その厄介な荷物が届いたのは、夏休みが終わり二学期が始まろうとしているちょうどその頃だった。
満と薫、それになぜかよみがえってきて夕凪町に馴染んで暮らしているダークフォールの幹部五人が
住んでいる家に、その爆弾は届いたのだ。

「はーい、ありがとうございました」
荷物を受け取ったのは家にいたドロドロン。主に家事担当の彼は、他の家族が仕事やその手伝い、
趣味で家を留守にしている時にも家に残っていることが多い。

――ミズ・シタターレへの荷物か……
なんだろう? と思いながらも、長い食卓のシタターレの席に妙に細長い荷物を置いておく。
それからおやつに楽しみにしていたアイスを食べようと冷凍庫を漁る。

「あれ? あれ?」
思わず声が出てしまった。
アイスの箱が残っていたはずなのに、どこにも見当たらない。
まさかと思ってゴミ箱を見ると、空になった箱が捨てられていた。

「誰だよー!」
怒りの声を上げてみるが、家には誰もいない。ドロドロン、と箱にマジックで名前まで書いておいたのに
そんなことは気にしない誰かにすっかり食べられてしまっていた。

ドロドロンはやり場のない怒りを誰にもぶつけることができず、冷蔵庫を一発殴って八つ当たりを
してから他のお菓子を探す。しかし、冷たいものはもちろん、スナック菓子ですら台所のどこにも見当たらない。
誰かがちょっとしたお菓子を買ったまま忘れて棚に残っていても良さそうなものだが、
そんなお菓子はどこにもなかった。

――あ〜あ、もう……。
今日のおやつはアイス、とすっかり決めてしまっていただけに気分の落ち込みも大きい。
ドロドロンはがっくりとしてダイニングルームに戻ってくると床の上に座り込んだ。
巨躯が、体育座りをして小さくまとまる。
――ちぇっ。
まだあきらめきれないようにドロドロンは小さく舌打ちをした。
何か別のお菓子を買いに出かけようかとも思うが、外は太陽がぎらぎらと照り付けている。
最近は雨が少ないのですっかり地面も乾燥してしまっている。

――お肌が荒れそうだから、やめ。
ドロドロンはそう決めると、ちらりと机の上に置いたシタターレの荷物を見た。

――これひょっとして、お菓子なんじゃないかなあ?
差出人の名前はない。内容物についても特に記載がない。ということは、可能性がある。
「留守にしてる時に僕が預かってやったんだから開けてもいいよね」
誰にともなくそう言い訳をしてばりばりと包装紙を破る。
……出てきたのは、花束だった。だから箱が妙に細長かったのだ。

「ちぇっ」
また舌打ちをする。花を食べるわけにはいかない。真っ赤なバラの花束は美しいが、
ただそれだけだ。机の上に放り出し、ドロドロンは拗ねたようにソファの上に寝転がった。

しばらくすると、玄関の方から声がする。
「お〜い、セニョール! 帰って来たぜ、チャチャ!」
暑苦しいのが帰ってきた。ドロドロンはそう思ってソファの上でごろりと寝返りを打つ。

「お、何だこれ?」
ダンスの練習を終えて帰ってきたモエルンバ、バイトが終わって帰ってきたカレハーン、
それに海岸でシタターレのかき氷店を手伝っていた満と薫が――四人は玄関前で
ばったり出くわしたのだが――、どやどやとダイニングルームに入ってくる。

「花束?」
薫はカレハーンが手に持ったバラの花束を見て首を傾げた。
「シタターレに送られてきたんだ。お菓子か何かかと思ったのにさ」
ドロドロンがふてくされて寝転がったまま答える。

「誰から?」
「知らないよ。差出人書いてなかったもん」
薫の質問にも、ドロドロンはやはり寝転がったままである。
「薔薇の花束なんて言ったら愛の告白かなんかじゃないのかい、チャチャ!」
モエルンバは上機嫌だ。

「愛の告白?」
意外なことを聞いた――と満が目を瞬かせた。
「誰がシタターレにそんなことするのよ」
「キントレスキーじゃないのか。他にいないだろそんな物好き」
カレハーンが当たり前じゃないかと言う口調で言うと、

「誰か私の名前を呼んだか」
タイミングよくキントレスキーが帰ってくる。
「おう、お帰りセニョール! 荷物届いてるぜ。シタターレへのプレゼントだろ?」
「荷物? 知らんぞそんなものは」
「今さら照れるなよ〜セニョール」
モエルンバはキントレスキーの首に腕を回そうとしたが、キントレスキーはぱっと避け、
「これのことか?」
とテーブルの上に置いてあった花束を手に取った。
「お前じゃないのか」
カレハーンが尋ねると、
「知らんぞ」
キントレスキーは即座に答えた。

「じゃあ誰が送ってきたのかしら?」
満がキントレスキーの手から花束を取る。カードか何かついていないかと思ったが、
何もない。

「愛の告白……なのよね。誰かからシタターレへの」
薫が先ほどモエルンバの言ったことを確認するように口に出すと
「何っ!?」
とキントレスキーは雷鳴のような大声を上げた。薫は思わず耳を塞ぐ。
「どういう意味だ、薫!」
キントレスキーは薫の両腕を掴むとがくがくと揺さぶりながら薫を問い詰める。
「私だって知らないわ。さっきモエルンバが言っていたから」
キントレスキーの視線がぎろりとモエルンバに向いた。
「お、俺は一般論で言っただけだぜセニョール。薔薇の花束を贈るのは愛の告白の場合が多いってな!」
キントレスキーの殺気を察知し、モエルンバはステップを踏みながら逃げていく。
「この花束を贈ってきたのは誰だ!」
薫から手を離し、寝転がっているドロドロンに怒鳴る。
「僕知らないよ」
うんざりしたようにドロドロンは答えた。
「書いてなかったんだもん、差出人」
ドロドロンが先ほど破いた包み紙を漁り、キントレスキーは送り状を探し出す。
「確かに書いていないな。……だが、探し出せるはずだ!」
キントレスキーは花束を机の上に置くと送り状を持ち家を走り出た。
残された四人――モエルンバはとっくに部屋から逃げ出していたので――は、ほうっと息をつく。

放っておこう。キントレスキーのこともシタターレのことも放っておこう。
今の状況で関わり合いになると多分碌なことはない。
誰も口に出すことはなかったが、みんな一様にそう思っていた。


「うおおおおお!」
家を走り出たキントレスキーは雄たけびをあげながら宅急便の営業所に向かい、
「この荷物を送って来たのは誰だ!」
とそこにいる数人の従業員に向かって叫ぶ。
「お、お客様どういったご事情で」
いかにも責任者然とした人が腰を低くしてキントレスキーに訪ねてくる。
家に送られてきた荷物の差出人が分からないという事情を説明すると、
「ああ、申し訳ございません。差出人の名前は記入していただくように徹底しているのですが……」
と彼は謝りながら荷物についていた番号から経路を調べ、
「こちらのお店から発送したようですが」
と花屋の名前と住所を教える。

「すまぬ! 感謝する!」
キントレスキーは花屋のメモをひったくるように取ると来た時と同じように
全速力で営業所を後にする。
営業所にほっとした空気が流れた。

「ご主人!」
夕凪町唯一の花屋は、この時お客が誰一人いなかった。
「い、いらっしゃいませ」
「この花を送ったのは誰だ!」
と宅急便の送り状を店主の鼻先に押し付けるようにしてキントレスキーは見せる。
「は……はい、少々お待ちくださいませ」
発送の日付と売り上げの記録を見ながら店主は少し考えた後、
「花束はどのようなものでございましたか?」
「赤いバラだ」
「ああそれでしたら、星野さんのところの健太君が」
「何っ!?」
キントレスキーの大声に店主は思わず首をすくめた。

「感謝する!」
キントレスキーは花屋を飛び出す。
「あの子どもがっ! 何を考えているんだ百年早い!」
健太がシタターレに花を贈ったなどと、何をませたことをしているのか。
キントレスキーははらわたが煮えくりかえるような思いで
星野家に向かい、遊びから帰ってきたらしい健太の首根っこをひっつかまえた。

「わっ! 何だよ!?」
「貴様こそ何をしている! ミズ・シタターレに花を贈るなど、千年早いわ!
 彼女が欲しいなら私を倒してからにしろ!」
「えっ……えっ?」
途方にくれたように健太は思わず聞き返した。
「とぼける気か! バラの花束をシタターレに贈ったであろうが!」
「ああ、あれか」
と健太はやっと了解したように、
「あれは父ちゃんに頼まれたから代わりに送ったんだよ」
「何っ!?」
キントレスキーの目がぎらりと光る。
「貴様の父親はあれだけ立派な妻がいながら何をしておる!」
「だからそんなんじゃねえって!」
キントレスキーの大声を耳の近くで聞かされて健太はうんざりしたように首を振りながら、

「なんか勝負してたんだよ、お盆の時期に店に来るお客さんの数とかで!
 うちが負けたから、しょうがないんで約束通り送れって言うから」
「勝負? 勝負だと?」
健太の襟をつかんでいたキントレスキーの手が外れた。
「そうだよっ」
「そんなややこしいことをするな!」
「それはシタターレとかうちの父ちゃんとかに言ってくれよ」
そそくさと健太はキントレスキーから逃げて行った。


――まったく、分かりにくいことをするものだ。
キントレスキーは健太の家の公園で少しランニングをして頭を冷やした。
――勝負とはいえ、あんな派手な花束を送ってくることはないだろう。
そうは思うものの、先ほどの勢いで星野家に怒鳴りこもうという気はしない。

――しかし、それにしても……。

勝ったら花束をもらう約束をしていたシタターレはどういう思いで
そんな約束をしたのだろう。
もしかすると、花束の一つも欲しかったのかもしれない。

「うむ」
キントレスキーはズボンのポケットに入れていた財布を調べる。
お金があることを確かめると、先ほどの花屋に向かった。
「あ……いらっしゃいませ」
店主がおどおどしたようにキントレスキーを出迎える。
「妻に花を贈りたいのだが」
そう言って、キントレスキーは店主に相談を始めた。


-完-

 ←押していただけると嬉しいです。



短編SS置き場へ戻る
indexへ戻る