昨日降った雪が道を白く覆っている。車道はもうタイヤの汚れがついて灰色になった雪が
半分融けながらそれでもまだ道路にしがみついているような状態だったが、薫はトネリコの森の中の道を――
それもあまり人が歩かないような奥の道を選んで歩いていたから、白くまだふかふかとした
雪の上を踏みしめるように歩くことができた。学校からここまでの道を振り返ると
自分の足跡だけがずっと続いてきている。

立ち止まって後ろを見ていた薫がまた前を向く。不意にその目がぎらりと光った。
顔の正面に飛んできた雪玉を手刀で叩き落す。

「満っ!」

雪玉の飛んできた方向に鋭く視線を向けると樹の後ろから満が姿を現した。
「あら、薫。今帰るところ?」
「……そうよ。これからPANPAKAパンに行こうと思って」
「そうなの。私もよ」
雪玉のことを特に弁解するでもなくいつものように話をする。薫もついそのペースに
乗せられてしまう。

「学校を出たら咲と一緒にすぐ行ったはずじゃなかった?」
わずかにとがめるように言ったが満は「ええそうよ」と、これもさらりと受け流した。

「今は配達をしてきた帰りよ。薫はきっとこっちの道を通ると思ったから
 ちょっと待ってたのよ」
「ふうん」
「公園のそばを通ったんだけど、子どもが一杯遊んでたわ。雪が降ったから、
 雪で遊びたいみたいね」
「そうなの」
興味なさそうに薫は答える。隣を歩いていた満は突然身体を低く屈めたかと思うと
両手一杯に雪をすくい上げて薫の首筋から背中に押し込んだ。

「そうよ、こんな感じ!」
「満ーっ!」
雪のせいで背中が冷える。水に融けていく感触も気持ちよくはない。
だが薫は満への怒りのせいで身体が燃え上がるように熱くなり、
そんなことは気にならなくなってしまった。
既に自分のそばから走って逃げている満を猛ダッシュで追いかける。

「満! 待ちなさい満!」
「早く行かないと、みんな待ってるわよ! 今日はクリスマスの準備なんだから!」
前方を逃げる満の声が薫に届く。通学鞄を持っている薫に比べて満のほうが
身軽な分有利だ。くっと薫は走りながら身をかがめ足元の雪を掬い
そのまま満の背中目掛けて投げつけた。雪玉は直線的に満の背中に向う。
直撃を受けた満がわっと声を出してそこでようやく止まった。

「もう……」
コートの背中についた雪を払い落としながら薫を待つ。追いついた薫は落としきれていない
雪を軽く払うと、
「それで、クリスマスの準備って何をしてるの?」
「咲のお父さんはケーキの支度。私と咲と咲のお母さんはパンを焼いて配達して……、
 それで、今日店を閉めた後クリスマス用の飾り付けを手伝って欲しいって。
 だから今、舞とみのりちゃんが咲の部屋でアイディアを練ってるわ」
「へえ、そうなの」
森の中を歩いてくると分からないが、町はもうクリスマスムード一色だ。
凝った家だと庭木や家の壁をイルミネーションで飾っているし、
そうでなくても玄関先にリースをぶら下げていたりする。

満と薫の寝室にも小さなツリーが置いてあった。
満がどうしても欲しい! と主張したので近所の店で買ったのだ。
飾りつけは満と薫の二人でした。小さな松ぼっくりを森で拾うことができたので
ツリーに固定してある。
薫は満がそんなものを欲しがると言うのが正直意外だったのだが――、
あまり欲しがるので結局折れた。
無駄なものがほとんどない満と薫の家においてツリーの存在はどこか異色だったが、
薫は気に入っていた。

「だから、薫も舞たちと一緒に飾り付けの方を考えておいてくれる?
 今日は店の方はそんなに混んでないから」
「ええ、分かったわ」
薫と満は店の裏手から日向家に入りそこで一階と二階に別れた。


「ありがとうございましたー」
満が最後の客を送り出し、ドアを閉めて売れ残ったパンを片付け始める。
と言っても、そんなにはない。パンやパンを入れておくための籠、値札類も
今日はしまう。クリスマスはケーキを中心とする特殊なディスプレイになるからだ。
咲が子ども部屋から舞たちを連れてきた。何か紙袋を持っていると思ったら
その中から画用紙をリース上に小さく切った物が出てくる。

「これはどうするの?」
満が聞くと、
「これを値札につけたらクリスマスっぽくなるような気がして」と答える。
例えば、と薫がパンの値札を取り上げた。
「こんな風に……」
値札の右上側にリース状の画用紙をつけると確かに可愛らしい。

「さすが、ナイスアイディアだね、舞! ケーキ用の値札貰ってくる!」
見て興奮したらしい咲がすぐに奥に戻って値札を取ってくる。と、咲のお父さんがクリスマス
ツリーを抱えてきた。

「わ〜、やっぱり大きいね!」
店の隅に置いたツリーにみのりが飛び跳ねるように近づく。
「これの飾りつけもお願いしていいかな?」
「はい!」
ということで、ツリーの飾りつけをする咲、舞と部屋の飾り付けをする満、薫、みのりの
二手に分かれて店全体をクリスマスカラーにしていく。
終わったころには日もすっかり落ちていた。

「みんな、今日はありがとう。それで、明日なんだけど……」
「はい、明日も来ます!」
咲のお母さんに何か言われる前に満が答えてしまう。舞と薫と三人、明日は早く来て
店の手伝いをすることに約束していた。

「悪いわね、いつもいつも」
「いえ……」
「明日の夜のパーティーは楽しんで行ってね、精一杯ご馳走するから」
「はい、ありがとうございます!」
挨拶してそのまま店を出た。

満は売れ残りのパンを入れた紙袋と通学鞄を持ち、薫も自分の鞄を持って歩いていく。
また雪が降ってきた。街灯の明かりの中にちらちらと白い雪が舞う。
傘をさすほどでもない。肩の上に少しずつ雪が積もってきても、そんなに不愉快ではなかった。

それでも家に着き明かりをつけ肩の雪をはらうと、二人はやはりほっとした。
コートを脱ぎ、制服も脱いで部屋着になってくつろぐ。

「薫、今日の夕食昨日の残りでいいのよね?」
「ええ、そうね」
珍しく薫よりも先に満が家事を始めた。

妙にてきぱきと動いているのでそのままに任せることにして少し休む。

「薫ー、食べよ」
満に促されて食卓につくと、昨日の残り物の他にも蝋燭を立てたパンが置いてある。

「……何? これ」
「クリスマスイブだからよ。ちょっといつもと違う感じにしてみたくて」
「ふうん……」
ケーキの上に蝋燭を立てるイメージだろうか。しかし立っているものがパンなので
どうも雰囲気が違うのだが、
「いただきまーす」
満が言葉とともに部屋の電気を消した。
頼りなさそうに揺れる蝋燭の火だけが明かりになる。

暗くはあってもダークフォールの闇とは違う。蝋燭の光は心細いが暖かい。
ゆらゆらとした光の中に浮かぶ満の顔はいつもと少し違って大人びて見えた。

「……何?」
満が薫の視線に気づいて目を上げる。
「ずいぶん凝ってるのね、今日は」
「ちょっとね……人間みたいなこと、してみたくなったの」
悪戯っぽく満は笑う。
「"人間"みたいなこと?」
薫は満の言葉を不思議そうに繰り返した。ええ、そうよと答える満に、
「咲と舞みたいなこと――じゃないの?」
尋ねると、満はふふっと笑う。
「そうね、咲と舞がすることだったらどんなことでも真似してしまうかも……、
 たとえそれが本当は人間離れしていることだったとしても」
「そうね……」

おかずを食べ終えた薫を見ると、満が「パンも食べられるのよ」と言うので蝋燭の火を
吹き消し、――手元が途端に真っ暗になる――台になっているパンを食べる。

「あれ?」
一口食べた薫が漏らした言葉に満は興味津々と言った様子で
「どう?」
と尋ねる。
「いつも食べる味と違うような……」
「私が作ってみたの、どんな?」
薫はもう一口食べた。うん、と頷く。

「これはこれで美味しいわ」
「良かった……薫へのクリスマスプレゼントだもん」
「え?」
薫がきょとんとした顔をする。
「クリスマスプレゼントって、サンタクロースという人から貰うものじゃないの?」
「そうよ、でも人間どうしてもプレゼントの交換をするんですって」
「そ、そうだったの……」
「別に気にしなくていいわよ、薫のことだから多分知らないと思ってたから」
「ごめん、満。全然用意してなかった……」
「じゃあ明日、沢山パン売ってくれる?」
「ん?」
話が急に飛んだような気がして薫が問い返すと、
「明日はケーキがメインになるはずだけど、パンも少し売るのよ。
 私の焼いたパンも、お店に出してくれるって咲のお母さんが言ってくれたから……」
「そう、分かった。頑張って売るようにするわ」
「……頼むわね」
満が自分の蝋燭の火を吹き消すと部屋の中は真っ暗になった。

「今夜は早く寝ないとね。明日早いから」
満の立ち上がった気配がする。手を取られたので釣られるように立ち上がった。
満が部屋の戸を開けると廊下の明かりがまぶしく差し込んできて薫は思わず目を細めた。

「行きましょ」
どこへ……? と思う間もなく薫は光の中に連れ出されていた。
明日の支度をしておかないと、と満が呟き自分達の寝室へ向っていく。
薫も慌てて後を追った。

-完-

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