「ねえお姉ちゃん、ミミンガって本当にいないのかなあ?」
ミミンガを騒ぎがあった夜のこと。咲の隣のベッドに寝ているみのりがぽつりと呟いた。
みのりまだ寝てなかったんだ、と咲は思い、それから気をつけて言葉を返す。

「柳田さんのおじさんが言ってたじゃない、民話の中の生き物だって。
 それに健太たちが見たミミンガって私たちが作った人形だし」
――本当はいるんだけどね。すぐ近くのコミューンの中に。

「うーんとね、でもみのり、前に舞お姉ちゃんのお母さんに聞いたことあるよ」
「舞のお母さんに? 何を?」
「えーっと、昔話とかそういうお話に出てくる鬼とか天狗って、本当にいたかも
 知れないんだって」
「えー、鬼がいるなんてそんなあ」
「本当の鬼じゃなくっても、他の村に住んでいる人たちのことを鬼と見間違えたとか
 そういうことがあるかもしれないんだって」
「舞のお母さんの言うことだからそうかもしれないけど……、でもミミンガはいないんじゃないかなあ?」
咲はさりげなく、みのりに気づかれないようにとにかくミミンガを否定しようとした。
ようやく収まった騒ぎをまた蒸し返すわけにはいかない。
今度は本当にフラッピたちが見つかってしまう危険だってある。

「お姉ちゃん、ミミンガ嫌いなの?」
「え? 嫌いじゃないよ」
「そうだよね、ミミンガかわいいもんね!」
「はは……まあね」
咲は暗がりの中で自分の机の方をちらっと見た。ムープとフープはスプラッシュコミューンの中に
いるはずである。ひょっとしたらまだ起きていて、この会話をこっそり聞いているかもしれない。
聞こえていたら、今頃コミューンの中で二人はしゃいで飛び回っているだろう。
「お姉ちゃん、舞お姉ちゃんと人形劇いつするの?」
「え、あ、えっと」
突然自分たちが昼間ついた嘘の話をされて咲は少し慌てる。
「もう少し練習して、あと加代ちゃんに予定も聞かないといけないし」
「みのりも見に行っていい?」
「もちろん!」
「じゃあ、する日決まったら教えてね!」
「うん、教えるね――みのり、もう寝よ。明日起きられなくなっちゃうよ。お休み」
「お休みなさーい」

――そっか、本当に人形劇の練習もしないとね。舞と一緒にお手伝いしなくちゃ。

考えていると、みのりの寝息が聞こえてきた。穏やかなそれを聞いているうちに
咲も眠りへと引きずり込まれていった。


人形劇を終えたのは一週間ほど経ってから。トネリコの森での猛特訓の甲斐あって
――咲と舞は数日間真剣に練習をした―― 子供たちにも好評を博して終わった。
拍手する小さな子たちの中にみのりの姿もあった。

「舞お姉ちゃ〜ん」
「どうしたの?」
人形劇を終えてPANPAKAパンで一休みしている舞のところにみのりがやってくる。
咲はジュースを取りに行っていていない。

「あのミミンガの人形、どうするの?」
「ミミンガ? ……ああ、フラ……あれね、もうしばらくは使わないと思うけど」
「しまっておくの?」
「そうね、多分」
「みのり借りてもいい?」
「え……?」
舞はきょとんとした表情で首をかしげた。
「借りるって、どうして?」
「だって、すごーく可愛いんだもんミミンガ。みのりもあのお人形ほしいなって思ったの」
「みーのーり! 舞に無理なこと言ってるんじゃないの!?」
いつの間にか咲が来ていた。ミミンガという言葉が聞こえたのか、少し焦ったような表情で
みのりの後ろに立っている。

「無理なんか言ってないよ〜、ミミンガのお人形少しの間だけでも」
「もう、舞を困らせないの」
「咲、私困らないけど」
「え?」
「みのりちゃんはあの人形を気に入ってくれたのよね? だったら、あげる。
 人形も喜ぶと思うし」

「え、いいの!?」
「うん、次に人形劇するときはまた新しいの作るから」
「ま、舞……」
「咲、気にしないで。私もみのりちゃんが可愛がってくれると思うとうれしいし」
言いながら、舞は鞄の中から4つの人形を取り出す。
お父さんミミンガ、お母さんミミンガ、男の子ミミンガ、女の子ミミンガと
みのりが一つ一つの名前を確認した。

「じゃあみのりちゃん、可愛がってあげてね」
「ありがとう!」
みのりは4つの人形を抱えあげるとその中の一つ、チョッピの人形を手に嵌めた。

「ありがとうミンガ〜」
昼間の人形劇での台詞をそのまま使う。咲も舞も、思わず苦笑した。


「みのりちゃん、ミミンガが大好きみたいね」
家まで帰る舞を咲が送る時間になった。やっと二人きりで話ができる。
「家には本当にフラッピとムープとフープがいるから、心配なんだけどね。
 いつかばれるかもしれないって思うと。3人いるからどうしても声も大きくなるし」
「そうね……でもなんだか」
「どうしたの?」
舞の横顔に夕日が当たっている。光を反射して舞の大きな目がきらきらと輝いた。

「みんなにも、フラッピたちのこと教えてあげたいね」
「ままま舞!? 何言ってるの!?」
「だってフラッピもチョッピもムープもフープも、私たちの街のことこんなに気に入って
 くれてるのに」
ぽん、と二人の首に提げたコミューンの中からフラッピとチョッピが顔を出す。

「フラッピたちは緑の郷のこと大好きラピ」「そうチョピ! ずーっといたいチョピ」
咲は少し困った顔をフラッピとチョッピ、それに舞に向ける。

「分かるけど……でも……」
「うん、そうだよね」
舞は諦めたように頷いた。


みのりのお気に入りは女の子ミミンガと男の子ミミンガ、要するにフープとムープであるらしい。
何かというと手に嵌めている。

「みのり、それそんなに好きなの?」
「うん、だって可愛いもん!」
そんな様子は当人達、フラッピとムープフープにも伝わっているもので、
「ムープとフープの方がみのりに可愛がってもらってるムプ!」
「なんか悔しいラピ〜!」
という会話が交わされることになるのである。


「咲……」
そんなある日のこと。部屋に入った咲の傍へムープがすっと寄ってきた。
「どうしたの?」
「フープにものもらいができたムプ」
「ええ!? どうしよう、目薬でいいのかな、フープちょっと目見せて!」
窓の外を眺めるフープに駆け寄ると、

「違うププ! 物思いにふけってるププ!」
「それテレビで覚えたの?」
「そうププ」
「あ、そう……」
「えー、さっきはものもらいって言ってたムプ!」
「言ってないププ!」
「はいはい二人とも喧嘩しないの……で、フープは何を考えてるの?」
咲はフープの背中をさするように触った。
フープの視線の先にはPANPAKAパンの庭が映っている。

「ねえフープ、教えてよ。私にできることだったら力になるから」
「本当ププ?」
フープが初めて咲を見た。
「本当本当! で、どうしたの?」
「みのりププ」
庭ではみのりがコロネと遊んでいる。

「みのりがどうかしたの?」
「フープはみのりとも遊びたいププ」
「えっ……それは、その」
「みのりとも遊んでみたいププ! きっと楽しいププ」
「え〜っと、さ、それは……」
「フープ、わがまま言っちゃ駄目ラピ!」
フラッピが咲のコミューンから飛び出してくる。
「フラッピたちの存在が咲や舞以外の人に見つかったら緑の郷にいられないラピ」
「どうしてププ?」
「緑の郷の人たちは泉の郷や精霊の存在を忘れているラピ。だから今フラッピたちが見つかったら
 大変な騒ぎになってしまうラピ」
「思い出してもらえばいいププ」
「だーかーらー、ラピ!」
フラッピはいらいらしたようにぴくぴくと震えてそれから大声になった。
「それは大変ラピ! 今すぐなんてできないラピ!」
「ムープはどう思うププ?」
フープが突然ムープに話を振った。ムープはふわふわと浮かんで二人の言い合いを黙って聞いていたのだが、
「ムプ!? えーとムプ……」
何も考えていなかったらしい。
「どっちププ!?」
「ムープは、よく分からないムプ……」

当てにならない。そう思ったのか、フープは突然窓から飛び出した。
「フープ!?」「ラピ!?」「ムプ!?」
フープがおりて行く先にはコロネとみのりがいる。咲は慌てて部屋から出て庭に向かって駆け出した。


「コロネ? どうかした?」
みのりが投げるボールを追っていたコロネは突然身体の向きを変えると
ぱっとボールとは全然別の方へ駆け出した。

「あっコロネ!?」
みのりもコロネの方を追おう――として、まずコロネが見捨てたボールを拾った。
その真上からフープが降りてくる。コロネは珍しく鳴き声をあげ、
みのりの自分の方に呼び寄せようとした。が、時遅く。フープがみのりの頭の上に
ぽとんと着陸した。

「ん?」みのりは手で頭の上のものを振り払う。何かが地面にことりと落ちる。
フープとみのりは、目があった。同じ家に住んでいながら、ここで初めて
目を合わせることができた。

しかし次の瞬間、
「ああーっと!」
大げさな声を上げて、庭に出てきた咲が地面の上のフープに被さるように
転んで倒れこむ。

「お、お姉ちゃん!?」
「えへへ……転んじゃったなり〜」
ごまかし笑いを浮かべながら、咲はフープをポケットにねじこんだ。

「今、今ね、ミミンガが落ちてきたんだよ!」
「ミミンガ? 見間違いじゃない?」
咲はポケットを抑えて立ち上がる。
「え? あれえ……お姉ちゃん踏み潰したんじゃないの」
「そんなことしてないよ! みのりの見間違えだってば。ミミンガ、いないんだから」
「そうかなあ……」
納得していないように、みのりは首を傾げた。フープは咲のポケットの中でむくれていた。

「どうかしたの?」
そんなところに舞がやってくる。みのりは興奮したように舞に話しかけた。
「あのね、舞お姉ちゃん、今ミミンガ見たんだよ! お人形じゃなくて本物の」
「だーっ、みのり、だからあれは見間違いだよ」
「違うもん、いたもん!」
「ミミンガなんていないって!」
咲が大声を出し、みのりは反射的に出てきそうになった何かを堪えた。堪えないと
すぐに零れ落ちそうだった。

「ミミンガ、いるかもしれないわね」
「舞!?」
「舞お姉ちゃん、信じてくれるの?」
舞の言葉でみのりの空気が瞬時に変わる。晴れ晴れとした笑顔をみのりは浮かべた。
「うん――、みのちりゃんは見たんでしょう?」
「うん!」
「だったら、いるのかもしれないわね」
「ま、舞……」
どうしよう、咲は思った。このまま舞とみのりを引き離して
舞と二人きりで今後の方針をじっくり話し合いたい。けれども
今ここでみのりを一人にするのも怖いし。

「でもねみのりちゃん……」
舞は少し脚を曲げ、みのりの視線と目の高さをあわせた。

「ミミンガは妖精だから、そっとしておいてあげた方がいいと思うの」
「そっと?」
「この前みたいに町中で捜したりすると、びっくりして逃げちゃうかもしれないから。
 だからミミンガを見ても、黙ってそっとしておいた方が、ミミンガもずっと
 この町にいてくれるわ……たぶん」
「そっか……じゃあ、今度見かけても静かにしてるね!」
「うん、そうしてあげて」
なるほどね、さすが舞。咲はしみじみと感心した。
舞のような言い方をすればみのりをそんなに傷つけることもなく、
他の人にみのりからミミンガの話が伝わっていくのも避けられる。

やっぱり舞は賢いなあ、と思っていると、

「咲お姉ちゃんはぜーんぜん信じてくれなかったんだよ〜」
「ぜぜ、ぜーんぜんって……だって、ミミンガいないってみんな言ってたし」
「舞お姉ちゃんが分かってくれたからいいの」
「もう、みのりってば……」



「お姉ちゃん、これ見てー!」
そんなことがあってから数日後。学校から帰ってきた咲のところにみのりが
やってきた。

「何、これ?」
みのりが持ってきたのはムープとフープに見えるコロネ。

「お父さんとお母さんが特別に焼いてくれたの。みのりが好きだから」
「へえ〜……じゃあ、今日のおやつにするの?」
「ううん、みのりの机の上に置いておく」
「どうして?」
「ひょっとしたらミミンガが来て、おやつに食べて行くかもしれないから」
「そうなる……かもね」

かもね、ではなくそうなった。

「これはムープとフープがみのりから貰ったおやつププ♪」
「フラッピにもちょっとだけ上げるムプ〜」
「なんか悔しいラピ……」
みのりが部屋をあけた隙に、フープとムープが二人の身体を模したコロネをぱくぱくと食べる。
「自分の形したパン食べるのって嫌じゃない?」
「嫌じゃないププ」「もっと一杯食べたいムプ!」
「へえ……そうなんだ」

日向一家と精霊たちの奇妙な同居は続く。

<完>

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