「というわけで今度の新入生説明会ですが――」
美術室に彩乃の声が響く。3年生になって彼女は当然のように美術部の部長になった。
一応部員内で選挙もしたのだが、支持率はほぼ100%である。
副部長を務めるのは舞。美術室の黒板に「新入生説明会」と大きく書く。

夕凪中の部活動において、新入生説明会は4月の一番大きな行事といっても過言ではない。
どの部に入ろうか悩んでいる新1年生に対し「ぜひ我が部へ!」とアピールする機会である。
2週間後の6時間目、体育館で新1年生を前にして各部がアピールすることになっている。
是非ここで有望な新人を確保したいところだ。絵を描くのが好きな子はどの学年にも
何人かいるものなので、そんなに張り切らなくても新入部員0ということはないだろうが、
1人でも多くの人に入ってきてもらいたい。

「先週の案では去年の文化祭で作成したオブジェと同じものを体育館の脇にそっと
 おいておこうというものがありましたが、先生に聞いたところ却下されました」
ふざけたような「え〜」という声が上がる。この案に関しては提案した部員自体も半ば
冗談で言ったものなので却下されてもあまりみんなの動揺はなかった。
1年生ではないものの今年からの新入部員である薫はそんな様子を美術室の一番後ろの席から
眺めている。

「そこで、あと2週間で部員合同で何かを作ってそれを舞台上で見せながら紹介すると
 いう形にしたいと思います」
舞が黒板に「共同制作」と書く。
「というわけで、何かアイディアありませんかー」
 彩乃が意見を募る。
「見栄えのするものがいいよね」
「制作期間、2週間でしょ? そんなに大物はできないよね」
といった意見があがるが具体的な意見は出ない。
「いっそ生創作なんてどうですか?」
 2年生の女の子が手を挙げた。
「生創作? どういうこと?」
「舞台上で竹内先輩と美翔先輩がぱぱぱーっと絵を描いたら、それだけで拍手喝采ですよ!」
「あのねえ、桜井」
 別の2年生の女の子がたしなめる。
「いくら竹内先輩と美翔先輩でも、美術部の持ち時間中にそんな絵が描けるわけないでしょ。
 大きい絵にしないと体育館の後ろの方に座ってる子には見えないし。却下却下」
 あはは、と部員たちから笑い声が上がった。
「夕凪中の模型なんかどうですか?」
 もう1人の2年生が声を出す。
「模型かあ……」
 竹内彩乃は少し考え、黒板の前に立つ舞の
「後ろまで見せることを考えたら模型より絵のほうがいいかもしれないわ」というコメントにうん、
と頷いた。

「他に意見ありますかー」
彩乃が挙手を求めるが特にそれ以上の意見は出ない。夕凪中の絵か模型かどちらがいいか
決を採ると、絵のほうが賛成多数だった。
「では凪中の絵で決定と言うことで……2年生、来週までに相談して下絵を描いてきてください」
美術室の中央に陣取る2年生4人組がぽかんとした表情を浮かべる。
「え!? 私たちが描くんですか?」
「先輩たちは!?」
「ほら、もう1年生じゃないんだから。色をつけるのは私たちもやるから、4人で
 よく相談してね。じゃ、今日はこれでおしまい」
2年生は「どうしよう」と言いたげに4人で顔を見合わせていたが、彩乃はさっさと話し合いを
終わりにした。2年生はわあわあと意見を言い合いながら美術室を出て行く。

「霧生さんも色塗りのときはお願いね」
「えっ。ええ……」
彩乃に声をかけられ、2年生たちをぼんやりと目で追っていた薫は慌てて返事をする。
そんな様子を見て少し笑うと、彩乃は美術室のカーテンを閉め始めた。舞と薫も
すぐに手伝う。

舞と薫の二人が並んで学校を出た頃には日はだいぶ傾いていた。
橙色の光が校舎を染める中、二人は校門から外に出た。
「美術部はどう? 薫さん」
「部活動っていろいろなことがあるのね。新入生の勧誘とか……」
薫の言葉に舞は「そうね」と頷く。美術部はその活動の性質上、部員たちは独立独歩に
自分の作品を作っていることが多いが、それでもこういう時は共同作業になる。

「一人で絵を描くのも楽しいけど、みんなで絵を描くのも楽しいのよ」
舞の言葉に薫は何も答えなかった。舞の言っていることが薫にはまだよく分からない。
しかし、舞の言うことだからきっとそうなのだろうと思ってはいた。
舞は黙っている薫を見上げてその表情から彼女の気持ちを何となく察すると、
「薫さんはどんな絵がいいと思う?」
と話を変えた。
「え?」
「ほらさっきの……新入生勧誘の絵」
「ああ……」
どういうのがいいのか良く分からないわ、と答える薫に対し舞は
「薫さんが『美術部に入ろう』とか『絵を描こう』って思った時の気持ちになれそうな絵
や作品がいいと思うの」
と微笑む。「そうね……」と薫は考え、
「みのりちゃんと舞かしら。二人が絵を描いている時楽しそうにしてたから」
「じゃあ、やっぱり生創作がいいのかしら」
「そういうことになるわね」
――魅力的だけど、時間的に厳しいのよね……
舞がそう思っていると薫は「確か見学会みたいのもあるって聞いていた気がするけど」
「ええ、そう。美術部希望者に見学してもらうの」
「そこで舞が絵を描いていたらいいんじゃないかしら」
「そうね、美術部の説明は彩乃さんにお願いして……」
話しながら二人の足はごく自然にPANPAKAパンへと向いていた。

PANPAKAパン店内に足を踏み入れた舞と薫は違和感を覚えた。店にいるとばかり思っていた
満と咲がいない。
どちらかがいないのは良くあることだが、二人とも店に出ていないのは珍しい。

「あら、舞ちゃん薫ちゃんいらっしゃい」
二人が入ってきたのに気づいた咲の母が奥から出てくる。
「こんにちは。今日は咲と満さんは……」
「部屋よ」
咲の母は軽く家の方を指す。
「ソフト部の話し合いがあるんですって。満ちゃんも参加しているみたいよ」
「満も?」
薫は首を捻った。満はソフト部には所属していないはずだが――、
「二人も参加してみたら? きっと歓迎してくれると思うわ」
そう勧められたので、舞と薫は部屋に行ってみることにした。


「あーもー、マジどうしよう〜」
部屋に入ってみると咲と優子、仁美のソフト部トリオに満が、咲とみのりのベッドに分かれて
座って何事か話し合って……というよりも愚痴をこぼしていた。

「あ、舞、薫。美術部の方は終わったの?」
ドアを開けた二人に満が目を向けた。咲、優子、仁美ががっかりとした表情を
見せているのとは対照的に、満だけはいつもと変わらない表情だ。

「終わったけど」
「あの、どうしたの?」
ぶっきらぼうに答える薫とおずおずと尋ねる舞。仁美がそんな二人を見ながらはあ、と
溜息をついた。

「美翔さん霧生さん、夕凪二小のソフト部で大活躍してた子がいるって知ってる?」
二人が首を振るのを見て優子が続けた。
「夕凪市の小学生地区大会で去年二小が優勝したんだけど、その時に4番を打ってた子なの。
 絶対ソフト部に入ってくれるって思ってたんだけど……」
「バスケ部に入るって決めちゃったらしいんだよね〜」
 咲も肩を落としている。

「それでこれは何の相談なの?」
薫は鞄を床に置くとどっかりと満の隣に腰をおろした。
「今度の新入生へのソフト部紹介をどうするかってことらしいわ」
満が答える。満は話し合いに居合わせていたもののそれほど積極的に参加していたわけでも
ないようだ。

「私がマジちゃんと勧誘しておけば良かったんだよね〜、
 絶対入部してくれると思って油断してたから……」
「仁美のせいじゃないよ。新入生説明会で何とかできればいいんだけど……」
仁美が一番落ち込んでいる。優子がそれを慰める。
「うーん、でもどうしたらいいかなあ……」
咲が困ったように視線をあちこちに動かした。

「咲の格好よさをアピールすればいいんじゃないのかしら」
満が呟き、舞もそれに大きく頷くが仁美は首を振った。
「私たちも、咲が舞台上で剛速球投げたらいいと思ってたんだけど、
 危ないからって篠原先生に止められちゃって……」
「ユニフォームで舞台出て、『ぜひソフト部に!』っていうだけで通じるかなあ」
優子の言葉に、うーんと仁美と咲が唸った。
「なんかこう、目玉が欲しいよね」「うん、マジ欲しい」
満が「さっきと同じこと……」とぼそりと呟く。この議論は先ほどから全然
進んでいないらしい。

「咲たちの楽しそうなところを見せれば大丈夫だと思うけど」
舞は鞄の中からスケッチブックを取り出してあるページを開く。みんながその絵に
視線を注いだ。ソフト部の練習風景を咲中心に描いてある。

「私ね、絵を描いていて思うんだけどソフト部の練習って本当に楽しそうなの。
 その子がどうしてバスケ部に決めたかは分からないけれど、
 ソフト部が楽しそうだと思えばきっと他の子が入ってくれるんじゃないかと思うわ」
「そうね」
薫は舞の手からスケッチブックを受け取ると、咲の顔にそれを近づけて並べる。

「今の咲の顔はこれとは全然違うもの。こんな表情で当日舞台に立てれば、
 希望者が出てくるんじゃないかしら」
咲は身体の向きを変えスケッチブックに向き合うと、「……こう?」と表情を作ってみせる。
みんな一瞬固まった。
「いやなんか、それマジで作り笑いっぽいから」
「咲、いつもの自然な顔だよ」
「え〜、自然って言われても分かんないよ〜」
慌てている咲を見て満はくすりと笑うと、
「咲が自然に笑えるように二人がうまくやればいいんじゃない?」
と仁美と優子に持ちかける。

「そうね、私たちでうまく雰囲気を作って、で咲がグローブとボール持って
 『ぜひソフト部へ!』って言えばいいかも」
「じゃあ私たちの台本を作らないと……星野君に相談してみる?」
「それはマジ寒くなると思うんだけど」
ぷっと咲が吹き出した。「それ!」と舞が叫ぶ。
「今みたいな咲の楽しそうな顔が一番いいと思うの!」
「じゃあやっぱり私たちが頑張らないとね」
仁美と優子が頷き合った。

――やっぱり、「楽しそう」なのが一番よね……。
そんな様子を見ながら舞は改めて思った。薫が言っていたように、
「楽しそう」と思ってもらうことが多分一番大事だ。



「あの、美翔先輩!」
翌日。舞は教室に尋ねてきた美術部の後輩と一緒に廊下に立っていた。
「こんな絵でどうかと思ってるんですけど」
「もうできたの?」
「いえ、下絵の下絵みたいな感じなんですけど」
2年生4人組が見せたのは夕凪中の絵。夕方ごろのイメージで色を塗りたいんです、と舞に説明する。

「こんな感じでいいんでしょうか?」
「そうね……」
舞は少し考えた。この絵はどこか寂しい。
「私たちのことも描いたらどうかしら」
「え? 私たちって、美術部員ってことですか?」
「ええ。……いろんなところから美術部員が覗いているとか」
「そんな遊んじゃっていいんですか?」
「ええ。きっと、その方が美術部のことわかってもらえる気がするの。
 ……他の部の人たちが活動しているところを描いてもいいかもしれないわ。
 美術部の発表は最後の方だし」
「先輩、それじゃあ他の部の宣伝になっちゃいますよ〜」
2年生が舞の言葉に苦笑している。そうかしらね、と舞は答えた。

「でも、もっと遊んじゃっていいってことですよね」
「ええ、そう思うわ」
舞の答えに2年生はほっとした表情を浮かべると、いろいろ工夫してみますと答えて
自分たちの教室に戻っていった。舞は無性に絵が描きたくなった。
ソフト部、バスケ部、バレー部、美術部、手芸部、書道部……、
それぞれの部活で頑張り、楽しんでいる人たちを。


-完-

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