”トバリは人を襲ったが 恐れられてはいなかった
 何故ならトバリを知る者が あまりに少なかったからである――”

トバリは人に紛れて生活するので、各地に点在している。
幼少のころからトバリとして生きているイースは、各地のトバリを訪ねて
諸々の情報を得ながら暮らしていたので旅行はもう習い性のようなものだった。
最近になって弟子として育てることになったカラトも彼女にくっついて
あちらこちらを転々としている。

「師匠〜、俺さすがに疲れてきたんだけど」
森の中を歩くカラトの足取りはいつもよりも重い。
彼はイースと自分、二人分の荷物を持たされている。
弱いモンスターが良く出現する森だとは聞いていたが、モンスターの数は予想外に多かった。
荷物を運びながら戦い戦いしているうちに、カラトはすっかり
疲れてしまったというわけだ。

カラトひとりだけで旅をしていたのなら適当な場所の大きな樹の下ででも
簡単に野宿することができるが、イースは寝泊りする場所にはこだわりがある。

「もうすぐよ。町につくの。着いたらすぐに宿を決めればいいわ」
イースは持っていた地図を確認してからぱたんととじた。

「師匠、俺着いたら寝てもいい?」
「仕方ないわね。いいわよ」
「やった」
カラトは嬉しそうに拳をつきあげた。イースは困った子ねという表情で
ちらりとカラトを見る。町に着いてからすぐ二人で町の様子を偵察に出るのが
これまでのやり方だったが、イース一人で行くことになりそうだ。

着いた街は、商業が栄えている町だった。今までどこに隠れていたのかと思うくらい
多くの人々でにぎわっていた。道行く人に宿屋の場所を聞き、
一番近そうな場所へと向かう。
通りに色々な物を並べて商売している人の姿が珍しくてカラトがきょろきょろと
よそ見をしながら歩いていると、正面にいた誰かにどんとぶつかった。

「……気をつけろ」
太い声でそう言われてカラトは反射的にイースの影に隠れる。
この頃、カラトはまだイースの胸くらいの背丈しかなかった。
「ごめんなさい、この子ったら。……あら」
イースはカラトにぶつかった男――軍服を着こみ、顔の半分はマスクで覆っている――
を見た。

「こんなところで会うなんてね」
「……」
男は答えない。カラトはイースの陰から二人の様子をうかがっていたが、やがて
イースをちょんちょんとつつき、
「師匠、知り合い?」
と尋ねる。
「ええ、そうよ。……先に宿に行っていなさい。私は少し話があるから」
イースの答えに、カラトはこれ幸いとその場を離れた。


「久しぶりね」
イースと男――グレゴは、人の多い通りを離れて近くに誰もいない路地に移動していた。
この二人が話すときは大抵イースが一方的に喋っている。
「それで? あなたが育てていた人間の子はどうしたのよ?」
イースの遠慮ない物言いにグレゴはわずかに眉をひそめたが黙っている。
イースはその様子から大体の見当をつけた。
この男と話すときは察しが良くないとコミュニケーションが難しい。

「あら、そう。捨ててきたってわけ。子育てなんて似合いもしないことを
 よくやると思ったけれど。美味しそうにでも見えたの、あの子が?」
グレゴは今度ははっきりと眉をひそめた。その表情はイースの言葉を肯定していた。
イースはグレゴのその表情を見て嘲るかのような笑みを浮かべた。

「素直じゃないこと。食べたかったのなら食べてしまえばいいものを。
 あなた今までそうやって生きてきたんでしょう、頭からばりばりと食べてしまえば
 良かったんだわ」
「……君にもいずれ分かる。……」
――あの子を食べたくなったらな。
グレゴは言外にそう言っていた。
「あら」
イースは右の口角だけをあげて皮肉な笑みを作って見せた。

「私はあなたとは違うわ。ワーニャが食べたくなったら遠慮せずに食べるわよ。
 知ってる? あの子ああ見えてお使いも上手だし私の言うことも聞くし、何より、
 私より弱いのよ」
イースの顔いっぱいに歪な笑みが広がった。
グレゴは黙って彼女のそんな表情を見ていた。
言うことは言った、とでも言いたげにイースは長い髪を翻して
一人路地から出て行った。

――君とて、いずれは……
そんな考えのままではいられまい。グレゴはそう思ったが、わざわざ追いかけて行って
彼女にそれを伝えようとは思わなかった。

トバリは本質的に一人である。グレゴはそう思っている。
どんなに親しい相手ができたとしても、親しくなればなるほど
その相手を食べてしまいたくなる。だから、誰とも親しくなりすぎてはいけない。
誰かとの距離が近くなりすぎたら離れなければいけない。
グレゴの姿は路地を出ると雑踏の中に紛れた。

 * * *

同じころ、東の国。シュウはトバリ討伐隊の本部を訪れていた。隊という名前がついているものの、
トバリ討伐隊はそれほどきちんと組織化されていはいない。

本部も、討伐隊に属する人――それとて、名簿が作られるなど隊員資格が明確化されているわけではない――
が銃器の取り扱いなどを訓練する場所、兼、情報交換の場所であって、
討伐隊を統括する誰かに連絡が取れるような場所ではなかった。

初めてこの建物を訪れたシュウは誰に話をしたらいいのか途方に暮れていたが、
やがて訓練を終えてベンチに座って一休みしているらしい隊員が困っているシュウに
目を止めた。

「何だ?」
「……討伐隊に、入りたいんです」
「入りたきゃ入ればいいさ」
「何か、その、手続きとかは」
「ないさ。討伐隊って名乗れば討伐隊だ」
なんて適当な組織だ。とシュウは思った。

「じゃあ、ここでの銃器の訓練なんかは」
「訓練場は奥にある。予約しておけば訓練を受けられる。誰でもな」
つくづく適当だ――とシュウは思った。男はシュウのそんな気持ちを
察したかのように、

「トバリを狩りたいんだろ?」
と尋ねる。シュウは無言で頷いた。
「資格はそれだけで十分さ。トバリに碌でもない目に遭わされているならなお結構」
あたしは碌でもない目に遭ったのだろうか……遭ったんだろうな――と思いながら、
シュウは奥の訓練場へと足を進めてみた。


-完-

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