泉の郷から緑の郷に来るときには大空の樹を通ってくる。
樹を通っている間は少し暗いが、外に出てくるとぱあっと緑の世界が
一面に広がるように見える。

この日もムープとフープは空の泉から泉の郷にやってきていた。
「ムプ?」
いつもと違う緑の郷の様子にムープもフープも目を輝かせる。雪こそ降っていなかったが、
きんと冷えた冬の朝のトネリコの森は地面に一面の霜を這わせていた。
「きれいムプ!」
「ププ!」
白く輝く地面の上にムープとフープはぽんと飛び降りてみた。
お腹の下で霜がわずかに溶ける。
「冷たいムプッ!?」
驚いてムープが宙に飛び上る。フープはそれを見てププププと笑った。
「フープは冷たくないムプ?」
平気そうな顔のフープを見てムープが目をぱちくりさせる。
「フープはちょっぴり地面から浮いているププ」
「あ〜、ずるいムプ!」
ムープが勢いをつけてフープの背中にぽんと飛び乗るとフープの体はべしゃりと
地面に押し付けられた。
「冷たいププッ!」
先ほどのムープと同じようにフープは思わず空へと逃げあがる。
ムープがムプムプと満足げにしていると、仕返しとばかりにフープが急降下して
ムープの身体を押しつぶさんばかりに地面につけた。
「負けないムプ!」
ムープもひらりと飛び上ると、二人はお互いの上につこうとしてしばし
互いの周りをぐるぐると回る。
ムプププムプププという声もいつも以上にトネリコの森に
響いていた。

「ププッ!?」
フープが何かを見つけて突然止まったので後ろから追いかけていた
ムープはフープの尻尾に顔をぶつける。
「どうしたムプ?」
「ムープ、あれ何ププ? きらきら光ってるププ」
フープが指差した先にある木立の地面は太陽の光を反射して明るく輝いていた。
霜の光り方とは少し違う。
「行ってみるムプ!」
二人が近づいてみると、数日前の雨でできた水たまりに氷が張っていた。
氷が陽光を反射していたのだ。

「ムプ〜」
氷の張った池の周りを物珍しげにムープとフープはくるくると回る。
しばらく様子を見てからムープは氷に触ってみた。伸ばした手がつるんと滑る。
冷たかったが、それよりも滑ったことの方がムープには面白かった。
ぴょんと氷に飛び乗ってみると、お腹ですーっと氷の上を滑ることができた。
「つるつるムプ〜」
「ププ!」
ムープの姿を見て喜んだフープも氷の上に乗ると、同じように滑ってみた。
ムープとフープの丸い体は氷の上で何の抵抗もなくつるつると滑る。
飛ぶのとも違う感覚に二人はすぐに夢中になると、小さな水たまりの上をぐるぐると
何周もした。

やがて日も高く上り、気温は上がっていく。もともとそれほど厚くなかった
水たまりの氷は次第に溶けはじめた。ムープがそれに気づいて氷を少し叩いてみると
氷は音もなく溶けてムープの手はちゃぷんと水につかる。

「とけてきちゃったムプ」
「もう乗ってるの無理みたいププ……」
「あっ、ムープ! せっかく早起きしたんだから急いで満と薫のところに行かないとププ!」
「そ、そうムプ!」
霜と雪にすっかり魅入られてしまったが、本来の目的は満と薫に会うことだ。
これでは仕方ない。ムープとフープは再び空に飛び立つと、
「満と薫のところにいくムプ!」
と目的地を目指した。


ムープとフープが満と薫を訪ねるときは緑の郷の精霊たちに頼んで大抵その前に
知らせておくのだが、今日はこっそり来ていた。たまには満と薫を驚かせてみたいものだ。

「薫がいたププ」
二人が住む家の一階の居間にあるソファに座って薫が本を読んでいるのが
窓から見える。どこか開いている窓がないかとムープとフープは探してみたが見当たらなかったので、
「薫ー!」
と今の窓を叩いてみる。そしてつつっと隠れる。
「……?」
薫は本から目を上げると不思議そうな顔で窓の方を見やった。ムープとフープの姿は薫からは
見えない。気のせいかと思って薫は再び本に戻る。
「薫ー!」
今度はムープが声を上げる。薫はぱっと立ち上がって窓を開けると、
隠れようとしたムープとフープの尻尾を捕まえた。
「何してるの?」
薫の声は穏やかだ。
「捕まっちゃったププ」
とフープが残念そうに言うのに薫は苦笑して手を放すと、ムープとフープはするっと
体勢を立て直してすとんと薫の手の上に収まった。
「……どうしたの? 濡れてるじゃない」
ムープとフープの身体は先ほど遊んだ時に濡れたまま、じっとりと湿っていた。
「さっき氷で遊んできたムプ!」
「そうププそうププ! 氷の上で、つるつるって滑ったププ!」
「氷?」
聞き返しながら薫は二階にいる満を呼ぶと、ムープ達をいったんテーブルの上において
引き出しから洗って乾かしたばかりのタオルを出すと、フープをふわりと
それに包んで拭き始めた。
「何、薫?」
満が部屋に入ってくる。
「満!」
ムープがぴょんと満に飛びついた。
「ムープ! えっ、冷たい……」
ムープのお腹の冷たさに驚いている満に薫はばさりとタオルを投げ、
「拭いてあげて」
と簡単に言った。
「ムープ、何があったの?」
「さっき氷で滑ってきたムプ!」
満とムープが先ほどの薫と似たような会話を繰り返す。
満と薫の手の中でタオルにくるまれてごしごしと拭かれているうちにムープと
フープの身体はぽかぽかと温まってきた。
今日は早起きしてこちらに来たこともあって、ムープとフープはいつの間にか
うとうととし始めた。満と薫はそれを見てくすりと笑うと、
十分に温まったムープとフープをソファの上に寝かせて布団のように
タオルをかける。

「今日はどうしたのかしらね、ムープもフープも」
「さあ……満、今日くるって聞いてた?」
「私は聞いてないけど。薫は聞いてたんじゃないの?」
「私も聞いてないわ」
どういうことだろうと二人は顔を見合わせた。今日に限って突然来たのは
何か理由があってのこととも思えるが、
「起きてから聞けばいいわね」
すやすや眠っているムープとフープを見て満はそうつぶやくと、
「そういえば、薫。二階の部屋の掃除終わったわ」
「そう? じゃあ、これで今年の大掃除もおしまいね」
霧生家は数日前から何日かに分けて大々的に掃除をしていた。
二人で分担を決めて掃除をしていたのだが、満の担当の寝室が最後に残ってしまった。
それで満は今朝から掃除をしていたというわけだ。

「後は……買い物だったかしら」
「ええ。商店街のお店が休みになるから、数日分は買っておかないと」
鉛筆とメモ用紙を取り出すと、満は買い物リストを作り始めた。
メロンパンを買いだめしておくのは当然として、飲み物に食べ物、買っておかなければ
いけないものはたくさんある。
「ムープとフープが起きたら、行きましょうか」
「そうね、放っておくわけにもいかないし。……ムープとフープは
 鞄の中に入っててもらわないと買い物にはつれていけないけど」
「仕方ないわね」
困ったような顔で薫は寝ているムープとフープに目を向けた。
相変わらず静かな寝息を立てているムープとフープを見ると、自然と表情が緩む。

昼近くになって、ムープとフープは寝返りを打ってころころとソファから落ちた
ところで目を覚ました。
「ここどこムプ?」
と目をぱちくりさせるが、
「起きたの、ムープ?」
という満の言葉に満と薫の家に来ていたことを思い出す。
「ププ……フープとムープは寝てたププ?」
「ええ、そうよ。ぐっすり寝てたわ」
ムープとフープが家に来た時と同じ本を手に持った――開いている
ページはだいぶ後ろの方に進んでいる――薫を見て、ププと
フープは呟くとぴょんと薫の本の上に飛び乗った。
「それで、今日はどうして突然来たの?」
満はまだ目をこすっているムープを拾い上げるとソファに座る。
「ムプ」
ムープは満に向かって得意げに笑った。
「ムープとフープは、満と薫のお手伝いに来たムプ!」
「そうププ!」
とフープも薫に向かって満面の笑みを浮かべる。
「大掃除のお手伝いをするムプ!」「ププ!」
「えっ」
満と薫は困ったように顔を見合わせた。予期しない反応にムープとフープは
きょとんとした表情だ。
「あの……ムープ、フープ」
「大掃除、もう終わっちゃったんだけど」
「ムプ!?」「ププ!?」
ショックのあまりムープとフープは目を見開いた。
「だ、だって大掃除は一年の最後の日にするって聞いたムプ!」
「フラッピがそう言ってたププ!」
「咲はそうだけど、」
と満はムープを宥めるように撫でた。
「今年はもう、済ませちゃったの」
「ムプ……」「ププ……」
相当はりきっていたらしく、ムープとフープはしょんぼりと目を伏せる。
薫はフープを両手で抱え上げた。
「これから買い物に行くんだけど。一緒に来る?」
「……行くププ」「ムープも行くムプ!」
買い物だとあまり手伝えないが、それでもムープとフープは行こうと思った。
そのくらいしかできることがなさそうだ。
「それと、明日の朝トネリコの森に初日の出というのを見に行こうと思うんだけど
 一緒に行く?」
満ががっかりした表情のムープを右手で撫でる。ムープも、薫の前にいる
フープもぱっと顔を輝かせた。
「行くムプ!」「行くププ!」
ムープとフープの声がそろった。

 * * *

いつもよりずっと混んでいる商店街での買い物を済ませ、食事もして
ムープとフープは明日の早朝に備えて早々に眠りについた。
満と薫も夜更かしはそこそこにしてベッドに横たわる。
ぐっすり寝ているムープとフープを押しつぶさないように少し気を遣った。

数時間後、夜明け前。満と薫はムープとフープを起こすと
まだ寝ぼけ眼の二人をマフラーに包んでトネリコの森に向かった。

今日も空気は張りつめたように冷えている。細く光る月が地上を照らし、
地上の霜がきらきらと輝いている。満と薫の吐く息も白く月光に照らされていた。
ムープとフープはここまでくると目も覚めたようで、満と薫に
抱かれたままできょときょとと辺りを見回していた。
「ムプ!」
ムープが昨日滑った水たまりを見つけてぱっと満の腕の中から飛び出す。
だが水たまりはもうずいぶん小さくなってしまっていて
ムープでも乗るのが精一杯、滑るのはできそうになかった。
「これが昨日言ってた氷なの?」
満がムープの後ろに立つ。
「そうムプ、でも小さくなっちゃったムプ」
「また雨が降ったら水たまりできるんじゃないかしら」
「大きい氷ができたら満と一緒に滑るムプ!」
「そうね」
そうね、と答えながら満は、私もお腹で滑るのかしらと考えていた。
その時になったら咲に相談しようと思い直す。

「ププ!」
東の空を見つめていたフープが叫ぶ。ムープと満が元の場所に戻ると、
東に見える山々の尾根がゆっくりと橙色に染まり日の出の到来を告げていた。

やがて太陽が顔を見せる。満と薫はその光と暖かさに圧倒されていた。
ムープとフープは、昔見たワイドショーで初日の出に願い事をするとかなうと
言っていたことを信じて
これからも満と薫とずっといっしょにいられますようにと願い事をしていた。


-完-

 ←押していただけると嬉しいです。




短編SS置き場へ戻る
indexへ戻る