舞のお母さんにどこか間抜けなところがあるのは、今に始まったことではない。
美翔家の皿があまり同じ種類のもので揃っていないのは、舞のお母さんに
拠るところが大きい。
舞が比較的しっかりしているのも、このお母さんのおかげとも言えた。

「あれ、こんなに入ってたっけ」
「お母さん、どうかしたの?」
お母さんが少し不思議そうな声を出すと舞が部屋から降りてくるのは習慣になっている。
舞の部屋に遊びに来ていた咲もついて来た。その後方には満と薫、みのりの姿もある。

「いやー、折角みんな来たから大きなスイカを買ってきたんだけど、
 冷蔵庫に色々入ってたの忘れててね」
「入らないの?」
舞がすぐに冷蔵庫の前に立つ。冷蔵庫の中に入っているタッパーや
豆腐、牛乳をどう動かしてもスイカが入るスペースは作れそうもない。
いや、問題はそこではなく……、
「ねえお母さん、この冷蔵庫の棚の配置だと、どんなに整理しても
 このスイカは入らないんじゃない?」
舞がお母さんから受け取って今抱きかかえているスイカは
つやつやと光っていかにも食べごろといった様子だが、確かにこの冷蔵庫には
入りそうになかった。

「あれ。そういえばこの冷蔵庫にしてから丸々一個のスイカって冷やしたことなかったわね」
「もう、お母さんってば……」
今更肝心なことに気づく自分の母に舞はいつものように呆れながら、でもどうしようと
腕の中のスイカを見る。

「あ、それだったら別の場所で冷やしましょうか?」
「咲ちゃん?」
スイカ冷やせる場所知ってるんです、と咲は言い、舞の腕から自分の腕に
スイカを移す。

「じゃあお願いできるかしら。キンキンに冷やして食べたらきっとおいしいと思うの」
任せてください、と咲はドンと胸を叩き、「頼もしいわね」と舞のお母さんに
少し笑われる。

「じゃあちょっと行って来まーす!」
美翔家を出る咲に当然のように皆ついて行った。

「でもお姉ちゃん、どこ行くの? うちの冷蔵庫も昨日の残り物で埋まってたよ」
五人で歩いている時、みのりはいつもちょろちょろと咲たちの周りを走るように
動き回る。先頭を歩く咲にこう言ったかと思うと最後尾の薫のそばにつく。

「うちの冷蔵庫よりもっと大きい冷蔵庫があるの」
「そんなのあったっけ?」
「ついて来れば分かるよ」
すぐには教えようとしない咲に、みのりはうーんと頭を捻る。

「薫お姉さん、大きい冷蔵庫なんてあったっけ?」
「さあ?」
「お店の冷蔵庫なら咲の家の冷蔵庫より大きいけど……でもあそこは使えないわよね」
薫も満も一向に見当がつかない様子だが、咲は確信があるように山の方へ向って歩いていく。

「トネリコの森?」
舞が咲の向っている場所に気づいた。

「そうだよ、あそこで冷やすの!」
咲は上機嫌で答える――、持っているスイカが弾むように揺れる。
「でもトネリコの森に冷蔵庫なんてないよー」
後ろからみのりの声が聞こえてきた。咲はどこか得意げに
「あるじゃない。凄く大きいのが」
と答え、「とにかく来れば分かるよ」と続ける。みのりはまだ分からないようで目を
くるくると動かして考えていたが、足だけは動かし咲たちを追った。


「じゃーん、ここだよっ!」
咲が一同を連れてきたのはトネリコの森を流れる小川だった。
「ここで冷やすってこと?」
みのりはまだ良くイメージがつかめていないらしかった。

「そうだよ、川でスイカ冷やすとすごく冷たくなるんだって」
スイカを繋ぎ止めるために手頃なサイズの岩に紐をかけ、半分くらいを
水中に沈める。

「これでしばらく置いておけば大丈夫」
「へえ〜……」
みのりも舞も感心したような顔をしている。と、満と薫が耳慣れない物音に気づいた。

「何かしら、この音?」
「森の中から聞こえるわね」
ちょっと見てくる――満と薫が森へと向うのにみのりもついて行く。
咲と舞はスイカを放っておくわけにも行かずにその場に残った。
咲はごそごそと靴を脱ぐと、足首まで水に浸す。

「気持ちいいよ、舞も足濡らしてみたら?」
「うん、そうね」
舞も咲と同じように裸足になるとちゃぷんと水につけた。
水は透明度が高く、足の指先まではっきり見える。

「ああ、何かのんびりするね」
咲は足を川に入れたまま上半身をごろりと仰向けに倒して
空を見た。木々が大きく茂らせた葉の間から青空が漏れて見える。

「本当……」
咲も舞と同じ姿勢になる。
聞こえてくる音はたまに葉を揺らす風の音、先ほど満と薫が気づいた
森から聞こえてくる木を叩くような音、それに蝉の声だ。

「静かだね、舞」
「ええ、本当に」
これだけ蝉が鳴いているからとても静かとは言えないのだが、
二人にはここが心地の良い静寂に満たされているように感じられた。

「緑の郷、かあ」
「どうしたの、咲?」
「フラッピたちが言ってたじゃない? 緑の郷はすごく綺麗な場所だって」
咲は空を見上げた姿勢のままで話す。敢えて首を傾けなくても
舞が話を聞いてくれていることは分かっている。

「そうね」
「甦った泉の郷も綺麗な場所だったけど、……でもフラッピたちが私たちの住んでる
 世界を綺麗だって言ってくれた理由も何となく分かるよ」
「……うん」
風は変わらず優しく拭いている。舞はふと、自分達がずっと昔から
ここにこうして横たわっていてこれからもずっとこうしているような錯覚に襲われた。

「わっ!?」
咲の視界が突然暗くなった。慌てて上体を起こすと、みのりが団扇を持って立っている。
「あれ、みのり。それどうしたの?」
「森に入ってみたら、もうお祭りの支度してたんだ! 団扇貰っちゃった」
ふと見ると、満や薫も同じように団扇を持っていた。「夕凪町夏祭り」と大きく書いた
文字の下に、今日の日付と時間が書いてある。

ぶんぶんと団扇を振っているみのりを見て、咲は「もうみのりってば張り切りすぎだよ」
と言いながら、ひどく嬉しかった。

みのりはこれまで夏祭りに参加するのも両親と一緒で、
花火まで居ることはなく祭りの前半を楽しむとそのまま家に帰って寝ることになっていた。
今年はもう三年生ということで、咲たちと一緒に最後まで居ていいと許しが出ている。
両親は久しぶりに二人だけで祭りを楽しむらしい。

「そんなに張り切ってたら夜までもたないよ、みのり」
「そんなことないもーん!」
ちょっとした意地悪を言う咲にみのりがぷっと頬を膨らませる。

「大丈夫」
薫がみのりの頭を撫でるように触った。
「もしみのりちゃんが眠くなっても、ちゃんとあなたを家まで連れて帰るから」
「みのり、眠くなんてならないもん!」
どこかピントのずれたことを言う薫にもみのりはちょっとむくれた顔を見せる。
だが薫はそんなことには動じずに「そう」とだけ言う。

舞がふっとスイカを見やると、微かに動いていた。水の流れとも合っていない動き方だ。
「?」
「あ、舞?」
不審を覚え、川の中を少し歩いてスイカに近づく。スイカは咲の向こう側にある。
一歩、あと一歩……だが川の流れは思いのほか舞の足を取った。

「あっ……」
川底の石の上で右足がずるっと滑る。大きく傾いた舞の体を咲が慌てて立ち上がって支える。
だがその行為は間に合わずむしろ舞のバランスを大きく崩し、咲と舞は一緒に水の中に倒れこんだ。

「咲っ!?」
「舞!」
満と薫が慌てて二人の腕を掴み岸に引っ張り上げる。二人とも取り立てて怪我はなく、
被害といえばただ服が濡れただけだった。
スイカをつついていたらしい魚がぱちゃんと跳ねてどこかに泳いでいく。

「ごめんなさい咲、大丈夫!?」
「うん大丈夫大丈夫、水が冷たくて気持ちいいくらいだよ。舞も平気?」
「うん、平気」
二人が無事なのを見ると、満はスイカのそばに寄ってぽんぽんと叩く。

「結構冷たくなってるみたいだけど。もう帰った方がいいんじゃないかしら?
 咲も舞もいくら暑いって言っても着替えた方がいいでしょ」
「あ、もう冷えてる?」
咲は満と同じようにスイカに触れ、そうだねと呟くとスイカを引き上げた。

「もう浴衣に着替えちゃおうかな」
「それ賛成! 早く浴衣着ようよ!」
咲が冗談のつもりで言ったことにみのりが飛び跳ねるように賛成した。

「もう、みのりは早くお祭りに行きたいだけでしょ?」
「うん、そうだよ。だって、初めて花火までいられるんだもん」
「そうよね、みのりちゃん。お姉ちゃんたちがしてるのと同じことができるんだもんね」
「うん!」
舞の言葉にみのりは大きく頷く。一同は元来た道を戻り、咲と舞はびっしょりと濡れた服を絞りつつ歩いた。
太陽はぎらぎらと照りつけ二人の服から水気を奪っていくが、完全に乾かすには
まだ時間が足りない。結局二人は美翔家の玄関でしばらく待ち、満と薫が運んできてくれた
バスタオルでよく身体と服を拭いてから上がった。

そのまま浴衣に着替える。冗談のつもりだったことが本当になってしまったが、
みんなで浴衣なら別に恥ずかしくはなかった。
咲とみのりは同じ生地を使ったひまわりの浴衣。舞も去年と同じ、鳥の柄の浴衣を着ている。

満と薫が着ている浴衣は舞からの借り物だ。満は舞の、薫は舞のお母さんが昔着ていた
浴衣を貸してもらっている。
紺の地に鮮やかな黄色が載る浴衣は二人に良く似合った。

着替えを終えるとそのまま下に降り、舞のお母さんに切ってもらったスイカを食べる。
庭に小さな椅子を出して座りスイカにかぶりつくように食べる。
しゃきしゃきとした歯ごたえが気持ち良い。
たっぷりと水分を含んだ果肉を喉に流し込むように入れると、
川の冷たさがゆっくりと体内に降りていくような感触が生まれる。

「う〜ん、おいしい」
咲は二切れ目に手を伸ばした。もう一つ。もう一つ。
舞は二切れで止めて、食べ続ける咲たちを見守っている。
強い陽光は果肉についた水分をも照らし、咲たちの手元できらきらと反射光になって
散っていた。

「お腹一杯になっちゃった〜」
五切れ目を食べたみのりがふう、と息をつく。帯が少しきついとでも言うように触りつつ、
緩めることはしないで椅子の上で姿勢を直す。

「ほら、みのり。今日は綿あめ食べるんだから食べ過ぎちゃ駄目だって。
 ……舞、もう食べないの?」
もう一切れ手を伸ばした咲が止まったままの舞の手を気にして尋ねると、
舞は「うん、お腹いっぱいになったから」と答え
「みんなが食べてるの見ると食べたような気になっちゃう」と笑う。

「舞、自分の食べたい分は食べたのよね?」
その言葉を気にして満が舞の前にある皿を覗き込んだ。
スイカの皮がちゃんと載っているのを見て安心したように座りなおして
自分の手にあるスイカにかぶりつく。

「うーん、と」
みのりが少し大きく伸びをした。お腹がいっぱいになって動きたくなったらしい。
「みのり、今日は浴衣だからいつもみたいに遊んじゃだめだよ」
「分かってるよ……浴衣汚したくないもん」
「それなら、少し散歩にでも行ってみる?」
みのりの言葉を聞いた満が食べ終えたスイカの皮を皿の上においてぱんぱんと
手を払った。
舞がお絞りを差し出すと「ありがとう」と受け取り、手を拭く。

「お散歩?」
「ええ。一人で浴衣だと恥ずかしいかもしれないけど、何人かで行けば平気でしょ」
薫も行くわよね――満が当然のように言うと薫はスイカを口に入れたままうんと頷き、
飲み込むと満から回ってきたタオルで手を拭いた。

「咲たちはどうする?」
「ええと――」
咲は立ち上がった満の言葉にやや考え込みながらテーブルの上を見つめた。
まだスイカは残っている。

「私、もうちょっと食べたいんだよねえ……みのりのこと頼んじゃってもいいかな」
「任せて。じゃあちょっと散歩してまた戻ってくるから」
薫は咲に微笑を返すと満とみのりと三人、どこへ行くともなくぶらぶらと歩き始めた。
その姿はすぐに庭から見えなくなる。

と、舞は部屋の中からスケッチブックを持ってきた。

「絵、描きたくなっちゃった?」
咲の問いに舞は少し恥ずかしそうにうん、と答える。
「きっと今日の夜も絵に描きたいことたくさん出てくると思うわ」
「そうだね……きっと。じゃあ私、残り全部食べちゃうね」
「うん、お願い」
舞は鉛筆をスケッチブックの上で動かし始めた。
こうなれば、もう舞を止めることは中々できない。しばらくは咲がスイカを
食べるシャク、シャクと言う音だけが響いている。

ふと思いついて、咲はスイカの種をいくつか取って地面に埋めた。

――来年のお祭りの日には……。

全然気づいていない舞の顔を見て悪戯っぽく笑う。

――来年のお祭りの日には、ここで採れたスイカをみんなで食べられたらいいな。

舞に見つからないように土を直すと、みのりたちの置いていった団扇で
風を起こしてみる。

お祭りが始まるまであと少しだ。


-完-

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