ムープは満に会えなくなった。
帰ってきた空の泉で、ムープはようやくそのことに気が付いた。
ブラックホールを倒した現在、世界には一点の愁いもなくなった。
それを示しているかのように、空の泉の空も明るい青色を湛えて
泉全体を照らしている。

世界は平和だった。
空の泉がダークフォールに襲撃されて枯れ果ててしまった時のことをムープは
知っている。
その時と比較すれば――比較すること自体に意味がないと思えるほど――、
世界は平和だった。
もう何も怖いことを恐れる必要はないのである。空の泉の精霊たちは
泉のそばをふわふわと受かんで思い思いに楽しんでいた。
ムープとフープを除いては。

「ムプ……」
「ププ……」
ムープとフープは、ダークフォールとの戦いが終わった直後にフラッピとチョッピ、
咲と舞、それに満と薫と一緒に泉を眺めた土手の上にぺたんと着地して
会話をする気にもならずにじっと泉を見ていた。泉の水面はきらきらと光って
青い空を映している。

「薫に会いたいププ」
フープがぽつりと言った。ムープだってそれは同じだ。ムープだって
満に会いたい。だが、プリズムフラワーの力が消えてしまった今……、
「……ププ」
ムープが何も答えないのにフープが悲しそうに視線を落とす。

「もう緑の郷には行けないムプ」
「薫たちも泉の郷には来れないププ?」
「ココやナッツがそう言ってたムプ」
フープは分かっていることをわざわざ確認した。プリズムフラワーの力を
使い果たしてしまうことの副作用はあの時よく説明されたから、
フープにだって分かっている。
だがそれでも、もう一度誰かに確認してみたかった。
ムープに言われたことを反芻して、やっぱりどうしようもないのかと
フープは思った。

もちろん、あの時にプリキュアに変身しないという選択肢は取りえなかった。
プリズムフラワーの力を使い果たしてしまうと分かっていても、
あの場ではプリキュアに変身するほかなかった。
だが、この結果はその時思っていたよりもずっと重くムープとフープに
のしかかっていた。
ムープとフープは土手からふわふわと飛び立つと、
空の泉が枯れ果てていた頃に満と薫がよく座っていた樹――今はかつてのように
大地にそびえ、青々とした葉を茂らせている――の根元で眠ることにした。


夜、ムープは寝返りを打ってころころと転がって目を覚ました。
――ムプ?
寝ぼけ眼できょろきょろとあたりを見回す。フープの姿が見えない。
――どこ行ったムプ?
ムプムプと半分寝言を言いながらムープは飛び立った。

「フープ、どこムプ?」
きょろきょろと見回しながら声を上げ、ムープはゆっくりとあたりを飛ぶ。
空には薄く雲がかかり、月が空の泉を照らしていた。
ムープは右左と見ながら進んでいく。と、

「ムプ?」
フープの後ろ姿をムープは見つけた。森の中の木々がちょうどまばらになり、
広場のようになっているところにフープの尻尾が見えた。
「どうしたムプ?」
「ププッ!?」
後ろから声をかけると、フープが驚いたように跳びあがる。
「見つかっちゃったププ……」
そう呟くフープの手にはたんぽぽのように綿毛を付けた草があった。

「何してるムプ?」
きょとんとした表情でムープが聞くと、
「ププ」
とフープは困ったような表情を浮かべた。
「何してるムプ?」
再度、ムープが尋ねる。
「ププ……」
フープは答えたくなさそうだったが、ムープがじっと待っているので
やがて諦めたように
「種を飛ばしてるププ」
と答えた。

「種ムプ?」
フープが二、三本手にしているのは空の泉によく生えている花だ。
今は花としての盛りを過ぎ、綿毛のついた種をいっぱいにつけている。

「そうププ! こうしてふーっとやると種が飛んでいくププ!」
フープは綿毛に口を近づけるとふうっと吹いた。風に乗って、ふわふわと種が
飛んでいく。白い綿毛を持った種はゆっくりとどこかに飛んでいき、
やがて見えなくなった。

「それがどうしたムプ?」
ムープはきょとんとした表情を浮かべた。綿毛を飛ばす遊びは
ムープも何度かしたことがある。この草が種を付ける時にはよくやる遊びで、
わざわざ深夜に起きてきてやることの意味がよく分からない。

「ププ……」
フープは少し躊躇っていたが、思い切って口を開いた。

「薫に届くかもしれないと思ったププ」
「薫にムプ?」
「そうププ! 空の泉の風に乗せれば、薫に届くかもしれないと思ったププ!」
「ムープもやるムプ!」
ムープはフープの手からぱっと草を受け取ると、口を付けて吹こうとして
はたと止まった。

「満には月の力じゃないと駄目かもしれないムプ」
「……」
フープはそれを聞いて何も言わなかった。種を飛ばそうと思った時、
最初フープはムープのことも誘おうと思ったのである。
だが、ムープと満は風の力と言うよりは月の力で繋がりたいだろうと気が付いて、
誘うのをやめた。
月の力で繋がると言っても、具体的にどうすればいいのかフープには想像がつかない。
どうすればいいか分からなくてムープが悲しむくらいなら、と思って
フープは夜中に一人でこっそり種を飛ばす方法を選んだ。
結果的にはうまくいかなかったのだが。

「ムプ……」
ムープは困ったような顔で空を見上げた。満月が天空にある。
月は静かに、ムープ達を照らしていた。
「……お月さまのところに行ってくるムプ」
「ププ!?」
何を言い出すのかとフープは慌てた。月のところになんていけない。
ムープとフープは、そんなに遠くまで飛んで行けるわけではないのである。

「でも、どうしたらいいか分からないムプ! お月さまのところまで行ったら、
 何とかなるかもしれないムプ!」
その「何とかなるかもしれない」に根拠はない。
だが、とにかく何か大変なことをすることで今の状況を打開して
満に会えるようになるのではないかとムープは思った。
「……ププ」
フープにもムープの気持ちは分かる。

「フープも一緒に行くププ」
「ムプ?」
「フープも一緒にお月さまのところに行くププ」
「ムプ! そうするムプ! 一緒に行くムプ!」
ムープとフープはぽんと一緒にジャンプするとするすると上を目指した。
空の泉の小さな精霊たちがそんな二人を心配そうに見上げていた。


まず、空の泉の一番大きな樹のてっぺんまで行く。ここまでは今までにも何度か来たことが
ある。
ムープとフープは木の頂点のすぐ下の枝にとまって一休みした。
泉は随分小さく見えるようになったけれど、月が近づいてきたような気はしない。
少しがっかりしながらも、「あきらめちゃだめムプ」
とムープは自分を奮い立たせる。

「行くムプ!」「ププ!」
とムープとフープは同時に木の枝から飛び上った。一直線に真上を目指す。
普段のふわふわとした飛び方とは全く違う、ぎゅんぎゅんと風の音が
聞こえるような飛び方で二人は丸い月を目指した。月は頭上にある。
まだ近くならない。まだ遠い。だんだん寒くなってきた。……

「ムプ!?」
「ププ!?」
ムープとフープは頭の中がしびれるように気が遠くなってきた。
丸い月は先ほどと同じ大きさで見えている。突然、限界を迎えたように
ムープとフープの身体は地上に向けて落下した。

「ムプ……」「ププ……」
ぽてぽてとムープとフープの丸い体が空の泉の地面に転がる。
怪我はなかったが、月に行けなかったことにムープとフープはがっかりとした。
心配そうに小さな精霊たちが周りに集まってきている中、
ムープとフープの目から涙が転がり落ちた。

 * * *

「……」
その頃、満と薫はなんとなく眠れないでひょうたん岩の上に
背中合わせになって座っていた。こちらでも、満月は天頂から二人を照らしている。
二人の間に会話はなかった。
「……?」
ふいにさあっと風が吹いたかと思うと、薫の前をふわふわとたんぽぽの
綿毛のようなものが飛んで行った。トネリコの森かどこかから飛んできたのかと
薫は思った。

天空の満月は相変わらず輝いていた。
「……?」
ぽとり、と満の手のひらの上に滴が一滴落ちた。
雨か、と思って空を見たが空には一点の曇りもなかった。

満と薫がムープ、フープと再会するのはもう少し後のことである。

-完-

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