期末テストの最終日、最後の科目は数学だ。最後だというのに気が抜けない。
もっともそれは普通の生徒の話で、満や薫にとっては最後の教科が
なんであろうとも同じことだ。
試験の開始を告げるチャイムが鳴ってから、問一から順番に問題を解いていく。
薫には解いているという意識もなかった。ただ、聞かれていることにそのまま
答えているだけだ。
一通り解き終わってさて、と思うと薫のすぐ前の席に座っている満がからん、と
音を立てて鉛筆を置いた。そのまま机の上に突っ伏すようにして満は眠り始める。
満も解き終わったのだろう。薫は寝る気にはならなかったが、退屈ではあった。

あまりきょろきょろしてもいけないのでぼんやりと周りの物音に耳をすませる。
みんな必死になって鉛筆を動かしていた。カリカリという音はこうして聞いていると
みんなが何か一つの曲を奏でているかのようにも聞こえた。

「ひくっ」
そんな教室に異質な音が響く。何? と薫は耳をすました。寝ていた満がむっくりと
身体を起こす。

「ひくっ」
その音はちょうど薫の真横の方から聞こえてきた。教室の何人かが
くすくすと笑い始める。
「ほら、みんな集中!」
試験監督をしていた篠原先生が一言言ってみんなを黙らせると、すっと
舞の席に近づいた。
「大丈夫か、美翔」
「はい、先生……」
ひそひそと舞は篠原先生と話をする。音の原因は舞のしゃっくりだ。
「無理して止めようとしなくていいぞ」
先生はそう言いながら軽く舞の背中をさする。
「ありがとうございます……」
そう答えた舞の口からまたしゃっくりの音が漏れた。
――しゅ、集中して解かなくちゃ……
舞はまだ半分ほどしか問題に手をつけていなかった。
問4、応用問題に手をつけたところでしゃっくりが始まってしまったのだ。
とにかく問題を理解するところから始めないと……
「ひくっ」
自分の意思とは関係なく身体が跳ねるように動いて、舞はほとほと嫌になった。


「まーいー。大丈夫だった?」
テスト終了。答案を提出してしまってから咲がくるっと後ろを振り向く。
「あんまり……」
元気のない声になるのは、あれから結局ほとんど集中できなかったからだ。
舞の表情を見て、ありゃ、と咲は思った。
――しゃっくりのせいで、あんまりテストできなかったのかなあ……

「と、とにかく! テスト終ったんだし、お弁当食べようよ!」
咲は無闇に明るい声を出す。ここで「私も全然できなかったから大丈夫だよ!」なんて
言ってもどうしようもない。
満と薫もお弁当を持って咲たちの席に近づいてきた。二人ともひどく神妙な表情だ。
舞がまたしゃっくりを一つした。
「舞、それ……どうしたの」
薫が心配そうに尋ねる。
「それって?」
「その……不思議な声が出るの」
「え、あれ? 二人ともしゃっくり知らないの?」
咲は意外に思った。薫はともかく満が知らないのは珍しい。
「知らないわ」
当然のように薫が答えたので、
「しゃっくりってね、えーっと、……この辺にある膜が何か動いちゃうってこうなるんだよ」
咲は自分のおなかを指しながら答えた。
「膜が動くって……放っておいていいの?」
満が視線を舞に向けた。舞は困ったような顔で三人の話を聞いていたが、
ひときわ大きなしゃっくりが出た。舞の前の机がその振動でがたりと動く。
薫はその様子を見てますます心配そうな表情を浮かべている。
「う〜ん、放っておけば大抵治るんだけど……」
「何かもっと、どうにかする方法はないものなの?」
「えーと、水を一気に飲むとか息を止めるとか、かな……?」
私、それやってもあんまり効かないんだけど。という咲の言葉を聞かずに薫は
さっさと舞のコップに水を汲みに行ってしまった。
すぐにコップに8分目くらいまで水を入れて戻ってくる。

「はい、舞」
「あ……ありがとう」
飲みなさい。明らかにそういう目をしている薫に促されるように舞はこくこくと
水を飲み干す。普段よりも少し急いだつもりだ。何しろ、一気飲みなのだ。
舞が水を飲み干したのを見た満と薫は「これで安心」とでも思ったのか
お弁当を広げようとするが、その矢先、また舞の胸がびくんと震える。
「……一杯じゃ足りないの?」
だったら何杯でも持ってくるわ。そう言いたそうな薫を
「あ、えーと効かないときもあるんだよ」
と咲が止めた。
「だったら次ね。息を止める……だっけ?」
じっと薫は舞を見た。
「あ……じゃあ、やってみるね」
すうと息を吸い込むと、舞はピタリと息を止める。三人が見ている中、10秒……15秒……
と舞は息を止め続けた。
「ふうっ」
限界に達したらしく舞が息を吐き出す。
「じゃあさ、そろそろお弁当食べようよ」
咲がお弁当箱を開くのにあわせるようにしてみんなお弁当を開き始めた。と、
「ひくっ」
と今度は小さく、だがはっきりと舞が身を震わせる。
「まだ駄目みたい……」
舞はそう言って少し笑うと、「じゃあ次は」と言いかけた薫に「もういいわ」
と答えた。
「放っておいて本当にいいの?」
「昔、気にしないで居たほうが治るって言われたことがあるの」
舞はそう答えると、また小さくしゃっくりをした。


お弁当が終わり、舞と薫は美術室の片付けということで連れ立って教室を出た。
先に帰ってるね、と言って二人を見送ってから途端に咲の表情が悪戯っぽくなる。
「ねえ〜満」
「……何?」
突然変わった咲の態度に満が怪訝そうな表情を見せると、
「舞のしゃっくり、止めようよ!」
とにんまり笑う。
「止めるって……放っておけば止まるものなんじゃないの」
「しゃっくりにはもう一つ別の止め方もあるんだよ。わーっ、て驚かすの。
 そうするとしゃっくり止まるから……舞のこと、驚かそっ!」
咲はきらきらと目を輝かせた。「ふーん?」と満が答える。

「だから舞のしゃっくり治すの、さっきはあんまり積極的じゃなかったのね」
「う……まあ……」
「結構意地悪なのね、咲って」
「いや、違うよ! 意地悪とかそういうんじゃなくって!」
慌てている咲を見て満はくすりと笑うと、
「それで、どうやって驚かすつもりなの?」
「あ、うん」
咲は拍子抜けしたように一瞬言葉を詰まらせたが、
「え〜と、手伝ってくれるんだよね?」
「ええ、そうよ」
「じゃ、こっち来て」
と満を教室の外に連れて行く。階段を降りて地下、小さな倉庫になっている
部屋に出た。

「やっぱり驚かせるっていったらこれだと思うんだ!」
と倉庫の奥から咲が持ち出してきたのは、文化祭の時に使ったパンプキンヘッドだ。
今はこの倉庫に保管して、演劇部などが使用したい時に使用できることになっている。

「これ、何?」
「パンプキンヘッドだよ。こうやって被って」
と咲は被って見せた。満は異様な物を見ているような目をしている。
「これでびっくりさせるんだ」
「……でも、舞はその格好した咲を見たことあるんじゃないの」
「もちろんそうだよ」
「だったら驚かないじゃない」
「うん、だからこういう計画でいったらどうかと思うんだ」
誰もそばにはいないのに咲は声を潜めた。満は身体を軽く傾けて咲の口の近くに
自分の耳をもっていく。

「舞と薫が学校から出て帰るでしょ。その道の両側に私と満が隠れてて、まず
 満がわーっと驚かして」
「私が最初に?」
「うん、そう。それで舞がびっくりして、満と何か話するでしょ、そしたら私が
 舞の後ろからこれ被って出て驚かして、舞が後ろ向いたらパンプキンヘッドでまたびっくり! 
 ……っていう感じでどうかな」
「……うまくいくの、それ?」
「絶対大丈夫だって!」
自信ありげに咲は自分の胸をどんと叩いた。
「きっと舞もすごくびっくりするよ!」
「そう? ……じゃあまず隠れないとね」
「うん、早く場所探そっ!」
パンプキンヘッドを抱えて咲はスキップするようにして倉庫から出た。


咲と満が選んだのは学校からPANPAKAパンに向う途中にある少し狭くなった
道だった。両側に植え込みがあって、身を隠すにはもってこいだ。
パンプキンヘッドを持っていても隠れられそうな場所を咲が選び、満はちょうど
その反対側に身を隠す。

「ところでね、咲」
「ん?」
「二人はいつここを通るのかしら?」
「えーっと」
それは考えていなかったと咲は思ったが、
「そんなに時間かからないはずだよ、しばらく待ってみよう」
ということにする。
「はいはい」
と満はすまして答えた。

静かにしてしばらく待つ。何人か夕凪中の生徒達が通ったが、満と咲の存在に
気づくことはなかった。

――まだかしらね。
こっそりと顔を上げて学校の方に目を向けると、見知った二人組みがこの道に
近づいてきていた。
――おっと、薫……。
そういえば薫のことをあんまり考えていなかったが、舞より先に薫に気づかれると面倒だ。
じっと息を殺して満は二人が近づいてくるのを待った。

「薫さん?」
小道に差し掛かったところでぴたりと薫が足を止める。ばれたかしら、と満が思っていると
薫が足元の小石を拾い上げた。それをひゅっと満の隠れている植え込みに投げ込む。
満は咄嗟によけ、石は植え込みのさらに後ろへと飛んでいった。
「薫さん? どうしたの?」
「……そこに何かいるような気がしたけど……」
何かって何よ、と思いながらも満は黙っていた。薫が自分の名前を出さないでいてくれたのは
ラッキーだ。さっさとこっちまで来なさい、と心の中で念じながら満は待ち続ける。

「そういえば、今度の作品製作だけど……」
ひくっと小さいしゃっくりをしながら舞が薫を見上げる。
舞の足が満の隠れている植え込みのすぐ前に差し掛かる。
「わっ!」
「きゃっ!?」
大声と共に姿を現すと舞は悲鳴のような声を上げて目を閉じた。
一方隣の薫は冷たいと思えるほど冷静な表情で満を見ている。
「何してるのよ」
「……何ってこともないけど」
「もう〜満さん、びっくりしちゃっ」
「わーっ!」
舞の真後ろから咲が大声を上げた。「きゃっ!?」舞は振り向き、
「あ、咲!」
とパンプキンヘッドを見て懐かしそうにする。
「あ、あれ? びっくりしないの?」
咲は折角持ってきたパンプキンヘッドが不発に終ったので少し
がっかりしたようだった。頭から外すと小脇に抱える。
「だって、これは咲のじゃない」
「うん、そうだけど……」
「で?」
薫があまり感情のこもっていない声を出した。
「二人とも何がしたいの?」
「え、えっとさ、びっくりすれば舞のしゃっくり止まるんじゃないかなーって思って」
「それで二人でこんなことしたの?」
「うん、そうだよ」
咲は薫に答えてから舞に目を向けた。
「で、舞どんな?」
「え……と、」
ひくっと舞の身体が痙攣する。
「やっぱり駄目かあ」
咲が残念そうに呟いた。これの計画が失敗しちゃったもんなあと思いながらパンプキンヘッドを
抱えなおす。

「でも、いいこと考えたの」
舞はにっこり笑うと、スケッチブックを取り出した。
「いいことって?」
「これからみんなでトネリコの森にいかない?」
「うん、いいよ」
「……行ってどうするの?」
満が不思議そうに口を挟むと薫が答えた。
「しゃっくりって、精神を集中すると直る場合もあるそうよ。竹内さんが言ってたわ」
「だから、みんなのことスケッチさせてもらえれば治るかもしれないってさっき
 薫さんと話してたの」
「そっかあ。じゃあ、早く行こうよ」
歩きやすいようにパンプキンヘッドを抱えなおすと、咲はトネリコの森への道を歩き始めた。

-完-

 ←押していただけると嬉しいです。




短編SS置き場へ戻る
indexへ戻る