「みーちーるっ!」
咲の声が後ろから聞こえたかと思うと、ばん! と音を立てるみたいにして
肩の上に咲の手が乗った。

「おはよっ!」
「……おはよう。今日はずいぶんテンション高いのね」
「ん? そうかなあ」
咲は少し訝しげな顔をすると、あれ? という表情で私の周りを見回した。

「今日は薫は?」
「先に出たわ」
「そうなの?」
「ええ。何か、学校で美術部の作業があるからって」
「ああ、そういえば舞も今日早く出るって……」
咲はうんうんと一人で頷いている。薫と舞はもう学校に着いているだろう。

「……ねえ、咲?」
「ん? どうかした?」
「ちょっとだけ、私に付き合ってくれない?」
「え? うん、いいよ」
私はすぐ次の曲がり角を左に折れた。通学路からはずれる。

「……ねえ満、道分かってる?」
「大丈夫よ」
しばらく歩いたところで咲が心配そうな声を出した。
道から外れてどんどん山の方に向っているから当たり前かもしれない。

「本当に分からなくなったら、飛んでみればなんとかなるわ」
「そりゃ満は飛べるけど……」
「咲のことだって背負うなり何なりするわよ」
「うん、それは嬉しいけど……」
どこに向ってるの? と咲は尋ねる。私は一度、歩みを止めた。

「私にだって分からないわ」
「へ? どういうこと?」
咲はきょとんとした表情を浮かべる。
「場所は分かってるけど、どういう風に説明したらいいか分からないの」
咲は顔を疑問符で一杯にしたが、やがて、うん、と頷いた。

「こっちの道で合ってるのは確かなんだよね」
「ええ、そうよ」
「だったら、行こう」
咲の手が私の手に触れる。
「咲?」
いいの? と聞きたくなって尋ねると咲は、
「満、私とその場所に行きたいんでしょ? だったら行こうよ」
と笑ってくれた。私は咲と手を繋いだままでまた歩き始めた。


「ここ……よ」
トネリコの森に入って十数分。木々が囲む小さな池のそばに私たちは出てきた。

「わあ……」
池をふちどるようにして白い花が咲き誇っている。
咲は駆け寄ると鞄を投げ出して花のいくつかに触れた。

「すごいね満。私、こんなところにこんな場所があるなんて知らなかったよ」
「そう? とっくに知ってるかと思ったわ」
「ううん、全然……どうやって知ったの? ここの場所」
「夜、空を飛んでると色々なものが見えることがあるのよ」
草の上に咲はぺたんと座った。

「夜?」
「ええ。……月が綺麗な夜は、出歩きたくなるものなのよ」
「……そういうもの?」
咲は少し心配そうな表情を浮かべた。私のこと、また普通の女の子みたいに思って
心配してくれてるのかもしれない。

「ほら咲、この花」
私は花を指した。
「日が高くなってくると、だんだんしぼんでくるの。
 見るなら今の間に見ておかないと」
「そうなんだ……夜も咲いてるの?」
「ええ。月明かりが好きみたいね」
「へえ」
咲は感心したみたいにまた花に触った。

「薫はここのこと知ってるの?」
「知らないわ。多分。私は教えてないけど」
「そうなんだあ」
咲はとうとう、草の上に寝転がった。

「薫も舞も、ここのこと知ったら喜びそう」
「そうね……」
私も咲の横に寝転がった。木々に切り取られた空と雲が小さく見える。

* *

「霧生! 満の方は休みか? 日向も」
その頃夕凪中では教室に戻った薫が篠原先生にそう聞かれて返答に窮していた。
――満、今日は特に休むなんてこといってなかったけど……
自分の前の席、それに舞の前の席にもその主は座っていない。

「霧生、何も聞いていないのか?」
「え、ええ……朝は、ちゃんと学校に来るって……」
薫は知っている事を答えるしかなかった。
「そうか。……突然体調が悪くなったのかもしれないな、
 日向の家と霧生の家には後で電話してみる」
咲の遅刻は珍しくないが、咲も満も休むのは珍しい。教室が少しざわついた。
「静かに、出席の続きをとる! 小島!」
静かになった教室の端と端で薫は舞とさりげなくアイコンタクトを取っていた。
咲と満、二人が揃ってきていないというのはどう考えても怪しい。
――最悪の事態も、考えないと……滅びの力が動いているような気配はないけど……

* *

「咲」
「うん?」
「咲がキュアブルームだからかしらね。一番に咲に見せたくなったの」
咲はちょんちょんと顔の前の花をつついた。

「フラッピなら花の気持ちも分かるかもしれないんだけどなあ……、
 でも、本当に綺麗だねここ」
「そうね……精霊達を連れてきてもいいかも」
私は上半身を起こした。背中についた草を軽く払う。

「そろそろ学校行かないと、薫たちが心配してるかしら……」
「えっもうそんな時間!?」
咲が慌てふためいて跳ね起きる。
「たぶん出席は取ってるわね、もう」
「ま、まずいよ! 早く行かないと!」
「大丈夫よ、そんなに焦らなくても」
「満は普段遅刻してないからそんなことが言えるんだよ〜、先生に怒られちゃうよ」
「咲」
私は咲のことを後ろから抱きしめた。
「み、満? どうしたの?」
「急がなくちゃいけないんでしょ?」
耳元で囁いて、咲を抱いたまま宙に飛び上がる。そのまま一気に加速して学校を目指す。

「う、うわあああ!?」
下を見てしまったらしい咲が何か叫んでいたけど、私は「急がないといけないんでしょ」と
だけ言って屋上に降り立った。幸い誰もいなかったので
すぐに降りることができた。

「あ〜……怖かった……」手を離すと、咲は屋上に手をついてはあはあと
荒い息を立てている。
「そう? 空を飛ぶときっていつもあんなものよ」
「満は慣れてるからだよ〜……」
弱弱しく答える咲を、私は手を取って起こした。

「一時間目の途中にはいけそうよ。篠原先生の英語だっけ?」
「うー……怒られそう……」
「ほら、行くわよ」
私は咲の背中を押すようにして教室へと続く階段を降りる。


「ねえ咲、今日、やっぱりあの場所に咲のこと連れて行かないほうが良かった?」
階段を降りながら尋ねると、咲はぶんぶんと首を振った。

「そんなことないよ! それは違うよ」
「そう。それなら良かったわ」
私は咲の手を取った。
「満?」
「遅刻のことで怒られるなら一緒に怒られましょ。咲は私に付き合ってくれたんだし……」
「ありがと、満」
教室の後ろのドアの前まで来て、咲は一瞬躊躇したけれど思い切って扉を開けた。

「お、おはようございま〜す……」
教室のみんなの視線が一斉に私たちに集まる。

-完-

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