昼休みも終わった5時間目。外を見れば天気も良く、開けた窓からはそよ風も
吹き込んでくる――となれば、育ちざかりの中学生の昼寝には
絶好の時間帯となってしまうわけである。

「日向!」
安藤加代の教科書音読を聞き終えた篠原先生は、窓際の席で教科書を立てて
その陰で熟睡している咲の姿を目ざとく見つけた。
いつもなら咲が寝ているのが先生に見つかりそうになると舞が素早く後ろから
つついて起こすものだったが、今日は篠原先生の方が早かった。

「ははは、はい!」
名前を呼ばれた咲はあわてて上半身を起こす。
「安藤の読んだところから、先を音読だ」
「は、はい、え〜と……」
咲はあわてて教科書をめくる。舞が後ろから、どこまで読んだかを教えると
咲はうんと頷いて立ち上がって、たどたどしく読み始めた。

つっかえつっかえ、一段落読み終わると、
「よし、そこまで」
と篠原先生が言うので咲は「はい」と答えて着席する。
やれやれ、済んだと咲は思ったのだがまだ済んではいなかった。
「日向」
篠原先生は厳しい表情で咲に目を向ける。

「はい」
何を言われるのかと思いながら咲が返事をすると、
「放課後職員室に来るように」
と厳格に告げられた。

と、いうことで。
放課後、舞と満と薫は咲のことを待って教室に残っていた。
咲は教室の掃除を終えてから職員室に向かっていったので――いつもの咲からは
想像もできないくらいどんよりと落ち込んでいた――、
他の生徒たちはもう帰ってしまって残っているのは三人だけだ。

「咲、遅いわね」
満がぽつりと口を開く。
「……相当怒っているみたいだったものね、篠原先生」
答える舞の顔は自分が何か失敗をしたかのように落ち込んでいる。

「今週に入って、英語の授業で寝てるのは三回目?」
薫は冷静に指折り数えていた。
「そうね。要するに全部の授業だけど。英語だけじゃなくて、
 他の教科でも大抵寝てるわね」
満は突き放すように言う。最近の咲は本当に授業中良く寝ている。
ソフト部の練習が忙しくなってきたからなのだが、
それでいいかというと話は別だ。

「私が早く起こしてたら良かったんだけど……」
舞が呟いた。舞はずっと、そのことを気にしていたのだ。
だが、薫は首を振る。

「今まで舞が起こしてたことも含めて、先生たちは咲が寝てたこと知ってたと思うわ」
「え? そう?」
「ええ。少なくとも篠原先生は確実に。
 今日舞が起こすのが間に合ってても、やっぱり咲は職員室に
 呼ばれていたと思うけど」
ふう、と舞はため息をついた。

教室のドアが力なく開いたのはその時である。
どんよりと落ちこんだ表情の咲は教室にいる三人を見て、

「みんな助けてー!」
とプリントの束を手に駆け寄ってきた。
どうしたの、と三人が見やると、

「篠原先生にすっごく怒られてさあ、来週までにこの課題やって
 提出しなさいって」
と、机の上にどさりとプリントの束を置く。プリントは10枚ほどあって、
どれも英語の問題だった。
満はプリントを手に取ると
「何だ、これ最近習ったところばっかりじゃない。すぐ終わるわよ」
「満ぅ〜」
咲は泣きそうな顔で満を見ると、
「お願い、プリントやるの手伝って!」
と手を合わせる。

「いいけど、あくまで咲が考えて解くのよ?」
「うん、分かってる。どうしても分かんないところ教えて」
仕方ないわね、と満が言うと咲はありがとうと何回も繰り返した。

 * * *

すぐに始めようということで、その日咲と満は二人で咲の部屋に
こもってプリントと格闘を始めた。
といっても、格闘しているのは主に咲で満は時々アドバイスをする役だ。

「満、えーっと、この穴埋めってこれでいいのかな。
 "You was a good man, but......"」
「……咲、主語がYouの時はbe動詞の過去形は何になるのか覚えてる?」
「え、えーっと……?」
咲は照れたような笑いを浮かべた。
満は英語の教科書を開くと今日授業で読んだ章よりもだいぶ前の章を開いて、

「ほら、ここに書いてある。Iや三人称が主語だったらwasでいいけど、Youの時は」
「あ、wereっていうんだったね! そういえば何か聞いたことある!」
「……咲」
咲の様子を見ていて、満はかなり心配になってきた。

「今度の中間テスト、大丈夫?」
「う。……うん、大丈夫じゃ、ないかも」
咲は引きつった笑みを浮かべている。
「そうね……」
満も咲の言葉を否定はできない。少し考えると、
「とにかくプリント終わらせちゃいましょ。そしたらテスト勉強の
 計画を考えて……」
「うん、満、お願い!」
「じゃあ次の問題ね」
「うん、え〜っと……」
咲はまたうんうんと頭をひねり始めた。

プリントを二枚終えたところで、咲の集中力の限界が来たようなので
一度休止を入れることにした。
台所からジュースを持ってきて、二人で飲む。
おやつまで食べるとだらだらと休んでしまいそうだったので、
今日はおやつはなしである。

「でもさあ、いっつも思うんだよね。英語勉強しながら」
「何を?」
満はきょとんとした表情を浮かべる。
「どうしてこんなに英語の決まりってややっこしいんだろうって。
 もっと簡単にすればいいのに。
 外国の人って、なんでこんなに難しい決まり覚えてぺらぺら
 喋れるのかなあ?」
「でも、日本人でも英語話せる人は多いんじゃないの?
 ニュースでやってたわよ、ソフトボールの選手が
 アメリカかどこかで試合したとか。その時、相手チームの選手と
 いろいろ喋ってたわよ。咲もそのうち、そういう機会があるんじゃないの?」
「そういうのは全国大会に出るレベルの人たちだよ」
咲はそう言って首を振ったが、

「そうなの? スポーツやってる人ってみんな海外に行くんじゃないの?
 野球とかサッカーとかも」
「そういうのも日本のプロになれるような人で、その中でも一握りの
 人たちなんだよ」
「ふうん……」
満は少し意外そうに見えた。

「でも……」
と咲は何か思いついたようで、
「そういう人たちって、小っちゃい頃からスポーツ漬けだったはずなんだよね。
 何で英語話せるんだろう」
「そうね、」
と満は答えながら、ふっと咲が海外に行った時の様子を想像してみた。

――なんだかんだ言っても、咲なら外国の人と会話できちゃいそうな気がするけど。

咲の勢いがあれば、誰かとコミュニケーションしようという気持ちがあれば
細かいことを吹き飛ばして何とかなってしまいそうな気がする。

満はそう思ったがそれは口には出さずに、

「みんなきっと勉強してたのよ。続けましょ」
「は〜い……」
二人は空になったコップを脇に置くと、またプリントを開いた。

-完-

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