――声が聞こえるラピ……
樹の泉で飛び跳ねていたフラッピは長い耳を伸ばして耳をすませた。

* *

「もう、ムープってば食べすぎじゃない?」
満が呆れたような口調でムープをからかう。ムプムプと答えながらムープは
口いっぱいにしたメロンパンを飲み込む。
「満の焼いたパンおいしいムプ!」
「本当ププ! 前に食べた時よりおいしくなってるププ!」
「……ありがと」
照れたように満は笑った。薫はそんな満を見て笑いながらサンドイッチに手を伸ばす。

「今日のお弁当は全部満が作ったのよね」
「ええ、そうよ。薫が作ってくれないから」
「昨日学校に持っていくお弁当は私が作ったでしょ」
むっとした表情で答える薫を見て満が忍び笑いを漏らす。

四人――満、薫とムープ、フープが今いるのはトネリコの森だ。
やや肌寒いが、散歩してきたあとだと気持ちがいい。

「それにしても、気持ちのいい風ね」
「ええ。咲も舞もくれば良かったのに」
ムープとフープは昨日から緑の郷に来ている。今日は休日だからトネリコの森で
お弁当を食べよう、というのは満の発案だ。
咲と舞も誘ったのだが咲は部活、舞は家の用事があって来られなかった。

「そういえば、フラッピとチョッピは?」
薫の質問にムープとフープは顔を見合わせて笑う。

「フラッピとチョッピはラブラブムプ」
「邪魔しちゃ悪そうププ!」
ませたことを言う二人に満と薫は苦笑した。

ひとしきり遊んだ後、ムープとフープは大空の樹の中へ戻っていった。
見送った後、
「じゃ、私たちも帰るわよ満」と薫が言うのに
「う……うん」
と満は歯切れの悪い答えを返した。

「どうかした?」
「……ちょっと、高校に行きたいの」
「高校に? 忘れ物?」
「ううん。そういうわけじゃないんだけど」
「……? いいけど。自転車で行く?」
二人の通う高校は中学と比べて少し遠い。毎日の通学には自転車を使っていた。
「……ううん、自転車じゃなくて」
「飛んでいく?」
「歩いていくわ」
「……そう」
良く分からなかったが薫は満の意志に任せることにした。
歩いてみると30分くらいかかった。休日の学校に人気はない――はずだが、
今日はソフト部がグラウンドを占領している。グラウンドの外から咲の姿を探すと、
今は一年生の守備練習に付き合っているようだ。
何人かを守備につかせてボールを打っている。

満は声をかけるでもなく手を振るでもなく、そのまますっとグラウンドの金網から離れた。

「……満?」
薫が怪訝そうな声を出す。今の満はなんだか変だ。いつもと違う。
「帰ろ、薫」満は薫の手を取るとあまり人目を確認した様子もなく空へ駆けた。

――なんだろう。
家に戻り、満は内心首を捻った。いつもとは違う感覚がある。
――なんだろう、少し……寂しい?
咲や舞、ムープやフープとはじめて出会った頃から随分時間が立ってしまったような気がする。
この感情がどこから生れてくるものなのか良く分からない。分からないが、
夕食を作り始めた薫を手伝う気にもなれずに満は怠惰に時間を過ごしていた。

* *

「おはよ、舞!」
翌日。清海高校の制服を着た咲が飛び跳ねるようにして舞の背中にタッチする。
「おはよう、咲。今日は早いのね」
舞の言葉に咲はえへへと笑った。
「いつも遅刻するわけじゃないよ。……満と薫も、まだいるかな。
 いたら一緒に行くようにしようよ」
「そうね!」
舞は基本的に徒歩通学だが、咲や満、薫は日によって自転車通学と徒歩通学を切り替えている。
もっとも、大抵の日は自転車通学だが。満と薫がまだ二人の家にいる可能性は
十分にあった。

「いるかな?」
咲が満と薫が二人で暮らす家のインターホンを押す……と、
間髪いれずに血相を変えた薫が飛び出してきた。

「か、薫っ!?」
「咲、舞」
薫は一瞬ほっとした表情を浮かべたがすぐに顔をこわばらせた。

「満の様子が変なの。すぐ来て」
「ええっ!?」
咲と舞はすぐに家に駆け込んだ。

満と薫は、咲とみのりの部屋を参考にして部屋の両端に二つのベッドを置いている。
入って左側が薫、右側が満だ。満のベッドは窓に面している。
満はベッドの中に入っていた。多分眠った時の姿のままなのだろう、
枕にちょこんと頭を乗せている。

「満……」ベッドサイドに薫が近づく。咲も舞もそれに続いた。
満は何も反応しない。
「み、満?」
赤い瞳は開いている。だが咲を見ても舞を見ても、満は動こうとも声をあげようともしない。
ただ瞳だけが意識のあることを伝えている。

「……身体を動かせないらしいの」
「ええっ!?」
咲と舞は薫の言葉に思わず叫んでしまった……が、目の前の満は確かにそのように見える。
「いつから?」
舞は薫に目を向けた。
「今朝から。夜の間に何か起きたのかもしれないわ」
「薫は? 薫は大丈夫なの?」
「私は今のところ何ともないわ……滅びの力の影響でもなさそう」

「どうする?」と咲と舞、薫は顔を見合わせた。
「……泉の郷に……、」
舞が呟く。
「泉の郷に行ってみたら何か分かるかもしれないわ」
「……そうだね。じゃあ薫、私たち大空の樹に行ってみるよ」
「私は?」
「薫は満の側に居てあげた方がいいと思う。何か起きるかもしれないから。
 じゃあ満、すぐ戻ってくるから待っててね!」
咲はベッドの中の満の手を一度握ってから舞と一緒に部屋を飛び出していった。
薫は黙ってその後ろ姿を見送る。

「大丈夫よ、満……咲と舞がきっと何とかしてくれるから」
薫が満の手を握ると、満はそっと目を閉じた。

咲と舞は制服姿のままで大空の樹の前までやって来た。

「どうすればいいかな……」
咲は焦って大空の樹の木戸をこじ開けそうになるが舞に止められた。
「壊したらいけなくなっちゃうかもしれないわ」
「でも、早く行かないと」
「フラッピかチョッピが来てくれればいいんだけど……」
咲と舞は大空の樹にぎゅっと抱きついた。中二の頃と同じだ。
「お願い、大空の樹!」

* *

「チョッピ、いるラピ?」
樹の泉のフラッピは火の泉のチョッピを尋ねる。「チョピ?」と起きたばかりらしい
チョッピが答えた。

「咲に呼ばれている気がするラピ」
「チョッピも舞に呼ばれている気がするチョピ、緑の郷に行ってみたほうがいいチョピ」
ラピチョピラピチョピと二人は手をとって駆け出した。

* *

「フラッピ、チョッピ!」
「良かった、来てくれたのね!」
大空の樹から出てきたフラッピとチョッピはすぐ近くに咲と舞がいたことに目を丸くした。
「どうしたラピ?」「二人とも学校じゃないチョピ?」
「それどころじゃないんだよ!」「満さんが大変なの!」
咲と舞は手短に事情を話すと、
「た、大変ラピ!」
「だから泉の郷に行ってフィーリア王女に会おうと思って!」
「そうラピ、すぐ行くラピ!」
「待ってチョピ」
すぐにでも行こうとした咲とフラッピのコンビをチョッピが止めた。
「まず、空の泉に行ってムープに会ったほうがいいチョピ。ムープなら何か
 分かるかもしれないチョピ。……後、変身して行ったほうがいいかもしれないチョピ」
舞はチョッピの言葉に「……何かと戦うかもしれないの?」と尋ねる。
「分からないチョピ……でも……」
チョッピはぽん! とコミューンの姿になった。フラッピもそれに続く。
咲と舞はコミューンを手に取り、うんと頷きあった。久しぶりだ。

「デュアルスピリチュアルパワー!」
少し大人びた咲と舞にはプリキュアの衣装はやや浮いているような気もするが、
そんなことに構っている場合ではなく二人は大空の樹に飛び込んだ。

* *

――咲、舞……
満は薄く目を開いた。窓の外に視線を向ける。空を飛ぶプリキュアの姿が見えたような気がした。
虹を引いて空を飛んでいくような……、
――咲と舞がきっと助けてくれる……
「満? どうかした?」
薫の声に、満はまた静かに目を閉じた。

* *

空の泉は平和だった。いつかのように泉が枯れていることもなく、美しい風景が
広がっている。
「ムープ、いるかな」
「フープ、いる?」
キュアブルームとキュアイーグレットが泉に近づいていくと、空の泉の精霊達が
水音を立てて喜んだ。

「ブルーム、イーグレット!」
フープが草の影から飛び出してきた。
「フープ、ムープは?」
「ムープはどこにいるの?」
「それが……ププ」
フープはブルームとイーグレットの剣幕に押されるように口ごもった。

「見当たらないププ」
「え!?」「どこにいったの!?」
「昨日緑の郷から戻って来てしばらくしてから、姿が見えないププ」
「探そう!」「ええ!」
咲と舞はすぐにふた手に別れた。

ムープを見つけたのはイーグレットのほうである。空の泉の端にある崖の下に
開いた穴の中に埋まって目を回していた。
イーグレットがムープの身体をそっと穴から出し引き上げると、ムープはムプムプと
声を上げた。

「ムープ!」
ブルームが舞の手の中のムープを見る。
「どこに行ってたププ!?」
ムープはまだ半分目を回していたが、
「昨日身体が重くてバランスを崩したムプ」とだけ答える。
ムープの身体は光に触れてわずかに発光しているように見えた。

「あ〜、多分満が動けなかった原因はこれラピ」フラッピがコミューンから顔を出した。
「どういうこと?」舞の問いにチョッピが答える。
「ムープは月の光の精霊チョピ。満もその精霊の力が届いているチョピ。
 ムープがずっと光の届かないところにいると、満に精霊の力が届かなくなるチョピ」
「そっか。……じゃあ、満もう大丈夫なのかな」
「多分、大丈夫チョピ」
良かったと咲と舞はやっと安心した。
「ムープ、もう満のメロンパン食べすぎちゃだめププ」
「でもおいしいムプ〜」
ムープはまだぼんやりした目をしている。

* *

「ん……」満がベッドの中から大きく腕を伸ばした。
「満!? 大丈夫なの?」薫が起き上がろうとする満を慌てて支えた。
「うん、何か突然身体が動かせるようになったわ。多分咲と舞のおかげ」
満はそっと薫の腕に抱きつくように身を絡めた。

「ちょっと……」
「どうしたの、満?」
今日は薫も優しい。
「ちょっと、嬉しかった。咲も舞も、今でもプリキュアになってくれるんだ」
「……当たり前じゃない、あの二人なら」
「……うん」
満は、咲と舞がすぐにここに来るだろうと思いながら薫の腕を抱いて待ち続けていた。

-完-

 ←押していただけると嬉しいです。



短編SS置き場へ戻る
indexへ戻る