた。
晴美が今考えている漫画の資料集めだ。
今度描こうとしている漫画は二次創作のBLものではなく、オリジナル作品にする予定である。
取材旅行と言えば聞こえはいいが、現実には漫画の構想もまだはっきりとは
決まっていない。
舞台は京都、とまずそれを決めて、実際に行ってみてイメージを掴んでから
お話を作るつもりでいる。

だから、千里との旅行のついでに漫画の構想を決められればいいな
というくらいのつもりで晴美は考えていた。

旅行の予定はもちろん千里に全部任せている。というより、自分が何か計画を立てても
千里を苛立たせるだけの結果に終わるのは目に見えているので最初から千里に投げている。
「仁和寺にある法師」なんて徒然草にもあるように、知らない場所に行こうというなら下調べが肝心だ。
ツアーガイドさんがいればそれでよいが、そうでない場合には自分か同行者が
いろいろ調べておくのがいい。
晴美と千里の場合、千里が下調べ役になるのは当然の成り行きだった。


「うーん、残念。やっぱりこの御室桜は無理だったかあ」
「そうね、ここ最近は4月の中旬頃が見ごろみたい。」
京都駅で下車し、駅近くのホテルに荷物を預けてバスに乗り二人は最初の観光地、
仁和寺にやってきていた。
先ほどの「仁和寺にある法師」という徒然草の一節が有名な寺だが、
観光地としては桜が有名だ。花見シーズンともなれば大勢の観光客が訪れる。

3月終わりのこの時期は多くの場所では桜の見ごろとなっているもので
実際ここ仁和寺でも染井吉野が今をさかりとばかりに咲き誇っていたのだけれど、
庶民の桜として有名な御室桜は遅咲きの桜らしくまだまだ花をつけてはいない。

「仕方ないわね。」
と千里が寛容なのも予めこの桜は遅咲きということをきっちり調べていたからである。
「せっかくだから写真撮っていこうか、花ついてないけど」
晴美が背中のリュックの中からカメラを取り出す。
「そうね。」
千里は、はいと手を出した。
「え?」
「写真撮るんでしょう? 撮るわよ、資料にもするんだろうし。」
晴美が撮ると桜の様子がきっちり画面の中に入りそうにないんだもの、と言いながら
千里は何度かシャッターを切る。

「あのさ、千里。折角だから誰かに頼んで私たち二人の写真も撮ってもらおうよ」
「え?」
千里はきょとんとした表情を浮かべる。
「いいからいいから。すみませーん、写真お願いします!」
晴美は適当な観光客を首尾よく捕まえて写真を撮ってもらった。



仁和寺から10分ほど歩いたところに龍安寺がある。
今回考えているお話の舞台の最有力候補だ。この寺は、その石庭で広く知られている。
拝観の列に並んで二人は寺の中に入り、目的の石庭前にたどり着いた。

「ほら千里! ここよここ、この石庭!」
周りの客の迷惑にならないように小声で、しかし興奮して晴美は千里に話しかける。
この庭は庭と言いながら植物がない。砂利と岩だけで構成された庭である。作者不詳。
庭に並ぶ大小15個の岩の配置もどういう意味が込められているのかいまだに謎だそうである。
「この15の岩がね、どこから見ても絶対に1つは見えないんだって。
 絶対に全部は見えないの! それをエピソードに取り入れようと思うんだけど……」
「そんなこと、書いてないけど?」
ガイドブックと寺の入り口にあったパンフレットを見比べていた千里が怪訝そうな目を
晴美に向ける。

「そんなことないよ! だって、有名な話だもの!」
「大体15個ってどう並んでるのよ。」
千里はガイドブックにある岩の配置と目の前の庭を見比べると、右へ左へと移動しながら庭を
見る。
「ほら、見えないでしょ」
「見えるわよ。」
「へっ?」
こっちに立って、と千里は晴美を手招きすると自分の立っている場所に晴美を立たせた。
「ほら、良く見なさい。」
「えーと……」
ガイドブックと見比べながら、晴美は岩を一つ一つ確認していく。1、2、と小さな声で数えながら。

「……14、15」
「ほら、見えるでしょう。」
「うーん」
晴美は頭を抱えた。
「困ったなあ……」
周りの観光客の流れに合わせ、二人は石庭を離れ出口の方へと向かっていく。

「どういうエピソードにするつもりだったのよ。」
「15個見えないって言っても、庭に降りて行けば全部見えるわけでしょ?
 だからこう、主人公に向かって主人公の恋人が言う訳よ。
 『君が僕の庭まで降りて来てくれないと僕の心の岩を全部見ることはできないよ』とか」
「……ちなみにそれは、男性同士で?」
「そりゃあもう」
ニャマリとした表情を晴美が浮かべるのを見て千里は内心頭を抱えていたが、
「龍安寺ではなくてもそういう庭あるんじゃないかしら。」
「うーん、でも折角だから京都を舞台にしたいなあ」
二人は龍安寺を離れ、その足を金閣寺へと伸ばす。

「どうして京都なの?」
「やっぱり綺麗じゃない? 美しい京の町を舞台に繰り広げられる恋愛絵巻!」
「燃える金閣寺をバックに燃え上がる恋とか?」
「いや、そうすると有名な小説と被るから」
「じゃあ、痴話げんかの末に石庭が破壊しつくされるとか。」
「それは恋愛絵巻と言うより2時間ドラマのような」
金閣寺も、二人並んで写真を撮ってもらう。
デジカメの画像を確認して晴美は満足したような表情を浮かべると
千里の手を引いて、

「もうちょっと考えるよ、漫画のあらすじ」
と呟く。
「龍安寺はもう一度行く?」
「うーん」
晴美は唸った。
「あの台詞すごくいい! って思ってたのが使えないとなると……
 お寺で修行してる設定にしようと思ったから、生半可なこと喋らせるわけにいかないし」
「……修行僧が色恋沙汰はいいの?」
「そこがいいんじゃない!」
晴美は頬を上気させて鼻息荒く主張する。
「禁断の恋よ! それこそ盛り上がるに決まってるじゃない!」
いつもなら「またそんなこと言って!」とでも文句を言うところだが
千里は放っておこうと思っていた。こういう晴美に何を言っても意味はない。

ホテルへの道を戻りながら、うんうんうなって晴美は考える。
途中で乗ったバスの揺れも全く気にならないかのように。
考えていることが男性同士のあられもない話なのはともかく、真剣に考えている
晴美の横顔を見ているのは千里も好きだ。これで思い描いているのが4コマ漫画なら完璧なのに、
とはいつも思う。

「降りるわよ、晴美。」
「ふえっ?」
集中していてホテル前に停まったのに気づかなかったらしい晴美をせかしてバスから降りると、
二人はホテルの部屋に入った。

「あのさあ、千里」
ホテルの窓からは京都タワーが見える。千里はタワーの高さがどのくらいか計算しながら
窓の外を見ていたが、ベッドに横になった晴美の言葉にそちらを向いた。

「何?」
「多重人格ってどうかな」
「は? ……。」
何が。と聞き返す千里に晴美は真剣な表情で、
「龍安寺の修行僧が多重人格なのよ! 彼の中には15の人格があって、あの石庭の岩の1つに
 触れるたびに1つの人格が現れるの。ところが最後の1つが中々現れなくて、
 そこに彼の恋人の苦悩が! ……とか、どうかな」
「……。」
千里はコメントに詰まった。面白くなりそうな気もするし、良く分からない話になりそうな気もする。
しかし、そんなきっちりしていない感想はプライドが許さない。
「まず描きなさい。そしたら感想言うから。」
「そう? じゃあ、大雑把なイメージだけでも描いてみようかな」
面白くなりそうだと千里が考えていると思ったのか、晴美は上機嫌でそう答えると
ぴょんとベッドから降りたって窓のそばの千里の元へと駆け寄った。

「ねえ、千里。このホテルって確か大浴場が売りなんじゃなかった?」
「そうよ。」
「じゃあ、夕食前に一度お風呂入ってみようよ」
「え?」
お風呂は夕食後よ、と言い返す千里に、
「いいじゃない、二回入ったっていいんだからさ。大浴場入る機会なんてめったにないんだから」
予定と違うわ、とぶつぶつ言う千里をまあまあと宥め、晴美は鞄から荷物を出して
お風呂に入る支度をすると千里と一緒に部屋を出る。

「ねえ千里。夏休みもどこか旅行行かない?」
「え? また別の話を考えるの?」
「うーんと、考えてるかもしれないけど。ただの旅行だけでも、どこかに」
「あなたは夏には毎年イベントがあるじゃない。」
何を無理なことを言っているのか、という表情で千里は晴美を見る。
「あ、そうだけどさ……」
自分の予定を分かりすぎている友人というのも問題だ。

――だからって、千里に一杯手伝ってもらえれば旅行行く時間作れるからって
  わけにもいかないよね……。

どうすればいいか。晴美が悩んでいると、
「秋ならいいわよ。9月の連休なら。」
「本当?」
晴美の顔が明るくなった。
「でもその前に、明日は哲学の道よ。」
「分かってるって」
明日は、千里の話を一杯聞くからね――と晴美は千里の手を引いて
大浴場へと入っていった。


-完-

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