小節あびるが高校生活を終えて数か月。土曜日のこの日は、最近一人暮らしを始めたという日塔奈美の家で
夕食を一緒に食べることになっていた。
二人だけではなく、常月まといも呼んでいる。単なるお食事会というわけでもなく、
あびるには少し聞いてみたいことがあったのである。

「お邪魔しまーす」
駅で待ち合わせて今夜の夕食の買い物をし、それから奈美の家にやってくる。
「へえ、結構きれいに使ってるんだ」
1DKのマンションは就職したてで一人暮らしをするには少し広い。
あびるはきょろきょろと部屋の中を見回した。高校在学中に奈美の家には
何度か遊びに行ったものだが、その時に見かけた家具もいくつかこちらに来ていた。
「引っ越ししたばかりだもん。まだ荷物も少ないから」
座って座って、と奈美は小さなテーブルの前にあびるを座らせて冷蔵庫から出した
お茶をその前に置く。
買ってきた食材を一度その冷蔵庫の中に収めて自分の分のカップにもお茶を注ぐと、
一息に飲み干してふう、と息をついた。
「あびるちゃんは一人暮らししないの?」
「十分通える場所に学校あるしね。家出ると、お父さん一人になっちゃうから」
「そっか」
それもそうだね、と奈美は答えた。


へ組の生徒たちは卒業後、様々な進路に進んでいる。
特殊な経歴を持つ彼女たちだけに普通に就職するのは難しいのだが、
そこは糸色家の力でカバーしている。
大学に進学して獣医になるべく勉強しているあびるの場合は糸色家の力は
ほとんど借りていないが、糸色家の経営するチョコレート工場と付き合いのある食品流通会社に
就職した奈美の場合は糸色家の全面パックアップがあったと言っていい状態だ。
といっても、奈美としても糸色家の力を頼ることに抵抗がなかったわけではない。
進学を考えたこともあったし、就職を選んでからも学校の教室であびるに
「こんなに何から何まで頼り切っちゃっていいのかなあ?」
と相談したこともあった。

「庶民はおかしなところで遠慮するものだな」
その時、二人の会話を小耳にはさんだ倫が教室に入ってきて笑った。
「お前たちは長年の間糸色家の事業に協力してきた立場だ。
 利用したいだけ糸色家を利用するが良い」
「そうはいっても」
ねえ? と同意を求めるように奈美はあびるを見た。あびるも無言で頷く。
「何を言っておる。そもそもお前たちがこの学校に入学するにあたって、
 卒業後の進路は糸色家が保証するから心配するなと約束してあったであろうが」
そうだっけ、と言いたそうな顔で奈美はあびるに視線を向けた。

「大抵の生徒もその家族も、その約束覚えてないよ。あの時は生きていられればそれでいいって
 感じだったから」
あびるが呟くと、
「お前たちが忘れているのは知らん。だが糸色家は約束を守る。つまらぬ遠慮はするな」
倫は答えて、二人に背中を向けて教室を出て行った。
奈美とあびるは、彼女の着物姿を見ながら卒業の近さを感じていた。


ともかく、奈美は糸色家の力を借りて就職して現在はOLである。
高校の時とそれほど変わらない服に身を包んでいるあびると比べて、スーツを着ていると
やはり社会人らしく見えるものだ。
「私、ちょっと着替えてくるね。あびるちゃん、飲み物自由に飲んでていいよ」
「うん、ありがと。……まといちゃんも来るんだよね?」
「うん」
寝室に入っていった奈美の声はドア越しに聞こえてくる。
「ちょっと遅くなるかもしれないから、先始めててって言ってた」
「ふうん、そうなんだ」
あびるは勝手に奈美の冷凍庫を漁ってカップの中に氷を落とした。
すっかりカジュアルな格好に着替えた奈美が戻ってくると、高校の時に
戻ったかのように感じられる。
「だからね、始めちゃお」
窓を全開、換気扇も回してから奈美は家から持ってきた焼き肉用のプレートをテーブルの上に置いた。
買ってきた野菜や肉を冷蔵庫から出してくる。
今日は焼き肉パーティーということになっているのである。

じゅうじゅうと煙を上げ、肉や野菜が焼かれていく。
二人はしばらくの間それをつついていたが、
「それで、あびるちゃん。今日なんか、私とまといちゃんに聞きたいことがあるって言ってたよね。
 それって何?」
と奈美が口を開く。
「う……うん」
あびるは口にくわえていた焼き肉を飲み込んで、奈美の顔を正面から見た。
「奈美ちゃんってさ」
「うん」
「先生のこと好きだったの?」
ぶっ、と奈美は口の中にあったキャベツを吐きだしそうになった。あびるは冗談で聞いた様子もなく
真剣な目をしている。

「そ、それは……」
「いろいろ思い出してみたんだけど、奈美ちゃんってあんまり先生のことが好きそうな
 素振りなかったよねって思って。でもウエディングドレス着て先生のこと追っかけてたりしたし、
 実際どうだったのかなって思って」
「う、うん。その」
どう答えようかと考える奈美の頬は赤く染まっていた。こうした話題になると
照れてしまうのは仕方がない。

「えっとその、何ていうか勢いっていうか。ほら、うちのクラスってみんなが先生のこと
 好きだったから、先生って格好いいのかな〜って思っちゃって何となく」
「そうだよね。普通にそんな感じだよね奈美ちゃんは」
「普通って言うなぁ! あ、あびるちゃんは!? 先生のこと好きだったの!?」
逆襲とばかりに奈美はあびるに質問を返した。
「……うん」
焼きあがった人参を自分の皿に取りながらあびるは頷く。
「好きだったよ」
「……そ、そうなんだ……」
あっさり言われたので却って奈美の方がまごついた。
「先生は私を選んでくれたって思えたから……、でも、勘違いだったみたいだけど、でも好きだった」
「うん……」
もぐもぐと人参を食べながらあびるはわずかに沈黙した後、
「でね、奈美ちゃん」
「うん」
「今日聞きたかったのは奈美ちゃんのことじゃなくて」
「……そうなんだ」
さっきあんなに照れ臭い思いをしたのは何だったのだろうと奈美は思うが、あびるの
言葉に耳を傾ける。
「可符香ちゃんは、先生のこと好きだったんだと思う?」
「え?」
奈美はきょとんとした表情を浮かべた。

風浦可符香。
奈美やあびるのかつてのクラスメートである。
本来死亡していた彼女だったが、へ組の女子たちは皆彼女から
臓器移植を受けていたために彼女はクラスに存在していた。
一時は皆の記憶から可符香のことが消えたものだが、諸々の事情により
今は奈美もあびるも他のクラスメイトも、彼女のことをはっきりと覚えている。

「可符香ちゃん、最後に島に来たじゃない。ウエディングドレス着て」
「うん」
へ組の女子生徒の多くは担任の絶望先生が好きだった。
皆で卒業後に先生の新しい赴任先の島を訪れ、そこでウエディングドレスに着替えて
先生に結婚を迫ったのだ。
先生が逃げ込んだ教会には可符香がウエディングドレスを着て待っていた。
先生は彼女と結婚式を挙げたのだ。

「でも、思い出してみても……」
あびるは視線をぐるりと巡らせる。
「可符香ちゃんって先生のこと好きだったのかなあって思って」
「んー、と」
奈美は新しい肉を焼きながら色々なことを思い出す。
「確かに、あんまり好きっていう感じはなかったけど。先生のことよくからかってたし。
 遊び相手と言うか」
「でしょ?」
「でも、ウエディングドレス来て現れたのって、やっぱり好きだったんじゃないの?」
「だから、それがね。ひょっとして、あれも先生をからかう一環だったんじゃないかって思うんだよね」
「う〜ん」
分からない。と奈美は唸る。
タイミングよく、ドアのチャイムが鳴った。奈美が立ち上がってドアを開けると、

「ごめん、遅れて」
と常月まといが入ってきた。まといは奈美やあびるの見慣れた袴姿ではなく、
ジーンズにTシャツという普通の学生のような格好をしている。

「ううん、大丈夫だったよ」
「お、美味しそうじゃない」
まといは焼き肉のプレートを見て目を輝かせる。
「仕事だったの?」
あびるが尋ねると、うんとまといは頷いた。
「浮気調査」
ああ、と奈美とあびるが呟く。まといは卒業後、絶縁先生の弁護士事務所で働いている。
絶縁先生の本業は離婚弁護士なので、依頼人の配偶者が浮気をしている証拠を押さえるのは重大な仕事だ。

「結構多いの? そういう仕事」
奈美がお茶を注いでまといに渡すと、
「離婚弁護士だから。最近その辺の仕事は私が全部任されてるし。
 尾行したり、他の人との会話を聞いたりして。たまに依頼人側の浮気を見つけちゃったりもするけど」
とまといは答えた。

天職だ。と奈美とあびるは内心思った。彼女の驚異的なストーキング能力はこんな所にも
使えるのだ。

「ねえねえ、最近恋はどうなの? 誰か好きになったりとか」
奈美が軽い口調でそう尋ねると、
「全然」
まといは笑って手を振った。
「今は仕事一筋だから」
「え〜、そんなことないでしょ」
奈美はにやにやしながら疑いのまなざしを向けた。
「小学校の頃から男を切らしたことのない恋愛体質が」
ははっ、とまといは乾いた笑いを漏らした。それからふっと目を細めたかと思うと、
「七年も好きだった人に振られたのってやっぱり結構重くてね」
と答えた。
「まあ、そうかもね」
あびるが自分の焼いていた肉を箸でつまんでぽいとまといの前の皿に投げる。
「ありがと」
まといはその肉を自分の口の中に入れた。

「それで、私に聞きたいことって?」
まといがあびると奈美を交互に見る。
「うん。可符香ちゃんのことなんだけど」
あびるが本題を口にした。
「可符香ちゃんって、先生のこと好きなんだと思う? 正直、島に来たのも
 からかいに来ただけなんじゃないかって気もするんだけど」
「んー」
まといは答える前に人参を取って食べた。
「分からないわ。あの子の本心は」
「まといちゃんでも? 恋愛の時、本気なのか遊びなのか大体分かるって言ってたよね」
奈美が更に突っ込んでみるがまといは首を振る。

「彼女は分からないわよ。本人に聞かないと。……聞いても、たぶん分からないと思うし」
ふうん、と奈美とあびるは答えた。
「まといちゃんでもそうなんだね」
「あの子だけは、本心が分かる気がしないわ」
まといはそう言って今度は自分用に肉を焼き始めた。

「ねえねえまといちゃん。そう言えば、小森ちゃんと一緒に住んでるんだっけ?」
「そうだけど?」
それがどうしたの、という表情をまといは浮かべる。
学校引きこもりの小森霧は、在学中からアルバイトで仕事を請け負っていたソフト会社に
一応就職したものの、一週間に一日程度会社に顔を見せればいいという勤務形態らしく――
そのうち知らない間に首になっているのではないかと常月まといは思っている――、
残りの六日は家でパソコンに向かってプログラミングの仕事をしている。

「いや、仲悪そうに見えたのにって思って」
奈美がそういうと、まといは「仕方ないわよ」と諦めたような表情を浮かべた。
「元・引きこもりだからね。最近やっと電車の乗り方をちゃんと覚えたくらいだし。
 このまえやっと、買い物に商店街を使ったくらいだし。
 誰かが一緒にいないと、いつまたネットとテレビ漬けの引きこもり生活に戻るやら……」
「でも、小森ちゃん実家に戻っても良かったんじゃないの?」
あびるが尋ねると「んー」とまといは言葉を濁し気味になる。
「引きこもり時代に、何か色々あったみたいで……良く知らないけど。
 戻りにくいらしいから」
「そっか」
奈美が呟いた。当たり前のことだが、それぞれに色々な事情があるものだ。

「ねえねえ、小森ちゃんも呼ぼうよ。折角だし、ね」
奈美が言い出すとあびるも頷いたが、「え」とまといは顔をこわばらせる。
「それはちょっと」
「なんで? そんなに遠くないし、いいじゃない」
奈美はもう携帯電話を握って霧に電話をかけ始めていた。
「いや、ちょっと待ってよ! 絶対『迎えに来て』とかいうから! 面倒だから!」
まといが抗議の声をあげるも奈美は無視。あびるは「はいはい」と言いながらなだめるように
まといのカップにお茶を注ぐ。

「ああ、もしもし小森ちゃん? 今あびるちゃんまといちゃんと一緒に食事してるんだけど
 小森ちゃんも来ない? ……うん。うん。ちょっと待ってね」
はい、と奈美はまといに電話を手渡した。「小森ちゃんが代わってって」と伝えると、
まといはしぶしぶと言った様子で電話を耳に当てる。

『ねえねえ、まといちゃん。迎えに来て〜』
電話の向こうから聞こえてくる甘えた声にまといは思わず嘆息した。
「あんたね、この前電車に乗れるようになったでしょ! 一人で来なさいよ」
『まだ初心者だもん。迷ったりしたら着くの遅くなっちゃうし』
「その年で電車初心者って図々しいわね、この元引きこもり!」
『事実なんだからしょうがないじゃない。ねえまといちゃん、お願い』
まといは電話機の向こうにも聞こえるように大げさにため息をついて電話を切ると、
電話を奈美に返して
「ちょっと行ってくる」
と鞄を持って玄関の方に向かう。
「行ってらっしゃい」「お疲れさま〜」奈美とあびるの声がまといを送り出した。


「なんかさ、せっかくだからもっといろいろ呼んじゃおうか」
二人きりになった部屋で奈美がぐいと身を乗り出す。
「私はいいよ。ここ奈美ちゃんの部屋だし。奈美ちゃんがいいなら」
「うん。えーっと」
奈美は高校時代の友人たちの顔を思い浮かべながら、
「加賀ちゃんとかカエレちゃんとか、結構近くに住んでたから来れるかも」
「じゃあ電話しようか手分けして」
あびるも自分の携帯電話を取り出した。

加賀愛は卒業後出版社に勤めている。
読者に謝る、編集長に謝る、印刷所に謝るの三拍子が買われてのことだ。
「ちょっと心配でもあるんだけどね、加賀ちゃんの仕事って」
電話を終えた奈美にあびるはそう呟いた。
「心配って?」
「要するに謝ってるんだよね、毎日毎日。鬱にでもなってないかなって」
「あ、謝るばっかりでもないみたいだよ業務内容」
「そうなの?」
「うん」
奈美は麦茶を一口飲んだ。
「なんでも、編集部の先輩と一緒に偉い作家の先生の家に行ったとき、
 その先生が気分転換をしたいというので応接室で延々話を聞いてたら
 『昔憧れてた文壇バアみたいでいい』ってことで、その先生の話を聞く係? みたいなのに
 なってるらしいよ」
「そ……そうなんだ……」
人には意外な才能があるものである。あびるはそう思った。

「カエレちゃんの方は来れるって?」
木村カエレにはあびるが電話したのである。
「うん。ちょっと遅くなるかもしれないって言ってたけど」
木村カエレは下着メーカーに勤務している。今はまだ社内で研修という状態に近いらしい。
「そのうち、カエレちゃんをモニターにして開発された下着が売り出されたりするのかなあ」
奈美の素朴な疑問に、あびるは半分頷きながら
「サイズがものすごく限定されそうだけどね」
と答えた。
「ほら、それはこう……ナイスバディの人向けの。……」
自分でそう言ってから、奈美はカエレに次いでスタイルの良いあびるの身体から視線を逸らす。
あびるはその意味に気づかずにきょとんとしていた。

玄関のチャイムが鳴る。
「誰か来た」
奈美が立ち上がった。
「なんか早くない?」
とあびるは首を傾げたが、「はーい」と奈美は出ていく。
「いらっしゃ……って美子ちゃん!? 翔子ちゃん!? ええ!? なんで!?」
根津美子と丸内翔子。確かに高校の時のクラスメイトであるのだが、
電話をかけたわけでもないのにタイミングよく現れた二人に奈美は思わず
驚きの声を上げてしまった。

二人は「二人でビジネスをしていく自信がついたから」と糸色家のサポートを断り、
卒業後の現在も顧客からの搾取、もとい、ビジネスに勤しんでいる。

「日塔さん一人暮らし始めたんだってね」
根津美子は驚いている奈美の様子にも動じない。
「う、うん。そうだけど……」
「そんな新生活を始めたあなたにこれ!」
丸内翔子がさっと鞄から取り出したのは洗剤である。
「汚れが良く落ちるし、使うの少しでいいし。お友達に勧めたら奈美ちゃんにも特典が」
「い、いやその、洗剤は間に合ってるから!」
ペースに巻き込まれないように奈美は翔子の言葉を遮り、
「でも、どうして突然うちに?」
と尋ねる。え? という表情で美子と翔子は顔を見合わせた。
「さっき緊急連絡網で回って来たよ」
「奈美ちゃんちで引っ越し祝いのパーティーするから女子集合って」
「ええ!? ええええ!?」
そんな連絡は回していない。奈美は大声を上げてしまっていた。
その様子を見て、さすがに美子と翔子も行き違いがあったらしいと気づく。

「え? 違うの?」
「確かにそう言ってたんだけど……」
「ヨッ」
美子と翔子の間からひょっこりとマリアが顔をのぞかせた。
「マリア!?」
「引っ越し祝いでパーティーだなんて気前がいいナ」
「ひょっとしてマリアちゃんが連絡網回したの!?」
「ウン」
「もう、マリアちゃんは……」
相手がマリアとなると、怒るに怒れない。ちなみにマリアは現在、糸色家に
引き取られたことになっているものの実際には気ままな生活を続行中である。
「おい」
また別の声がしたと思ったら、今度は翔子の背後から音無芽留が顔をのぞかせた。

「パーティーだっていうから、ケーキ持ってきてやった」
「あ……ありがと」
奈美は芽留からケーキの箱を受け取る。芽留は現在自分の家に戻り、大学に通っている。
なぜか芽留パパとも定期的に食事を一緒にする約束になってしまっているので、それは守っているが。

美子と翔子は「帰った方がいいのかな」という表情で顔を見合わせていたが、

「あーもう! みんなとにかく上がって!」
と言われ、マリア、芽留と共に奈美の部屋の中へと侵入する。――他人の情報は把握しておくと
後々の商売に役に立つ。


「何? 何?」
焼き肉を食べていたあびるはぞろぞろと入ってきた一同に目を瞬かせた。
「アビル! 引っ越し祝いのパーティーだゾ!」
「そういう話になったの」
「ウン」
「いや、なってないけど」
奈美が二人の会話に割って入る。美子と翔子は適当に飲み物を飲み始めていた。
「なんかそういうことになっちゃったみたいで」
「ふーん……?」
不思議そうな相槌をあびるが打っているとまたチャイムが鳴った。

「そうだよ! 緊急連絡網で回したってことはみんなくるんだよ!」
ようやく気づいたようで奈美は自分に言い聞かせるように言うと、ドアを開ける。

「引っ越ししたんだってね、奈美ちゃん」
「おめでとう。パーティーだって言うから、ワインと麦茶持ってきたわ」
ドアの向こうに立っていたのは晴美と千里である。
「あ……、うん、いらっしゃい」
もう奈美は諦めてパーティーという言葉を否定もしない。千里は部屋に入ってくると
様子を見て、

「ちょっと奈美ちゃん! パーティーだっていうのに食材があまりに足りないわ!」
と奈美の首根っこを捕まえた。
「いや、最初はパーティーじゃなかったし……」
ごにょごにょと言う奈美の言葉を千里はほとんど聞かず、
「買い出しに行くわよ! 根津さんと丸内さんとあびるちゃんは食べ物!
 芽留ちゃんとマリアと私は飲み物とお菓子!」
「千里ちゃん、私は」
もう千里に仕切ってもらおうと思った奈美がそう尋ねると、千里は呆れたように
「奈美ちゃんはここにいないと。まだまだみんな来るんだから。晴美置いていくから、
 一緒にこれから来るみんなの対応して」
と指示される。――やはり、仕切るのに慣れている人が仕切り始めると話が早い。

千里の指示に従って、どやどやと皆出て行ったので部屋の中は置いて行かれた晴美と奈美の
二人になった。
焼き肉のプレートは電源を落として一旦片づけることにする。大人数がこれからやって来るのなら、
テーブルをプレートで占領するのはたぶんまずい。

「ねえねえ奈美ちゃん、こっちの部屋も開けた方がいいんじゃない? パーティーって、
 女子みんなだよね?」
晴美が寝室を指す。
「う、うん……、たぶん」
晴美は奈美の態度を特別不審がることもなく寝室につながるドアを開けた。
うっ、と奈美は思う。下着を脱ぎ散らかしていないのは良かったが、
物を適当に突っ込んでいるのがばればれだ。

「あ、あはは……汚いね」
誤魔化すように笑うと、
「え、そう? 大丈夫大丈夫。十分綺麗だって。一人暮らしなんだしこんなもんでしょ」
と晴美は笑う。奈美を慰めるためと言うわけでもなく、素直な本音らしかった。
「藤吉さんは? ……あ、千里ちゃんとルームシェアだっけ」
いつか聞いた気がする情報をもとにそういうと、晴美は苦笑いして首を振った。
「違うよ」
「あれ? ……確か、そう聞いた気がするけど」
「んー」
晴美は奈美を手伝って寝室の片づけを始めた。
「千里はほら、測量会社に勤め始めて会社の近くにマンション借りて住んでるんだけどね。
 私はその一室をさらに間借りしてるんだけど」
「あ、そこで漫画描いてるの?」
藤吉晴美は卒業後、本格的に漫画を描き始めているのである。
在学中に原作付きで描いた漫画が、誰も期待していなかった割にはそこそこ良い売れ行きだったようだ。

「うん、で千里にその分の部屋代は払って」
「それはルームシェアじゃないの?」
「いや〜、それがさ……千里はきっちりしてないと駄目だから」
「?」
奈美が首を傾げると、
「『きっちり独り立ちしてお家を出て暮らす覚悟ができない限りここに住むのは駄目よ』って言うんだよね」
「えーと、つまり」
「つまり、漫画描くときはその部屋使ってるけど夜は家に帰って寝てる」
「……なんか、いろいろと無駄なような……」
「うん」
晴美は重々しく頷いて、
「でも、千里はきっちりしてないと駄目だから」
とまた苦笑を浮かべた。
「今描いてるのがそれなりに売れたら、千里にルームシェア申し込むつもりなんだ。
 ……ルームシェア申し込むって、なんだか変だけど」
晴美がそう言ったところで、チャイムが鳴った。奈美がドアを開けると、

「何、パーティーにする気なの?」
「久しぶり〜、奈美ちゃん」
まといと霧が入ってきた。

クラスメイトは続々やってくる。

「す、すみませんすみません! 私、パーティーだとは思わずに日塔さんに個人的に
 お呼ばれしたものだと勘違いしてしまって!」
「い……いや、加賀ちゃん、最初は本当にそのつもりだったから!」
加賀愛は駅で会ったという大浦可奈子と一緒に来ていた。
「奈美ちゃん、いいところに引っ越せて良かったねえ」
彼女のマイペースぶりは相変わらずだ。
「う、うん、とにかく上がって! さあさあ!」
と奈美が二人を上がらせようとしたところに、

「いいところ? ウサギ小屋じゃない」
という言葉が上から降ってきた。腕組みしてドアの前に立ち部屋の中を覗いているのは木村カエレ。
「日本で一人暮らし始めたばっかなんてこんなもんだってば〜」
と言い訳のように言いながら、奈美はカエレも部屋の中へと招き入れる。

「こんばんはー、旦那がこれ持って行けって」
大草麻菜実が酒のつまみ片手にやって来たかと思えば、三珠真夜はいつの間にかコンロの前に立って
じっとコンロを見つめていた。

そうこうしているうちに、千里たちも戻ってきて買ってきた食べ物――調理しないでも食べられるもの――を、
テーブルの上に並べはじめ、紙コップに飲み物を注いではみんなに渡していく。

 * * *

「あれ?」
同じころ、久藤、木野、青山、芳賀の四人組は屋台でラーメンを食べていたが、
携帯を見ていた青山が驚いたように声を上げた。
「どうしたんだよ」
木野が携帯を覗き込む。

「いや、いまことのんのブログ見てたんだけど。炎上してないか気になって」
「お前、見てんだ」
からかうような芳賀の言葉を無視して青山は、
「なんかたった今更新されたみたいでさ」
と携帯を三人に見せる。
「『懐かしいメンバーとパーティーのん♪』?」
久藤がブログ記事のタイトルを読み上げる。
記事にアップされている写真には大量のお菓子の写真が載っていた。
「摂取カロリー高そうなパーティーだな」
木野は思わずそう呟いていた。

 * * *

パーティーは挨拶があるでもなく、なし崩し的に始まっていた。
パーティーと言うよりも、買ってきたものをみんなで適当に飲み食いしていると言った方が
妥当かもしれない。

――まあ、こんなもんだよね。
奈美はそう思いながら、
――あ、でも千里ちゃんが持ってきてくれたワインは私があけよう! せめてこの部屋の主として!
と心に決める。
だがその数分後、

「あ、私ワイン開けるね〜!」
とワインを目に止めた丸井円が宣言し、すぐに開け始めた。
「ああ! 本当なら私が開けるはずだったのに!」
という奈美の声は誰にも聞こえていない。
「マ太郎! あなたはまだお酒は駄目よ!」
「え〜、マリアもう飲めるぞ!」
「だめよ、あなたはまだぎりぎり未成年なんだから!」
ワインを前に千里とマリアが言い争っている。

お酒も入り、夜も更ける。
一人、また一人と少女たちは眠りに落ちて行った。
決して広いとはいえない奈美の部屋で、ベッドや床の上で重なり合うようにしてみんなで雑魚寝をする。
快適ではないはずなのに心地よかった。

「みんな、お酒飲むとぐっすり寝ちゃうのナ」
マリアはトイレに行こうと眼をこすりこすり立ち上がった。
「ン?」
部屋の片隅にぼんやりと光るものが見える。
「カフカ」
その光の珠にマリアはそう声をかける。

「ありがとう、マ太郎。みんなのこと呼んでくれて」
可符香の声が聞こえてきた。
「ウン! 電話かかってきたとき、マリア、カフカの声だってすぐ分かったゾ!」
「ありがとう」
可音香の声はまたそう言った。
「私もみんなと会えて、楽しかった」
「もう行っちゃうノカ?」
「先生のところにも顔出さないとね」
くすくすと笑うような声がしたかと思うと、光の珠はごうっと音を立てて窓の外へと飛んで行った。

 * * *

「あ、あれ」
夜の街をぼんやりと歩いていた男子四人組。芳賀が空を指した。
「すげー流れ星……あれ、火球って言うんじゃね?」
「ああ、そうかもなあ」
久藤が答える。

町明かりの中でもはっきり見える明るい流れ星は、絶望先生の赴任先の島の方へと真っ直ぐに飛んで行った。

-完-

 ←押していただけると嬉しいです。


絶望先生置き場へ戻る
indexへ戻る