受験生には盆も正月もない。――という考え方と、
受験生とはいえ盆や正月はじっくり休んで英気を養った方がいい。――という考え方がある。

咲は後者の考え方を採用することにしていた。
具体的には、大晦日までは勉強と大掃除の手伝いをするものの正月三が日はそんなに
必死には勉強しない――と決めていたのだ。

「だから、大晦日まで一生懸命やるけど、お正月は少しのんびりするからね!」
クリスマス後の夕食時に家族には宣言してある。
「お姉ちゃんいつものんびりしてない?」
「そ、そんなことないよ! 舞たちに来てもらってちゃんと勉強してるもん!」
「だって、いつもお姉ちゃんが『おやつにしよう』とか『一休み』とか言ってるよ」
「み、みのり! 私は舞たちと違って長い時間ずっと勉強していることに
 慣れてないから仕方ないの!」
「ふうん、そうなの?」
「そ、そう! だから、お正月はいつもに増してのんびりするけどさぼってるわけじゃないんだからね!」

両親は姉妹の会話を笑って聞いていたがふと真面目な顔になり、
「咲、――受験するからには精一杯やるのよ」
「うん、分かってるよ」
咲はその言葉に素直に答えた。

咲の志望している高校は、本人の学力からすると一段くらい踏み台を持ってこないと
届かないレベルである。
普通なら咲本人も諦めているところだ。
ただ、その高校は舞や満、薫も志望している。咲としてはそこに行かない手はない。
幸い、咲にはソフト部の実績があり内申も良いので「ここなら間違いなく受かるだろう」
と思える学校がいくつかある。
そのうちの一つを滑り止めにして、後は志望校に向けて全力を尽くす予定である。

「ネバーギブアップだもん、でもずっと頑張ってると息切れしちゃうからバランスが大事なの」
「分かった分かった、頑張れよ」
テーブルのそばで丸くなっていたコロネまで返事するようににゃあと鳴く。


とはいっても、運動が好きな咲のことである。のんびり過ごすといっても家でごろごろとしている
なんてことはできない。
1月2日は舞と満、薫を誘って少し遠出をすることにしていた。
初詣に行くのである。電車で三駅ほどの場所にある神社で、学問の神様を祀っているところだ。
昼過ぎ、舞たち三人が咲を迎えに来た。

「お姉ちゃん、早く早くー!」
みのりに呼ばれて咲はコートをばさりと羽織ると慌てて階段を駆け下りてくる。
玄関では舞たちとみのりが「あけましておめでとうございます」と妙にかしこまった
挨拶を交わしていた。

「ごめん、お財布捜してたら遅れちゃってー」
ばたばたと音を立てて咲は階段を降り玄関に走る。その勢いのままに靴を履き、
「じゃあ、行ってきまーす!」
と家の奥に居る両親に向って叫ぶと飛び跳ねるように立ち上がった。
背後のみのりが少し羨ましそうなしているのを見て、
「今日はお友達のお家で新年のパーティーがあるんでしょ」
と軽く頭を叩く。

「そうだけど、お姉ちゃんたちとも一緒にいたいな〜」
家の外にいる薫がその声を聞いてぴくりと反応したようだったが、
「だめだよ、両方は。お友達の方も行きたいんでしょ?」
「うん……」
という咲とみのりの会話を聞いて諦めたように陽だまりの中で一つ伸びをする。

「じゃ、行ってくるからね」
みのりがようやく納得したので咲は玄関から飛び出した。

「わー、みんな暖かそうだね」
舞たち三人の服装を見て咲は驚いたように言った。
昨日、元日の暖かさと比べて今日は冷たい北風が吹き付けている。晴れてはいるものの、
じっとしているとかなり寒い。
咲が厚手のコートを着てきたのと同様に他のみんなもマフラーに毛糸の帽子に手袋に……
と完全防備を固めている。

「咲もそうでしょ、今日は寒いから……」
満に言われて咲は「昨日とあんまり違うから」と笑った。
昨日もこのメンバーとみのりで初詣に行った。夕凪で一番大きい神社に行き、
その後は大空の樹をめぐるというコースだった。
満と薫などほとんど制服と変わらない格好だったが、そんなに寒そうには見えなかった。

学校に居る時もこの四人で居ることが多いから、正月休みに入っても
していることはあまり変わらないという見方もできる。
だが学校が休みというのはやはりいつもとは違い、どこかすがすがしいような
感覚を咲に与えていた。

「今日行く神社のそばにおいしい和菓子屋さんがあるんだって。
 ドラ焼きがお勧めらしいよ」
「へえ」
「それでね、チーズが入っているのが一番いいんだって!」
「咲、良く調べてるわね」「本当にすごいわ」
満と舞が褒めてくれるので咲は少し舞い上がった。
「えへへ、昨日の夜わくわくして色々調べちゃった。ほら」
その店に関して記事が載っている雑誌を開いて舞と満に渡したが、
「……勉強は?」
薫の一言で叩き落されたような気分になる。

「やっぱりお正月くらいはのんびりしたっていいかな……なんて……」
小さな声でごにょごにょと言い訳をすると、舞が「大丈夫よ咲。
少しくらいならのんびりしても」
とフォローを入れる。
「そうなの?」
と薫は問い返したがそれ以上突っ込んで聞くことはせず、
「咲、このドラ焼きって結局どんなお菓子なの?」
雑誌を見ていた満の質問で話は和菓子談義へと移っていく。


電車は空いていた。しかし神社はそれなりに混んでいた。
学問の神様を祀っていると知られているだけあって、
学生らしい人の姿が目立つ。咲たちと同年代のグループもいれば、
大学受験の合格祈願に来たと思われる人たちの姿もあった。

本殿にたどり着くまでしばらく並ぶ。
賽銭箱に着くまでには30分ほどかかった。思い思いの硬貨を入れて
拍手を打ち神様にあれこれの願い事をしてから、列から抜け出す。
満は並んでいた列の進行が少し遅かったのでまだ賽銭を投げ入れているところだった。
満に軽く目で合図をして本殿の脇に移動する。
「ふう、すごく混んでたね〜」
「舞はずいぶん長く願い事してたわね……何を願ってたの?」
「色々よ、咲のことや家族のこと」
「ふうん」
私のことって何だろう――と咲が思いを巡らせていると満がやってくる。

「お待たせ」
「満の列、遅くなっちゃったね。じゃあ、最後に絵馬を書こうよ!」
「えま?」
「何それ?」
「えーと、色んな願い事を板に書いて置いておくんだよ。そうすると願いがかなうの」
ふうん……と満は思う。色々な方法で願い事をするものだ。
そういえば七夕の短冊というのも願い事を書くんだっけ、と夏のことを思い出しているうちに
咲と舞に連れられて絵馬の配布場所まで来ていた。

絵馬をかける場所にはもう何枚もの絵馬がぶら下がって以前のものを読めるようになっている。
「○○校に合格しますように」というものがやはり多いが、
「健康な子どもが生まれますように」というのもあれば
「世界征服」もあった。学問の神様であっても学問と関係のないことを書いても構わないらしい。

「はい、満」咲に絵馬を渡される。
薫はと見てみると舞と二人で専用台の上で何か書き始めていて――あの二人のことだから
絵でも描いているのかもしれない。

「台一杯だね、あっちで書こうか」
近くにあるベンチに二人で腰掛け、さて何を書こうかと満は考えた。
咲はもうさらさらとペンを動かしていて、「○○高校合格」――と、一番の志望校の
名前を書いている。

――多分その学校に、私は合格するだろうし……

満は冷静な判断を下した。だから、
「咲の願い事がかないますように」
と書いておく。

「満、何書いたの?」
名前まで書いて満足したらしい咲がぴょんと顔を跳ね上げる。
「……秘密よ」
満はぱっと自分の絵馬を裏返した。
「え〜、教えてよ」
「だめ、私のことだから」
満はぱっと立ち上がって絵馬を後ろの方にかける。

「そんなとこにかけたら見れないじゃない」
「見れなくていいの!」
二人で一つの絵馬を描いていたらしい薫と舞がきょとんと見ているが、満は咲を無理やり
押しながら、

「早く、ドラ焼きを、食べに行きましょうよ」
と絵馬から遠ざける。
「み、満〜、私まだ自分の絵馬かけてないんだけど〜」
「じゃあ薫にかけてもらえばいいわ、早く行きましょう!」
「強引なり〜」
咲の情けない声が人ごみの中に埋もれて行く。

-完-

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