「卒業生退場」
教頭先生がマイクに向かって重々しく告げ、「蛍の光」が流れる中で
3年生はA組から順に列を作って体育館から去っていく。

――くだらない……。
もっともらしい顔をして薫のあとに続くものの、
満は今日何度も口にしかけた言葉を噛み殺した。

大体、体育館を出てからまた戻ってくるところが茶番である。
受験が済んでからというもの、毎日と言ってもいいような頻度で卒業式の練習を
させられている。
初めのうちこそ舞台上に上がって校長先生の前に立ち一礼して卒業証書を受け取り
どうのこうの、というのは新鮮味があって面白かったが、
何度も練習した今、満にとってはつまらないことになってしまっていた。
早く卒業式の日が――つまり、明日だ――来てこの練習がなくなってしまえばいいのにと
満は思っていた。

一通りの式次第を終えてまた体育館に戻ってきた卒業生を見渡し、
校長先生が壇上から一言「皆さん、卒業式は明日ですから風邪を引いたり
怪我したりしないように。明日も全員で元気に、この中学を卒業しましょう」
と、どこか寂しそうに言って練習はお開きとなる。

――ああ、終わった終わった。
体育館を出た満は開放感で一つ大きくのびをした。他の三年生も同じような雰囲気だ。
練習にはいい加減飽き飽きしているというような――、篠原先生が校庭にいる三年B組のところに
やってきた。
「全員、教室の忘れ物をチェックすること!
 学校に置き土産を残していかないように!」
みんなゆっくりと教室に向かって動き始めた。


学校が終わると、満は一度薫と家に帰って鞄を置いてから、
4月から通うことになる高校に向った。
新しい制服が今日できるので取りに行くのだ。咲、舞、薫と一緒に行ってみると
高校はもう春休みに入っているらしく閑散としていた。

学校のつくりなんてどこも似たようなものとも思うが、
やはり夕凪中とは少し雰囲気が違う。どこかしっとりとした空気が流れているように
満には感じられた。
廊下から一歩、制服受け渡し会場になっている教室に入ると
突然雑然とした雰囲気になったが、まだここが自分達の学校になるとは
あまり実感できない。
霧生満、と名前を言って制服が一式入った箱を渡してもらう。
ずっしりと重く感じられた。


「みんな、折角だから家に来て、これ着てみたら?」
高校を出たところで咲がはしゃぐように提案する。
「そうね、そうしようかな……」
「ね、満も薫も!」
咲に言われて薫はきょとんとした表情を浮かべた。

「着てみるって、これのこと?」
手に提げた制服の箱を指しながら、「これはあの学校に行く時に着る制服じゃないの?」
と尋ねる。うんうん、と咲は頷いた。

「そうなんだけど、折角なんだから着てみたいと思わない?」
「サイズの間違いがあっても困るし、一度確認してみた方がいいわ」
咲と舞が口々に言うのを聞いて満が納得したように
「確かにそうね。着てみましょう、薫」
と決めた。


四人で日向家に行くのは珍しいことでもない――当たり前とさえ言ってもいいような
ことである。
だが、高校の制服に袖を通す姿は初めてである。咲とみのりの部屋に集まって
ファッションショー状態になっているのをみのりが見逃すはずもなく、
机の間の衝立の陰から着替えたお姉さん達が出てくるのを見るたびに
「舞お姉ちゃんすごく似合ってる!」と飛び跳ねている。

「さ、ほらほら、満も!」
高校の制服姿の咲――少し大人っぽく見える――に促され、
満は自分の分の制服を持って衝立の影に隠れた。

夕凪中の制服を脱ぐ時、何だか不思議な感じがした。
数え切れないほど繰り返している動作なのにどこか違和感がある、
いつもと何かが違っているような……。
高校の制服に身を包み、
「満、可愛い!」
と咲に褒められても違和感はまだ残っていた。


翌日。
卒業式は式次第どおりに順調に進行していた。
来賓挨拶、電報の読み上げなど退屈な儀式もままあるが、今日一番の
ハイライトは各卒業生への卒業証書授与だろう。
式の間中あくびをかみ殺していた満だったが、少し身体を動かせるとあって
ほっとした気持ちで薫の後に続いて舞台下で自分の名前が呼ばれるのを待つ。

「霧生薫」
はい、と一言返事をして薫が舞台に上っていく。薫はいつもと同じだ。
ほとんど無表情といってもいい表情で、「くだらない」と思っているように
多くの人間には見えるだろう。
だが満には、薫が少し泣きそうになっているように見えた。

「霧生満」
やっと自分の名前が呼ばれた。はーいと答えて壇上に上る。
練習したとおりに卒業証書を受け取り、舞台から降りようとして満の足は
一瞬止まった。

練習の時とは違い、今は体育館の後ろ半分が保護者で埋まっている。
どの保護者も小奇麗な姿で我が子の晴れ姿を見逃すまいとしているようだ。
素早く視線を左右に動かして咲と舞の母の姿を見ると、満は何故か安心したような
気になってゆっくりと階段をおり始めた。

あんなに何度も練習をしたが、本番はすぐに終わってしまう。
「蛍の光」に合わせて体育館を出たのは卒業式が始まってから数時間後だ。
すすり泣いている生徒も平気な顔をしている生徒もいるが、とにかくみんな一度
教室に戻りそれで解散となる。

「薫」
どこか名残惜しそうに教室にいる同級生達を残したまま満は薫と一緒に
屋上に向った。


屋上には三年生のクラスの喧騒も届かない。いつもと同じように静かに風が吹いている。
満が手すりにもたれかかるようにすると、薫も横で同じ姿勢をとった。
「久しぶりね。薫と二人だけでここに来るなんて」
そう呟くと、そうねと薫は答える。
「最近はいつも、咲や舞と一緒だったから……」
ここからは校庭が良く見える。教室に残っていた三年生達も次第に校庭に出てきて、
写真を撮り合ったり後輩からプレゼントを渡されたりしているようだ。
咲と舞も、その輪の中にいる。

「こっちに来たばかりの頃は、学校ってなんてくだらないんだろうって
 思ってたわ。授業でも簡単なことばかりしているし、休み時間も
 下らない話ばっかりで」
「そうね」
満は薫の答えを聞きながらふと自分の制服の袖を見つめる。
「満?」
「……でもこの服は気に入ってたわ。『チャラチャラした服』って言われても」
薫は校庭から満に目を向けると上から下まで満をゆっくりと見た。

「なによ薫」
「そういえばそれを着た満を見るのは今日が最後なのよね」
「そ、そうよ……薫だって、そうよ」
「私のことはいいけど……」
いいって、何が? と満が問う前に薫は言葉を繋いだ。

「はじめてこの制服を着た満を見たとき、何だか不思議な感じがしたわ」
「不思議って?」
「……良く分からないけど。初めて満を良く見たような気がする」
薫の言いたいことは満にも何となく分かった。
生み出されてから自分達はずっと同じ姿で同じ場所に居て、
相手のことを見ていなかった――見ても意味などないと思っていた。
自分と同じ存在で自分と似たようなことを考えているのは分かっていたからだ。

緑の郷に来て目新しい薫の姿を見たとき、初めて薫のことを見ようという気に
なった記憶は満にもあった。

「そうね……私もだわ」
そう答えてまた校庭に目を戻し、あれっと満は小さく声を漏らした。
咲と舞の姿がない。3年B組の同級生はほとんど全員が校庭にいるのに――、
と、屋上に出てくるドアががちゃりと開いた。

「あ、満、薫、いたいた!」
「満さん、薫さん、みんなで記念写真撮ろうって!」
跳ねとぶように入ってきた咲と舞に手を引っ張られ、満と薫はそのまま校庭に下りた。

「あ、霧生さん達来たよ!」
「良かった、これでマジ全員揃ったね!」
満と薫は待ち構えていたかのような3年B組の輪の中に取り込まれ、そのまま
何枚も――みんなが持っているカメラの分だけ――記念撮影をした。


二人が家に戻ってきたのは夕方だった。もう日も暮れようとしている。
制服を脱ごうとリボンに手を掛けた満を薫が「待って」と押しとどめた。

「何?」
無言のまま薫はスケッチブックを持ってきた。
「絵、描くの?」
「ええ。最後だから、満を描いておきたい」
「え……いいけど」
戸惑っている満をよそに、さっさと薫はスケッチブックの上に
鉛筆を走らせ始めた。
初めは大人しくしていた満だったが、なんだかずるい、と感じ始める。

「ねえ、薫?」
満の言葉は聞こえているだろうが薫は無視したまま手を動かしている。
「薫はそうやって私のことを絵に残せるけど、私は薫のこと、
 どうやって残したらいいの?」
かまわず話しかけると、薫はスケッチブックから目を上げた。

「目に焼き付けておいたら?」
そしてまた視線を手元に戻す。
確かにそれしかないかもしれない。満はスケッチしている薫のことを
じっと見つめることにした。たまに視線がぶつかるが、満も薫も
示し合わせたかのように言葉を発することはない。

やがて薫が満足したようにスケッチブックを降ろした。
「できたの?」
「ええ」
絵の中の満は最後の制服を着て佇んでいる。やっぱりずるい、と満は思った。

「薫。そこに立って動かないで」
「え? どうして?」
「私だって薫の絵、欲しいわ」
「そう……」
仕方ないという表情で立っている薫を横に、満は美術の時間に使っていた
スケッチブックを取ってくると鉛筆を動かし始める。
薫や舞みたいに絵が描けないのは最初から分かっている。
それでも今の薫の姿をどこかに留めておきたくて、満は鉛筆を動かし続けた。

-完-

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