年末は忙しい。日向家もクリスマスの営業を追え、今度は大掃除の方が慌しくなっている。
――そのはずなのだが。咲と舞、満、薫が今年最後の庭掃除をしているとどこかからか
はっはっはという能天気な笑い声が聞こえてきた。

「いやあ、御主人。なかなかいいですなあ」
「いえいえ、手伝ってもらえることになって……」

――キントレスキー!?
満と薫は箒を手にしたままきゅっと身体の動きを止めて声のするほうを見つめた。

「お父さん、どうしたの? 大掃除は?」
咲がキントレスキーと父のそばに駆け寄った。
「ああ、今日はキントレスキーさんとお約束していてな」
「約束?」
「ああ。今年――来年だな、年があけたら商店街で餅つきをすることになってるんだが、
 人手がいるんでキントレスキーさんにも手伝ってもらうんだよ」
「へえ」
「あのそれで、約束って……」
気の抜けたような返事をする咲とキントレスキーの間に満が割り込む。

「うむ。私も、餅つきというのはしたことがないからな。本番前にトレーニングが必要だ。
 幸い、ここには道具が揃っているそうだからな」
「あ〜、そういえば昔庭でお父さんとお母さんがお餅ついてくれたことあったよね」
「ああ、咲は覚えてたんだな。そういうわけで、今日これから練習だよ」
「それはいいけど、お父さん、掃除は?」
「あ、まあ……明日やれば年明けには間に合うさ。お母さんだって今日のことは知ってるんだし」
――いいのかなあ……。
咲はそう思ったが、お母さんが知ってるんなら、と思い直す。

「じゃあ、臼をとってきましょうか」
咲の父とキントレスキーは物置の方へと連れ立って歩いていった。

「ふ〜ん……?」
満は戸惑ったような表情を浮かべている。薫がそちらに目をやった。
「どうかした、満?」
満は薫に直接答えることはせず、

「今の話、どういうこと?」と咲に視線を向ける。
「うーん、商店街でのイベントを手伝うための練習をするってことみたい」
「悪いことではないのね?」
「うん、全然悪いことじゃないよ! ちょっと時期が時期だけど」
咲は手をぶんぶん振って否定した。満も薫も一様にほっとしたようだ。

「咲のお父さんも、なんだか楽しそうね」
舞が微笑すると、対照的に咲は苦笑を浮かべた。
「う〜ん、お餅つき久しぶりだからかな。大掃除の息抜きもしたいのかも……」


「うむ、御主人、中々の重量感だな!」
「き、気をつけて下さいね」
キントレスキーが頭の上に臼をかついで現れる。
「わっ、危ない!」咲は思わず後ろに下がり、満と薫、舞のことも手を引いて
下がらせた。

「何を慌てている、日向咲。私はこれを落としたりなどせんぞ」
キントレスキーが臼を地面に下ろすと、低い音が響いた。
「この辺でいいかな、御主人?」
「あ、ええその辺で。……咲、杵はどこにしまったっけ?」
「杵? えーと、たしか……」
咲は記憶を辿り、小学生の頃の事を思い出す。

「たしか、あっちにしまったと思う! ちょっと見てくるね!」
思いついたときには咲はもう駆け出していた。
――うん、確か場所があいてなくて臼と別々の場所にいれたんだ!

日向家の裏に滅多に使わない物を入れておくための小さな物置がある。
立て付けのわるい戸をぎいぎいいわせながら開け、暗い物置の中を良く見ると、
――あ、あれだ!
奥のほうに杵の柄らしき木の棒が見える。

「見つかった、咲?」
舞の声が背中の向こうからした。咲は振り返り、「うん、ちょっと手前の物出さないと
いけないけど」と答えるといくつかの荷物を外にいる舞に渡す。
舞はそれらの物を手近な場所に並べていった。

「満たちは? キントレスキーと喧嘩したりしてない?」
「大丈夫みたい。みのりちゃんがお餅つきについて説明してくれてるの」
「みのりは覚えてないんだろうなー、うちでお餅つきしたこと」
「みのりちゃんが小さい頃だったの?」
「うん、2歳くらいかな? お餅もほとんど食べてなかったかも」
邪魔な荷物をほとんど出してしまうと、咲は柄に手をかけて持ち上げようとした。
だが、

「あ、あれ、意外と……」
「咲!?」
杵の重さによろめいた咲を見て舞が助けようと駆け寄るが、

「舞、逃げて、危ない!」
咲の身体は大きくぶれる。
「え、さ、咲、そんなこと言っても!」
「……わっ!」
どん、と咲の身体が倒れた。杵の重みが身体にのしかかってくる――はずだったが、
「あれ?」
反射的に目を閉じてしまった咲が目を開けると、
満が軽々と杵を掴んでいる。

「満〜」
咲が安心したように言うと、満は「危なっかしいわね」と呟いた。
「満さん、それ重くない?」
「これ? 別に……」
舞、それに立ち上がった咲の前で満は軽々と杵を抱え込んだ。

「普通そんなに軽々持てないよ〜」
「あら、そうなの?」満はふっと腕の力を抜き、「きゃー、重いわー」と言ってみる。

「満、全然本当っぽくないよ……」
咲の言葉に満は軽く笑みを浮かべると、改めて杵を持ち直した。


三人で杵を持って戻ると、みのりと薫が話をしながら臼の中を拭いている。
だいぶ埃が溜まっていたようだ。
キントレスキーは咲の父に大体の身体の動かし方を教えてもらっていたようで、
「おお、やっと持ってきたか!」と飛び上がらんばかりである。
咲たちから杵を受け取ると、早速臼の前に立つ。

「さっき説明しましたけど、キントレスキーさんと一緒にだれか餅をこねる人がいるんですよ。
 その人の手を潰さないように、これだけは注意してください」
「うむ、分かった。ではやってみるぞ」
「じゃあ、こねる役をやりますね」
軽々と頭の上まで杵を持ち上げると、キントレスキーはそのまま振り下ろした。
臼に開いた穴の底面にぶつかる直前で止める。

「御主人、このくらいの速度でいいのか」
「そうですね、もうちょっと遅くてもいいですよ。それでそのまま、杵を上げてください」
杵が前と同じ軌道を真逆に動く。

「で、上がったら餅をこねますから。ちょっと待っててください」
咲の父は臼の中に手を突っ込み、餅をこねる真似事をする。
「なるほど、そういうことをするから潰さないように気をつけないといかんのだな」
「ええ、そうです。少しこねたら手を引っ込めますから、そしたら」
「うむ、降ろせばいいのだな」
咲の父が臼から手を外すと、すかさずキントレスキーは振り下ろした。前よりも
少しゆっくりと。
「そうそう、そんな感じで。じゃあ、続けましょう」
ぺたんぺたんという音こそしないが、本番そっくりな練習が続く。

「ふむ、中々面白い運動だな」
しばらくしてからキントレスキーが動きを止めた。ちらりとギャラリーの咲たちを見回す。

「どうだ。お前もやってみろ」
そう言って杵を突きつけた相手は、薫である。
「薫お姉さん、お餅つきできるの?」
「……え」
キントレスキーの言葉とみのりの反応に薫は明らかに戸惑った表情を見せている。

まずい、と満は思った。

――薫のことだから、持たされたら軽々持っちゃうわ。みのりちゃんも喜びそうだし、
  「どうでもいい」とは言えないわよね。
  でも、普通の女の子に持てるはずのものじゃないのよね……。
  薫、持てないって演技できるかしら。……薫に演技させようって方が無理よね……

「あ、あの、薫には無理じゃないかな?」
「杵ってすごく重いし」
咲と舞が何とかその場をごまかそうとするが、キントレスキーは
「持てんはずがあるまい。やってみろ」とあくまで主張する。

薫は目の前に突きつけられた杵の柄に手を掛ける。
一方のキントレスキーは杵から手を離す……

――しょうがないわ!
心を決めると満は薫のすぐ後ろに近づき、「薫、持てるの?」と冗談めかして聞きながら
素早く自分の力を薫の背中に流し込んだ。

「……満っ……!?」
 杵が薫の手に渡ると同時に、薫の体から力が抜けた。立っていなくなりそのまま
座り込むように崩れる。
「ほら薫、やっぱり無理よ。そんな重いの持つの」
わざとらしく薫に説明するような口調で言い、満は薫の前に回りこむ。

「あ、じゃあさ、四人でやってみようよ。四人でなら多分できるもん!」
「みのりもやる!」
咲の言葉にみのりが答え、舞も含めた五人で杵を持つ。こうすると意外と軽かった。

「ふむ」
キントレスキーはやや不満そうだが、五人と咲の父が餅をつく真似事をするのを見ている。
「せーの!」
五人の先頭に立っている咲は、何となくもうお正月になったような気がしてきた。
熱々のお餅を食べられるのももうすぐだ。

-完-

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