この樹の枝をすり抜けると、大空の樹に戻る。それではつまらないから
後ろを向いて海を眺める。
すぐ近くに見えるあの花はいい香りがすると決まっている。
少し近くで嗅いでみようと思って、ふわふわとそちらに飛んでいく。
がさりと大きく花が揺れた。思わず飛びのいて後ろに下がると
赤く澄んだ目と、自分の目があった。

「ムープ? どうしたの?」
「……ムプ」
誰か人間に見つかってしまったかと思って慌てたムープだったが、
満だったのでほっと一安心する。
「ほら、こっち出てきて」
樹の葉の影の中にいるムープを満が手招きして呼ぶと、ムープはぴょんとその胸の中に
飛び込んだ。
トネリコの森に満がいるのは珍しいことではない。しかし、木々の奥で何か小さな生き物が
動いている気配がするからと覗き込んでみたのはまったくの気まぐれだった。

「今日はどうしたの?」
大空の樹のそばに生えている樹の根元に腰掛けてムープの身体を両掌で支える。
「ちょっとこっちに来たくなったムプ」
「そうなの。フープは?」
ムープは満の手の中で動いてそっぽを向いた。
「知らないムプ」
「え?」
意外な答えに満が目を丸くすると、「フープなんて知らないププ」とムープは更に
言葉を重ねて尻尾をぱたぱたと振る。

――ええと、こういう時は……どうすればいいんだったかしら……
満はわずかな間、どう対応するか考えた。咲や舞の普段の行動を思い出す。
「フープと喧嘩でもしたの?」
「知らないムプ」
ムープは取り付く島もない。
――やっぱりこういう揉め事みたいなことは私ではどうしようもないかしら……
ムープに聞かれないように一つため息を漏らすと満は立ち上がった。手の中のムープが
「ムプ?」
と声を上げる。
「どこに行くムプ?」
「PANPAKAパンよ」
ふうっとムープは手の中から浮かび上がると満の肩の上に乗った。
「ムープはずーっと緑の郷にいるムプ」
「……」
満は黙ってその言葉を聞き流した。


「チョッピ、聞いてププ!」
「ど、どうしたのチョピ?」
その頃フープは樹の泉にチョッピを尋ねていた。フラッピもそばにいたのだが
チョッピに向ってフープが滝のように言葉を浴びせる。
「ムープがひどいププ! あんなことするなんて信じられないププ!」
「何したチョピ?」
「もうフープはムープのことなんか嫌いププ!」
「ラピ!?」「チョピ!?」
興奮してぴょんぴょん飛び跳ねているフープをまあまあとなだめるようにチョッピが
手を振る。

「ムープはどうしたチョピ?」
「知らないププ。どこかにいったププ」
「どこかって、どこラピ?」
「知らないププッ! フープはチョッピとずっと一緒にいることにするププ!」
「ラピッ!?」
それは困る。そう言わんばかりのフラッピの叫び声を無視してフープはぴょんと
チョッピの頭の上に飛び乗った。

「やっぱり女は女同士ププ」
「どこでそんな言葉覚えたチョピ?」


「あれ、ムープ? フープは一緒じゃないの?」
満と一緒に家にやって来たムープを見て咲が声をかける。
「ムープはフープとセットじゃないムプ」
ぷんとむくれるムープを見て咲は「え?」と首を捻った。助けを求めるように満に
視線を送るが、満は首を振って自分にも事情が良く分からないことを咲に伝えた。
「と、とにかく今ちょうど舞と薫も来てるよ。私の部屋に居るから」
「そう。じゃあ行ってるわ」
ムープが逃げ出しそうな気がしたので満は胸の中に抱きかかえると
こそこそと咲の部屋に入った。
スケッチを終えてきたらしい舞と薫が部屋の中でスケッチブックを広げている。
「あ、ムープ」
満が入って行くと二人もすぐにムープの姿に気づいた。

「フープは一緒じゃ」
「ムープはフープとセットじゃないムプーッ!!」
薫の言葉をムープの声が遮る。突然怒鳴られた薫は眉を顰めた。
ムープは満の後ろに隠れる。
薫は満に視線を送り「どういうこと?」と問いかけるが満は「私にも分からないわ」
と答える。咲がジュースを四人分持って部屋に入ってきた。後ろにはコロネもついて来ている。
咲とコロネから見ると満の後ろに隠れているムープの姿は丸見えだ。

「お待たせ。えっと、ジュース四人分でいいよね」
咲とみのりのベッドの間にテーブルを広げ、咲が四つのジュースをそこに並べる。
コロネはするっと咲のベッドの上に飛び乗った。ムープを身体ごと抱きかかえるかのように
丸くなる。
舞と薫がスケッチブックを畳んだ。テーブルを囲んで四人ともちょこんと座る。
「で、あのさ……」
咲がコロネに抱えられているムープに目を向けた。

「一体何があったの?」
ぷんとムープはそっぽを向く。
「ムープ、あのね」
見かねた満がさすがに注意しようかと思うと、「ムープはずっとこっちにいるムプ」
とコロネの身体の中にムープは潜る。

「……ムープは本当にそれでいいの?」
舞が聞くと、「ムプ……」という小さな声がコロネの毛の中から聞こえてきた。
「そうだよ、本当はフープと仲直りしたいって思ってるんじゃないの?」
咲がコロネごしにムープに声をかけると、「そんなことないムプ」とやっぱり小さい声が
返って来る。
どうしたものか……少し悩んだ咲は薫が若干眉を顰めているのに気がついた。

「じゃあさ、何があったのかだけでも教えてよ。もしフープの方が悪いって
 思ったら、薫がちゃんとフープに言うから」
「わ、私!?」
「本当に言ってくれるムプ?」
ムープがコロネの中から顔だけを出す。

「え、ええ……」
ムープは薫の言葉に少し不安げな表情を浮かべたが「ムプ……」と呟くと「話してみるムプ」
と言葉を続けたので全員が聞き逃さないように集中した。


「原因は満ムプ」
「私っ!?」
薫がちらっと満を睨んだ。
「何をしたの」「何もしてないわよ!」
ぶんぶんと満は顔の前で手を振ってみせる。
「ちゃんと言うと、原因は満の作ったメロンパンムプ」
「最初からちゃんと言ってよ、ムープ……」
満は疲れたような声を出した。

「それで、メロンパンが原因ってどういうことなの?」
舞がムープを促すと「満はよくメロンパン作ってムープたちにくれるムプ」
と話が続いた。
「そうね。それで?」
ムープは満の顔を見上げた。
「満の作るメロンパンはすごくおいしいムプ。だからいつもフープと二人で食べるムプ」
うんうんと咲は頷いて聞いている。

「でも、フープが半分より多く食べたムプッ!」
「え……、と」
突然のムープの剣幕に咲は一瞬押されたが「それだけ?」と聞き返す。

「ムープが隠してた分のメロンパンも食べられたムプ……」
「そ、それは隠してたのが良くないんじゃないかしら……」
舞の言葉に満も「そうね、ちゃんと分けた方がいいわね」と同意する。
「ムプ……」
「ムープ、フープが半分より多く食べたのって、ひょっとしてムープが隠してるのが
 見つかった後のこと?」
咲の質問に「そうムプ」とムープは答える。

「だったら、フープもちょっと怒ってるんじゃないかな? 満のメロンパン分けてくれなくて」
「ムプ……」
ムープはまたコロネの中に潜った。
「だって満のメロンパンおいしいムプ!」
こちらにお尻を向けているので少し声が聞き取りにくい。
やれやれ、という表情で咲は満に目を向けた。

「だったら、満と薫と一緒にフープに会いに行ってみたら? メロンパン持って」
「私も?」
満がきょとんとした表情を浮かべる。
「そうだよ。だって、満のメロンパンが一番の問題なんだから」
「も、問題って……」
「満のメロンパンをちゃんと半分ずつにするってムープとフープが約束するためには、
 満と薫が揃って見てるのが一番だよ」
「私もそう思うわ」
舞が満に向って頷きかけた。

「満さん、昨日焼いたメロンパンが確かまだ残ってたわよね?」
「ええ。下にあるわ」
「じゃあそれを持っていって。フープはたぶん泉の郷にいるのよね、ムープ」
「知らないけど、多分そうムプ」
「ムープと一緒に満さんと薫さんが行ってきたらいいんじゃないかしら」
とんとんと舞は話を決めて行く。「え、ええ……」と満と薫は頷いた。

「じゃあ、急がば回れだね! 今すぐ行ってきた方がいいよ、ムープ!」
「咲、それは『善は急げ』じゃないのかしら?」
満が軽く指摘すると、咲はあっと顔を赤くして固まったが
「とにかく早く行ったほうがいいって! 喧嘩って時間が経つとそれだけ大変なんだから!」
とムープを急かす。
「分かったムプ……」
ムープがようやくコロネの身体から離れて浮かび上がった。コロネが大きくあくびをする。

数分後、満と薫、ムープは手に一杯のメロンパンを抱えて大空の樹に向っていた。
咲と舞はそれを咲の部屋の窓から見送りながら、顔を見合わせてくすりと笑う。

「ムープもフープも満さんのメロンパン大好きなのね」
「確かにおいしいけどね〜。薫、フープを宥めるのでちょっと大変かもね」
「でも、ムープと満さん、フープと薫さんっていいコンビだと思うわ」
「そうだね。満と薫はあんまり分かってなさそうだけど」
コロネがベッドの上から降り立って咲の足にからみつく。

「はいはい。コロネもご苦労様。何か食べる?」
咲と舞はコロネに何を食べさせようかと考えながら階下に降りて行った。

-完-

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