「うう〜む……」
古本屋での仕事が終わって帰宅したカレハーンはモエルンバがソファの上で
腕組みをして何か考え事をしているのを見て腰を抜かしそうになった。

「なな、何だモエルンバ!? お前何してるんだ!?」
モエルンバはいつも能天気に踊っているか騒いでいるかしているものである。
カレハーンが覚えている限り、彼が悩んでいたことは一度もない。
「やあセニョール、いいところに帰ってきたな」
妙なリズムで腰を振ることもない。
「ど、どうしたんだお前!?」
カレハーンは思わず外を見た。秋とはいえまだ日がぎらぎらと照りつけている。
しかし明日には雪でも降るかもしれない。
「ちょっと悩んでいることがあってな……相談に乗ってくれよカレッチ」
モエルンバはカレハーンの肩に軽く腕を回す。

「お、おいおい……」
カレハーンは慌ててモエルンバの腕を振りほどいた。
「離れんか、燃えるだろうがっ!」
肩のあたりがすでに燻り始め煙が薄く立ち始めている。モエルンバの腕から逃れると
カレハーンは台所に飛び込み濡れたタオルを押しあてて消火した。
「相変わらず燃えやすいなあカレッチは」
「当たり前だ、というかカレッチと呼ぶな!」
モエルンバはカレハーンと話していると調子を取り戻したようにいつものペースに近づいてきた。
いらいらしながらカレハーンが床の上に胡坐を組むとモエルンバは前のようにソファに座り脚を組む。
「で、相談って言うのは俺がやってるストリートダンスのことなんだけどな」
「ストリートダンス? お前そんなのやってたのか?」
「ああ、路上でダンスを踊ってお客さんに見てもらってる」
「ああ、あの大道芸か。……それで?」
モエルンバはカレハーンの憎まれ口には気を留めずに説明を続ける。
「最近、ちらっと見ただけですぐにどっか行っちゃう人が多いんだよセニョール。
 最後まで見てもらえる人が少なくなっちゃって」
「そりゃお前の下手糞なダンスなんて見たかないだろうよ」
「いやそんなわけないだろうセニョール。それでだな、緑の郷の人間に
 どうやってアピールすればいいか考えてるわけだ、チャチャ!」
「知らん」
リズムに乗ってきたモエルンバをカレハーンは短く突き放す。
「そういうなよセニョール。カレッチだって古本屋でバイトしたりして
 人間たちと触れ合ってるんだろ?」
「……お前、俺がどんな仕事してるのか知ってるのか?」
「接客業だろ?」
「接客業は接客業だがな、」
カレハーンは背筋を伸ばすとまっすぐにモエルンバを見返した。

「俺の仕事は主に立ち読みで粘る客を追い払う仕事なんだよ! ざまあみろ!」
何に対してざまあみろなのかはともかく、カレハーンは何故か勝ち誇っていた。
「というわけで、俺はお前の相談に乗れるような情報はない!」
「あ〜まて、セニョール。何かこの前下校中の小学生達が話してたぞ。
 どっかの古本屋で立ち読みしてると突然読んでいる本の中に人の顔みたいな
 模様が浮かび上がってくるとか、店の中なのに何故か枯葉が舞い落ちてくるとか」
うむ、とカレハーンは満足げに笑う。
「あいつらは何度追い払っても立ち読みしにくるからな。追い払い方を工夫しているんだ」
「ふ〜ん? 面白がられてたけどなあ」
「……は?」
「今度あの古本屋で肝試ししようって相談してたぜ!」
「あ、あのガキども! 追い払っても追い払っても来ると思ったら
 そんなゲームにしてやがったのか!」
「カレッチには遊び心が足りないからな〜」
モエルンバはいかにも上機嫌そうに笑った。身体がかっと光り、周りの気温が高くなる。

「俺に相談すればうまい手を考えてやったのに」
「あ? 何だと?」
「立ち読みがしつこくて困ってるんなら、」
「お前が隣でダンスを踊るのか? 確かにそれならすぐ逃げていきそうだな。
 鬱陶しくて」
「そりゃないぜ〜セニョール」
モエルンバはやれやれと手を広げる。
「狭い古本屋の片隅に押し込めておくには俺のダンスは輝きが強すぎる。
 立ち読みされて困るんなら、立ち読みされてる時に本を片っ端から燃やせばいいんだぜ!」
「あほか! 商品燃やしてどうする! だいたいあんな狭くて本ばかりの店で
 火をつけたらすぐに火事になるだろ!」
カレハーンが思わず手を上げてモエルンバの頭をはたいた。モエルンバは
腹を抱えて笑っている。ちっとカレハーンは舌うちをした。

「だからさあ、カレッチなら俺のダンスを長い間見てくれる人を増やす方法を考えられるだろ」
「うるせえよ!」
カレハーンはいらだって立ち上がると自分の部屋に戻ろうとした。
だが、まあまあとモエルンバがカレハーンの腕を掴む。

「おいこら、離せ!」
「照れるなよセニョール!」
「たっだいま〜!」
二人がもみ合っているところにドロドロンの能天気な声が
玄関から聞こえてくる。珍しく陽気な声にカレハーンもモエルンバも
思わず動きを止めた。

「あれ、カレッチもモエルンバもいたの?」
ドロドロンは鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気だ。カレハーンとモエルンバは
何かあったのかと悪い予感を抱きつつ、ドロドロンの言葉を待つ。
「見てみて、二人とも! これ貰えたんだ!」
興奮気味にドロドロンがバッグの中から広げて見せたのは
ウサギの絵のついたエコバッグである。
「いいでしょ〜!」
「……」
カレハーンとモエルンバはそれを見て呆れたように掴みかかっていた手を離すと
ドロドロンの顔を見る。
ドロドロンはエコバッグをもらえたのが嬉しくてたまらないらしく、
二人から何か言ってもらえるのを待っていた。

「……お前、それこの前も貰ったのと同じじゃないか? 違うのを貰うんじゃないのか?」
「同じだよな、この前のと」
「もう〜、よく見てよ」
ドロドロンは台所に戻るとこの前貰ったエコバッグを持ってくる。形はまったく
同じものだが、よく見ればそれにはウサギではなく猫の絵がついていた。

「ほら、こっちは猫なんだよ。こっちはウサギでしょ」
「……どうでもいいよ」
カレハーンは心底うんざりしたようにぼやいた。
「まあ、でもこれで今日からはおやつが毎日変わるんだな?」
ドロドロンが貰ってきたエコバッグは、スーパーで最近売り出していた袋菓子についている
シールを点数分集めると交換してもらえるという仕組みだった。
おかげでこのところずっとこの家にある菓子は同じ袋菓子だったのである。
満と薫は早々に嫌気がさしたらしく咲の家でおやつを食べてくることが増えたこともあって、
お菓子を食べるのはカレハーンやモエルンバが主になった。

「え〜っと、これゾウさんのもあるんだよね。三種類集めたらコンプリートだから、
 それまでおやつはあれで我慢してよ」
「え〜っ!」
「そりゃないぜ!!」
カレハーンとモエルンバが同時に叫ぶ。

「だってさ〜、やっぱりこういうのは全部集めておかないと。
 それにこうやってたくさん貰っておけば、使ってる時に穴が開いても
 すぐ次のにできるじゃん!」
ドロドロンは丁寧にエコバッグをたたむと、
「だからしばらくおやつはこれだからね」
といつもの袋菓子をテーブルの上に置く。
「おい待てよ〜」
モエルンバが心底うんざりした口調でドロドロンを呼び止めるが、
ドロドロンは台所に入ると買ってきた食材を冷蔵庫に入れる。

「あいつ、何か知らんがすっかり主夫業が板についてきたよな。
 財布もいろんな店のポイントカードが入ってるし」
「ああ、こんなところにドロドロンの天職があるとは思わなかったな……」
カレハーンとモエルンバは思わずまじめに話し合っていた。
ドロドロンはふんふんと鼻歌まじりに冷蔵庫の整理をしている。

「お前、あいつにさっきの話相談してみたらいいんじゃないか?」
「えー?」
カレハーンの提案にモエルンバはあまり乗り気ではない様子だった。
ドロドロンと言えば、基本的には楽しそうに笑っている人々が大好きでいつも地下に
篭っているような性格である。

「ダンスの人集めの相談ってドロドロンは苦手そうじゃないかセニョール」
「まあ、聞くだけ聞いてみろって。あいつは時々訳の分からん裏技を
 知っていることがあるぞ」
「そうか? ……じゃあ聞いてみるか」

なあドロドロン。とモエルンバは話しかけ、事情を説明する。
「ふ〜ん。買い物に出たとき、モエルンバのダンス見てる人が
 結構集まってるのよく見るけどなあ」
「確かに集まるんだが、ずっと見てる人ってのは少なくってな。
 どうすればいいと思う?」
「ふうん……」
ドロドロンは少し考えたかと思うと、

「タイムセールをやってみたら?」
と妙に明るい声で言う。
「……は?」
「タイムセールってね、すっごいんだよ! 5時からやりますって言ったら
 集まってきた人がずっと5時まで待ってるんだよ!」
ドロドロンは興奮気味にモエルンバに訴える。
「いや、待てドロドロン。俺は別に何か商品を売ってるわけじゃないんだが」
「売ればいいじゃん」
「……え?」
「だからー、何か商品を持ってけばいいんだよ。で、ダンスを最後まで
 見た人にはこれをお買い得価格で! っていう感じにすれば
 きっとみんな最後まで見てくれるよ」
隣で聞いているカレハーンは内心頭を抱えていた。
ダンスを見せたいと言うのに商品で釣ってどうする、と内心で思わずぼやく。
だがモエルンバは、

「そうだなあセニョール。何かやってみるか」
「や、やるのか!?」
「ああ、何かのきっかけにでもなればいいからな」
とドロドロンのアイディアに乗ってみることにした。

「とは言っても、何を売ればいいんだか……」
「え〜っと、何か作ればいいんじゃないかな……」
モエルンバとドロドロンが具体的な相談を始める。
――それでいいのか? ……
カレハーンはそう思ったが、口を挟むと面倒なことになりそうなので黙っていた。

 * * *

「お母さん、これどうしたの?」
数日後の美翔家。舞がテーブルの上においてある見慣れないコップに目を留めた。
土を強い熱で焼き上げた陶器のコップだ。
「ああ、それ……」
買い物から帰ってきた可南子が顔を上げる。
「最近公園でよくダンスしてる人がいるでしょ?」
「ああ……」
モエルンバね、と舞は思ったが名前は出さなかった。
「今日も踊ってたんだけど、ちょっと見てみたらそういうコップをたくさん
 売ってたから買ってみたの。面白い形でしょう?」
「う、うん」
こくこくと舞は頷く。確かに面白い形だ。教科書に載っている土器のような。
面白すぎてコップとしては飲みにくいような気もする。

「あの人、趣味のダンサーだと思ってたんだけどああいう営業の人だったのかしらね」
「さあ……」
舞は曖昧に答えを返した。
――満さんと薫さんにどういうことなのかちょっと聞いてみようかな……

と、舞は考える。と言っても、モエルンバやドロドロンたちが考えることは
よく分からないことが多いので――満と薫ですら、彼らの行動を読めていないことが
多い――今回も良く分からないままになりそうだと舞は思った。

-完-

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