数日間降り続いていた雪がようやくやんだ。森の中は一面の雪景色でしんと
静まり返っている。
グレゴが一歩を進めるたびに深い足跡が雪の上についた。彼の吐く温かい息は、
口から出た途端に白く冷たく凍り付く。グレゴが追っている大型のモンスターの
足跡は森の奥へと続いている。
最近この辺りに住み着いている巨大な兎のモンスターだ。
グレゴはモンスターハンターとして生計を立てている。腕一本で稼ぐことが
できるので、グレゴのような男にはいい仕事だ。

獣の気配がした。グレゴは手にしたライフルを構えた。
雪に紛れているが、白く大きな獣が遠くの樹の下で息を殺しているのが見える。
この巨大兎は農地を荒らすので特に高い懸賞金がかけられている。

兎はまだ、グレゴの存在に気づいていない。身を落とすと、ゆっくりとグレゴは
引き金に指をかけそのまま弾を発射した。
乾いた音とともに飛び出した銃弾は一直線に怪物のもとへと走り、
その脳を直撃した。ギャッと悲鳴を上げて跳ね上がった怪物は、しかし次の瞬間には
地面に転がり身体をぴくぴくと痙攣させ、やがて静かになった。
モンスターは一度死んだように見えても回復してくる場合がある。
グレゴはしばらく待ち、確実に動かなくなったのを見届けてから
静かに立ち上がると獲物のもとへと向かう。
空では狩のあったことに気づいたカラスたちがぎゃあぎゃあと鳴き交わしながら
集まり始めていた。

モンスターや動物を仕留めた時、グレゴが最初にすることは決まっている。
今日もグレゴは自分の身体ほどの大きさのある巨大兎を持ち上げると、
その喉笛に噛みついた。まだ温かい血がグレゴの口の中へと吸い込まれていく。
一部の血は零れ落ち、雪を赤く染めていた。
血を飲んでしまうと、グレゴは息を吐いて死体を雪の上へと投げ捨てる。
血を飲んだことで身体が少し熱くなっているのを感じたが、気持ちを落ち着ける。

”グレゴさんが持ってくる獲物は血抜きが完璧だからいいね”
というのはグレゴがよく獲物を売りに行く肉屋の主人の言だ。
完璧なのも当然だ、こうして血の一滴も余さぬ気持ちで飲み干しているのだから。

グレゴはシュウにも血抜きの仕方を教えた。もちろん人間のやり方で、
喉笛を切って地面に血を流すやり方だ。
”あたしグレゴみたいにうまく血抜きできないなあ”
とシュウは言っていたが、それも当然だ。シュウは別段、血抜きが下手なのではない。
人並みだ。
グレゴはシュウと一緒に狩をするときでも彼女に隠れて獲物の血を飲んでいたから、
グレゴの方が血抜きが上手いとシュウが感じるのはやむを得なかった。

ただ、シュウはアイテム収集に関してはグレゴより長けていた。
ちょっとした岩の陰や樹の下に潜んでいるアイテムを見つけるのがうまい。
自然、グレゴはモンスターハントを、シュウはアイテム収集をして
二人で生計を立てるようになっていた。

一息ついてから、グレゴは兎の解体を始めた。
モンスターハントの依頼をこなしたことの証明に頭部は絶対に必要だ。
後は、体部分から生肉を採って――と思ったが、身体の方からは変な臭いが
したので切り分けるのはやめておいた。

――カラスにくれてやる。
グレゴは頭部だけを背中の袋に入れると、もう2、3匹普通のモンスターを狩ろうと
歩き始めた。


日が高くなってきた。この森は思っていたよりモンスターが少ない。
グレゴはシュウに弁当を渡されていたことを思い出すと、昼食にしようと
手ごろな樹の根元に腰かけた。
普段、シュウが弁当を作ることなどほとんどない。
今日はたまたま機嫌が良かったのかそういう気分だったのか、
出かけるときに弁当を渡された。彼女自身は最近見つけたという
アイテム収集の穴場に今日もでかけている。

弁当箱の蓋を開いて、グレゴは思わず、うむ、と声をあげた。それはお世辞にも
綺麗な盛り付けとは言えなかったが、出会ったばかりの包丁もろくに持てなかった
シュウのことを思えば大した成長と言えた。

出会ったばかりの頃、家族をなくしたシュウは脅えたような緑の瞳でグレゴのことを
見上げていた。そんな彼女に、グレゴは危害を加える気にはならなかった。

シュウが作る料理の味付けは、一般的には不味いとされる部類である。
しかしグレゴには美味だと感じられた。いや、彼が自分の味覚に従ってシュウの食事を
作っていたものだから、彼女も立派な味音痴に成長していたのだ。
それでも、二人の間で料理を作っている限りは何の問題もなかった。

弁当の中には燻製肉が2切れ入っている。最近シュウが生肉を燻製肉にするための装置を
安く手に入れてきたのだ。何でも、売っているお店に何日も通いつめては値引き交渉をして
当初の売値の3割引きで手に入れたらしい。
初日、たまたまグレゴはシュウと一緒にその店に行っていたのだが
店主の様子はとても値引きなどしそうになかったものだから、シュウが買ってきた時の
値段を聞いて驚いたものだった。燻製肉を食べながら、しかしグレゴの顔は曇った。

シュウが装置を手にして意気揚々と帰宅してきた時、彼女はこう言ったのだ。
”本当に、何回もしつこくしつこく頼んだらやっと負けてくれたんだ”
”随分頑張ったんだな”
グレゴも彼女をねぎらう。

”お父さんと一緒に燻製食べて下さいってさ。お店の人が”
”お父さん? ……父親じゃないって訂正したのか?”
”してないよ”
シュウはきょとんとした表情を浮かべていた。この装置さえ変えれば特に用事のない店の
店主にそこまで説明する必要はないと、彼女はそう判断しているようだった。

――非常に、まずい。
弁当を食べながらグレゴは思う。自分は彼女の父ではない。彼女には本当の父が
ちゃんといたのだ。

――潮時、なのだろうな。
空になった弁当箱をしまいながらグレゴは一人考える。彼はシュウにすべての
真実をまだ話してはいない。彼がトバリであることも、シュウの家族を殺したのが
グレゴであることも。……そして、トバリは誰かを愛しいと思う時にその相手を
食べてしまいたくなるということも。実際、グレゴはこれまでにもシュウを食べそうに
なったことが何度かある。抑えてはきたが。
潮時、なのだ。いろいろと。今なら、シュウは一人になったとしても
アイテムの収集で十分に生きていけるだろう。

――自分は死んだ方がいい。
グレゴはそう思っていた。家族の仇は死んだ方が、彼女も今後の新しい人生を
生きやすいだろう。

おや、とグレゴは目の前の低木に目をとめた。今までは気づかなかったが、
よく見てみればそれは迎春花の樹のようだった。迎春花。シュウが昔、
その花の名前を教えてくれた。春の訪れを告げる花なので、
東国では特に愛されているのだ。

――この花が咲く前に。
シュウに真実を話して、彼女から離れよう。自分と離れて初めて、彼女に
本当の春が訪れるのだろうから。グレゴはそう決断した。

彼が木の根元から立ち上がると、どこかの樹の枝から大きな雪の塊が落ちる音がした。

-完-

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