転校生は難しい。
人間関係がそれなりにできあがったクラスに途中からぽんと入ってくるものだから、
場合によってはクラスメイトと軋轢を起こしたり、クラスからどこか浮き上がった
存在のままになってしまったりする。

篠原先生はもう何年も教師として働いていたが、転校生の様子には
他の生徒達より少し気を使うという習慣は変わらなかった。
今年の2年B組は転校生がなぜか多い。
学年の初めに美翔、それに霧生満と霧生薫。

同時期に転校してきた生徒が二人とも同じクラスに入るということは
通常の場合にはあり得ないことなのに、まして美翔舞を受け入れたばかりのクラスに
転校生を入れることはないはずなのに、誰も特に疑問を抱かず――篠原先生も――
霧生満と霧生薫はB組に入れられることになった。


――霧生たちは少し難しそうだな。

数日クラスの様子を見ていて篠原先生はそんな感想を抱いた。
満と薫がどこか超然としていて、クラスメイトと取り立てて仲良くしようなどと
考えていないということは誰に聞かなくても生徒の様子を見ているだけで分かった。

それでも篠原先生は特に満や薫に注意をしようとは考えていなかった。
少なくともしばらくの間は。それは2年B組というクラスの力を信じていたからでもあったし、
満や薫が何を考えているのか、どういった気持ちを抱えているのか少し見守りたいからでもあった。

* *

「ねえ、何か2Bに凄い子たち来たんだってね」
部活の練習後、泉田キャプテンが咲や仁美に話しかける。泉田は噂を聞いて少し
興奮しているようだった。

「凄い子たち……あっ、満と薫のこと」
「そうそう、頭もいいし運動神経も抜群だって3年生の間でも噂になってる……
 仁美、ソフト部に勧誘した?」
「あ……それがその、」
気まずそうな仁美を見て泉田先輩が不思議そうな顔をする。

「誘ったんですけど、断られちゃったんです」代わりに咲が答えた。
「へえ? もう入る部活が決めてあるのかな」
「そういう感じじゃなさそうですけど……ソフトにあまり興味がないみたいで」
「ふうん? そうなんだ、勿体ない。ま、気が変わるかも知れないから
 折に触れて誘ってみて。一年、道具はすぐに片付ける!」
キャプテンがグラウンドの片付けの最終確認に行ってしまってから
咲と仁美は顔を見合わせた。

「あ〜、私がマジもう少し上手く誘ってれば入ってくれたかもしれないのに」
「仁美気にしすぎだよ。もう少し待ってみよ。満と薫、学校に慣れてくれば
 また違ってくるかもしれないし。運動神経すごくいいけど、ひょっとしたら
 文化系の部活考えてるのかもしれないし」
「えーそれマジ勿体ないよ。薫さんも満さんもあんなに運動できるのに。
 ……あ、でも美翔さんみたいに絵が上手くて美術部とかもありかな。
 二人とも何でもできそうだから」
「ああ、それもいいかも……でも、舞の絵には敵わないかも……」
「咲マジ美翔さんの絵好きだよね」
「うん、大好き。また様子見て満と薫のこと誘ってみよ」

――ふうん……。
咲たちの話の断片断片は篠原先生の耳にも入ってきた。
――時間が掛かるかもしれないな、霧生たちは。
その思いを強くする。

ふっと誰かの視線を感じて篠原先生は校舎の方を見上げた。
屋上には満と薫が立っている。二人の姿はグラウンドからでもすぐに見分けがついた。

――気にしてでもいるのか……?
二人の姿はしばらくの間屋上にあった。

* *

PANPAKAパンの特売日、篠原先生もパンを買いに行った。
仕事中に咲やその両親とあまり長話をするわけにもいけないので
メロンパンとチョココロネを買うだけ買ってすぐに退散することにする。

日向咲が店を手伝っているという話は学校でも聞いたことがあった。
PANPAKAパンに近づいていく途中で「ありがとうございましたー!」という、
聞きなれた咲の元気な声が聞こえてくる。

店に入ろうとしたところで先生の足が止まった。意外な生徒をそこに見た。
霧生満がエプロンをつけて、接客をしている。

――霧生? どうして?
疑問に思いながらも店の中に入っていくと、満が「あ」と小さく声を上げてから
「いらっしゃいませ」と迎えてくれた。もちろん、それ以上の会話をすることはなかったが。

店内にはもう一人、生徒の姿があった。美翔舞。こちらは店を手伝っていてもあまり
意外ではなかった。

「あ、篠原先生、いらっしゃいませ!」
少し離れたところからこちらを見つけて、にっこり笑う。
「ずいぶん人、入ってるな」
「そうなんです」
舞は自分の家のことのように嬉しそうだった。

「美翔は手伝ってるのか?」
「はい、アルバイトの人たちが突然来られなくなってしまったので、
 咲を手伝ってるんです」
「へえ。……霧生満も?」
はい、と舞は頷いた。
「満さんも薫さんも、事情を聞いて手伝ってくれて」
「え、薫も?」
「はい、薫さんは外でみのりちゃん――咲の妹を見てくれてるんです」
舞に窓の外を示され、篠原先生はパラソルの下に薫と咲の妹が座って
何か話しているのを見た。

「なるほど」
「先生、どのパンにしますか?」
「メロンパンとチョココロネ――いいよ、自分で取る。
 美翔は他のもっと困っているお客さんのところに行ったほうがいい」
「はい!」
舞は別のお客さんのところにするりと近づいていった。
篠原先生は混雑の中から無事にパンを買い、

――霧生たちに手伝わせるとは、やるな日向。

そう思った。

* *

教師達の、満と薫の評価はいいとも悪いともつかない。
成績はもちろんいいし何をやらせても器用にこなすのだけれど
授業に対して積極的に取り組む姿勢が見られない、協調性がないというのが
大方の評だった。

取り立てて授業を妨害するなどと言ったことはないが、
教師たちからはどこかコミュニケーションを取りにくい生徒、と二人とも見られていた。
職員室の会話からそんなことは伝わってきていた。

* *

「おはよう」
ソフト部に朝練のある日、部員たちが来る前にグラウンドに出てみると
満と薫がそこにいた。

「……」二人とも無言のまま、軽く一礼してそのままグラウンドを離れようとする。
「何か用があるのかい?」
「いえ、別に」満が小声で答える。
真っ直ぐ歩いてくる薫がすっと進路を曲げた。また満の傍らに戻り二人は
黙ってグラウンドを出て行った。

薫がよけていった場所には何かの草が生えていて――まだつぼみもつけていなかったが、
他の草より少し背が高くその存在を主張していた――、そこにコスモスがあることに
篠原先生は夏休み気づくことになる。

グラウンドの中央付近の地中からはドロドロンがこっそりとひょうたん岩の方へ移動し始めていた。

* *

「日向、この前の英語の小テスト、良かったじゃないか。今までで
 一番良くできていたぞ」
一学期のある日、篠原先生は廊下ですれ違った咲に声をかけた。

「本当ですか? 絶好調ナリー!」
「勉強したのか?」
咲は照れたように笑った。
「テスト直前に、満に教えてもらったんです」
「霧生に?」
「満すごく頭いいから、なんか私まで頭良くなったような気がして、
 それでテストもできたんです」
「気分だけか?」
「そういうわけじゃないんですけど」
否定しながら、笑っている咲に篠原先生は少し小さな声で尋ねた。

「なあ日向、霧生たちはどうだい」
「え、どうってどういうことですか?」
いきなり妙な質問をされて咲の目がなお一層丸くなる。

「クラスと馴染んでるかい? 美翔の時は割と早かったけど、二人はどうかなと思って」
「はい、大丈夫です!」
咲はあっさりと断言した。
「ん、そうなのか?」
「先生、満も薫もすごくいいところ一杯あるんですよ!」
咲はいーっぱい、と言うように手を大きく広げる。

「満は私にいろんなこと教えてくれるし、薫はみのり――私の妹と遊んでくれるし。
 二人ともちょっと変わってるし人付き合いが下手なところもあるけど、
 でもいいところが沢山あって……今日は舞の家にも来てくれるって言ってたし」
「そうか」
「だから先生、大丈夫です! 私も舞もクラスのみんなも、二人のこと大好きだから」
「そうか……日向がそう言うんなら安心だよ」
「先生?」
咲は少し怪訝そうな顔をした。

「少し心配してたんだよ。二人ともあんまり積極的に友達を作っていくタイプでも
 なさそうだったから」
「私、満と薫と友達ですよ」
「そうだな。これからも二人と仲良くしろよ」
「はい!」

――心配することなかったな。
篠原先生は思った。
2年B組の包容力に任せておけば今後もそんなに大きな問題は起きないだろう。
そう、確信した。

* *

"滅びの力で産み出された私たちに何ができるって言うの?"
"できるよ!"

咲と舞、満と薫がこんなやり取りをしていた頃、篠原先生は一学期の通知表を
作っていた。成績は各学科の先生から貰った点数を元につければいい。
安藤、伊東、太田と進み次は霧生だ。
満と薫の場合、成績には5が並ぶ。

「通信欄」にはどういう言葉を書こうか。篠原先生は持っていたボールペンをくるくる回して
しばらく考えた。


「クラスに慣れるまで少し時間が掛かったようですが、大分馴染んできたようです」

ボールペンが通信簿の上で滑らかに動き字をつむいでいく。
ダークフォールで咲と舞の放ったツインストリームスプラッシュが
アクダイカーンに阻まれていた頃。
篠原先生の右手は迷いなく動いていた。

"私たちはもう見られないけど""空の泉をお願いね"

「2学期は文化祭・体育祭などの行事も多く、更に色々な活躍が見られるものと
 期待しています」……

通信欄をそこまで書いたところで篠原先生の中から満と薫の記憶は抜け落ちた。
――そして忘れた事を思い出すこともなく、彼女達の存在は篠原先生の中から消え失せた。


-完-

 ←押していただけると嬉しいです。



短編SS置き場へ戻る
indexへ戻る