クリスマス――。
元は宗教行事であったはずのそれも、ここ夕凪町ではすっかり一つの
イベントになってしまっている。

もちろん、家族や友達、そして恋人と一緒に過ごす大切なイベントという
位置づけだ。
元ダークフォールの住人の中でも、こうしたイベントが大好きな
ミズ・シタターレがそれを楽しみにしないはずがなかった。

彼女を含め、ダークフォールの住人達はゴーヤーン消滅後に再びの復活を
遂げ、現在は満や薫とも一緒に夕凪町の一角に住み普通の生活を営んでいる。
少しおかしな行動をとってしまう時もあったが、町の住人達に
それほど奇妙に思われることもなく生活していた。

「何考えてるのさっ、あんた!」
自室で眠りについていた満と薫が眠りを破られたのは12月24日の朝のこと。
「?」と寝ぼけ眼をこすりながら二人はごそごそとベッドから這い出ると、
ぴったりと閉まったドアに耳をくっつけて部屋の外の様子を窺う。

「今日は何の日だと思ってんの!? 何でそんな約束してくるのよっ!」
ヒステリックにわめくミズ・シタターレの声。
遠くから――恐らくは階下から――聞こえてくるのに、
一つ一つの言葉がはっきりと聞き取れるほど大きな声だ。
彼女が話しているであろう相手はそれほど大声を出していないのか、
声が聞こえてこない。

「『男の約束だ』って、何なのよそれ! 今日そんな約束をする男なんて
 どうしようもない奴に決まってるじゃない!」
ドアの後ろの満と薫は思わず顔を見合わせた。
経緯は良く分からないが、とにかくミズ・シタターレが怒っているらしいことは良く分かる。

「ちょっと……」満がドアから離れて小さな声で薫をベッドの方に呼び寄せた。
「何なのかしら?」
「さあ。喧嘩してるみたいだけど」
「どうする? 普通に出て行く?」
満の言葉に薫は少し考える。普段の朝なら、二人はこのまま起きて出て行き、
朝食などを下で食べる。その時大抵ミズ・シタターレやドロドロンと時間が一緒になり、
なんだかんだと雑談をしながら食事を終えるのであるが――、

「面倒なことになりそうね。今出て行くと」
満がため息を一つ落とす。
「そうね――あそこから出る?」
薫が窓を指差した。
「……そうね。それがいいわ」
満と薫はそっと部屋の窓を開け、そのままふわりと家を抜け出し
夕凪商店街に向った。

今夜はクリスマスイブだ。夕凪商店街の店も、クリスマスデコレーションを全面に
押し出している。
朝の早いこの時間、まだシャッターを下ろしている店も多いが、
今日はそのシャッターにもサンタクロースやトナカイが描かれている店が多く、
目に楽しい。

二人は早朝から開いている喫茶店に入って軽く腹ごしらえをすると、
すぐにPANPAKAパンに向った。今日はお手伝いの約束がある。
PANPAKAパンのケーキが一年のうちで一番売れるのはクリスマスイブの日とクリスマス、
今日と明日に決まっている。
満と薫、舞は二日間PANPAKAパンを手伝う予定だ。25日の夜にはささやかな
パーティーもある。二人にはそれも楽しみだった。

町が動き始める。夕凪商店街の店もシャッターを開け始める。
店の中にもクリスマスツリーやクリスマスリースが飾ってあるところが多い。
家々のドアにもリースが多く――中には、ポストの上でトナカイの人形が
手紙を待っているようなところもある。

どこか華やいだ街の中を、満と薫は気持ちを高揚させながら歩いていった。
これからの一日が楽しみだった。


「知らん! 時間だ、もういくぞ!」
ミズ・シタターレと言い争っていたキントレスキーが大股で家から出て行ったのは
それからしばらくしてのことである。

「ちょっとキントレスキー!」
引き留める声に答えるのはドアを乱暴に閉める音だけだ。
「バカッ!」
ミズ・シタターレの怒声と共に投げつけられたコップがドアにぶつかってがちゃりと割れ、
中の水をまきちらした。

憤然とシタターレはドアを開け、家の外に出て行く。とはいえキントレスキーを追う気もない。
キントレスキーが去った方向とは真逆の方向に歩み去る。やっと静かになった家の中では、
ドロドロンとカレハーンがそれぞれ自分の部屋から顔を覗かせていた。
「二人とも出て行ったみたいだね」
「ああ、これでやっと静かになったな」
「あのコップの掃除って誰がするの?」
「俺かお前しかいないだろう。モエルンバと満、薫は逃げちまったみたいだし」
「え〜」
ドロドロンは明らかに不満そうな顔をすると、
「何か僕、いっつも損なところ押し付けられてる気がするんだけど」
「それは俺もだ。いくぞ」
嫌がるドロドロンを引きずりながら、カレハーンは玄関に降りて掃除を始めた。


――ああ腹が立つ……。
むかっ腹が立つ。外に出てもミズ・シタターレの怒りは収まらなかった。
収まるどころか燃え上がった。

彼女を怒らせたものは、外に入って目に映った風景である。
いつもは落ち着いた夕凪町が、今日この日ばかりは明らかに浮かれている。
浮かれている理由は当然クリスマスだ。

町のあちこちにはクリスマスの飾りがされているし、道行く人も
どこか楽しそうだ。
ミズ・シタターレは躊躇うこともなく舌打ちした。
楽しそうに歩いているカップルを見るだけではらわたが煮えくり返るような
思いがする。

――こんな日だってのに、あの馬鹿は……
草サッカーの約束がある、とキントレスキーは言っていた。ご近所の皆さんとの
大事な約束だから断るわけにはいかないと。

――ご近所さんたって、そんなこともなければ家でごろごろしているような
  腹の突き出した中年のおじさんばかりでしょうがっ!
  その人たちと私と、どっちが大事だって言うのよっ!

青春真っ只中のつもりでいるミズ・シタターレとしては、
こんな日には近所づきあいよりもデートを優先するべきだと思う。
それはもう、義務といってもいいものだ。
今日だって、どういう風にデートをするかミズ・シタターレはちゃんと
大体の予定を立てていた。夕食のレストランで締めるところまできちんと、だ。
「今日の試合、お前も観に来るか」
朝のその一言で今日の予定はがらがらと崩れ、最悪の気分で彼女は今町に立っている。

「ねえねえ雨降りそうじゃなーい?」
高校生くらいのカップルの会話がふと耳に飛び込んできた。
「雪になるかなあ」
「結構寒いもんな」

――雨……?
いいじゃない、ミズ・シタターレはそう思った。
――みんな、雨に濡れてずぶぬれになればいいのよ! 水の力を思い知るがいいわ!
ぱらぱらと振り出した雨がバケツをひっくり返したような土砂降りになるのに
時間はかからなかった。

「うわっ!?」
PANPAKAパンの店先でクリスマスツリーを飾っていたみのりが降り出した
雨に思わず大声を上げる。
先ほどまで晴れていた空がにわかにかき曇り、大粒の雨が落ちてきていた。

「雨、雨ーっ!」
店の中にそう言って飛び込むと、お客さんたちもえっと驚いた顔で外を見る。

「大変、ツリーしまわなくちゃ!」
舞の言葉に応えるように満と薫がすぐに店の外に飛び出す。息を合わせて
2メートル近くあるツリーを倒して二人で持つと、
テラス席のそば、パラソルの下に避難させた。
雨に打たれた満が厳しい表情になり空を見上げる。
それは薫も同じだった。

「……どうしたの?」
満たちを手伝おうと出てきた咲が、二人の様子がおかしいのに気づく。
満は咲にクリスマスツリーから落ちた飾りを拾って渡しながら、
「この雨、おかしいわ」
と告げた。
「おかしいって、どういうこと?」
飾りを元通りにつけながら咲が首を傾げると、その横から薫が低い声で答えた。

「自然に降って来た雨じゃないわ。誰かが降らせてる」
「誰かって?」
「それは……」
薫が答えるよりも早く、咲の耳に高笑いが聞こえてきた。ほぼ同時に満が
「考えるまでもないわね」
と呟くとサンタクロース衣装のまま、ツリーから一歩離れる。
薫は満とは逆方向に、やはりツリーから一歩離れわずかに頭を左右に振って
辺りの気配を窺うと満と顔を見合わせ、
「咲、店の方よろしく! 私たちもすぐに戻るから!」
と道路のほうへ駆け出す。
――えーと、大丈夫なの……かな?
ダークフォールと戦っていた頃なら咲も満たちと一緒に舞を呼んで駆け出していたはずだが、
ダークフォールの元住人達は今となっては緑の郷の住人である。
それほど危険はないはず……だ。お客さんが店の中に溢れているのを見て、
咲はまず店をどうにかしようとそちらに戻った。

「あら、満、薫。そんな格好しちゃって随分浮かれてるわね」
探るまでもなくミズ・シタターレはPANPAKAパンの正面にある道路をすたすたと
歩いてきた。特にこちらを狙ってきたわけでもなく、たまたまPANPAKAパンの前を通りすがった
だけのようだ。満と薫は雨に濡れた目を彼女にきっと向けた。
「どういうつもり? 勝手に雨を降らせるなんて」
「あら、いいじゃない。こんな日には雨がちょうどいいのよ」
暇潰しに少しからかってやろうかしら、ミズ・シタターレの目にはそんな悪意が宿っている。

「どうせだったら、こうしてもいいかしら?」
ぱちんと指を鳴らす。それが合図になって、大粒の雨に白い物が混ざり始めた。
「雪……?」
満が差し出して掌の上で白い物が溶けて消える。急に冷え込んできたように
満と薫には感じられた。

「わー、雪だよ!」
PANPAKAパン店内ではみのりが歓声を上げていた。お手伝いしていた咲と舞も
外を見る。雪はすぐに地面を白く覆い始めた。
店から聞こえてくるみのりの声に気を取られた薫の顔に雪玉がぶつかる。
「!?」
雪を払って振り返ると、ミズ・シタターレの両手にはメロンほどもある雪玉が二つ
載せられていた。
「どういうつもりっ!?」
「雪の時はこうやるもんでしょ、ほらほら!」
ミズ・シタターレの手から次々に雪玉が繰り出される。満と薫はよけながら
足元の雪をすくって玉にしようとするが、まだ少ない。

「おーほっほっほっ! 私に勝てると思うならやってみることね!」
すっかり上機嫌になりミズ・シタターレは手の上に雪を出しては二人に投げつけ
後を追う。
やっと雪玉を作った満が投げてきたのをかわし、特大の玉を投げつけようとしたところで、
ひゅっ、と何かが空を切る音がしてシタターレの顔に雪玉がぶつかる。

「何っ!?」
思わずシタターレが立ち止まると、PANPAKAパンから出てきた咲が手に雪玉を持って
立っていた。その横には舞もいる。
「雪合戦ならみんなでやるものよ!」
「……咲、お店は?」
満がPANPAKAパンを見やる。雨宿りしていたお客さんたちがいなくなり、
一時的に店は随分すいていた。
「ちょっとなら遊んでていいって。勝負よ、ミズ・シタターレっ!」
「いいわよ。私の力にかなうかしら?」
すっかりその気になったシタターレが再び手の上に玉を出す。舞はせっせと雪玉を
作って積んでいる。

「勝負なら私の出番だな」
「……キントレスキー!」
サッカーを終えてきたらしいキントレスキーがシタターレの真後ろに立っていた。
「ふうん、あんたもやる気なら足手まといにならないようにやんなさいよね」
「当然だ」
すぐにキントレスキーも雪玉を作り始める。


……この日雪合戦の決着はつかないまま咲や満たちはPANPAKAパンの手伝いに戻り、
暇になったキントレスキーとミズ・シタターレは一日、街を散歩して楽しんだという
話である。

-完-

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