嫌なことを思い出してしまった。

心の闇鍋が実施された日、あびるは重い足取りで帰路についていた。
あびるが引き当てた闇鍋の具材は鶏肉。ごく普通の具材だが、
心の闇鍋としては特別な意味を持っている。

小学校の頃学校で飼っていた鶏のピヨちゃんは、死んでしまった。あびるが殺した。
ピヨちゃんがすごく強かったから、ネコにだって負けないと思ってそれを証明するつもりだった。
隣のクラスの女の子に言われたのだ。「ピヨちゃんと猫とどっちが強いかな?」と。
そして、ピヨちゃんは死んでしまった。


はあ、とあびるはため息をつく。あびるの身体は猫背の形に縮こまり、
普段の背の高さをあまり感じさせなかった。

「あーびーるちゃん!」
元気な声と共に背中を叩かれる。あびるが立ち止まって振り返ると
後ろには超・ポジティブ人間――風浦可符香がいた。
「可符香ちゃん」
あびるは可符香から一歩離れる。可符香はずいと近寄ってくる。
両者の距離は変わらない。
「一緒に帰ろう」
にっこりと可符香は笑った。
「う……うん」
あびるの足取りはやはり重い。
「ねえねえ、あびるちゃん」
可符香はそんなあびるの様子を全く意に介していないようで、
「さっきの鶏肉ってなんだったの?」
とストレートな質問をぶつけてきた。
「……それを、聞くの?」
あびるの声は震えていた。
「うん」
可符香は元気よく答える。あびるは彼女が恐ろしく無神経に思えたが、
「だってね、あびるちゃん。一度出かけちゃった闇なら全部出しちゃったほうがいいんだよ」
と彼女が言う言葉は妙に説得力があった。
「そう……」
「うん、だからね」
可符香はじっとあびるを見上げ、彼女を促す。

「……、」
しばしあびるは躊躇ったが、やがてぽつぽつと話し出した。
話している間に目には涙が浮かんできた。

「……それでね、ピヨちゃんは死んじゃってね……」
途切れ途切れに、あびるは最後まで話す。可符香はそんなあびるの手をぎゅっと握る。
「その、ピヨちゃんがどうなったか隣のクラスの子には話したの?」
そんなことを聞いてきたのであびるは意外に思い、「え?」と間の抜けた声で
聞き返した。
「ほら、『猫とどっちが強いかな?』って聞いてきた隣のクラスの子」
「あ……えっと……、」
あびるは右目に手を当てて考えた。
「確か、うん。話したと思う。その子……赤……何て言ったかな、
 名前忘れちゃったけど」
「その子、何か言ってた?」
「ええと……」
あびるは立ち止まり、記憶を掘り返そうとした。遠い昔の記憶が、
途切れ途切れによみがえってくる。

「確か、『ピヨちゃんは死んでないよ』って言ってた」
「……なんで?」
「……『魂は死なないから、ピヨちゃんはいつだってあびるちゃんのそばにいるんだよ』って」
ああ、そうだ。思い出した。あびるはそう思った。
あびるはその時、その子の言葉を単なる慰めのように思った。
口から出まかせのようにも思った。その子は笑っていて、どこか冗談を言っているようにも
見えたのだ。

「私もその子の意見に賛成かなあ」
可符香の言葉にあびるは現実に引き戻された。
「……そう?」
「うん。ピヨちゃんは死んでないし、あびるちゃんのそばにいるんだと思うよ」
そう言って屈託なく笑うと、可符香はあびるの手を離した。
二人はまたゆっくりとした足取りで歩き始めた。

「その子、あびるちゃんと一緒の中学に行ったの?」
可符香が尋ねる。
「ううん、その子すぐ転校して行っちゃったから。
 転校してきて隣のクラスに入って、あんまりいなかったんじゃないかなあ、
 一ヶ月くらいでまたどこかに引っ越して行っちゃったんだと思う」
「へえ」
「どこかで元気にしてると思うけど」
あびるがそう呟くと、
「それはそうだよ」
と、さも当然のように可符香は答える。
「どうして?」
「だって、その子の理屈だったら。その子は死んでないし、あびるちゃんのそばにいるんだよ」
ね? と可符香はあびるを見上げて笑う。

「まあ、そうなるけど。……」
あびるは可符香の物言いに漠然とした不安を覚えたが、
――まあ、どこかで元気にしてるよね。普通。
と思い直した。

「じゃあね、あびるちゃん。また明日ね」
あびるの家の前に来ると、可符香は手を大きく振ってそのまま歩いていこうとした。
「可符香ちゃん……」
あびるは、何となく引き留めたいような気がした。だが、
「ん?」
と振り返った可符香の顔を見ると、勢いが削がれた。
「また、明日」
とあびるも手を小さく振り返し、家に入った。


-完-

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