まだ日は長いとはいえ、6時に近くなると辺りが少し薄暗くなってくる。
PANPAKAパンのパンも、何種類かは売り切れになっていた。この時間になると、
もう補充することはない。
舞はお母さんと用事があるというので今日は朝から出かけていた。
薫は家で少し集中して絵を描きたいということで、満は一人で
咲の家に来て咲と話をしたり少しフォームを確認したいという
咲に付き合って咲の投げるボールを受けたりしていた。

「はい、PANPAKAパンです」
二人が庭から家に戻ってくると、
咲のお母さんが店にかかってきた電話に出ていた。
「はい……はい、分かりました、ありがとうございます。
 すぐお届けに向かいますので」
咲は手を洗いながら聞くともなくその声を聞いていて、きっと配達を
頼まれるに違いないと思った。外も薄暗くなってきたことだし、
満を送りかたがた行こうと思っていると、果たしてお母さんが、
「咲、ちょっと配達頼んでもいい?」
と聞いてくる。
「うん」
咲がちらっと満を見ると満も了解したようにうなずいたので、
「どこに届けるの?」
とタオルで手を拭きながら話を進めると、
「美翔さんのところ」
「美翔さん? ……舞の家?」
舞、もう帰って来たのかなと咲は思った。
「ええ。たぶん電話してきたのは舞ちゃんのお兄さんだと思うけど……」
「和也さん!?」
咲の声に動揺が混ざった。手を洗っていた満が驚いたように咲に視線を向ける。
「ええ、たぶん。舞ちゃんのお兄さんだと思うのよね。パンの配達
 お願いしますって」
「咲、舞のお兄さんがどうかしたの?」
咲が両手でつかんだままになっているタオルに自分の手を当てて満が
手を拭きながら首を傾げると、

「どどど、どうもしてないよ!」
と咲は慌てて答える。その様子がますます怪しいが、咲のお母さんは
くすりと笑って
「じゃあ咲、行ってくれる?」
「う、うんうん行く行く! 満も一緒に行こうよ」
「ええ」
「ほら咲、いつもいつも満ちゃんに手伝わせちゃ」
咲のお母さんが窘めると、満は「いいんです」と即座に答えた。
「舞の家だし、家の方向と一緒ですから」
「そうなの? 悪いわね、よくお店の方も手伝ってもらってるのに」
「いえ、そんなこと」
咲のお母さんはそんな満に微笑むと、じゃあパンの方を支度するから、
咲は出かける準備をして。と言い残して店へと戻っていく。

咲はふう、と息をつくと満と一緒に自転車を店の前へと出してきた。
その間にお母さんが準備してくれたパンの袋を持ち、金額を聞いてから
自転車を押して道路に出る。

蝉が今日の歌いおさめとばかりに鳴いていた。咲は満との間に挟んだ
自転車を押しながら、舞の家へと向かっていった。


「あ、咲ちゃん来てくれたんだ。あ、霧生さんまで」
美翔家のチャイムを押すと、出てきた和也は咲と満を見て驚いたように笑った。
「いつもみたいにおじさんが届けてくれるのかと思ってたよ」
「和也さん、宅配よく頼むんですか?」
「うん、たまにね。あ、それでえーと、これでいいかな?」
注文した時に聞いてあったのだろう、ぴったりの金額を小銭で払うと
「はい、確かに。ありがとうございました!」
と咲は受け取って、それから何を話していいか分からないことに気づいた。
せっかく和也が目の前にいるのだから何か言葉を交わしたいが、
何も思いつかない。焦ってあわあわと口をぱくぱくさせていると、
「そう言えば、せっかく来たんだからちょっとアイス食べていったら?」
「アイス、ですか?」
答えられない咲に代わって満が尋ねる。
「うん、ちょうど作ってたんだ。良かったら」
「い、いただきます!」
やっと答えられるようになった咲が叫ぶ。
「満、一緒に食べて行こうよ」
「う……うん」
満はアイスを自分たちで作れるということを知らなかったので
和也の言葉に意外そうに眼をぱちくりさせていたが、
咲の勢いに押されるようにして頷いた。

「じゃあ、ちょっとこっちへ」
和也はPANPAKAパンの袋を抱えたまま二人に手招きして居間へと呼んだ。

「わあ〜……」
今までこの部屋で和也が何かに格闘していたことは部屋の様子を見て
すぐに分かった。
部屋や台所に色々なものが……、卵のパックや牛乳のパックや空のペットボトル、
何かの空き缶といったものが散乱している。
「これ、もうできてるんじゃないかな」
和也はペーパータオルにくるんだ円筒状のものを手に取ると
振って中の音を確認し、
「うん、できてそうだ」
と呟くとタオルを空け、中に入っていた缶の中身を皿に出した。

「うわ〜、アイスだ……」
中から出てきたのは、チョコチップの入ったバニラアイスだ。
咲も満も興味津々といった様子で3つの皿に分けられるアイスを見つめていた。
「どうぞ」
和也に薦められて満と咲はスプーンを口の中に入れてみる。
「あ、アイスだ……」
「うん……」
見た目にも確かにアイスだったのだが半信半疑で食べてみた二人は
その冷たく溶ける甘い味にそれが本当にアイスであることを実感した。

「咲ちゃんも満ちゃんも、こうやってアイス作ってみたことない?」
和也にそう聞かれて二人ともふるふると首を振る。
「そっか。卵や牛乳をこうやって缶の中に入れてね、塩と氷で周りを
 冷やして――」
そう和也は簡単に作り方を説明する。咲はぽかんと口を開けて聞いていたが、
満はなるほどねと思っていた。
――氷と塩を使えば温度をかなり下げられるものね。
満が知っている知識と今口にしたアイスとが結びつく。咲はまだ
話についていけていないようだったが、

「いろんな味を試そうと思って作ってみたら食べきれなくなっちゃったんだ。
 よかったら、持って帰る?」
と冷凍庫を開ける和也の言葉を聞いて
「ええっ!? いいんですか!?」
と声が裏返る。
「うん。僕一人じゃ食べきれないし――、舞が帰ってきてもそんなには
 食べないだろうしね。霧生さんも、良かったら」
「え、でも――」
満が遠慮すると、
「いいから。薫さん、家にいるの?」
「え? ええ」
和也が薫の名前を知っていたことに満は驚いた。
「じゃあ、薫さんにも良かったら食べてもらいたいな。いつも舞がお世話になってるみたいだし」
「……え?」
満は本格的に首を捻った。薫が舞のお世話をしたなんて、そんな話は聞いたことがない。
「ほら、よく舞のスケッチに付き合ってもらってるみたいだし」
和也は小さなタッパーを取り出してきてアイスを詰めると、ケーキか何かを
買った時についてきた保冷剤と一緒にスーパーの袋にいれて咲と満にはい、と手渡した。
「薫さんによろしくね」
満はまだ困惑していたが、とにかく受け取った。和也は微笑を浮かべて、
今度は咲を見ると、
「良かったらみのりちゃんにも食べてもらってよ。いろんな味を作ってみたから、
 駄目なのもあるかもしれないけど」
「はい、ありがとうございます!」
咲は和也の作ったアイスをもらってるんるん気分で、満と一緒に美翔家を出た。



「ただいま」
満はアイスの袋を持って自分たちの家に帰ってきた。
「お帰り」と、薫の声だけが聞こえる。薫が絵を描いている部屋に行ってみると、
薫はまだスケッチブックに何本もの線を走らせていた。
「描けたの?」
「うん、なかなか……うまくいかないけど」
思うとおりの絵を描くのは難しいということだろうと満は了解すると、
「舞のお兄さんからアイスもらったんだけど食べる?」
「ええ」
薫は今日はもう終わりとばかりにスケッチブックを閉じた。あまり根を詰め過ぎて
よく分からなくなったときは一度休むとまた別の描き方ができるようになるとは、
舞が以前言っていたことである。――もっとも、その舞自身が絵を描いていると
休むタイミングが中々つかめないのではあるけれども。

「舞のお兄さんが自分で作ったんだって」
「へえ、そんなことができるの」
「ええ。理屈にかなった作り方だったわ」
「ふうん……」
二人は居間に向かいながらそんな会話を交わしていたが、満は
「ねえ、薫?」
と話を変えた。
「何?」
「……あなた、舞のこと何かお世話した?」
「え?」
満が何の事を言っているのか分からないというように薫は瞬きした。
「舞のお兄さんに言われたんだけど。いつも舞が薫にお世話になってますって。
 スケッチに行ってる時のことみたいなんだけど、何かした?」
「してないわ」
薫は言下に否定した。
「舞に色々なことを教えてもらうことはあっても」
「そう……よね」
そうだろうと満は納得した。もらってきたアイスを皿にだし、
薫と向き合って食べる。アイスは少し溶けて柔らかくなっていたが、
前と変わらずおいしかった。


翌日、満たち四人とみのりはトネリコの森を訪れていたが、
咲と薫がみのりを連れて飲み物を取りにPANPAKAパンに戻っていったので
満と舞は二人きりになった。
そうだ、と思って満はアイスをもらったお礼をする。
「昨日、舞のお兄さんからアイスをもらったわ。美味しかった、ありがとう」
「あ、お兄ちゃんそんなことを?」
舞は聞いていなかったようできょとんとした表情を浮かべる。
そういえば家に帰ったらアイスを作っていたけど、と舞は呟いた。

「うん。咲と一緒にパン届けに行ったらちょうど作ってたみたいでもらったの」
「そうだったの。……お兄ちゃん、何か変なこと言ってなかったの?」
やけに真剣な表情で舞が尋ねる。そういえば、と満は呟いた。
「お兄ちゃん、何か言ってたの!?」
「ええ」
「な、何を!?」
舞が慌てて尋ねると、
「舞がいつもお世話になってますって、薫に」
「……え?」
舞はあっけにとられた表情を浮かべた。
「だから、薫が舞のことをお世話してるって」
「変なことってそれ?」
「ええ。だって薫にも確認したけど、薫が舞に色々なことを教えてもらうことは
 あっても舞の世話をすることなんてないから」
ふふ、と舞はそれを聞いて笑った。
「それは薫さん達が気が付いていないだけよ」
「えっ?」
「だって私、すごく薫さんにお世話になっているもの」
「そんなことないでしょ?」
「ううん」
と舞は笑顔で首を振った。
「薫さんが一緒にスケッチに来てくれたり、絵を描いてくれたり
 するだけですごく嬉しいもの」
「でも、薫は舞にいろいろ教えてもらってるだけだって……」
「それは薫さんが気が付いていないだけ」
舞は再度満にそう説明する。
「そう……なの?」
「うん」
舞は大きく頷いた。
「満さんも薫さんも、私たちにいろんなものをくれてるのよ」
「……?」
やっぱり、よく分からない。そう言いたそうに満は首を傾げたが、
「そのうちきっと分かると思うわ」
「そうかしら」
「ええ、きっと」

「舞ー! 満ー! 麦茶持ってきたよー!」
咲の大きな声が森の下の方から聞こえてきた。舞は満に「咲たちが来たわ」と促すと、
二人で坂道を下って行った。

-完-

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