満と薫は、闇の中でひょうたん岩にこしかけてじっとその時を待っていた。
天空に明るく輝いていた満月も、もうそろそろ仕事を終えて沈もうとしている。
黒々と沈み込んで見える夜の夕凪町には今日はいくつも明かりが見える。
「綺麗ね」
点々と光る夕凪町の明かりに満は目を向けていた。薫はひょうたん岩に打ち寄せる
黒い波の音にじっと耳を傾けていたが満にそう言われて陸地の方に目を向けた。
「そうね……声も聞こえてくるみたい」
「今日はみんな起きているのかしら?」
「そうかもしれないわね」
 薫はそう言ったものの、一言付け加えるのも忘れなかった。
「みのりちゃんは今日も徹夜は駄目だそうだけど」
「ふうん。まだ小さいから?」
「ええ。小さい子に夜更かしは良くないから……」
 くすりと満は笑いを漏らした。
「寝る子は育つっていうことわざがあるそうね」
「……ええ」
「みのりちゃん、薫くらいまで背が伸びるかしら。ほら、よく大きくなりたいって言ってるし」
「……そうね……」
そうね、と答えながらも薫の表情は複雑だ。満は声を立てないように気をつけて笑いをかみ殺した。
「あら? みのりちゃんの背が伸びるの嫌なの?」
「……そういうわけじゃないわ」
「そうね、薫より背が高くなったらみのりちゃんの方がお姉さんみたいに
 なるかもしれないものね」
「……それはそれで構わない」
「ふうん?」
どうなんだかと思いながら満が更に口を開きかけると、薫が目を逸らして
東の空に視線を向けた。
釣られて満がそちらに目をやると、山の端が少しずつ赤みを帯びてやがて太陽がその顔を
覗かせる。

「ああ……明けたわね」
「あけましておめでとうって言うんだったかしら、満?」
「そうよ。もっとも本当は夜の12時の時点で年は明けているそうだけど……」
明けましておめでとう。二人は真面目な顔でそう言い合ったが、満はすぐに
ぷっと吹き出した。
「何か変ね、改めて言うなんて。昨日の続きの一日なのに……」
「そうね……でも、」
薫は完全に姿を現した太陽を見て目を細めた。
「今朝の太陽は一際きれいに見えるような気もするわ。海も輝いているし」
薫に言われて満が岩の下の海に目をやると、海は太陽の光を吸収しているかのように
黄金色に輝いている。

二人はひょうたん岩から戻り、人目に触れないように気をつけながら海岸に降り立った。
名残惜しそうに海を眺めていると、道路の方から「よー霧生!」と声がする。
振り返ると健太が立っていた。健太は普段着の上にライフジャケットをつけている。
これから漁に出るらしかった。
「お前ら、初日の出見にきてたのか?」
「ええ、そうよ」
「そっか」
「これから父ちゃんと初漁にいくんだ。でかいの釣ったら後で咲の家にでも
 持ってくぜ」
「そう、ありがとう」
「海老を獲ったらえ〜美容のもとだぜ!」
「……そうなの」
満と薫は健太の言った意味が分からないままそのままに受け取っていた。
――今年一発目のギャグは不発か……!
がっくり来ている健太を置いて二人は自分たちの住む家に戻る。
二人の家はあまり正月らしい飾りつけもしないままだったが、台所だけは
少し様子が違っていた。大きなお鍋に入っているのはお雑煮という食べ物だ。
年末に舞から作り方を教えてもらって薫が作った。

薫が鍋の蓋を開けると、もうお雑煮は冷めていて湯気は上がってこない。
「これから温めるの?」満が鍋の中を覗き込む。
「ええ、そう。で、お餅っていうのを入れて……」
と薫は年末に買って来たお餅のパックを満に見せる。
「満はいくつ食べるの?」
「うーん」
お餅のパックに書かれた文字を読みながらひとしきり満は悩んだ。このパックに入っている
お餅一つがどのくらいの量になるのか良く分からない――、うんうん悩んだ末に
「二つにするわ」と決める。
「お餅って、あれでしょ? 去年のお正月に食べさせてもらった」
「ええ……そのはずよ」
満にわざわざ確認されて薫はやや自信なさそうに答えた。実は薫も、
去年食べさせてもらったお餅と今目の前にある袋詰めされたお餅がまったく同じものとは
中々思えなくて違う物を買ってしまったのではないかと思っていた。だが、
――たとえ違っていたとしても食べられないことはないはずよ。
そう自分に言い聞かせて満の分と自分の分、合わせて三つ分のお餅を鍋の中に投入する。
温まってきた鍋からは次第に熱気と湯気が上がってきた。
野菜とだしの香りが台所中に広がっていく。

「そうだ、薫」
お餅の数を決めるだけ決めて台所から出て行っていた満がまた戻ってくる。
「どうしたの?」
「昨日、咲の家でメロンパン焼かせてもらったから食べましょ」
「メロンパン?」
「そう」
満の手にはいつも満が食べているのと良く似たメロンパンが握られていた。
「昨日は咲の家、大掃除でお店休んでたんじゃ……」
「ええ、そうよ。ちょっとだけ使わせてもらったの」
「ふうん?」
いつそんな暇があったのだろうと薫は思った。昨日は一応、満と薫もこの家の掃除を
していたのだ。もっとも二人ともそれほど物を買っているわけでもないし
汚しているわけでもないからそんなには時間がかからなかったのだけれど。
――ああ、そうか。
そこまで考えて薫はすぐに気がついた。
――昨日は舞の家にお雑煮の作り方を教えてもらっていたから、
  その時に満は咲の家に行ってたのかしら……

ぐらぐらとお雑煮が沸騰しかけてきたので薫は火を止めると、
二つのお椀に注ぎ始めた。お玉で鍋の中をまさぐっていたが「へえ」と
興味深そうに声を上げる。

「どうしたの?」
「さっきのお餅って、温めると柔らかくなるみたい。ほら」
お椀にお餅を引き上げて満に見せると、柔らかく形を変えたそれを見て満も
「あ、これなら去年のと同じのって気がするわね」
と答えた。
「ええ、じゃあ朝食に……」

というわけで、今日の二人の朝食にはお雑煮とメロンパンが並ぶことになる。
いただきますと声を揃えて、二人はまず温かいお雑煮の方に手を伸ばした。
一口飲んで、
「へえ?」
と満は薫に視線を向ける。
「……何よ」
満の表情は薫のことをからかいそうなものだったので薫は若干むっとして聞き返す。
「初めての割においしいじゃない」
「そう? ……」
ただ褒めているだけのようには思えなくて薫はまだ内心の警戒を解いていなかった。
「舞の家で作らせてもらったの?」
「……少し手伝わせてもらったわ」
「やっぱりね」
薫の言葉を聞いて満はくすくすと笑った。

「今年のお正月はどうしてそんなに張り切っているのかしら?」
「どうしてってこともないわ、私がたまたま一月一日に食事当番に当ったからっていう
 だけのことよ」
薫はそう答えながら満が焼いたメロンパンに手を伸ばして一口食べる。いつもとは違う味に
「?」
と薫は不思議そうな顔をして食べかけたメロンパンに目を向ける。メロンパンの中には、
カスタードクリームが入っていた。
「どう?」
「いつもとは違うけど、おいしいわ」
「そう、良かった」
満は満足そうに頷いて自分もメロンパンを齧った。
「どうしたの? これ」
「いつもとはちょっと違う味にしたいと思って咲のお父さんに教えてもらったの。
 お正月だから、少しだけ特別なのがいいかなって」
「ふうん……」
今年もよろしく。お互いそう口には出さないものの、二人はそう思っていた。
普段よりも静かなお正月の空気の中で、二人はお雑煮とメロンパンを食べ続けた。

-完-

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