夕凪中三年、秋の遠足。
そう題したプリントが配られたのは九月の初めのことだった。
修学旅行も控えた九月、体力づくりをかねて山登りをしよう――という
行事である。

プリントが配られた端から生徒達は「げ、○○山かよ!」などと騒いでいる。

「静かに!」
プリントが一番後ろまで回ったのを見て篠原先生が教卓を軽く叩いて
騒いでいる生徒達を黙らせる。

「前々から話のあったとおり、二週間後の金曜日、三年生全員で○○山に登る。
 そんなに大変な山ではないが、油断は禁物なので前日はしっかりと睡眠をとっておくこと。
 班行動なので、各班の班長はかならず班員の行動を把握しておくこと。
 また、服装は長袖、靴は履きなれたものにすること……」
先生が順々にプリントの注意事項を読み上げていく。満は廊下側の一番後ろの席で、ふうんと
思いながら話を聞いていた。

「なお、絶対にお弁当は忘れないこと! 近くにコンビニはないぞ」
篠原先生が最後にわざと大きな声を出すと、教室中から笑い声が起きた。忘れないよ、という
声がそこかしこから聞こえてくる。

「以上、質問は?」
はいはーいと咲が手を上げた。

「日向」
「先生、」
咲はがたりと立ち上がる。

「おやつは何円分持っていっていいんですか?」
「なんだ日向。小学生みたいな質問だな」
篠原先生の声に合わせて教室から笑いが漏れた。
咲も照れ笑いを浮かべている。

「子どもじゃないんだから、おやつの量は各自で判断して決めること。
 もちろん、あまり大量に持ってきていて登山の邪魔になりそうだったら
 先生たちが引き取るからな」
笑顔の篠原先生に向って「えー」と不満そうな声がそこかしこから上がった。
「はい、それが嫌だったらおやつの量は良く考える! 日直、挨拶!」
「きりーっつ!」
日直の声が教室内に響き、ホームルームは終った。


「満、薫!」
先生が教室を出て行くと咲が飛び跳ねるようにして、舞はその後ろについて、
満と薫のところにやってくる。
「今日、時間ある?」
「もちろん……」
「あるけど?」
満と薫が口々に答える。咲はそれを聞いて後ろの舞とにっこりと顔を見合わせた。
「だったら、今日これから一緒におやつ買いに行かない?」
「おやつ?」
薫が不思議そうな顔をするのに咲は焦れたように、
「ほら、さっき言ってた! 今度の遠足のおやつだよ!」
と答える。
「遠足って……まだ二週間もあるじゃない。今から準備しておくものなの?」
「そういう訳じゃないわ」
今度は舞が答えた。
「でも、早めに買っておいた方が安心じゃない? 後から買い足したりもできるし」
「なるほど……」
薫は納得したようで、教科書やノートを詰めた鞄を手に持った。
「行きましょ、満」
満も鞄を手に取り、「PANPAKAパンでしょ?」と咲に尋ねる。
「へ?」
と咲は意外そうな声を上げた。
「なんで、うちなの?」
「なんでって……おやつといえばメロンパンじゃない。PANPAKAパンの」
当然と言わんばかりの満の言葉に咲は「ち、違うよ!」と慌てる。
「違うの?」
「違う違う。確かにメロンパン、よくおやつに食べるけど。
 遠足に持っていくおやつは、あんまりかさばらない方がいいんだよ」
「そうなの」
四人は教室から歩み出ながら話を続ける。

「メロンパンって、おやつって言うより食事っていう人のほうが多いかもしれないわね。
 ほら、満さんも毎日お昼に食べてるでしょう?」
「ああ……確かにそうね」
満は普段の食生活を思い出しながら納得したように舞に答える。
「それでどこに買いに行くの?」
下駄箱から靴を出しながら薫が咲に尋ねる。

「うん、小学校の時から私が遠足の時にお菓子買ってた店があるんだよ。
 まず、そこに行ってみようよ」
四人は夕凪中を出ると、咲の通っていた小学校に向って歩いていく。
「すごく可愛いお菓子が一杯あるんだよ! 安いし、色んな種類のお菓子を
 一つずつ買えたりするから遠足の時にはすごく便利なんだ」
「へえ……」
先頭に立つ咲が少し自慢げに店の説明をするのを、みんなは笑顔で聞いていた。


数日後の朝。登校直前、満はいつものように
「おはようございます!」とPANPAKAパンに飛び込んだ。
「ああ、満ちゃんおはよう。今日は薫ちゃんは?」
「薫は今日は先に行ったんです。学校で絵を描きたいからって」
レジの後ろにいる沙織に答えながら満はトレイとトングを手に取ると、
すぐにメロンパンの棚の前に行く。

今朝焼きあがったばかりのメロンパンがまだ少し温かいままで
満に取られるのを待っていた。
どのメロンパンを取ろうか、満は真剣に一つ一つのメロンパンを観察し、
これはと思うメロンパンを二つ選んでトレイに載せる。
レジに持っていくと、沙織はもう計算もしないですぐに「○○円よ」と教えてくれるので――、
満は小銭を出して沙織に渡した。

「はい、ちょうどね」
PANPAKAパンの紙袋にふかふかのメロンパンを二つ包んでもらう。
「ありがとうございます」
と満は答え、「……咲は?」とレジの後ろを覗き込むように見る。

「もうすぐ来ると思うけど。今日は少し寝坊したから」
仕方ないわね、と苦笑する沙織に釣られて満も笑った。

「ねえそういえば、満ちゃん」
少し時間があるのをちょうどいいと思ったかのように沙織が話し始める。
「何ですか?」
「満ちゃんはほとんど毎日メロンパン買っていってくれるけど、
 お昼はちゃんとお弁当も持っていってるのよね?」
え? と満は不思議そうな顔で首を振った。

「そしたら、お昼はメロンパンだけなの?」
そうです、と満が答える。
「薫ちゃんはどうしてるの?」
「薫はパンだけじゃ足りないって言ってて、毎日パンにするのも嫌みたいで
 自分でお弁当作って持って行ってます」
言葉には出さなかったものの、やっぱりそうよねと沙織は思った。
満が毎日パンを買って行っているのに気づいてはいたが、お弁当で足りない分を
補うために買って行っているのだと思っていた。ちょうど、今聞いた薫のように。

「あのね、満ちゃん」
沙織がレジの後ろから満の方へと出てくる。ちょっとこっちへ、と満の手を引いて
店の外のテラス席に満と向かい合って座った。満は何が始まるの

「パン屋をやっているのにこんなことをいうのも変だけど、メロンパンだけだと
 栄養としては足りないのよ。特に満ちゃんたちは今育ち盛りで、大人になるために
 バランスよく食事をするのが必要な時期なんだから。
 メロンパンでお腹は膨れるかもしれないけど、それだけじゃ足りないの」
「え……でも……」
満は言われていることが分かって少ししょんぼりとした表情を浮かべた。

「メロンパン一杯食べるためには、他のおかず食べない方が……」
「満ちゃんがそんな風にうちのメロンパン気に入ってくれたのすごく嬉しいのよ?」
沙織は浮かない表情の満の手を取った。

「でもやっぱり、メロンパンだけじゃ栄養が足りないから。
 薫ちゃんみたいにお弁当としておかずを持っていって、それとメロンパンっていう
 組み合わせがいいと思うの」
「……はい」
小さな声で返事をした満を見て沙織はふふっと笑い、「いい子ね」と軽く満の頭を撫でた。


「おはよー、満! ごめん待たせちゃって! あれお母さん?」
どたどたと足音がして咲が家から出てくる。
「咲があんまり遅れてるから、満ちゃんとちょっとお話してたのよ」
「ご、ごめん満。ちょっと寝坊しちゃってさ」
「じゃあ二人とも、行ってらっしゃい。気をつけてね」
沙織がテラス席の椅子から立ち上がったので、満も一緒に立ち上がる。

「満、行こ行こっ! 早く行かないと遅刻しちゃう!」
咲は満の手を引っ張って小走りに走り始める。
「もう、咲が寝坊したんじゃない」
「だからごめんってば〜」
満と咲の声が小さくなっていくのを、沙織は静かに聴いていた。
やがて二人の声が聞こえなくなると店の中に戻る。
お客さんはまだ来ない。

沙織はメロンパンの棚を見て、
――せめてうちで売ってるハンバーガーとか、焼きそばパンを気に入ってくれたら
  良かったのに。
と苦笑した。

メロンパンはカロリーは取れるものの栄養面では偏りが大きい。
咲から「満ってばね、ほとんど毎日うちのメロンパンをお昼にしてるんだよ」
と聞いてしまったからには、大人として言わないわけにはいかなかった。

――かといって、メロンパンに何か挟んで食べるというのも
  満ちゃんあんまり好きじゃなさそうだし……。
満はシンプルなタイプのメロンパンが好き、というのは咲から聞いて分かっている。
そうなると、やはり今朝言ったようにおかずを別に用意してメロンパンと一緒に
食べるのが満にとってはベストなのだろう。

――そういえば……
と、沙織は思う。今度の遠足ではお弁当がいるはずだ。満はもしかすると
今度の遠足にもメロンパン二つですますつもりだったのかもしれない。

「ちょっと、店番変わっててもらえる?」
「ああ。何か用事?」
「ええ、ちょっとね」
ちょうどよくケーキを焼き上げて出てきた大介にそう言うと、沙織は
自宅に上がり引き出しから咲やみのりの弁当箱を探し始めた。

咲が普段使っているのと同じくらいのサイズの弁当箱を見つけると、
「これなら」と独り呟く。

――ここの端に小さいメロンパンを入れて、後はおかずを詰めれば
  ちゃんとしたお弁当になるわね……

遠足の日には満用に特製のメロンパン弁当を作ってもいいかもしれない、
と沙織は考え始めていた。

-完-

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