ダークフォールの主たるゴーヤーンの消滅は、泉の郷・緑の郷を
滅びの危機から救い、世界に再び命の輝きをもたらした。

フィーリア王女も泉の郷、大空の樹へと帰還し、夕凪町に残ったのは
咲と舞、フラッピとチョッピ、ムープとフープ、それに満と薫。
王女が大空の樹に帰っていったのを見届けると、ムープとフープが
満と薫にぴょんと抱きついた。

「満ー」
「薫ー!」
それぞれの胸に丸い頭を押し付ける。
「これでずーっと一緒ムプ」
「そうププ! ずっと待ってたププ! 甦った空の泉に行くププ!」
――そうだよね、ムープとフープはずっとこうなるを待ってたんだよね……、
咲と舞もその様子を見ていて目頭が熱くなるような思いがした。
思えば、満と薫、ムープとフープが初めて出会ってからムープたちはずっとこの時を
待っていたのだ。

「じゃあ、みんなで見に行こうよ」
「ええ、空の泉に!」
咲と舞が先頭に立って大空の樹に飛び込む。八人の身体はすぐに空の泉へと転送された。
光と緑に満ち溢れた空の泉。咲たちにとっては二回目の光景だ。
「ああ……」
満と薫の口からため息のような声が漏れた。
「どうムプ?」
「緑の郷と同じくらい綺麗ププ!」
「そうね……」
「こんなに綺麗なところだったなんて……」
満と薫は言葉少なく、だが辺りを見回してはほっとしたような表情を浮かべている。

「満、薫、あっちムプ!」
「あっちが空の泉で一番綺麗ププ!」
ムープとフープに案内されて満と薫、咲と舞はなだらかに傾斜した土手のような
場所に並んで座った。優しく刺している光が四人の顔を照らしている。
ここから見る空の泉は緑の郷にそっくりで――ただ、雲のような綿状のものが見えるところ
だけが緑の郷とは異なっている――四人はその景色と、はしゃぐようにして飛び回っている
空の泉の精霊の姿を楽しんでいた。時々精霊達は四人の周りに集まってはダンスのように
くるくると飛び回り、しばらくするとまた離れて行く。

「みんなに挨拶してるムプ」
「空の泉にようこそ、って言ってるププ!」
ムープとフープはすっかりこの場のガイドになっている。
「……信じられないわね」
薫の呟きに満がこくりと頷き、
「あの枯れ果てた泉が、こんなに命に溢れているなんて……」
と続ける。
「そうしてくれたのは満と薫ムプ!」
「そうププそうププ! 二人が奇跡の雫を返してくれたからププ!」
ムープとフープの言葉に満と薫は恥ずかしそうに笑った。咲はそんな二人を見ながら、
しみじみと思う。

――やっぱり二人には、こういう場所の方が似合ってるよね……。
枯れ果てた空の泉や、ダークフォール。そういった場所よりも、今の空の泉に
居る方が満と薫には合っている。それはきっと、満と薫自身がこの世界に
生きることを選んだからだ。

泉の端の雲にそっと乗ってみたり空の泉で一番おいしい木の実を味わったりしているうちに、
空の泉の太陽も橙色を帯びてきた。そろそろ帰らなければいけない時間だ。

「あーっ、楽しかった。そろそろ帰んないとね」
最後の木の実を食べた先が満足そうに大きな伸びをする。
「そうラピ、そろそろ帰るラピ」
「フラッピたちは帰るムプ?」
「じゃあ、今日はここでバイバイププ!」
ムープとフープの言葉に、え? と咲たちは目を丸くした。
「バイバイって、どうして? ムープとフープはどうするの?」
心配そうに聞く舞に、
「空の泉がムープたちの家ムプ」
とさも当然のようにムープが答える。

「それはそうラピ、でもこんな急にラピ?」
「二人だけでここに残るチョピ?」
フラッピとチョッピはまだ緑の郷にしばらくいるつもりらしく、
ムープたちの言葉にうろたえている。

「大丈夫ムプ!」
「満と薫も一緒ププ!」
へっ? と咲の口から言葉が漏れた。言われた満と薫もぽかんとした表情だ。
「ちょ、ちょっと待つラピ! いつの間に満と薫が空の泉で暮らすことになってるラピ!?」
「そうじゃないププ?」
慌てるフラッピに今度はフープたちのほうが不思議そうな表情だ。

「あ、あのさそういえば」
咲はくるりと満と薫に向き直る。

「これまで聞いてなかったけど、二人ってどこに住んでるの?」
「どこに……って、ひょうたん岩よ」
「ひょ、ひょうたん岩っ!?」
咲は焦ったような声を出した。
「ええ、そう」
薫は冷静に答える。
「ひょうたん岩って……、本当にあんなところに住んでたの!?」
「いいところじゃない。月も風も、悪くないわ」
「そ、そうかもしれないけど……、でも、ずっとひょうたん岩ってわけにもいかないじゃない」
咲に言われて満は初めて気がついたように、
「そういえば、そうね」
と呟く。あまり将来のことは考えてなかったわ、と薫も同調した。

「あの、みんな、とにかく一度戻って落ち着いて考えない?」
暗くなってきたし、と舞が空を見上げる。確かに、そろそろ一番星が見えそうな状態だ。
「そうだね、とにかく一度戻ろうよ!」
咲はムープ、フープをさっと抱えると満と薫の背中を押して空の泉を出て、
緑の郷に戻った。

「……で、」
大空の樹の前に戻ってきた咲は改めて満と薫を見る。腕にはまだムープとフープを抱いたままだ。
「要するに、ここで家に帰ろう! って言ったら、二人はひょうたん岩に行くってことだよね?」
「そう」
満と薫が計ったように同じタイミングで頷く。
「分かった、じゃあ今日はうちに泊まっていって」
え、と満と薫は同時に呟いた。
「でもそんな……」
「遠慮してる場合じゃないよ! とにかく家に来て!」
でも、と顔を見合わせている満と薫に、舞が「今は咲の言うとおりにした方がいいと思うわ」
と勧める。
「明日になったら、フィーリア王女に相談してみたらどうかしら。
 きっと何とかしてくれると思うわ」
「そうだね、舞。そうしようよ。今日はとにかく、私の家ね」
咲はまだ戸惑っている満と薫にそう言って、舞、チョッピと別れて自分の家に
二人を連れて行った。

家の前で「ちょっと待っててね」と満と薫を待たせ、咲はまず一人で家の中に飛び込んでいく。
「ただいまー!」
「お帰りなさい、お姉ちゃん」
「ただいま、お母さんは?」
「台所。夕食の支度だって」
みのりからそう聞いた咲はすぐに台所に飛んでいく。
「お母さん!」
「お帰りなさい、咲」
「あのね、お母さん」
サラダ作成中の沙織のそばに咲はぶつからんばかりの勢いで飛び込んだ。
「ど、どうしたの?」
「あのね、ちょっと大事なお願いがあって」
真剣な咲の声音に、沙織がやっとサラダボウルから目を離して咲に
目を向ける。
「どうしたの?」
「突然なんだけど、満と薫を今日うちに泊めてほしいんだ」
「満ちゃんと薫ちゃん?」
沙織はエプロンで手を拭き「本当に突然ね。何かあったの?」と尋ねる。
「え、え……と、その」
咲は何も考えずに飛び込んできたことを少し後悔した。

「と……とにかく、二人が今困ってるの! だから!」
何の説明にもなっていないがそれだけ答える。沙織はそんな咲を見て
くすりと笑った。
「分かったわ。満ちゃんと薫ちゃん、外にいるの?」
「うん、家の前で待っててもらってるんだ」
「そう、だったらすぐに呼んで来なさい。これからご飯なんだから」
「いいの!?」
「もちろん、いいわ。咲の友達だもの。みのりー」
沙織はまだ玄関の近くにいたみのりを呼んだ。
「ご飯テーブルに並べるの手伝って」
はあいと返事をして台所に入ってくるみのりとすれ違って咲は家の外に出ると、
「本当にいいの?」
と遠慮している二人を「いいからいいから!」と咲は家の中に押し込む。

「いらっしゃい、満ちゃんと薫ちゃん」
「薫お姉さん、今日はお泊りなんでしょ?」
リビングにはもう食事の用意がされていた。六人分の食事が食卓に並び、
いつもよりも二つ多く椅子がセットされている。

「いらっしゃい」
咲たちのお父さん、大介も店の方からリビングにやって来た。
満と薫のことは既に聞いていたらしく、
「自分の家だと思ってゆっくりしていっていいんだよ」
と、少し緊張気味な満の肩をぽんぽんと叩いた。

「あ……ありがとうございます」
「はい、みんなご飯にしましょ! 今日はピザ焼いてみたの」
テーブルには大きなピザが真ん中に二枚、それにサラダボウルが置いてある。
各自の前には取り分けるための皿。
「はい、じゃあ切り分けるからみんなお皿出してー」
沙織がピザカッターを台所から持ち出し、ピザを一枚一枚綺麗に六等分していく。
咲はその隣でサラダを一人一人の皿に盛って行く。

「はい、どうぞ」
ピザ二枚分とサラダの乗った皿が改めて自分たちの前に置かれる。
緑の郷での食事は初めてのことではない。しかし、満と薫には今日の食事は
格別の物に感じられた。


食事を片付けた後はお風呂に入り、就寝。
みのりの希望で――沙織は、みのりが沙織達と一緒の部屋で寝て咲の部屋で咲と満、薫の
三人が寝ればいいんじゃない? と言ってたのだが――、咲と満が一つのベッド、
薫とみのりがもう一つのベッドで寝ることになった。

「薫お姉さん、こっち側で大丈夫だよ!」
自分を壁際に眠らせようとするみのりに薫は思わず苦笑した。
「みのりちゃんが壁際で大丈夫よ」
「え〜でも、みのりが蹴っ飛ばしたら薫お姉さんが落ちちゃうかも……」
「大丈夫よ」
薫は微笑を浮かべる。
「みのりちゃんが蹴ったくらいじゃ、私は落ちないわ」
「本当?」
「ええ、本当。だから……」
薫はみのりを先にベッドの奥に寝かせると、自分も同じベッドにもぐりこむ。
時を同じくして咲と満も一緒のベッドに入り、「おやすみ」と薫達に言って
電気を消した。


みのりの寝つきは早い。
電気を消して五分もした頃にはもうすやすやと落ち着いた寝息を立てている。
――みのりちゃん……。
薫は腕を伸ばそうとして、止めた。起こしてはいけない。
「この子と会うのはこれが最後だ」と薫は何度か思ったことがある。
だが、これからはそんなことを考えずにいられるのかもしれない。
そう思うと、薫自身は意識していなかったが自然と顔がほころんできた。

隣のベッドから咲と満の寝息も聞こえてくる。薫はそっとベッドを抜け出して、
窓のそばに立った。カーテンを少し開けると、
月明かりが優しく入り込んでくる。

「薫……」
フープがちょんと薫の肩に飛び乗った。
「ごめんなさい、起こしちゃった?」
「そうじゃないププ。……満と薫は、緑の郷にいるププ?」
「……そうね……ごめんなさい。私たちはやっぱりこっちに……」
「そうププ……」
フープはちょっとがっかりしたような表情だ。
「私たちは咲と舞みたいに生きていきたいから……」
「ププ……」
フープはちょっと顔を伏せたが、「分かったププ」と顔を上げた。
「満と薫がそうするなら、フープたちが二人に会いに緑の郷に来るようにするププ」
「ええ、ありがとう」

「ん〜」
咲が唸るような声を上げた。薫とフープがそちらに視線を向けると、
どんと咲が足を突き出し、満がベッドから半分落ちそうになっている。

「……住むところは、どうにかしないといけないみたいだけど」
「きっと王女様がなんとかしてくれるププ!」
「そうね……」
そのころ、緑の郷の精霊達が夕凪町のある場所に満と薫のための家を出現させようと
していることに、薫はまだ気づいていなかった。

-完-

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