「あ、ちょうど良かった。霧生さん、美翔さん、ちょっと手伝って欲しいんだけど」
授業の終った放課後の教室を覗いた竹内彩乃が嬉しそうにやってくる。
舞と薫の二人は教室のベランダに並んでもたれかかっていたが、彩乃の声に振り返った。

「……?」
彩乃は一瞬怪訝そうな表情を浮かべた。二人の顔色がどこか曇っているように見えたからだ。

「どうかしたの?」
「う、ううん、何でもないわ」
薫は黙ったままだったが舞が取り繕う。彩乃はちらちらと二人の顔を見比べたが、
二人とも何も言い出しそうにない。

「それで、何かしら?」
薫が無表情のままで訪ねる。ああ、と彩乃は用件を思い出した。
「ちょっと、美術室まで運ぶのを手伝って欲しいの」

彩乃に連れられて、二人は校門の前まで来た。軽トラックが道に止まっている。
そのそばに立つ美術部の顧問の先生が三人を見ておおい、と手を振った。

「先生」
「美術室運びたいんだ、手伝ってくれ」
短く言うと、トラックの荷台の上に転がる木材を指し示した。先生自身は台車に、
いくつか積み込んでいる。全部を乗せるのは無理であることが一目で見て取れた。
だから手伝いを呼んだのだろう。

「これ、どうしたんですか?」
トラックの運転手さんが渡してくれる木を――皮は剥いであるが丸いまま、自分の腕ほどの
太さのあるそれは意外と重い――抱えて彩乃が尋ねると、

「面白いから貰ってきたんだ」
「面白いって」
彩乃と先生が会話をしている間に舞と薫もそれぞれ受け取り、舞は一本、薫は二本、木材を抱える。

「美術室に置きにいくぞ。今度、木彫りなんかもいいかなって思ってね」
「ああ、なるほど――」
「じゃ、ありがとな」
運転手さんは先生の知り合いらしく、手を挙げて車に乗り込むとエンジンをかける。
四人はゆっくりと校舎内に足を踏み入れた。

「さっきの運転手さん、先生のお友達なんですか?」
「ああ。昔からのね。ただでくれたんだ、これは」
「ただ!? いいんですか、それ!?」
相変わらず会話は先生と彩乃の間で交わされている。

「この木はちょっと、面白いところからあいつの手に入ったんだ」
「面白いところ? どこですか?」
「トネリコの森だよ」
舞と薫が初めてその会話に興味を覚えた。
「え? あそこって、木を切っていいんですか?」
彩乃が意外そうに尋ねる。先生は苦笑した。
「もちろん、いけないよ。この夏、雷が落ちて木が倒れたことがあっただろう?
 あの時折れた木を乾燥させておいたらしいんだ」
「ああ、なるほど――」
彩乃と同様、舞と薫も内心で納得していた。

「よし、準備室に置いておこう。入れて」
美術準備室の片隅に、台車に乗せた木材と3人が抱えてきた木材を積み上げる。

「3学期には美術部、これで何か作品作るぞ」「はーい……」「はい」
彩乃と舞は素直に答えるが、薫は黙ったまま木の山を睨むようにして見つめていた。

「薫さん、どうかした?」
舞の問いに薫は「う……うん」と口ごもる。

「どうしたんだ、霧生?」
先生もやや心配そうな声になった。とはいえ、薫が美術室で考え事をしていること自体は
珍しいことでもないのだが。

「先生」
「ん?」
「これ、一つ貰ってもいいですか」
「なんだ、3学期まで待ちきれなくなったのか?」
「……」
沈黙を同意と受け取り、先生は上機嫌で答える。

「一つならいいぞ。人数分よりは多いから。手伝ってもらったしな」
「……ありがとうございます」
薫は小さなかけらを手に取った。薫の手の中にすっぽり納まるほどの小ささだ。

「いいのか、それで?」
「ええ」
「美翔も竹内も、持ってっていいぞ。――ああ、冬休みの間にいいのが出来たら見せろよ」
「はい……」
体よく宿題を出されたような気もするが、薫は木片を持って美術準備室を出た。

「失礼します」と舞と綾乃が言っている声が後ろから聞こえてきた。


「あ、薫ププ!」
満と二人で住んでいる家に帰ると、フープの声が薫を出迎えた。
「フープ」
「お帰り。遅かったのね、薫」
エプロンをつけた満が顔を覗かせる。その頭の上にはムープが乗っていた。

「先生の手伝いしてたから」
「そう」
「今日はPANPAKAパンのお手伝いじゃなかったの? ――そもそも、今日の夕食は
 私の担当じゃなかった?」
「今日はあんまりお客さんが来なくて。それに、ムープが……」
「満の料理が食べたくなったムプ!」
「……ってわけだから、私が作ってるの」
一つの質問に二人で答える満とムープに苦笑しながら、薫は「じゃあ、明日は私ね」と答え
自分の机の前に鞄を置く。フープは薫についてきていた。薫は鞄から木片を取り出すと
フープに見せる。
「ププ?」
「何の木か、分かる?」
「ププ……?」
フープは木片を二つの手で抱えるように持つとくんくんと匂いを嗅ぐ。

「トネリコの木、ププ?」
「ええ、そうよ。分かるものなのね」
感心したように薫が言うと、フープは得意そうに胸を張る。

「トネリコの森と同じ匂いププ」
「ふうん……」
薫は木片を自分の鼻に近づけてみた。微かな匂いがするような……しかし、はっきりと他の
木との区別をつけることはできなかった。

「薫、どうかしたムプ?」
満の頭の上にしがみついたままムープが尋ねる。たまに満が下を向くと鍋の中に落ちそう
になるが、それもスリルがあってよかった。
「……分かる?」
満の言葉にムープは「何か変ムプ」と答える。

「最近、ああなのよ。何か考え込んでいるみたいで」
満は揚げたてのコロッケを皿に盛った。
「満にも話さないムプ?」
「ええ。……そのうち、話してくれると思うけど」
薫、ご飯できたわよ――と声をかけると、薫が無言でやってきた。


その夜。――満は、薫がそっとベッドから抜け出したのに気づいた。
そっと後を追うと、薫はベランダに立って夜空を見上げていた。ムープとフープは
ぐっすりと眠ったままだ。

「どうしたの?」
声をかけると薫がびくりと身体を動かす。

「起こした?」
「うん。――で、どうかしたの?」
「……」
薫は満の問いには答えず月を見上げる。満も聞くのを止め月を見た。

「……満」低い声で薫が囁く。
「何?」
「ちょっと、一緒に来て欲しい」
答えるゆとりも与えずに薫は空中に飛び上がる。満は慌てて後を追った。

薫が満を連れてきたのは、トネリコの森だ。

「どうしたの? ここに何かあるの?」
「満、覚えてる? この夏、ここに雷が落ちたの」
満は一瞬考え込む顔をしたが、すぐにああ、と声を上げた。

「あのすごい雷の日ね」
「樹が折れたの知ってるでしょ」
「ああそういえば」
薫は迷わず森の中に入っていった。満もついていく。
トネリコの森の木々の下は月の光もあまり届かず、暗い。
だがある場所だけぼうっと光が当たって浮き上がるように見えていた。

「ここね」満の言葉に薫は無言で頷く。
何本かの大木が折れた跡が残っている。辺りと様子が違うのはそれだけではない。
ここだけは森の下草が大きく伸びているのだ。光が届くようになったからだろう。

薫は切り株の一つに腰掛けた。人の手が入った時――折れた樹を切り出したときに
誰かがしたのだろう、座りやすいように表面が平らになっている。

座った薫を見て満は一つ息をつくと、「ねえ薫? 本当にどうしたの?」
と話しかけた。

「アクダイカーン様」
「え? ……」
薫の言葉に満はどきりとした。
「アクダイカーン様が、どうしたの?」
「最近、考えるのよ」
「何を?」
「アクダイカーン様の滅びの力は、本当に滅ぼすことしかできなかったのかしらって」
「……さあ……」
曖昧な返事を満は返す。

「夏の雷は、ここの木々を倒したわ。でも、代わりに草が生えてきた。
 アクダイカーン様の力も……もしかしたら……」
満は黙ったままで答えなかった。薫がそんな風に考えたい気持ちは分かる。
分かるのだが――、簡単に頷くことはできそうになかった。

満が黙っているのを見て薫はふっと笑った。
「馬鹿な話ね」
そう言うと音もなく立ち上がる。薫と満はふっと近くの木陰に目をやった。

「出てきたら?」
「あ、……気づいてたんだ」
満の声に、咲と舞がばつの悪そうな顔をして木の影から現れた。
そばにはムープとフープもいる。

「ムープとフープが、満と薫がいなくなったって慌ててたから」
「もう」
満がちょっと怒ったような声を出すと、ムープとフープは
「満と薫のことが心配だったムプ!」
「そうププ、そうププ!」
と声を上げる。

「分かってるわ。……ありがとう」
薫が二人を宥めると、満はくすりと笑みをこぼす。怒られているわけではないと
分かってムープたちも静かになった。

「この場所は舞が?」
薫の言葉に舞が頷く。「薫さん、あの木のこと気にしてたみたいだったからここかなって」
「バレバレね、薫」
バレバレムプ、ププとムープとフープが言うので薫の顔はわずかに紅潮した。
咲と舞、満の顔には笑顔が広がる。

「あの、さ。満、薫。さっきの話だけど……」
咲が真面目な顔になった。

「さっきの?」
「さっきの、アクダイカーンの話」
「……」
満と薫の真剣な眼差しが咲に注がれる。

「アクダイカーンは満と薫を生み出したんだから、
 滅びの力だけじゃなかったと思うんだ」
咲の言葉に舞も頷いて見せる。

「そうだと……いいけど」
躊躇うような満の言葉に、「絶対そうだよ!」と咲は断言する。

「不思議ね。咲たちに言われるとそんな気がしてくるわ」
「そうね……」
風の音に釣られるように満と薫が振り返って森の中を見る。
降り注ぐ月光は明るく森の中を照らしていた。

-完-

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