商店街にある書店に入った和也は真っ先に科学雑誌のコーナーに向った。
目的の月刊誌はもう平積みになっている。
両手に嵌めた手袋を取ってコートのポケットに押し込むと、
和也は発売されたばかりの雑誌を手に取った。

今月号の目玉は日本人宇宙飛行士のインタビューだ。
これまでに飛んだ人、これから飛ぶ予定の人、採用されたばかりの人、
全員のインタビューが3〜4ページずつ載っている。
これだけ力の入った特集も珍しい。
4種類のスペースシャトルストラップが1冊に1種類ずつついているというおまけまである。
少し立ち読みしてどんな感じか見てみようと和也は雑誌を開いた。

「美翔君」
声をかけられて、和也は雑誌から顔を上げた。いつの間にか横に来ていたのは
高校のクラスメートの女の子だ。
「ああ」
「美翔君、いいお店教えてくれて本当にありがとう!」
女の子は満面の笑みを浮かべている。手に持っている箱はPANPAKAパンのケーキボックスだ。
クリスマスが終ったからクリスマス用ではなく普段用の箱だが、中にはケーキが3〜4個
入っていそうである。

「あ、またPANPAKAパンで?」
「うん、すごくおいしかったから今日は女子同士で食べようと思って――」
「へえ」
女の子はつくづく甘いものが好きだ。和也はそう思いながらまた雑誌に目を戻そうとすると、

「ところで美翔君」
と彼女はいかにも重大な話をしそうな顔をする。
「ん?」
「あのパーティーの時、途中でいなくなっちゃったけどどこに行ってたの?」
「ああ、そこのお店」
和也は彼女の持っているケーキの箱を指した。
「妹と妹の友達がパーティーしてたから顔を出しにね」
「ふ〜ん? 妹さん?」
怪しい。嘘っぽい。そう言いたそうな目で彼女は和也を見上げた。

「そうそう、妹とその友達」
「……まあ妹さんくらいじゃないと美翔君についていけないかも
 しれないけどね」
じゃあね。にこっと笑って彼女は手を振ると、書店を出て行った。

――きっと女子の集まりでケーキの肴になるんだろうなあ今の話。
和也はそう思ったがあまり気にしないことにして雑誌を買うと書店を出た。


――それにしても……、
紙袋に入れてもらった雑誌を小脇に抱え、手袋をはめると和也は寒さで少し
猫背気味になった。
――ついていけないはないだろう、ついていけないは。舞くらいじゃないとついていけないって、
  まるで僕が舞と同じくらいマイペースみたいじゃないか。

若干の不本意さを抱えながら和也は家に戻った。両親は仕事に出ていていない――のは
いつものこととして、舞もPANPAKAパンにでも行っているのか留守だ。
和也は自分の部屋に入ると買ってきたばかりの雑誌を立ち読みした部分の続きから
読むことにした。

日本人宇宙飛行士の○○さんは、最近家族のありがたさを身にしみて
感じているらしい。
『いやあ、日本にしばしば帰っていた時は妻の料理を食べて
 気合いを入れなおしていたんですけど訓練が詰まってきたらそれは無理ですしね。
 最近は料理なしでも気力がもつようにしているんですよ(笑)……』

――手料理、ねえ。
和也はインタビューを読み進めた。

『妻の仕事もありますから僕は基本単身赴任で……、打ち上げの時は見に来てくれるそうですけど』

――ふうん……
宇宙飛行士の訓練は基本的にアメリカで行われる。
単身赴任というのも十分に考えられる状況である。もし宇宙飛行士になれたとして、
誰かと結婚もできたとして、単身赴任なのか一緒に行けるのか、どうか。

「あっ! お兄ちゃん!」
甲高い舞の声で和也はぱっと現実に引き戻された。
「もう、こんなに雨降ってるのに!」
下で舞が騒いでいる。慌てて降りると、外は結構な雨が降っていた。
クリスマスの日に降った雪もこれで溶けてしまいそうだ、などと
呑気なことを言っている場合ではなく、外に干してある洗濯物を舞が取りこんでいた。

「ごめん、気がつかなかった」
「もうっ!」
舞は洗濯物を全部取り入れると部屋の中に干し始めた。話によると帰ってくる途中で
急に雨が降り始めたので急いで帰ってきたら干したままの洗濯物に気がついたらしい。
「お兄ちゃん、本でも読んでたの?」
「うん、ちょっと買ってきた雑誌をね」
「もう、集中すると周りが見えなくなっちゃうんだから」
いや待て、舞。他の誰に言われても舞だけには言われたくないぞ、それ。
と和也は思ったが、舞が機嫌良くしているようなので黙っておくことにした。
普段自分が言われていることを他の人に言うのは気分が良いからなあ――と和也が思っていると、
そういえば、と舞は思い出したように言い始めた。

「さっきお兄ちゃんの友達と外で会って」
「友達?」
「うん、クラスの女の人――名前忘れちゃったけど、髪がこのくらいの長さの栗色の
 人で……」
ああ、と和也は思った。さっき書店であった彼女だ。
「お兄さんマイペースだけど頑張ってねって言われちゃった」
なんなんだそれは。和也はくらくらするような感覚を覚えた。
いや、これは自分のマイペースぶりについて一度よく考えてみるべきなのか。

「なあ、舞」
「どうしたの、お兄ちゃん」
洗濯物を干し終えてソファに座ると舞が不思議そうな顔をしている。
「そんなにマイペースかなあ」
「え、お兄ちゃん気にしてたの?」
「気にしてたわけじゃないけど改めて言われると……」
「気にするほどひどくマイペースってわけでもないと思うけど」
「うーん、ただ、うちの場合。父さんも母さんもマイペースの極致みたいな
 ところがあるから、家族内では『そんなにマイペースじゃない』と思ってても
 他の人には『ものすごくマイペース』と思われている危険もあるんだよなあ」
「んー……」
これは家族内で話し合っていても埒が明かない問題である。舞も普段から少し
気にしている問題だけに難しい表情を受かべた。

「たとえば咲ちゃんとかだったらどうかな」
「あ、咲なら大丈夫よ」
疑いのかけらもなく舞は満面の笑みを浮かべた。
「咲なら、そういうことあんまり気にしないでいてくれると思うわ」
――確かに、舞とあんなに仲良くしてくれてるんだもんなあ。
舞の笑顔を見ながら和也は内心深く納得した。そして先程少し気になったことを聞いてみる。

「たとえばさ、僕が宇宙飛行士になったとして咲ちゃんだったらアメリカに
 ついてきてくれるかな」
「あ、頼めば見送りなんかには来てくれるんじゃない? あとスペースシャトルから
 中継するときに清海高校の体育館に集まって、とかそういう……」
「いや、もうちょっと長期滞在で」
「長期?」
不思議そうな顔をした後、舞は少し考えた。
「咲、アメリカでの生活大丈夫かしら……英語あんまり得意じゃないし……
 でもどうして咲がアメリカに長期滞在するの?」
「アメリカでの訓練って長いから寂しくなるかもしれないって思ってさ」
「あ、だったら私と咲が二人で行くわ」
いいことを考えついたというようにぱっと舞の表情が明るくなる。
「あ……うん、ありがとう舞、嬉しいよ」
舞に話せばこうなるか、と思いながら和也は答えた。


「へえ……」
「あれ、お姉ちゃん何の本読んでるの?」
同じ頃、咲も自分の部屋のベッドに寝転がって和也と同じ科学雑誌を読んでいた。
「お勉強?」
「うん、みたいなもの」
みのりに曖昧に答えて咲は雑誌を読み続けた。元々これは、付録についている
スペースシャトルのストラップに魅かれて買ったものだが、
インタビュー記事も読みやすくて咲は思わず読みふけってしまっていた。
――そっかあ、宇宙飛行士になるってことはアメリカにいくってことなんだ……
アメリカ。英語を喋る和也を想像すると、実に様になっているように思える。
一方、自分はというと……

――英語もっと勉強しなくちゃだめかなあ……
袋とじになっている部分を切り取り、スペースシャトルを取り出す。
咲には良く分からなかったが「エンデバー号」と裏には刻印されていた。

――和也さん、これと同じのが出ていないといいけど。
そう思いながら咲は家を出る。和也も同じ雑誌を買っているだろうことは想像がついた。
和也が持っているのと違うストラップが出れば、プレゼントできる。
クリスマスに貰ったプレゼントのお礼だ。
咲は傘を差して、家を出た。美翔家はいくつか曲がり角を曲がった先にある。

「あれ、咲?」
道を曲がったところで咲はばったり舞に出くわした。
「舞? 家に帰ったんじゃなかったの?」
「うん、ちょっと夕ご飯のお買いもの」
お母さんから頼まれてて、と舞は説明した。
「咲は? 配達……?」
配達と聞きながら舞は咲が荷物らしい荷物を持っていないのに気づく。
「う、ううん、ちょっと舞の家に行こうと思って」
「え、どうかしたの?」
「うん、ちょっとその……」
咲はポケットから小さな紙袋に入れたストラップを取り出した。
「和也さんにこれ渡そうと思って」
「お兄ちゃんに?」
「ほら、クリスマスにプレゼント貰ったからそのお礼にって思って……」
咲の声がだんだん小さくなり、顔は俯き気味になる。
「気にしなくていいのに」
「あ、うんでもやっぱりその……」
咲は、自分の頬が真っ赤になったような気がしてきた。
「お兄ちゃんなら家にいたから、今行けば会えると思うわ」
「あ、そうなんだ」
じゃあ、といって二人はすれ違いかけたが舞がすぐに立ち止まって振り返る。
「あ、そうだ咲」
「ん?」
「お兄ちゃん何か悩んでたみたいだから……」
「えっ!? 和也さんが!?」
咲の顔を見て舞は慌てて手を振った。
「ううん、そんな真剣な悩みじゃなくて、もし宇宙飛行士になったら
 アメリカに一人で行くのは寂しいって話みたい」
「あー……」
そうか、きっと和也さんもあの雑誌を読んだからそんな風に考えたんだと咲は思った。
「だから咲、もしお兄ちゃんがそんなことになったら二人でアメリカ行こうね」
「あっ、そうか!」
咲は舞の言葉を聞いてぱっと霧が晴れたような気はした。
「じゃ、じゃあさ舞。そうなったら私に英語教えてね」
「咲……、今からでも英語の勉強した方がいいと思うけど……」
「そ、それはそうだけど!」
舞はそんな咲を見てにっこり笑うと、
「だからお兄ちゃんが何か変なこと言ってたらそういう風に言っておいてね」
「うん!」
二人は今度こそ別れ、咲は足取り軽く美翔家に向った。

-完-

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