夏休みの夕凪町の海は、どこからこんなに人が出てくるのだろうかと思えるくらいに
混雑している。
「イチゴ味くださーい!」
「はいどうぞ!」
「ブルーハワイお待ちの方お待たせしましたー!」
海岸にいくつもならぶ屋台の一つはかき氷専門店のみずした屋。
満と薫がお手伝いをしているが、列は中々短くはならない。海岸にはほしの屋を
含めてかき氷を扱う店がいくつかあるものの、
「かき氷に関してはみずした屋が一番おいしい」
「水が違う」
という評判がどこかで立ったらしく、おやつ時の時間には大抵みずした屋に
長い行列ができる。
ミズ・シタターレも満も薫もフル回転で働くのだが、どうしてもお客さんを
待たせてしまうことも多い。
じりじりと照り付ける日差しは、今年は一際強く感じられる。
列に並ぶお客さん達もそれは心得たもので、何人かのグループで並んでは、
交替して海に遊びに行っては並ぶということを繰り返している人たちが多い。
小さな子供が炎天下に並んでいるのを見ると薫は気の毒になって
その子に先にかき氷を売ってしまいたい衝動に駆られるのだが、
そういうわけにもいかないのでせめて紙コップ入りの水を配ることにしている。
その分接客が遅れてしまうことのないようにまた急いで店の方に戻ったりと何かと忙しい。

例年は山の方でうるさく鳴いている蝉の声が浜辺まで聞こえてくるのだが、
今年は暑すぎるのか蝉の声さえもほとんど聞こえてこない。
海水もかなり温かいそうである。
その分、海には人が集まる。
まだ七月だというのに、まるでお盆のころのような人の集まり方だ。

一息つけるのは日もだいぶ傾いて、まず小さな子供を連れた家族連れが海岸から
帰り始める頃だ。
甲高い声で騒いでいた小さな子供たちも、すっかり疲れたのか眠ってしまって
親に抱っこされたりおんぶされたりしながら砂浜から引き上げていく。

次に帰っていくのは遠くから来たと思しいグループ。この海岸は観光地という
訳でもないのだが、夏となると県外からもやって来る人達はいるらしい。

この辺りで、みずした屋は片づけを始める。たいていこの辺りで用意したシロップが
なくなってくる。
夕方くらいになってくると、かき氷の売り上げも落ちてくるのだ。
売り上げが落ちて来たら店を開けていても仕方ないので、さっさと閉める。
というのがシタターレのやり方である。
だから、満と薫のお手伝いもこの辺りで終了する。片づけを手伝い、
店で使う諸々の道具や機械を家に運べば、それで仕事はおしまいだ。

家には、ダークフォール消滅後になぜか復活した幹部面々がいる。
その家に満と薫も住んでいるのだが、人手が多い中でも二人が手伝いに
駆りだされているのは小回りが利くからだろう。

「暑いよね〜乾燥しちゃうよ〜」
なんてことを言いながら日々ごろごろと過ごしているドロドロンを
手伝わせようとでもするなら、浜辺に連れて行くだけで大騒ぎになってしまう。
カレハーンはカレハーンで、「俺は古本屋でバイトがある」と主張するし、
キントレスキーは海には毎日行っているが水泳講座で忙しい。
一番接客に向いていそうなモエルンバは暑苦しいのでかき氷を売るには向かない。
結局、満と薫に白羽の矢が当たる。

「あんた達、そこに道具置いときなさいよ」
シタターレの言うとおりに玄関近くの部屋にどさりと荷物を置いて、これでようやく
満と薫は解放されるのである。

「薫、どこか行くの?」
手を洗ってからまたでかけようとした薫を、満が呼び止めた。
「少し散歩でもしようかと思って。舞がどこかでスケッチでもしているかもしれないし」
「ふうん」
「満はどうするの?」
「んー」
満は何ごとかを考えるような表情を浮かべた後、

「買い物に行きたいんだけど。付き合ってくれない?」
「いいけど。PANPAKAパン?」
「違うわ」
満はくすりと笑って肩をすくめると、
「ちょっとこの服、砂で汚れちゃったから着替えてくるから。一緒に行きましょ」
と二人の部屋に戻っていき、10分ほどすると薄手のワンピースに着替えて
薫の前に現れる。
潮の匂いがついてきたような自分の服も着替えた方がいいのかと
薫はちらりと思ったが、
「行きましょ、薫」
と満が言うのでまあいいか、と思った。

「どこに行くの?」
「駅の方」
青い空には白い雲がいくつか浮かんでいるが、どれも雨を降らせそうな
雲ではない。
空を飛んで行ってしまえばすぐ着くが、誰かに見られても困るので満と薫は
歩いていくことにした。影は長く伸びているが、まだまだ暑い。

「日陰歩いた方がいいんだって」
満にそう言われて、薫はなるべく影の部分を選んで歩くようにする。
「どうして?」
「熱中症って言うのにならないようにって」
「ふうん」
ダークフォール出身の二人が、そういった人間の病気に
かかるのかどうかはまだよく分からない部分がある。
たとえば、モエルンバなら熱中症にかかるとは思えない。

だからそうした注意が必要かどうかよく分からないのだが、満と薫の二人は
注意されれば一応その通りにするようにしていた。
いつだったか、咲が風邪をひいたときにひどく苦しそうだったのを見たことがある。

”病気ってそんなに苦しいの?”
お見舞いを終えた帰り道、薫が舞に聞いてみると、
”ええ、すごく。熱がでるとすごく寒くなるし、気持ち悪くなることもあるし……”
舞はそこで言葉を切って満と薫を見た。
”二人とも、もしかして病気になったことないの?”
満と薫が頷く。それを見て、
”あのね、病気って本当につらいの。予防するのが一番だから、気をつけるようにしてね”
と舞はまるで子どもに諭すような口調で二人に行った。

そんなわけで、周りの人の忠告は聞いている満と薫だったが、
それがどのくらい功を奏しているのかは分からない。
が、とにかく二人とも目立った病気をしたことはなかった。

駅前には小さな商店街がある。
どこの店にいくのかと薫が思っていると、満は小さな洋品店へと足を向けた。
「いらっしゃい」
店番をしているおばさんが、二人が入って来たのに気づいて愛想よく声をかける。
満は軽く会釈をすると、まっすぐに店の隅、女性用の帽子が置いてあるコーナーへと進む。

「帽子?」
不思議そうに尋ねる薫に、ええ、と満は頷く。
ふわりと軽そうな帽子を――ピンクのリボンがついているのが可愛らしい――
手に取ると、満は自分の頭にかぶせるような格好をしながら
近くに置いてある鏡を見た。
「どう思う?」
「似合う――けど」
薫は首をひねる。

「なんでまた、帽子なの?」
「夏は帽子かぶった方がいいんだって。咲のお母さんが」
「そうなの?」
「そう。さっきの、熱中症にもなりにくいらしいわよ」
ふうん――と薫が答える横から、満はまたいくつかの帽子を選んでは
フィッティングしている。
これはどう思う? と何度も聞かれ、薫は素直に思った言葉を返していた。
大抵の帽子は似合っていた。

――熱中症がどうというより、
と薫は内心考える。
――単純に帽子が欲しいんじゃないかしら。
そう思ったがそれは口には出さずに、満が帽子を選び終えるのを待つ。

「これにするわ」
晴れ晴れとした口調で満はそう宣言すると、
「次は薫のね」
と決めつける。

「えっ?」
薫は思わず声をあげた。

「私は、……その」
満が今まで試着していた数々の帽子はいずれも、いかにも女の子らしいものだ。
薫がつけるにはだいぶ抵抗がある。

「帽子なくてもいいと思うんだけど」
「だめよ。熱中症になったら困るでしょ」
満はぴしゃりとそう言って、
「どれがいいかしらね、薫には」
と一層楽しそうに商品を比べはじめる。

「……、」
鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気で帽子を選んでいる満の背中を見ながら薫は無言だった。
このままだと、満が先ほど選んだものと似たような帽子を選んできかねない。
どうすればいいか、と薫は店内を見回した。

「あ」
「何?」
満が薫の声にふりかえる。
「これが……」
薫は、帽子コーナーの隅にかかっていた帽子を手に取った。
野球帽のようにも見えるその帽子は、白と赤の配色が夕凪中ソフト部のユニフォームに少し似ている。

「それがいいの?」
「ええ」
ぽんと頭にかぶせて鏡を見ると、Tシャツに短いジーンズというボーイッシュな今の格好にも
よく似合う。

「ふーん」
満はしげしげと薫を見る。
まあいいか、と薫用に選んでいた帽子を元の場所に戻すと、
「なんだか咲のユニフォームに似てるわね」
「そうね」
と言葉を交わし、薫から帽子を受け取って二つの帽子を買いにレジに向かう。


しばらくしてから店を出てきた満と薫は二人して帽子をかぶって、
日が暮れるまでの少しの間、町を散歩してみるのだった。

-完-

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