夏、キントレスキーの早朝トレーニングはいつもに増して早い時間から行われる。
同居人がまだみんな眠っている頃には家を出、日の出を待ちながら夕凪町を一周ジョギング。
ジョギングが終わる頃には日が出てくるので、朝日を浴びながら腕立て伏せなどの
トレーニングメニューをこなす。
その後夕凪町ジョギングを三周程度行い、家に帰るとちょうど朝食の時間帯になっている。

これがキントレスキーの日課なので、彼が朝食に出てこなくても別段誰も心配することはない。
カレハーン、モエルンバ、ミズ・シタターレ、それに満と薫の五人はこの日もいつもと
同じように朝食を食べに大広間に集まっていた。

「ドロドロンは?」
パンをトースターに入れながら満は部屋の中をきょろきょろと見回す。
ドロドロンだけ来ていない。
「知らん。昨日の夜俺が買ってきた漫画を読んでたから、まだ寝てるんじゃないか」
カレハーンは取ってきたばかりの新聞から目を上げずに答えた。
「何の漫画買ってきたんだいセニョール?」
「なんか昔のだけどな。番長同士の熱い戦いを描いた」
「……」
ちらっと満は薫と目を合わせた。今ここでしようとしていた話は後にした方が
いいかもしれない――、
「あら、あんた達」
ミズ・シタターレが目ざとく気づくと二人の背後から
がしっと二人の腕に首を回した。
「何かろくでもないことでも考えてるんじゃない?」
「そんなこと、ないわよ。ねえ薫」
満が慌てて取り繕うと薫も頷く。
「ふ〜ん」
ミズ・シタターレはぽいっと満を投げ捨てると、薫の首に回した腕に力を篭めた。
「素直に言いなさい、薫!」
「ちょっと、やめなさいよ!」
満はぱっと身を翻すとシタターレの腕にかじりついた。シタターレは左腕の
薫を満にぶつけ倒れた二人を傲然と見下ろす。
「何のつもりよ、ミズ・シタターレ!」
「何のつもりって、そっちこそ何のつもりかしら満?」
すぐに立ち上がった二人にシタターレは畳み掛けた。
「わたし達はチームなのよ。チームの中で隠し事があっていいと思ってるの!?」
はあ、と満はため息をつく。
「チームって」
「チームでしょうが! 夕凪海岸のカキ氷売上高NO.1を誇るみずした屋の記録を
 一日でも伸ばすためにはチームの力が必要不可欠なのよ!」

満、薫を含めたダークフォールからの刺客たちはゴーヤーン消滅後、この緑の郷で
一つ屋根の下で暮らしている。
満と薫はともかくとして、ほかの5人がどういう事情で復活したのかは判然としないが
とにかく5人はここで暮らしていた。

夏季、ミズ・シタターレは夕凪海岸でカキ氷の屋台「みずした屋」を出している。
焼きそばなども扱う星野屋の屋台とは異なり、カキ氷に一本化した屋台だ。
そのため、ほぼ毎日カキ氷の売上高では海岸一位を記録している。
7月中や8月の終わりはシタターレ一人で十分店を回して行けるが、
お盆近くの時期は一人だけでは店をさばき切れない。
そこで、お盆前後2週間は満と薫の二人が店を手伝っている。
シタターレが「チーム」といっているのはそのことだ。

「さああんた達! 言いたいことがあるならハッキリ言いなさい!」
「……」
薫は満と目を合わせると、
「……明日休みたいんだけど」
とシタターレに告げた。

「あ、明日!? 明日って明日!? 冗談じゃないわよ、あんた達だって
 ここ数日の混雑は見てるでしょ、わたし一人でできる状態じゃないわよ!」
「でも、ムープとフープが」
「あの耳ヨーヨーさん達がどうしたのよ」
「ムープとフープがこっちに遊びに来るって言っていたから、一日だけ休みが欲しいの」
「遊びに来るって……店はどうすんのよっ!」
「……だからカレハーンとモエルンバ、それにドロドロンに代わってもらおうと思って」
満がそう訴える。シタターレと満、薫がやりあっているのを見ながら部屋の端のほうで
漫画の話をしていたが、急に自分達の名前が出てきたので思わず「何?」と声を上げた。

「俺はそんな趣味はないぞ」
カレハーンが真っ先にそう釘を刺す。
「趣味はなくても、一日くらいいいじゃない!」
「面白そうじゃねえか、俺はやってやるぜセニョール! チャチャ!」
「モエルンバ!」
満と薫の声がユニゾンした。二人の目に希望の光が灯る。だが、

「だめよ、そんなの!」
とシタターレは言下に否定した。
「だめって、どうして? モエルンバはやってくれるって言ってるじゃない!」
「こんな暑苦しいのがそばにいたらカキ氷が溶けるでしょうが! ちょっとは考えなさいよ!」
そうか、と満と薫は思った。モエルンバが妙に頑張ってしまったら商品のカキ氷が
次々に溶けていくことになってしまうかもしれない。
「じゃあ、ドロドロンは……」
満はドロドロンを起こしに行こうと思った。
「待て」
とカレハーンが止める。
「何?」
「もう一人いるぞ。キントレスキーにはなぜ言わんのだ」
「あ……キントレスキーは」
満が説明しかけたところにシタターレが割って入った。
「キンちゃんは水泳教室の指導員をやってるのよ。だから駄目よ」
「水泳教室? キントレスキーが?」
「そう。毎日二、三人しかいないみたいだけど。準備運動からきっちり教えてるみたいよ。 だからキントレスキーは駄目なのよ」
「……浮くのか? キントレスキーは」
「……」
シタターレと満、薫はカレハーンの言葉に思わず黙った。確かにキントレスキーの
身体は水に浮きそうにない。
「ええと……どうなの?」
満は探るような目でシタターレを見た。
「わ、わたしだって知らないわよ! 店のほうで忙しいからキンちゃんが
 どんな風に泳いでいるのかなんて見たことないし!」
「私も見たことないけど……薫は?」
薫は無言で首を振った。

「チャチャ! こりゃいいぜセニョール! 泳げないキントレスキーが
 水泳教室やってんのかい!?」
モエルンバは一人上機嫌だった。カレハーンとシタターレ、それに満と薫は
――まずいんじゃないの、それ……
と内心思っていた。キントレスキーがいい加減な水泳教室をしているとすれば
夕凪海岸の評判も落ちてしまう。

「と、とにかくその件はキンちゃんに確認するとして……」
「私がどうしたというのだ」
がらりと扉を開けてキントレスキーが入ってきた。ランニングを終えてきたばかりで
その身体には汗が滴っている。
「キンちゃん!?」
「私の話をしていただろう。何だ。言ってみろ」
「あ〜、えーとそのキンちゃん、気を悪くしないで聞いて欲しいんだけど」
ミズ・シタターレは下手な口調で切り出した。キントレスキーに暴れられると
何かと迷惑だ。
「何だ」
「キンちゃんって、その……水に浮くの?」
「浮くわけがないだろう、この鍛え上げた身体が」
やっぱり、とシタターレに満と薫は目を合わせる。
「そ、それじゃ水泳教室は!? 適当なこと教えてるの?」
「馬鹿者!」
キントレスキーは一喝した。シタターレはまったく姿勢を崩さなかったが、
満と薫は思わず身をすくめる。
「お前達は水泳教室の正式名称を知らんのか!」
「正式名称?」
きょとんとした表情でシタターレが問い返す。
「そうだ。正しくは『キントレスキーのサバイバル水泳教室』という」
「サバイバル?」
「そのとおり。泳げない人が誤って水の中に落ちたとき、いかに早く
 水から上がるかという方法を教えるための教室だ! だから適当なことなど
 教えておらん!」
「そ、そうだったの」
海水浴で教えることなのだろうかとも思うが、適当なことを教えているわけでもないようなので
シタターレはとりあえず一安心した。
「うむ。そういうことだ。……ところで何故、そんな話になったのだ」
「それはカレハーンが無理を言うから」
「カレハーンが?」
「満と薫が明日はシタターレの店休みたいから誰かに代わりにやって欲しいんだそうだ。
 キントレスキーは毎日海岸に行ってるんだから店くらい手伝えるだろ?」
「休みだと?」
カレハーンの言葉を聞いてぎろっとキントレスキーは満と薫を見据える。
「何よ」
と満は開き直った。
「私たちだってたまにはムープやフープと遊びたいわよ」
「うむ。それはそうだろう」
「え?」
物分りのいいキントレスキーに満は拍子抜けした。
「良かろう。一日くらい私が代わってやろう。水泳教室の時間は抜けるがな。
 カレハーン、お前も手伝うがいい。
 夏だというのに木陰で本ばかり読んでいるようでは鍛えられんぞ!
 太陽の下、暑さに耐える力を身につけるのも夏の醍醐味だ!」
「えっ、何で俺が」
「後はドロドロンだな。どこにいる?」
「寝てるけど」
「けしからん! すぐに起こさねば!」
キントレスキーは大またにドロドロンの寝室へと向かっていく。
「待てセニョール、俺は仲間はずれかい?」
「お前は暑苦しいからな。カキ氷が溶ける」
モエルンバの抗議にそう言い残し、キントレスキーは部屋を出た。
ドロドロンを怒鳴るキントレスキーの声がすぐに聞こえてくる。

これでいいのかなと思いながら満と薫は顔を見合わせた。


翌日。
「緑の郷は暑いムプ!」
「本当ププ本当ププ!」
ムープとフープが大空の樹から飛び出してくるのを満と薫は受け止めた。
「今日はひょうたん岩に行きたいムプ!」
とムープがねだる。
「……今は海岸に人がたくさんいるから行けないわ。夕方以降でいい?」
満がそう答えると、
「ムプ? そんなに人がいるムプ?」
「ムープ、暑いときは海岸に人がたくさん来てたププ!」
フープが得意そうにムープに指摘する。
「そうよ。それに……今日はちょっとフープたちには刺激が強いから……」
呟くような薫の言葉に腕の中のフープが「ププ?」と見上げた。
「どういうことププ?」
「聞こえない?」
薫に言われてムープとフープは耳をすませた。
潮風に乗って海岸のざわめきが聞こえてくる。

「馬鹿者! ドロドロン、とろとろと注文を取るな!
 注文を受けたらはきはきと答えるのだ!」
「ちょっとキンちゃん、お客さんの前で怒鳴らないで!」
というキントレスキーとシタターレの怒鳴り声が聞こえてきた。


この日のみずした屋の売り上げはかなり落ち込んだという話である。


-完-

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