「たっだいまー!」
咲が大きな声をあげて家の中に駆け込んでくる。TVの前で丸くなっていたコロネは
うにゃと声を上げたがまた目を閉じて眠りに落ちた。

咲は家に入って来た勢いそのままに階段を駆け上って自分の部屋に入ると、
中にいたみのりに「ただいまっ!」と声をかける。自分の席で本を読むことに集中していた
みのりはその声にびくんと反応して、
「びっくりした!」
と慌てて咲のいる戸口の方を振り返った。

「ごめんごめん」
咲は簡単に謝ると、「満、来てるよね?」と尋ねる。
「満お姉さん?」
みのりはきょとんとした表情を浮かべて咲を見る。

「来てないと思うけど」
「えっ?」
今度は咲がきょとんとした表情を見せる番だ。
「来てないの?」
「うん。みのりが帰って来た時も満お姉さんいなかったし、さっき下で
 お母さんと話した時もいなかったもん」
「あれ? 何でだろう? ……」
咲は鞄を自分の机の上に置いてコートを脱ぐと、部屋を出て店の方へと向かった。

母は丁度接客中だったので少し待って、お客さんが途切れるのを待ってから声をかけることにする。
このところ肌寒くなっていたが今日は一層寒く、訪れるお客さんたちも
しっかりと厚手のコートを着込んでいた。
こんな日の店内はいつもより一際暖かく見える。

「お母さん、満来てない?」
ようやくお客さんが途切れたのを見て咲が声をかけると、レジの前にいた
母は不思議そうな表情を浮かべた。

「満ちゃん? 来てないわよ。咲と一緒だったんじゃないの?」
「先に行っててって言ったはずなんだけどなあ。私、今日ソフト部の用事で
 学校出るの少し遅れたから」
「行き違いか何かあったんじゃないの?」
「学校出てるの見た気がするんだけど……」
「だったら、お家の方に帰ったんじゃない?」
ちょっと探してくると咲は言い残して店を出る。
一度部屋に戻ってまたコートを着ると、家を駆けだして冷たい風の吹く中
満と薫が住んでいる家へと向かった。

満と薫はダークフォール崩壊後、夕凪中の学区のはずれあたりの家に二人だけで暮らしている。
転校時の書類に記入されていた住所に行ってみたらそこに都合よく人の住んだ形跡のない空き家があったからで――
「きっとフィーリア王女が用意してくれたラピ」というのがフラッピの意見だったが
本当のところは分からない――、
とにかく二人はそこに住んでいた。

咲は息を切らせて満たちの住む家にたどり着いて呼び鈴を押してみたが、
返事はない。家の周りをぐるりと一周してみたが人の気配はなさそうだった。
ふう、と咲は息をつく。

――家にも帰ってないんだ、満。

なんとなく心配になってきた。
迷子になるということもないだろうが、
「じゃあPANPAKAパンに先に行ってるわ」
と言っていた満がどこか別のところに行くというのも考えにくい。
うーん、と思いながら咲は満と薫の家から足を学校の方へと向ける。

「おっ、咲!」
海岸沿いの道を小走りに駆けていると、海の方から声がした。
立ち止まって見やると、海岸から健太が手を振っている。

「健太! 満、見なかった?」
「霧生? 見たけど」
「どこで!?」
咲は道の端に建つガードレールに掴まって身を乗り出した。咲の様子に
健太は驚きながらも、
「さっき、もうちょっと学校に近いとこで。山本さん家の辺り」
「満、どこ行くとか言ってなかった?」
「さあ?」
健太は首をひねった。
「なんか、すっげえ深刻で声かけらんなかったんだよな」
「ええ!? 深刻って!?」
咲が大声を上げたので健太はやや身体を後ろにそらしながら、
「だから知らないって。学校の方行ってたからそっち行ってみろよ」
「そうする! ありがとね、健太!」
咲は健太の返事を待たずに駆け出した。健太は呆気にとられて咲を黙って見送っていた。


咲は学校に向かってぐんぐんと坂道を駆け上っていた。
健太に言われた山本さんの家辺りでは立ち止まって満の姿がないかどうか見回してみたが、
誰の気配もなかった。すっかり葉を散らした樹だけがじっとそこに立っている。

咲は更に学校の方へと行ってみることにした。
コートの中の身体が熱くなってくるのを感じながら、咲は駆けていく。
曲がり角を曲がって――と、咲は、
「うわっ!」
と誰かにぶつかりそうになってぎゅうと踏みとどまった。

「咲」
驚いた表情で咲を見ているのは薫と、その一歩後ろにいる舞だった。
二人ともコートを着込み、舞の方は口元まで隠れるくらいにマフラーを巻いている。

「ああ、薫、舞!」
突然立ち止まったのでまだ咲の呼吸は乱れている。ちょっと待ってね、
と呼吸を落ち着けるのを待ってもらってから咲は改めて二人に向き直ると、

「満見なかった?」
と尋ねる。
「え?」
舞と薫はきょとんとした表情で顔を見合わせた。
「私たち学校を出てからすぐスケッチに行っていたんだけど――、
 満さんは咲と一緒にいたんじゃないの?」
「先にうちに行っててもらったはずなんだけど、満来てないみたいなんだ。
 だから、気になって探してるんだけど」
薫はわずかに眉をひそめたが、すぐに元の冷静な表情に戻った。

「怪しい気配もないし、心配はいらないと思うけど」
「って言ってもさあ、満がこんなふうに来ないことなんて滅多にないよ。
 健太が見た時、何か深刻な表情してたって言うし」
「えっ」
薫が意外そうな声を上げた。
「薫さんには心当たりないの?」
舞がそんな薫を見る。
「全然ないわ。最近、そんなに心配するようなことはなかったと思うもの」
「じゃあ、何で……」
「分からないけど」
薫の表情が曇る。
「とにかく、探してみようよ!」
と咲が二人の会話に割って入った。
「私、学校行ってみる!」
咲が舞と薫の間を抜けるようにして駆け出すと
舞と薫は一瞬顔を見合わせた後、咲に続いた。


――やっぱり、ない……
その頃、肝心の満は。夕凪中の教室で自分の机とロッカーの中を確認して
ひとり落ち込んでいた。
はあとため息をついていると、
「満!」
と大声を上げて咲が飛び込んでくる。

「さ、咲!?」
「満、何でこんなとこに!?」
「何でって……ここ、学校だもの」
「そうじゃなくってー!!」
興奮状態の咲に満が戸惑っていると、
「満」「満さん!?」
薫と舞まで飛び込んできたので満は何が起きているのかとますます困惑した表情を浮かべた。

「満、先にうち行ってるって聞いたのに全然来てないって言うから! 
 心配して探してたんだってば! 何か深刻な顔してたっていうし!」
「あ、ああ……そうだったの……」
興奮して噛みつかんばかりの勢いの咲に満が戸惑いながらそう答えると、
「あ、あのね、満さん?」
舞が二人を落ち着かせるように割って入ると、

「何かあったの? 一度学校出てまた戻って来るなんて」
「え、ええ……その……」
満はひどく言いにくそうにちらりと薫を見た。薫は不思議そうな表情を浮かべる。

「ええと……」
満は口ごもる。それから薫を見やって目を伏せ、

「落とした、みたいなのよ」
と小さく答えた。
「何を?」
舞が柔らかく尋ねる。
「……、」
満は答えるのを逡巡していたようだったが、
「手袋」
と答えた。
「え」
薫の口から驚いた声がぽろりと漏れる。
「落とし……た、の?」
「ええ。……ごめんなさい、薫」
「そう……」
舞と咲は満と薫の双方を見比べた。
手袋を落とした満が落ち込むのは分かるとして、薫まで落ち込んでいるように見える。

「その手袋って、何か特別なものなの?」
咲が二人のことをきょろきょろと見比べながら聞くと、
「この前、薫と色違いで買ったのよ」
と満が答える。咲が薫に手袋を見せてもらうと、それはベージュ色をベースに
青い縁取りのある毛糸の手袋だった。
きっと満の方は赤い縁取りがしてあったのだろう。

「そっか、そうなんだ」
二人が落ち込む気持ちは咲にも分かる。どうしよう、と咲が思っていると、
「あ、あのね」
どよんとした空気の中で舞の方が早く声を上げた。
「校内だったら落とし物は職員室に届けられているはずだから一応聞いてみたら?」
ということで一同は職員室に向かってみた。


職員室にいた篠原先生は咲たち4人がまだ校内にいたことの方に驚いたようだったが、
事情を聞いてすぐに校内の落とし物を集めている箱の中を探してくれた。
手袋はよくある落とし物なのでいくつもあったが、満が落としたベージュに赤い縁取りの
手袋は入ってなかった。
「ここにはないみたいだな」
箱を一通り確認して篠原先生が四人に振り返る。
「これからは落としたりしないように気をつけて……」
と通り一遍の注意をしかけたものの満の顔を見て、

「……まあ霧生、あんまり落ち込むな」
と付け加えた。

お礼を言って職員室から出ると、四人は学校を出て家の方へと向かう。
外はもう薄暗く、北風が吹いていた。
ただでさえ寒いのに満の気持ちはどんよりと落ち込んでいる。
咲と舞は二人並んで満と薫の一歩前を歩いていたが、
満と、それから薫も落ち込んでいることはしみじみと伝わってくる。

「あ、あのさ、満。交番にも行ってみようよ。誰かが届けてくれているかもしれないし」
咲は歩き歩き、後ろを振り返る。
「うん。でも……」
満は相変わらずしょんぼりとしている。
「あるかもしれないよ?」
「何で落としちゃったのかしらって思うのよ。大事にしてたのに」
薫は満が隣でコートのポケットに手を入れて歩いているのを見ながら、
「大事にしてたの?」
と尋ねる。
「してたわよ!」
満は言い返した。
「してたけど、何かこう、ぽろっと、気が抜けた、っていうか……」
満の声はだんだん小さくなる。
薫はそんな満に視線を送ると、
「これ」
と自分の左手の手袋をはずして満に渡した。
「え?」
意図を掴みかねて満が薫の顔を見返すと、
「前の手袋が見つかるか、新しいのを買うまで貸してあげるわ」
「いいわよ。薫が寒いじゃない」
満がその手袋を返そうとすると、
「着けてなさい」
と薫は満にまた手袋を押し返した。
「それ落としたら、本当に承知しないから」
「落としたりなんかしないわよ。薫のだもの」
満はそう言って薫から受け取った手袋を左手にはめる。
咲と舞は後ろのそんな会話を聞きながら顔を見合わせてくすくす笑うと
交番の方へと足を向けた。

-完-

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