夕凪町から少し離れた町に、有名なスイーツ店が期間限定でオープンするそうである。
夕凪町の駅から電車で30分ほどのこの町は、最近駅前の再開発が進んでいて
新しい店が次々に開店している。
咲たちもたまにこの町に行くことがあるが、行く度に街並みや人の流れが
変わっていて戸惑うというのが正直なところだ。

咲たち4人は、学校の屋上でお弁当を食べながら舞の持ってきた情報誌を囲んでいる。
舞はもともと一か月ほど後に開催される予定の美術展のことを知りたくて
この雑誌を買ったそうだが、面白そうな記事が載っていたので学校にも
持ってきたというわけだ。

今は咲が雑誌を手に持ち、満と薫が両側から誌面を覗き込んでいる。

「うわ、本当に可愛いケーキ!」
咲が歓声を上げる。咲が見ているのはスイーツ店の人気商品を紹介している
ページである。色とりどりのケーキが並んでいるそのページは、まるで
工房にある色鮮やかなガラスの置物を一面に並べたようにも見える。

「これおいしそうだよねえ」
咲がケーキの一つを指さした。フランス語か何かで命名されているそのケーキは、
名前こそ言いにくいものの店の一番人気らしい。
鮮やかなピンク色でデコレーションされ、ケーキの上にはサクランボが一つ乗っている。
薫は今までこんな風に飾りつけられたケーキを見たことがなかったので、
「味が全然想像できないわ」
とつぶやく。咲は、あははと笑った。

「私も、ちゃんとは分からないけど! でも一番人気ですぐなくなっちゃうって
 書いてあるし、おいしいに決まってるよ!」
と断言する。そういうものなのかと薫は思った。

次のページをめくると、今度はクッキーやバームクーヘンと言った焼き菓子の紹介だ。
誰かのお家に行くときの手土産にもばっちり! とも書いてある。
フルーツを使ったものは賞味期限が短いから注意、とまでご丁寧に書いてあった。

「有名店だもんね。お土産にもらったら嬉しいよね」
咲の言葉に、
「そんなに有名なの? ここ」
と満が尋ねる。
「元々は……福岡だっけ? 九州のお店だよね」
咲が確認するように舞を見ると、舞は、ええ、と頷いた。

「元々、焼き菓子の方がお店の主力商品だったみたい。でも今の店長さんが
 ケーキも作るようになってから大ヒットして、東京にも進出してきたらしいわ」
と舞は答える。
「詳しいのね、舞」
満は意外そうだ。
「お兄ちゃんが言ってたの。東京店に、この前クラスの女の子と
 一緒に行ってたんだけど」
和也さんが、と咲は一瞬うろたえたがそのことは言葉には出さず、また雑誌の
ページをめくる。
焼き菓子のページの次にはアイスやパフェの特集ページが続き――店内にも数は
少ないが食べられるように席が用意してあるらしい――期間限定なので
忘れずにGo、といったコメントが躍っている。
このスイーツ店の記事はそのページで終わり、次からはまた別の特集記事に
なっていた。
それを見た満があら、と声をあげる。

「メロンパンはスイーツに入らないの?」
「へっ?」
咲は満の発言があまりに意外だったので思わず気の抜けた声をあげてしまった。

「だから、メロンパンはスイーツに入らないのかしら?」
よく聞こえなかったのかと思い満がもう一度繰り返す。えーと、と咲は
一拍おいて考えた。

「メ、メロンパンはパンだから……スイーツには入らないんじゃないかな」
「そう? でも、甘くておいしいし。焼いて作るし。焼き菓子というジャンルに
 入れてもいいんじゃないかしら」
満が食い下がる。
「だったら、アンパンやチョココロネもスイーツに入ると満は思うの?」
薫が尋ねると、
「もちろん、スイーツにも入ってしかるべきだと思うわ」
と満は答える。どうも満は、普段からこの問題――メロンパンはスイーツ、すなわち
菓子に入るのかという問題――について、思いを巡らせていたらしいのだ。

「えーっとさ、満。なんでそんなにメロンパンをスイーツに入れたいの?」
「いっつも不思議なのよね」
と満は答える。

「3時の少し前――2時くらいにPANPAKAパンに来る人たちって、大体おやつを
 買いに来ているでしょう? そういう人たちが選ぶのは大抵ケーキなのよ。
 メロンパンも買っていったらいいのに、っていつも思うわ」
ははあ、と咲は息をついた。呆れるというよりも半ば感心していた。
メロンパンがスイーツに入るのかという問題についてこんなにもあれこれ考えて
いる人がそうそういるであろうか。

「ねえ、満さん。こう考えてみたらどうかしら」
満の話をきょとんとして聞いていた舞が口を挟む。
「メロンパンとかチョココロネとか、そういうパンは食事の時にも
 食べるでしょう?」
「ええ、もちろん」
満はお弁当にと持ってきた紙袋の中に手を入れる。
中からは、メロンパンが顔をのぞかせた。

「そうよね。でも、ケーキは食事の時にはあまり食べないわよね?」
メロンパンを一口かじりながら満は頷く。
「だから、メロンパンはあんまりスイーツには入れないんじゃないかしら。
 ご飯の時にも食べられるから」
「そうね……考えたこともなかったわ」
ごく真面目な顔で満は答える。咲は、満が納得してくれたらしいことに
安心していた。物の分類や、物の名前の意味について満や薫から
聞かれることはたまにあるのだ。「昔からそう決まってるんだよ」としか
答えようのないことも多い。今回の舞の答えは、随分上出来だった。

「それにしても……」
と薫が呟く。薫は今の満の話を、途中からはどうでもいいと言わんばかりに
聞き流していた。
「期間限定ショップって、どういうことなの? せっかくお店を開くのに、
 すぐやめてしまうなんて」
「それは宣伝よ、薫」
満があっさり答える。
「そうなの?」
薫は確認するように咲と舞の表情を見た。

「多分、そうだと思うよ。東京のお店にもっといっぱい人が来てほしいから、
 この近くでも少しだけお店を開いて、みんなに味を知ってもらいたいんじゃない?」
「好評だったら、もしかすると本当のお店を作る計画もあるのかもしれないわね」
咲と舞が口々に言う。今の薫の質問は、先ほどの満の質問よりもだいぶ答えやすかった。

ふうん、と薫は答える。4人の間に一瞬の沈黙が広がった。もくもくとメロンパンを
食べていた満が、ごくりと飲み込んでしまってから口を開く。

「ねえ、PANPAKAパンはそういうのやらないの?」
「そういうのって?」
「どこかに期間限定ショップをつくるとかそういうのよ」
咲は、うーんと考えた。父がPANPAKAパンをオープンしてから10年以上になるが、
今までそういうことをしたとは聞いたことがない。

「したことないと思うなあ……」
「どうして? すればいいのに。パンもケーキも、こんなに美味しいんだから」
「あ……その話、お母さんが前に言ってたかも」
舞の言葉に、咲と満の視線が舞に集中する。舞は臆したように、えっと、と
言葉をつないでから改めて説明した。

「ずっと前――まだうちが引っ越す前に夕凪町の近くに住んでいた頃に、
 お母さんが咲のお母さんに聞いてみたことがあるんだって」
なんて? と満は視線で舞の話の続きを促す。

「こんなに美味しいんですから、2号店を出すことも考えないんですかって。
 そしたら、」
満はごく真剣な表情で舞の次の言葉を待っていた。

「二人で作っていると、パンもケーキもPANPAKAパンで出すだけで精いっぱいになってしまうから、
 2号店は考えていませんっていう話だったみたい」
咲は「そうだろうね」と言った。両親から改めてそんな説明を受けたことはないが、
日頃の様子を見ているとそうだろうと思う。期間限定ショップも、短期間とはいっても
厳しいだろう。その間PANPAKAパンで販売する商品の量を減らすわけにもいかないのだ。

「そう……、」
満は残念そうにつぶやいた。
「PANPAKAパンのパン、こんなに美味しいのに」
「どこかで聞き伝えて買いに来てもらうしかないね」
咲は答えて、空になったお弁当箱をしまい始める。

「ねえ、それならさっきの雑誌に載っていたお店は人が一杯いるってことなの?」
「そうじゃないかな。お弟子さんとか、バイトの人とか。そういう人がいると、
 期間限定ショップとかもできるんだと思うよ」
「PANPAKAパンはそういう人は採らないの?」
「うーん、」
咲は舞に雑誌を返そうとしたが、途中で薫の手が伸びてきて雑誌を受け取った。
薫は美術展のページも見たかったらしい。
「昔、一時期そういう人がいたこともあったんだけど。確かその人、お家の事情か
 何かですぐ辞めちゃったんだよね。それからは、もう誰にも頼んでないと思う」
「そうなんだ……」
満は何かを考えているかのようにつぶやいた。
そろそろ昼休みの終わる時間を迎えていた。舞が促し、一同は教室に戻ろうと
立ち上がる。

――もし、PANPAKAパンで私をお弟子さんかバイトで置いてくれたら、もっと
  いろんな人にPANPAKAパンのパンやケーキを食べてもらえるのかしら……。
階段を下りながら満はそう思っていた。まだ、誰にも話さない。
漠然とした将来の夢を抱えて、満は教室に向かっていた。

-完-


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