「お姉ちゃん、見てみて!」
6年生の咲が学校から帰ってくると、みのりが飛び跳ねるようにして抱きついてきた。
「どしたの?」
「ランドセルが届いたんだよ、ほらほら」
みのりの背中にはまだ新品のランドセルだ。飛び跳ねるたびに金具が軽い音を立てる。

「へえ、届いたんだ」
「うん!」
「私のと全然違うなあ……」
咲はそう言いながら自分の背中のランドセルを下ろした。
6年間のお勤めをもうすぐ終えるそれはだいぶくたびれて、
鮮やかだった赤色はもう薄くなってしまっている。

「みのりはこれから使うんだもん。夕凪小学校で」
「はいはい」
咲とみのりは部屋に上がった。両親はいつもどおり店の方だ。
自分のベッドの上でみのりは宝物みたいにランドセルを抱いている。
「そういえば、みのり。小学校に歩いていったことあったっけ?」
「え?」
きょとんとした顔でみのりは咲を見つめる。

「あるよ。お母さんと一緒にこの前お姉ちゃんに体操着届けたもん」
「うーんと、お母さんと一緒じゃなくて」
「お姉ちゃんと一緒に校庭で遊んだこともあるよ」
「そうじゃなくて、独りでいったことあったっけ?」
うーん? とみのりは首を傾げた。

「ひとりではないかもしれないけど……」
「一度試しておかなくて大丈夫? 学校行くときはお母さんも私もついていけないんだから」
「……うーん」
みのりは不安そうな表情を浮かべた。改めて聞かれると自信がなくなってきたらしい。

「小学校に通うんだからそういう準備もしておかないと。だったら今日、試してみる?」
「でも今日迷子になったらどうしよう」
「後ろからついてってあげる。みのりが迷ってどうしようもなくなったら
 道教えるから」
「うん! じゃあ、これ背負ってやってみる!」
みのりはえいっとランドセルを肩にかけた。後ろから見るとランドセルが歩いているみたいだ。
店にいる両親に、二人で小学校に行ってみることを話してからスタートラインに立つ
――PANPAKAパンのすぐ目の前の道路だ。

「じゃあ、みのり。少し後からついて行くからね」
「うん!」
咲を後ろにおいてみのりは歩き始める。緊張しているようで歩き方がどこかぎごちない。
ランドセルの金具が立てる音だけが妙に陽気だ。
5メートルほど離れてから咲はゆっくりとみのりの後を追い始めた。何となくしのび足になる。

通学路の最初のポイントは、信号だ。
細い道を横断しなければならないところがある――あまり車の通らないところなので
咲たちくらいになってしまえば左右を見渡して安全だと思えば渡ってしまうものだが、
まだ小さいみのりは信号を守らないと危ない。

赤信号でみのりが止まったのを電信柱の陰から見ながら咲は一つ安心した。
しばらく待つと信号が青になる。みのりが渡ったのを見て、咲はたったっと走って横断する。

ここを過ぎてしまえば、もう一つのポイントがあるだけだ。武田さん家の大きな犬、ペス。
小さな子が通ると吠えることがある――みのりは武田さんの家の前でちょっと立ち止まると、
ペスが寝ているのを見て一気に通りすぎてしまった。
あとは学校まで3分ほど。みのりはゴール、夕凪小の正門に着いて
「お姉ちゃん!」
と後ろに大きく手を振った。

「一人で来れたよ!」
「これで準備OKだね」
「うん! 絶好調なりー!」
にっこり笑ってみのりは上を見る。
校門は閉まっているが、学校の中の桜の樹はみのりと咲の上まで枝を伸ばしている。
つぼみはまだ固くとじていた。

「入学式の時には咲いてるかなあ」
みのりが呟く。
「ちょうど満開かな? お母さんが来てくれるんだっけ?」
「うん!」
飛び跳ねたようなみのりの後ろでランドセルがまた陽気な音を立てた。


二人が家に帰ると、また荷物が届いていた。
「あ、これ! 夕凪中の制服!」
この前採寸したセーラー服が箱の中に入っている。
「咲?」
咲たちが帰ってきたのを聞きつけたらしいお母さんが咲を呼ぶ。
「制服、着ておきなさい。サイズが違ってたら直してもらわないといけないから」
「は〜い!」
言われるまでもなく、咲は着るつもりだった。サイズがどうのというよりは着てみたかった。
箱を持ってどたどたと二階に駆け上る。みのりもすぐについてくる。

「わあ〜」
箱を開くと、明るいオレンジ色が目をひいた。この制服を着ている中学生はよく見かけるが、
自分のものとなるとまた格別だ。

「お姉ちゃん、早く着てみて!」
なぜかみのりまではしゃいでいる。
「うん!」
咲は答えると箱の中からセーラー服を出した――そして、そこで固まった。

「え、え〜と……」
「どうしたの、お姉ちゃん?」
「セーラー服ってどうやって着るんだろう……これはかぶるのかな……
 あ、ファスナーがついてる」
「お姉ちゃん?」
着るというよりセーラー服を調べ始めた咲にみのりは
「お姉ちゃんも中学行く準備できてないんじゃない」
と呆れ顔だ。

「中学生は小学生よりいろいろ大変なのっ!」
咲は叫ぶと、仁美や優子に電話で聞こうと階段を駆け下りる。
みのりはその足音を聞きながら、ランドセルを抱えてころんと寝転がった。
咲の準備にはまだ少し時間がかかりそうだ。

-完-

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