「満ー、薫ー、また明日ね!」
夕日に照らされた二人に向かって咲と舞が大きく手を振る。

「ええ、咲、また明日」
手こそ振らないものの満もそう答えて薫と並ぶとゆっくり歩いていった。
見送った咲は舞と一緒にまた部屋に戻ると、あれっと声をあげた。

「どうしたの?」
「これ、満のじゃないかなあ。舞のじゃないよね」
咲が手にしていたのは薄いピンク色のマフラーだ。確かに満がしていたような
記憶がある。

「満さんの忘れ物ね、きっと。私のマフラーはここにあるから……、」
「さっき気がつけば良かったなあ」
咲はマフラーを持ったまま窓の外を見たが、二人の姿は既に見えなかった。

「咲、そのマフラー」
舞が言いかけたことを察したように咲はうん、と答えるとコートを着込んだ。舞も
同じようにコートを羽織ってマフラーを首にかけ、完全に防寒装備になる。
外に出ると、息はすぐに白くなった。二人は満と薫の住んでいる家の方に足を
向ける。

「ふう、やっぱり最近は寒いね」
「咲、コート一枚で大丈夫?」
コートのほかにマフラーも手袋も使って身体を暖かくしている舞に比べると、
コートを一枚羽織っただけの咲の姿はどうにも寒そうに見える。
私のマフラー使う? という舞の申し出を咲はしかし、笑って断った。

「大丈夫だよ、そんなに寒くないから」
「咲はやっぱりすごいわね」
「つい最近まで部活やってたんだから」
咲は少し得意そうに答える。地区大会で悲願の優勝を実現したのは、
夕凪中の生徒たちにとってまだ記憶に新しい。
当事者である咲、その咲をずっと見ていた舞にとっては尚のことだ。

「もうソフト部は練習を再開してるの?」
「うん、『勝って兜の緒を締めよ』ってね……篠原先生が言ってた。
 本当は私も練習したいんだけどな〜、三年生は勉強しないとだめだって」
「年が明けたらすぐ受験だものね……」
「舞〜、あんまり思い出させないでよ〜」
途端に咲は情けない声を出した。
「大丈夫よ、咲。最近ずっと一生懸命勉強してるじゃない」
「それはしてるけど、でも……」
咲は舞や満、薫と一緒の高校に進学したいということで
ここのところ真面目に勉強に取り組んでいる。もちろん、三人に教えてもらいながらだが、
成績は上がってきてはいた。

「ネバーギブアップ、でしょ? 咲」
「う、うん……そうだね」
ごまかすように咲が笑う。そんな会話をしているうちに二人は満と薫の家に近づいてきた。

だが、どうも妙である。家に明かりがついている様子がない。
「あれ? 留守?」
もう日も落ちかけ、暗くなっているというのに二人の家はどの窓を見ても真っ暗のまま、
人のいる気配はなかった。

「満さん達のこと、抜かしたりしなかったわよね?」
「うん、してないよ……一本道のはずなのに変だなあ」
咲は首をかしげ、困ったように手元のマフラーを見た。郵便受けに入れておくことも
できるが、冷たくなってしまいそうでなんだか可哀想だ。

「……どこかに行っちゃったのかなあ」
口に出してみると少し心配になってくる。舞と顔を見合わせ、二人のことを探すことにした。


「月が昇ってきたわね、満」
「そうね……今夜も綺麗」
満と薫が口を噤むと波がひょうたん岩を洗う音だけが聞こえてくるようになる。

吹いてくる風は冷たい。あ、と満が声を上げる。
「どうしたの?」
「マフラー、どこかに忘れてきちゃった」
「……咲の家?」
「だったらいいけど……」
明日心当たりを見てみるしかないわね。そう言って、薫は再びひょうたん岩にもたれて
夜空を見上げる。


「あ! あそこ!」
咲と二人で海岸を歩いていた舞が突然海を指して声を上げた。
「え? どこ?」
咲がきょろきょろと見回す。
「ひょうたん岩の上よ、咲、良く見て。人影が見えるわ」
「え……と、あ、本当だ! 誰かいる!」
暗くて良く見えないが、目を凝らすと確かに見える。咲と舞はこの夏、
満と薫にひょうたん岩に連れて行ってもらったことがあった。
ひょうたん岩までわざわざ行く人はそんなにいないだろうから、

「満と薫、だよね」
「多分……」
困り顔で舞が頷く。困っている理由は咲にも分かる。今の二人ではひょうたん岩まで行きようがない。

「困ったわね……、呼んでも聞こえそうにないし……」
咲は辺りを探し回るが、ボートのようなものが都合よく置いてあることもなく、
海を渡っていくわけにもいかないようだった。
「うーん。目の前に居るのに……」
ここで引き下がるのは何だか悔しい。足元の石が咲の目に入った。
ゆっくりとした動作でそれを拾い上げる。
「咲、どうするの?」
「もしかしたらひょうたん岩に届くかも……」
大きく振りかぶると、いつものように速球ではなくゆっくりとした球を海に向って高く投げる。
綺麗な放物線を描いて石は飛んでいく。

「ん?」
陸地から近づいてくるものに気づいたのは薫の方だった。咄嗟に構えるが、石はひょうたん岩の
中ほどにぶつかって跳ね返りぽちゃんと音を立てて海に落ちる。

「咲と舞……」
「え?」
薫の言葉に沖を見ていた満が振り返る。
「ほら、あそこに居るわ」海岸の咲と舞が手を振っているのが見える。
「何してるのかしら、あんなところで」
「さあ?」
二人は特に相談することもなくほぼ同時にひょうたん岩から空へと飛び上がると咲たちの
元へ急いだ。

「あ〜良かった、満たちが気づいてくれて」
海岸に降り立つ満と薫を咲と舞が出迎える。
「どうしたの、咲?」
「これ満のでしょ? 家に忘れてたから」
はい、と咲は満にマフラーを手渡す。
「あ、咲の家に忘れてたんだ……ありがと」
満は受け取るとすぐに首に巻いた。少し寒いからと言って照れくさそうにする。

「満さんも薫さんも、お家に帰らないの?」
「……今日はひょうたん岩に居ようと思って」
舞の自然な問いかけに薫は躊躇いがちに答えた。
「え、でも……寒いでしょう?」
そう舞に言われることも予想していたように、そんなでもないわと薫は答える。

「今夜は二人でひょうたん岩にいることに決めているから……」
「ど、どうして?」
咲が驚いて目を大きく開く。もう、と言うように満は薫を見ると、
「今日でやっと、全部見ることができるの」
と説明した――が、咲と舞はその説明もよく分からず、首を傾げる。

「今日で一年なのよ。湖底で眠っていた私たちが咲と舞の声で目を覚ましてから」
ああ――と咲は頷いた。二人が戻ってきたのは確かに去年の今頃だ。

「だから私たちは、緑の郷の秋を知らなかった」
薫が続ける。
「でも、今夜が終われば、やっと緑の郷の一年間をすべて見たことになるわ。
 ――だから二人で、ひょうたん岩に居ようと決めたの。あそこからなら、
 海も夕凪町も良く見えるから」
なるほどね、と咲と舞はようやく二人の言っていることが分かった。

「だったら私たちも……」
「だめよ」
満がぴしゃりと咲の言葉を止める。

「咲も舞も、家に帰らないとだめ。お家で心配するでしょ?」
「えーでも、満と薫だけひょうたん岩なんて、なんかさあ……」
「大丈夫よ、前はずっとそうしてたんだし。ダークフォールの刺客が襲ってくる
 わけでもないしね」
「う〜」
不満そうに咲は声をあげる。満の言っていることはもっともなのだが、
寂しく見える冬の海に二人だけを置いておくのもなんだか気になる。

「じゃあ、せめてさあ……」
二、三歩進んで満に近づくと、咲は満の首に掛かっているマフラーを少しきついくらいに
きゅっと締めた。

「さ、咲!?」
「あったかくして、風邪引かないようにしないとだめだよ!」
驚いている満にお母さんのような口調で言う。珍しく満は素直に礼を言った。

「はい、薫さんも」
舞が自分のマフラーを解いて薫に渡す。
「あ、ありがとう……でも、舞は?」
「私は大丈夫。すぐ家に着くから」
舞の言葉を聞いて薫はもう一度ありがとう、と言うと自分でマフラーを首に巻いた。

「じゃあ二人とも、また明日ね!」
咲が大きく手を振り、また明日と満たちは答え再び飛び上がった。


「ねえ薫?」
岩の上、ピンクのマフラーをきつく巻いた満が薫に背を向けたまま話しかける。
「なにかしら?」
「今日が終われば、また次の一年が始まるのよね」
「そうね……」
「咲や舞と一緒にね」
「そうね」
薫の答えを聞くと、満は満足したようにまた波の音に耳を傾けた。

-完-

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