洞窟での戦闘を終えて気を失ったシュウが目を覚ますと、
ギルド内の自室のベッドの上に寝ていた。
「あれ?」
思わず声が出る。それと同時にベッドサイドで誰かの動く気配がして、
心配そうなジルの顔がシュウの顔を覗き込んできた。

「あれ、ジル、あんた……」
いつもと違ってサングラスをかけていないので、ジルの顔もいつもより
白く見える。ジルはベッドサイドに座ってシュウの起きるのをずっと待っていたようだった。
「あの人……は? どこかに行った?」
先ほどまで戦っていたイースのことを尋ねると、ジルは黙って頷く。

「そうか……」
――結局、肝心なことは何も聞けなかったってわけだ。

シュウは彼女にグレゴのことを聞こうと思っていたのだが、彼女は何も
教えてはくれなかった。その代り、彼女の抱えている気持ちだけがシュウには伝わってきた。
シュウは大きく頭を振る。
――あまり考えすぎないようにしよう。
彼女はそう思っていた。グレゴのことは、また別のやり方で情報を集めればいい。

「ジル、あんたがここまで運んでくれたの?」
努めて明るい声でシュウはジルにそう尋ねた。ジルは一瞬間をおいてから、小さく頷いた。
「ありがとな。あたし重かっただろ、ナギと違って」
ジルはあわてて首を振る。
「はは、気ぃ遣うなよ」
シュウはそう言って笑うと、枕元に置いてあるサングラスに目を落とした。
サングラスはレンズ部分が粉々になってしまっていて、もう直せそうにない。
「新しいの、買ってこなけりゃなあ。町に出た時、あんたの欲しいものも
 何か買ってやるよ。お礼の印だ」
ジルがぱたぱたと手を振ると、

「遠慮すんなって。あんたが育ててる花、町持ってくと高く売れてるのも
 事実なんだぜ」
そんな会話を交わしていると、こつこつと静かなノックの音がした。
「どうぞ」
とシュウが答えると、
「ああ、シュウ。起きていたのか」
とナギが扉から顔をのぞかせた。
「ナギ? どうした?」
「薬膳を作って持ってきたんだ。身体の回復を早める」
「お、そいつはありがたいね」
シュウはゆっくりとした動作でベッドから降りる。
「寝てる間に、ソルシエールに診察してもらったんだが」
「ほう」
「怪我は大したことない。洞窟内の毒気に当てられただけだから、
 毒が抜ければ治るって話だ。薬膳も、毒の排出を促すように作ってある」
「助かるな」
シュウはベッドサイドに立ってナギの話を聞きながら体操のように身体を動かしている。
ナギは困惑して、
「何してるんだ?」
「いや、身体どんなもんかと思ってさ。いつもよりちょっと重いかな」
シュウはそう答えて、寝室から出て行こうとする。ナギとジルもそれに続いた。

シュウの部屋のダイニングの机の上には、ナギが持ってきたばかりの薬膳が土鍋に入って
湯気を立てていた。近づくとほんのりと美味しそうな香りが漂ってくる。
シュウは口笛を鳴らすと、
「さっそくいただくよ、ナギ」
とテーブルに着いた。
「ゆっくり食べろよ」
ナギはそう言い残して、シュウのそばに立っているジルをちょんちょんとつつくと
二人して部屋を出ていく。
部屋の外にはカラトが待っていた。
「ナギ! シュウ、起きた?」
「ああ、起きてたぞ。話も普通にできそうだ」
カラトはそれを聞いて些か困ったような表情を浮かべ、部屋に入るか入らないか
迷った。

洞窟の中で、カラトはシュウから昔の話を少しだけ聞いた。
いつもは勝気な、ことに、カラトに対しては弱いところを絶対に
見せまいとしている彼女が寂しそうな表情を見せるのは初めてだったものだから、
カラトはシュウと何かを話さなければいけないような気がしていたのだが、
何を話せばいいのかはよく分からなかった。
「話があるなら今入った方がいいんじゃないか。食事が終わったらまた寝るだろうから」
ナギにそう言われてカラトは、
「あ……ああ……」
と答えると、逡巡しながらも思い切ってシュウの部屋の扉を開けた。

「……何だ、カラト」
シュウは薬膳をぱくぱくと食べていたが、カラトが入ってきたのを見て手を止める。
「お……おう」
「薬膳ならやらないぞ」
「いらねえよ」
「そうか? ナギがつくってくれたのになあ。ああ、美味しい」
ナギという言葉を聞いてカラトは食べたい! とばかりに表情を輝かせたが、
「だから、やらないって」
と言われ顔をしかめる。
「性格悪いなあ、お前」
「あんたほどじゃない」
「何だよ、それ」
軽口を叩いていると少し口が滑らかになってきた。
「あのさ、シュウ」
「何だよ」
シュウは食事を再開している。カラトは椅子を部屋の隅から引っ張ってきてシュウの
隣に座った。
「会いたいって言ってた人、会えたの? 誰か人を探しに洞窟に入ったんでしょ?」
「んー……」
シュウはカラトから目をそらして窓の方を見やった。
「一応、会えたけどな。肝心のことは聞けなかった」
「そっか……」
「なあ、カラト」
「ああ?」
シュウは薬膳を一口啜ると、

「みんな寂しいのな」
と言った。
「え?」
どう答えていいか分からないままにカラトが聞き返すと、
「みんな寂しいんだよ。あたしがさっき会った人も――、肝心の話はできなかったけど
 あたしあの人そんなに嫌いじゃないぜ。もうちょっと何かこう――うまくいきそうなもんなのに、
 何でうまくいかないんだろうな……」
「……」
シュウの話が良く分からなくてカラトは黙っていた。
「なあ、カラト」
「おう」
シュウがカラトを見る。カラトは、シュウはこんなに瞳の色が薄かったんだなと思っていた。
「あたし、やっぱり知りたいんだよな。あたしを育てた人や――さっき会った人のこともな。
 何を考えてたのか、さ」
「俺、よく分かんねえけど……」
カラトは考え考え、言葉をひねり出す。

「お前しつこいから、そのうちその人たちのこと分かるんだと思うぜ」
「それは誉めてるのか? けなしているのか?」
シュウが軽くカラトをにらみつける。
「誉めてんだよ」
「そりゃありがとうよ。……薬膳はやらないけどな」
カラトはいささか不満げな表情を浮かべた。

 * * *

ジルはナギについて階段を降りながら、ちょんちょんとナギの背中をつついた。
「何です、ジル?」
階段を降りきったナギが振り返る。ジルは表情を曇らせたまま、自分の心に
つかえているものをナギに話した。シュウに嘘をついてしまったことだ。
本当は、シュウをここまで運んだのはグレゴ――シュウが会いたがっている義父――なのに、
”私のことは言わないでおいてくれ”
と頼まれたものだから、ついつい自分が運んだことにしてしまった。

ナギはジルの話を一通り聞くと、
「はあ……それで何を悩んでいるんです? シュウに本当のことを話したほうが
 いいんじゃないかってことですか?」
ジルはこくんとうなずく。

「前にもお話しましたが、」
ナギは全く迷いなく答え始めた。
「シュウはトバリのことや僕たちのことを忘れて故郷に帰った方が幸せになれると思います。
 だから、グレゴールが彼女のそばにいたと話すべきではないと、僕は思いますよ」
ジルが納得できない表情を浮かべているのにかまわずにナギは台所に行き片づけをはじめる。

ジルがもやもやした思いを抱えながらギルドルームの外に出ると、ソルシエールの
姿が目に入った。

「やあ、ジル。シュウは起きたのかい?」
ジルがうなずくと、それは良かったとソルシエールは行ってからジルの顔を覗き込み、
「浮かない顔だね。どうしたんだい?」
と尋ねる。
ジルがナギに言われたことを話すと、
「ふーん」
とソルシエールは顎に手を当てた。
「まあ、身体が回復するまでしばらくシュウには大人しくしていてほしいから
 僕も今すぐ伝えるのは反対だけどね」
ソルシエールはそう言って、
「君のしたいようにすればいいさ、ジル。アンヴィルヒェンの言うことをなんでも
 聞かなきゃいけないわけじゃない。――ただ、君が言っても言わなくても
 シュウはいずれ本当のことにたどり着くと思うけどね。ああ見えてしつこいから」
と続けた。ジルは分かったような分からないような顔で小さく一つため息をつく。

今すぐに言わなくてもいい理由ができたのはありがたかったが、その後どうすればいいのかは
分からない。

「精いっぱいもやもやすればいいよ、ジル」
ソルシエールの声が追いかけてきた。
「この世界は簡単には結論を出せないことばかりなんだ。
 君のそのもやもやが君の物語を作っていくんだからね」
ジルはまだ曖昧な表情を浮かべたまま、自分の部屋へと戻って行った。

-完-

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