「は〜、今日も暑かったな〜」
咲が部屋に戻ってきた。肩にかけていたかばんをどさりとベッドの上に置く。
夏合宿が終わってもソフト部は週に二回のペースで部活がある。
今日はかなり投げ込んだので身体も疲労していた。思わず
ベッドに倒れこみそうになるが、その前にかばんを開ける――と、
「ムプー」「ププー!」とかばんの中に隠れていたムープとフープが飛び出してくる。
咲は机の上にスプラッシュコミューンを置くと、
「やっと出られたムプ!」
「外に出るとププ!」
と言っているムープとフープに、
「ユニフォーム洗ってくるから待っててね」と言い残し部屋を出た。
すぐに洗わないと汚れが落ちにくくなってしまう。
「ムープ、フープ、あんまり騒ぐと家の人に見つかるラピ!」
というフラッピの声が後ろから聞こえてきた。

洗濯機に汚れたユニフォームを放り込んでまた部屋に戻ってくると、
ムープとフープは窓枠のところにいた。咲が戻ってきたのに気がつかないで
二人並んで外を見ている。
二人の後ろ姿を見ていると咲は思わず吹き出しそうになった。
丸々としたムープとフープが並んでいるとお団子が二つ並んでいるように見える。

「二人とも何見てるの?」
笑いをこらえて話しかけると、「ププ?」とフープが振り返った。
「窓の外、何か見える?」
「お月様見てるププ」
「え、もう見えるの?」
咲が窓枠に手をついてムープたちの後ろから窓の外を見ると、
大きな満月がちょうど東の空に昇り始めたところだった。

「ムープは月の精だから、お月様見ると元気が出るムプ!」
ぱたぱたとムープが手を動かす。
「ふうん? そうなんだ」
コミューンになっていたフラッピがぽんと精霊の姿になって咲の頭の上に
ぴょんと飛び乗った。
「フラッピが花を見ると嬉しくなるのと一緒ラピ」
「あ〜、そっか、そういうことなんだ」
「ムプ」
ムープは窓の外の月から目を放さないまま嬉しそうに呟く。
「緑の郷で見る満月は初めてムプ!」
「あれ、そうだっけ?」
「そうムプ。満月を見るのも久しぶりで嬉しいムプ!」
「久しぶり?」
咲がそう聞き返すと「ムプ」とムープが頷く。
「空の泉の空には、ずっと雲がかかっていたププ。風も吹かなかったから、
 月も星も全然見えなかったププ……」
フープは空の泉にいた時のことを思い出したかのように小さな声で咲に教えた。
「そっか……」
と咲も呟く。

――満と薫も、空の泉では月を見てないんだ……
空の泉は、緑の郷と同じくらい綺麗なところである。きっとその空に
かかる月もこの世界と同じように輝いているのに違いない。
だが、二人は元に戻った空の泉を見ていない。
本当は一番、元の姿の空の泉を見たかったはずなのに。

木の泉、火の泉、土の泉、空の泉。咲はこれまで4つの泉を見てきた。
枯れ果てた泉の姿はどこも似たようなものだ。泉は枯れ、その周りの草木も
すべて枯れ果て、空には厚い雲がかかっている。
だが泉を元の姿に戻すと一転、それぞれの泉がそれぞれの個性を取り戻す。
泉にいる精霊たちの違いもあるのだが、空の泉はいかにも空らしく
爽やかだった。

――満と薫に、あの空の泉をちゃんと見てもらわなくちゃ……

満と薫は消滅したわけではない。必ずどこかにいる。
その確信が咲と舞の支えだった。満と薫には、必ず元に戻った空の泉を
見てもらわなくてはいけない。

咲はムープが自分のことを見上げているのに気がついた。ムープの表情はどこか浮かないものだ。
「あれ、どうしたのムープ?」
「満と薫はこっちでは月を見てたムプ?」
「え?」
「満と薫はこっちに来たとき、月を見てたムプ?」
えーと、と咲は思った。夜に満と薫に会ったことはない……いや、ある。
「うん、満も薫も月を見たことあるよ。舞の家の観測回に集まったとき、
 ちょうど満月だったもん!」
「良かったムプ」
ムープは安心したように笑った。ムープにとっては満と薫が月を見られたかどうかは
とても重要なことなのだ。

――そっか、あの時満月だったんだっけ……
咲は「あの時」のことを思い出していた。隕石ウザイナーと戦った時のことだ。
満と薫が呼び出した唯一のウザイナーである。……咲はあの時、満と薫の姿を見ていない。
舞は空を飛ぶ満と薫を見たと言っていたし、それは本当だろう。
舞がこんなことで嘘をつくとは考えられない。
だが、咲はどこか信じられない思いでいた。満と薫が出現させた、というよりも
ウザイナーが勝手に出てきてしまったような、そんな思いでいた。
満と薫がダークフォールの戦士だと知った後もその感覚は変わらない。

――あの時から一月経ったんだ。
もう一月なのかまだ一月なのか、咲には良く分からない。
色々なことがあったような気もするし、あっという間に過ぎ去ったような気もする。

そういえば、と咲は思った。
「ねえムープ、フープ。満と薫ってこっちに来てからも夜は空の泉に帰ってたの?」
「ムプ?」
「ププ?」
ムープとフープが不思議そうな表情を浮かべて咲を見上げた。
「二人とも昼は学校に来てたしうちの手伝いしてくれたりしたんだけど……
 夜はどうしていたのか、知らないんだ。空の泉に帰ってたの?」
ムープとフープは顔を見合わせる。
「満と薫は空の泉出て行ってから一度も戻ってきてないムプ」
「そうププ! だから心配してたププ!」
「え? それって、春にこっちに来てから一度も戻ってないってこと?」
「いつぐらいかは分からないけど、満と薫はずっと戻ってこなかったムプ」
ムープはそう繰り返す。どうも、二人は空の泉からこちらに
通ってきていたわけではないようだ。

「じゃあダークフォールから通ってきてたのかな……」
「分からないププ」
それとも、この世界のどこかに二人は住む場所を見つけていたのか。
この世界のどこかに住んでいたのだとすれば二人はあの夜よりも前に
月や星を見ていたかもしれない。それにしても、と咲はため息をついた。
「どうしたラピ?」
咲の頭の上のフラッピがさかさまに咲を覗き込むように見る。
「二人のこと、何にも知らなかったんだなって思って」
「ムプ?」
「ププ?」
ムープとフープが不思議そうに声を上げた。

「満と薫が転校してきてから、いろいろ話したり、うちの店手伝ってもらったり、
 みのりと遊んでもらったりしたけど……、二人が悩んでいることにも気がつかなかったし」
フラッピが咲の頭の上からぽんと降りてムープたちの隣に座った。
「そんなことないラピ。満と薫は咲と舞のこと友達だと思ってたラピ」
「うん……それはそうなんだけど」
月が先ほどよりも少し高く上っていた。まだ赤味を帯びている。
満だ、と咲は思った。
「満は神秘的だから月……なんだよねえ」
神秘的だったのは、いろいろなことを秘密にしなければいけなかったからだろうか。

「満と薫が帰ってきたら。また二人に会えたら、今度はもっと二人のこと、
 いろいろ分かる、のかなあ……」
「絶対そうなるラピ!」
フラッピが力強く断言した。
「ムープもそう思うムプ! ムープは早く満に会ってお話したいムプ!」
「フープも早く薫と話したいププ!」
ムープとフープが窓枠の上をぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「ムープ、フープ、騒いじゃだめラピ!」
フラッピがたしなめた。ムープはひとしきり飛び跳ねた後、また
窓に顔を貼り付けるようにして月を見た。
「満はお月様ムプ」
「なんで? 神秘的だから?」
咲の質問にムープはムプムプと首を振る。
「ムープは満と一緒にいたからムプ! 一緒にいた人はみんなお月様ムプ!」
「そっか、ムープはそうだよね……」

「お姉ちゃん、ご飯のお手伝いしてって!」
階段の下からみのりの声が聞こえた。咲はムープとフープに
「誰か来そうになったらすぐコミューンに戻ってね!」
と言い残して部屋を出た。

-完-

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