昨日は吹き荒れた風が今日はずいぶん落ち着いた。木々がつけた若葉も、次第にその色を
濃くしている。
薫は今の木々の緑をどう表現したらいいかと思いながらとにかく鉛筆でスケッチを続けていた。
隣にいるはずの舞は先ほどからすっかり集中モードに入っているようで、時々
息遣いさえ聞こえないように思うときがある。

ゴールデンウィークの一日、町は静まり返っていた。もしかするとよその人が
海を見に来ているかもしれないが、海水浴シーズンにはまだ早い。町がごった返すほどではない。
トネリコの森にいると、いつもよりも町がしんと静まり返っているような気さえする。
薫は木々の間からちらりと見える町を見やった。鯉のぼりが何匹も空を泳いでいた。


「やっぱりここだったラピ!」
「久しぶりチョピ!」

聞きなれた声に薫は思わず声の方を見る。
「フラッピ! チョッピ!」
「遊びに来たラピ」
「この森は変わらないチョピ〜」
フラッピとチョッピはぴょんと飛び跳ねると薫の胸へと飛び込んできたから、薫は
慌ててスケッチブックを切り株の上に置くと二人を抱き留めた。
隣の舞を見やるとまだ気が付いていなかったから、

「舞?」
と呼んでみる。舞はまだ気づかない。薫は腕の中のフラッピとチョッピと顔を見合わせて
くすりと笑うともう一度呼ぼうとしたが、チョッピがやめてというように首を振ったので
なんだろう、と思いつつ口をつぐんだ。
チョッピは薫の腕の中からぴょんと飛び出ると舞のお団子状にまとめた髪の上に
ちょんとしがみつく。

「舞、久しぶりチョピ!」
と頭の上から声をかけると舞がはっと目が覚めたかのように驚く。

はずみでチョッピが頭の上から滑り落ちそうになったのを、
舞は慌てて手を伸ばして支えた。それからチョッピを抱きかかえて、
「久しぶりね」
と笑う。

「今日はお休みチョピ?」
「ええ、今日は休日なの」
「咲はどこにいるラピ?」
「咲は学校よ。部活で」
と薫が答えた。舞はスケッチブックを閉じると持ち直す。薫も、片手でスケッチブックを
掴み鉛筆をしまった。

すぐに学校に行っても、他の部員も外にいるから咲に会うのは難しいがそれでも舞と薫の
二人は学校に向けて足を進めていた。フラッピは特に、少しでも早く咲に会いたいだろうと
舞も薫も思っていた。

泉の郷では精霊たちはみんな元気?
フィーリア王女はどうしているの?

そんな会話をフラッピたちとしながら舞と薫はゆるゆると坂道を下っていく。
「ムープとフープは? 今日は来てないの?」
薫がそう聞くと、フラッピとチョッピは顔を見合わせた。
「会ってないラピ?」
「先に会ったんだと思ってたチョピ」
「え……どういうこと?」
薫の顔からすっと笑みが消えて真剣になった。

「ムープとフープは大空の樹から出た後すぐに飛び出していったラピ」
「だから先に二人に会って、その後町に行ったんだと思ってたチョピ」
フラッピとチョッピの言葉に舞は、
「薫さん、二人のこと見た?」
と薫を見る。いいえ、と薫は首を振った。

「まあ、迷子になることもないと思うラピ」
「きっと咲や満と会っているチョピ」
フラッピとチョッピは不穏な空気を振り払うようにそう言った。

 * * *

「……え?」
ソフト部の練習が終わり、咲が他の部員たちの質問から解放されるとすぐに舞と薫は
咲を捕まえた。咲はまだユニフォームのままで、水筒からお茶をごくごくと飲みながら
舞たちの話を聞いていたが、ムープとフープの名前を聞いて首を振る。

「こっちには来てないよ。少なくともグラウンドでは見てない。
 もし誰かが気づいたらきっと可愛いって大騒ぎになったと思うし……」
咲はまたぐいとお茶を飲んだ。
「あと、行く場所って言ったら私たちの家かなあ。……ねえ薫、変な人たちの気配は感じないの?
 ダークフォールみたいな……」
「そういう邪悪な気配は感

。……満がPANPAKAパンにいるはずよね」
薫の言葉に咲は頷く。
「うん、こどもの日用のパンを売るの手伝ってくれてるから……」
「じゃあ満さんに聞いてみて、それで」
それで、もし満のところにも来ていなかったら? という疑問に舞は口をつぐんだ。

「うん、私もすぐ着替えて帰るよ。先に満のところ行ってて」
舞と薫は頷くと一路咲の家を目指した。

連休中のPANPAKAパンはいつもとは違う混雑を見せる。食パンやサンドイッチを買っていく人は
少なく、多くの人のお目当てがケーキかこどもの日特製パンだ。

今年は店の外に小さな台を置いてこどもの日特製パンを販売することになったので、
満はみのりと一緒にその販売を担当していた。
みのりは鯉のぼりの形をした今回の特製パンのデザインを決めたこともあって、
今日ははりきってお手伝いをしていたのだ。

「満!」
もうパンはほとんど売れてしまっていて、満もみのりも一休みといった様子で
小さな椅子に腰かけていた。薫は小走りに駆け寄り、みのりが居るのを見て
ブレーキをかける。
「あ、薫お姉さん!」
「みのりちゃん、満と一緒だったの?」
「うん、満お姉さんと一緒にパン売ってたんだよ! あのね、それで今日はね……」
みのりが薫と話し始めたので舞はすっと満のそばによって満の耳元に口を寄せる。
「ムープとフープを見なかった?」
ささやかれたその言葉に満は「えっ」と小さな声を上げると、
「ここには来ていないと思うわ。……どうしたの?」
と尋ねる。泉の郷からこちらに来たはずのムープとフープに誰も会っていないという
話を舞がすると、満の顔はきっと引き締まった。

「迷子かどうかは分からないけど、探した方がいいわね。行きそうな場所って言ったら、
 咲と舞の家と、私たちの家と学校と、あとは――トネリコの森」
もしもムープとフープがトネリコの森にいて、何かのはずみで動けなくなっているとしたら
探すのは大変だ。誰かを探すには森は広い。まして、ムープとフープのような小さな子たちの場合には。満は頭を振って、悲観的な考えを振り払った。

「私はまず、私と薫が住んでいる家の周辺を探してみるわ。舞は舞の家やその周りを探して。
 薫は――」
満はちらっと薫を見たがみのりの話をうんうんと聞いている姿を見て諦めた。
「咲は?」
「部活が終わって、こっちに向かっているところよ」
「じゃあ咲が来たら、咲はこの家とこの家の周りを探すように伝えて。見つからなかったら
 ――大空の樹に集まりましょ」
「分かったわ」
舞の言葉を聞いて満は駆け出した。
ダークフォールとの戦いが済んで以降薫と二人で住んでいる家に帰る。
この家にはムープとフープも何度か来たことがあった。
扉にも窓にも鍵はかかっていたが、念のため家の中に入り
「ムープ? フープ?」
と呼んでみる。だが返事はない。じっと耳を澄ましてみるが、
特に何かが動いているような気配もなかった。

どう考えても、おかしいのだ。ムープとフープがこちらの世界に来た時には、
いつも真っ先に咲か舞か満か薫かに会いに来る。
いつだったか、ムープたちが来た時にたまたま四人そろって隣町まで出かけていて
夕凪町に戻ってきたときに涙目のムープたちに怒られたこともある。

家の中にいないことを確認すると、満は家の外に出た。念のため家の周りをぐるりと
回ってみるがやはりムープたちの姿は見えない。
舞と約束した通り、満は大空の樹へと向かう。いつのまにか走り始めていた。

「咲! 薫!」
満が大空の樹に着くと、咲と薫は先に来ていた。
「薫、みのりちゃんは?」
「友達が遊びに来たから」
「薫、一緒にうちの周りを探してくれたんだけど」
咲の声に合わせるようにコミューンの中からフラッピが顔を出す。
「やっぱりいない?」
「うん」
コミューンから出ているフラッピの顔も心配そうな表情になった。
「あとは舞の家にいるかどうかだけど」
満の言葉に合わせるかのように、舞が坂道を登ってくる。
「舞! どうだった?」
咲の言葉に、舞はただ手を振っていないと伝えた。

「じゃあやっぱり」
トネリコの森を探すしかない――と四人ともが思った。

手分けしようと咲が言って、大まかに分担を決めると四人はぱっとそれぞれの
持ち場に別れた。
といっても、森は広い。ムープやフープのサイズを考えると、木の葉が上にかぶさって
いただけでもその姿は隠れてしまう。

「フラッピ、ムープ達どこ行っちゃったんだと思う?」
木の影や木の根の間に視線をやりながら咲はコミューンの中のフラッピに話しかける。
フラッピもぽんとコミューンから元の姿に戻ると、
「全然わからないラピ。ちゃんと一緒に来ればよかったラピ……」
と言いながら辺りを探し始めた。
ムープやフープの姿はもちろん、手掛かりさえも見つからない。
木々の枝から伸びてきた葉が作る影がいくつもの死角を作り出していて、咲は何度も枝を
動かしながらムープ達を探していた。舞や満、薫もそれは同じだった。

小一時間経った頃、薫は立ち止まってふうと息をついた。涼しい風が吹き抜けていく。
これまで腰をかがめて探していたので、一度大きく伸びをした。木々の向こうには
鯉のぼりが泳いでいるのが見える。

――あれ?
薫は思わず目を凝らした。一番上の鯉、真鯉が何だか変だ。
雄大に風に泳いでいるように見えて、

――お腹のところに何かある……?
その鯉はまるでお腹がもたれてでもいるかのように下の方に少し膨らんでいた。
何かが入っているのだとしたらその大きさは大体、と薫は考える。

――ムープとフープくらい……?
まさか、と薫は一瞬思ったものの、すぐに確かめてみるべきだと思った。地面を蹴って
飛び上がる。飛んでいけば鯉のぼりまですぐだった。
人に見られていないかどうか気にしながら鯉のぼりを立てているポールにしがみつき、
真鯉のお腹の中を覗く。

――ああ、やっぱり。
薫はそう思った。真っ白な鯉のお腹の中で、ムープとフープが眠っている。
「ムープ、フープ。起きて!」
声をかけると、「ムプ?」「ププ?」と二人は目を開け、それから慌てたように
飛び出してきた。薫はムープとフープを抱えると素早く地上に降り立つ。
誰も見ていなくて助かった。

「ムプー! 寝ちゃってたムプ!」
「びっくりププ!」
薫の腕の中で二人はいつにも増して騒がしい。薫は薫で、言いたいことがあった。
「二人ともどこに行ったか分からないからみんな心配して探しているのよ」
「ごめんなさいムプ……」
「鯉のぼりさんが気持ちよさそうに泳いでいるから、中に入ってみたら
 居心地が良くて寝ちゃってたププ」
薫は立ち止まって風に翻る鯉のぼりを見た。ムープとフープの気持ちは分かるような
気がする。
「みんな心配しているから、早く行くわよ」
薫はそう言って空に飛びあがると、トネリコの森を目指した。

-完-

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