――また眠ってる……。
自席から教室の端を見て、満は内心呆れた。満から見て教室のちょうど反対側が
咲の席だ。ここから見ても分かるほど咲は無防備に眠っている。
舞はもちろん咲が寝ているのに気がついているけれど、先生にあてられるまで
起こすつもりはないようだ。

普通授業中に寝るときには教科書を立てて頭を隠したり、それなりに取り繕うものだが、
今日の――というよりもここ最近の咲はそんなことをする余裕もなく爆睡している
ことが多い。

気の弱いことで知られる数学の先生が先ほどからちらちら窓際の席の方に
目をやっているのは、そろそろいい加減に咲を注意しようと思っているからだろう。
舞は、と満は舞に目をやった。舞もうすうす先生の視線が自分の近くに来ているのに
気が付いていたようだったが、満と目があった瞬間決断したように咲の背中を
手にしていた鉛筆でつつく。
だが、そんなことで起きる咲ではない。まったく気づかないかのように
ぴくりとも動かないでいる咲を見て、舞はぽんぽんと手のひらで咲の背中を叩いた。
今度は咲が少しだけ身体を動かす。だがまだ目を覚ますには至らない。

「もっと強く叩けばいい」
薫の声が満の後ろから薫がぼそりと呟く声が聞こえた。薫も咲と舞の様子を見ていたらしい。
「見てて、薫」
満は薫に小さな声で伝えると、筆箱の中の消しゴムを先生がこちらに背中を
向けた瞬間に咲に向けて放り投げる。満の狙いは過たず、消しゴムは咲の頭を直撃して跳ね上げると窓にぶつかって咲の机の上に戻った。

「ん〜……」
唸っているような声をあげて咲がやっと状態を机から引きはがした。舞は突然飛んできた
消しゴムに目を丸くしていたが、満の方を見てくすりと笑う。

――あれ、満の消しゴム……?
目を開いた咲は自分の机の上に満の消しゴムがあるのを見て不思議そうにそれを取り上げる。
――なんで?
寝起きのぼんやりとした頭で満の消しゴムがここにあることと何かがぶつかって
目を覚ましたことを何とか繋げ、そうか満が消しゴム投げて私のこと起こしたんだ――と
気づいた途端に、

「日向さん、前に出て問4を解いて」
咲が起きたのを見た数学の先生にそう言われて、
「え、は、はい!? えーと、問4……」
問4問4、とどこの問4なのか探していると舞がここよと自分の教科書を開いて見せる。

「あ、ありがと。えーっと、で、これを解くには、えっと……」
「ここよ。ここの例題の解き方と同じなの」
もう咲が全然分かっていなくて舞が解き方を必死になって教えていることは
教室中にばれていた。

しかし、先生はここで多少時間をロスしても授業の進行に問題はないと考えているらしく、
咲に「もう授業中寝るんじゃないぞ」と注意して別の人に当てることはなく
ひたすらに咲を待っていた。
咲はやっとのことで対応する例題を見つけると教室の前に出て、
黒板の前で例題を見ながら何とか問4の状況に当てはめて問題を解く。
教室中の誰もが咲が無理やり答えをひねり出していることは分かっていたが、
前に助けに出ていくわけにもいかず咲が黒板に解答を書き終えるのを待っていた。



「あ〜、ひどい目に遭ったよ」
数学の授業が終わって昼休み、咲たち四人は屋上に上がって食事を取ることにした。
いかにも、何も悪いことをしていないのに先生に意地悪されたかのように
咲がぼやいたのを聞いて舞は苦笑し、満はくすりと笑う。
「咲があんなに寝てるからよ。先生だってかなり前から気づいていたのに」
薫がばっさりと指摘すると「うう」と咲は情けない声を出して呻いた。

「最近練習ハードだからな〜……」
咲はそう言って、弁当箱を置くと制服の袖をまくった。まだ肌寒い日も多いと
いうのに、咲の腕はもう赤く染まり始めていた。
「すごいわね」
それを見て満がつぶやく。手に持っていたPANPAKAパンの袋を置いて、
自分の制服の袖を捲って咲の腕の隣に持って行ってみた。
ただでさえ白い満の肌の色は、健康に日焼けした咲の肌と並べると
透き通るように白く見える。

「もう、満と比べたらますます黒く見えちゃうよ」
咲は恥ずかしそうに腕を引っ込めた。
「いいじゃない。咲にはそっちの方が似合ってるわよ」
満も袖を元通りに戻しながらそういうと、
「ええ〜。色は白い方が絶対いいって!」
と咲が答える。
「そうかしら」
「そうだよ〜。色が白い方が綺麗だもん。満も舞も薫も、色白いからなあ」
羨ましそうに咲がぼやくのを聞きながら舞は苦笑していた。
――咲が日に焼けて頑張っているところ、すごく格好いいのに。
舞がそう思っていることを咲本人は全く気付いていないのが問題だ。

咲はぱくぱくと自分の分のお弁当を食べてしまうと、まだ
物足りなさそうな顔をしてほかの三人が手に持っている
お弁当やパンを見た。

「ねえ、みーちーる」
「メロンパンならあげないわよ」
満は澄まして言葉を返す。
「ええ〜。ちょっとだけだってば」
「駄目。私のだもの」
まだ未練がありそうな咲を横目に満は自分のメロンパンをしっかり
ガードするかのようにかぶりついた。
薫は涼しい顔でさっさと自分の分のお弁当の残りを食べ、
弁当箱をしまい始めている。

「舞〜!」
咲が舞に振り返ると「はいはい」と舞は答えながら咲に自分のお弁当箱を見せた。
「卵焼きもらっていい?」
「いいわよ、はい」
舞は自分の箸で卵焼きをつまむと咲のお弁当箱の中に入れた。
一部始終を見ていた満はいつものことながらやや呆れたような表情を浮かべる。

「ん〜、舞の料理っていつも絶品だよね」
咲は卵焼きをもぐもぐと食べながら満足そうに味わっている。満はそんな咲を見て、
「ねえ咲。前から思ってたんだけど、そんなにお腹がすくんなら自分の
 お弁当の量を少し多くすればいいんじゃないの?」
と言わずにはいられなかった。咲は「んー」と答える。

「咲の場合、パンを持ってくるっていう手だってあるんだし。
 PANPAKAパンのパン、おいしいじゃない」
えへへ、と咲は満の言葉に照れ笑いを浮かべた。
「それはそうなんだけど、友達からもらうお弁当っておいしいから」
「え?」
「ほら、例えば」
咲は満の持っているメロンパンに手をのばした。満はさっとメロンパンを持った手を
上げて咲から守る。
咲はメロンパンを掴むのに失敗してまた照れ笑いを浮かべた。

「うちのメロンパンの味って基本的には変わらないけど、
 満からもらったらきっといつもよりおいしいだろうなって気がするんだ」
「え? ……そう?」
「うん! ほら、満だってうちの学校にきたばっかりの頃みんなにお昼もらったでしょ?
 あれ、美味しかったでしょ?」
「ええ。……でも、あれって私が初めて食べたものだから」
「それもあるかもしれないけど、やっぱり誰かにもらうものっておいしいんだと思うよ」
「そうかしら」
「うんうん、絶対そう。だから」
さっと咲が満のメロンパンに手を伸ばしたが、満はその前にぱくっと自分の口にくわえた。

 * * *

その夜、満はいつものように薫と一緒に家で夕食を食べていた。今日の
食事当番は薫なので、薫が好きなメニューが食卓には並んでいる。
いただきますと言って食べながら、満はふと思いついたように薫の手元に目をやった。
「……何?」
視線に気づいた薫が満に目をやる。
「薫って最近よくお弁当作ってるわよね、朝」
「ええ」
「何で? パンじゃだめなの?」
満と薫は初めの頃毎朝一緒にパンを買って登校していたが、最近薫は買わないで
満と咲を待っているだけのことも多い。満はといえば、欠かさずパンを買っている。

「だめってわけじゃないわ。でもパン以外の料理も好きだから」
「咲もそうなのかしら」
「咲も?」
「咲も、いつもパンをお弁当にしているわけじゃないわよね」
咲はたまにパンを持ってくるものの、大抵はお弁当を持ってきている。
パンを持ってくるのは何か理由があってお母さんがお弁当を作れなかったとか、
そんな時が多いらしい。

「ああ、それは」
「知ってるの?」
「お弁当の方が栄養のバランスがいいからだって」
「ふうん……」
「それがどうかしたの?」
考え込むような満の表情を見て薫が尋ねると、
「……何か少し作って持っていくようにしようかと思って。咲が食べたがるし」
と満は答える。
「パンを多めに買っていったら?」
「だめよ、パンだったら私が食べたくなって渡せないもの」
「……そう」
薫の顔に一瞬呆れたような表情がよぎったが、満はそれには気づかずに
考え続けていた。
「ねえ、満?」
「ん」
考え中の満を邪魔するように薫は声をかけると箸を満の目の前の皿に伸ばす。
「これ貰っていい?」
「え、それ私の」
「他の人からもらうとおいしいかどうか試してみたいんだけど」
「ええ〜……」
不満そうな満には素知らぬ顔をして、薫はお浸しを少しつまむと自分の口の中に入れた。
「どう? 何か変わった?」
「う……ん、よく分からないわ」
「今日の、薫が作った料理だからじゃないかしら」
「そうかもしれないわね」
薫はもう一口、満の皿からつまんでみた。

 * * *

「あれ、満今日はお弁当も持ってきたの?」
翌日の昼休み、咲はPANPAKAパンの袋と小さなお弁当箱を並べて机の上に置いたのを見て
咲が珍しそうに声を上げた。今日は教室で食べているので、咲の声が響くとみんながちらちらとこちらを見る。

「ええ、ちょっとだけ」
中に入っているのは今朝満が早起きして作ったミニハンバーグとサラダである。
咲はそれを見て歓声をあげた。
「すごい! これ満が作ったの?」
「……ええ、まあ」
「ねえ満〜」
咲は手が早い。いかにも物欲しそうにしているのを見ると、
満は素直に渡したくない気分になってきた。
「これ、私が食べるために作ってきたんだけど」
「うん、それは分かってるよ。でもすごくおいしそうだよねえ、それ」
「咲はまだ自分のお弁当があるじゃない」
「う〜、でも満のもちょっと食べてみたいな」

「……」
二人の会話を聞きながら薫は静かに一つため息をつくと、
自分の分のお弁当を食べ始めた。

舞も薫に倣って自分の食事を食べ始める。咲と満がずっと押し問答していて
二人とも自分の食事に手をつけられないでいるのを見るとなんだかおかしくて、
思わず笑ってしまいそうになってしまった。

-完-

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