「だーるーまさんがこーろーんーだ、チョピ!」
大空の木の下、久しぶりに緑の郷にやってきた精霊たちが遊んでいる。

「何で私たちが……」
ぶつぶつ言っている満と薫、それに咲と舞も加わっている。

「満も薫も、真面目にやるムプ!」
「そうププそうププ!」
地面の上にいるムープとフープが身体を動かさないで口だけを小さく動かす。
チョッピが鬼になったときは会話だけは見逃してくれる。

特別ルールは他にもあって、ムープとフープは飛ぶのではなく地面をジャンプして
移動することになっていた。空を飛ぶと簡単に鬼にタッチできてしまうからだ。

フラッピはと言うと、今はチョッピに捕まっていて手をつながれている。
チョッピが鬼のときはフラッピは一番に捕まることが多い、とムープたちが
ひそひそ話す声はフラッピにはまだ聞こえていない。


今回は動いている人を見つけられなかったらしく、チョッピはまた木の方を向いた。

「だーるーまーさーんが転んだチョピ!」
「あ、とと……」
突然振り向いたチョッピを見て舞が転びそうになる。

「舞が動いたチョピ、こっちに来てチョピ!」
あ〜あ、と咲が笑っている中舞はチョッピのいる木まで行きフラッピと手を繋ぎ、大きく
手を伸ばす。


「舞、今助けに行くからねー」
「咲も動いたチョピ、腕が動いたからこっちに来るチョピ!」
口だけは動かしていいというこのルールはうっかり身体も動かしてしまう
危険なものでもある。

「咲もだめムプ」「だめププ」
「うっるさいな〜、もう」
咲も舞と手を繋いで腕を伸ばした。

「だーるーまーさんが、」
「お姉ちゃんたち、いる?」
鈴のような声が聞こえてきて精霊たちが一瞬にして茂みの中に姿を隠す。

「ここにいたんだ、探しちゃったあ」
みのりは坂道をものともせずにぱたぱたと走ってきた。

「み、みのりどうしたの?」
「今日は舞お姉ちゃんも満お姉さんも薫お姉さんも、うちに泊まってくれるんでしょ?
 それなのにみんなどこか行っちゃったから」
みのりは薫の手をきゅっと掴んだ。ごめんなさいね、と薫が呟く。

「薫はみのりちゃんと先に咲の家に行ってたら?」
「満お姉さんたちは何かあるの?」
「ちょっとここで、したいことがあって……」
満の「したいこと」はだるまさん転んだのことだが、まさかそれをみのりに言うわけには
いかない。

「そうなの?」
みのりは納得していないように満を見たが、「みのりちゃん、行こう」と薫に促されて
「うん!」と頷く。

「夕ご飯までには帰って来てってお母さんが言ってたよー!」
「わかった、そうするー」
だんだん遠くなっていくみのりの声に咲が返す。精霊たちも茂みから飛び出してきた。

「ふう〜、びっくりしたムプ」
「続きを始めるププ! 咲が捕まったところからププ!」
チョッピとフラッピ、舞と咲は木のところに戻り、ムープとフープ、満は
大体自分たちがいた場所に立つ。

「薫さんがいなくなっちゃったから残りは三人ね」
「満、がんばるムプ!」
「舞を助けるププ!」
「……はいはい」
ムープたちに倣って満も動きを止めた。


明日はPANPAKAパンの夏の大セールの日である。いつものようにお手伝いを申し出た
舞と満、薫であったが「いつも頼むのは悪いから」という理由で一度は断られかけた。
満と薫があまりに落ち込んでいたので、咲が「じゃあ前日うちでお泊まり会をするってことで!」
と提案し、お手伝いできることになったのである。
お手伝い『できる』というのも妙な話だが――本来は手伝ってもらう側が頼むものであるから――、
満と薫にとってPANPAKAパンでのお手伝いは重要なものとして意識されているので仕方が
なかった。

精霊たちを連れて咲の家に戻ると、もう夕食の匂いがしてくる。

「お帰りなさーい、お姉ちゃんたち」
精霊たちは咲の鞄に入ったまま、ふんふんと夕食の匂いを嗅いでいる。
「あ、もうご飯?」
「うん! あのね、みのり薫お姉さんと一緒にお手伝いしたんだよ!
 それでね、お母さんが手を洗って来なさいって」
「はいはい」
「……みのりちゃん、薫は?」
出てこない薫を不思議に思った満が靴を脱ぎながら問うと、
「薫お姉さんはね、今お母さんと一緒にお味噌汁作ってるんだよ」
――ふ〜ん……。
自分たちの家の家事をしていても薫は比較的料理が好きだから、
薫が料理をしていること自体に違和感はない。

咲のお母さんと薫が一緒に、という点を満は珍しく思ったが、
――咲のお母さんだものね。

と思い直す。人付き合いが自分にも増して下手な薫でも、咲のお母さんなら
うまく付き合っていけるのだろうと考え直す。


夕食が終わると、待ちに待った――と言っていい咲の部屋での団欒だ。
みのりも含め女の子ばかりが五人も集まり思い思いの場所に陣取る。五人でいるには決して
広いとはいえない部屋だったが、このくらいの狭い空間の方が心地よかった。
部屋の片隅にはみのりに気づかれないように四匹の精霊たちが、こちらはこちらで団欒している。


「それでね、クラスの男の子がね……」
話の中心になるのはみのりか、咲が多い。舞と満、薫は聞き手になって相槌を打ったり、
聞いていて分からないことを尋ねたりする。

「健太の奴ってば、みのりが産まれた時にね……」
話としては他愛もないものだ。敢えてここで聞く必要があるのかと問われれば、
ない、と答えざるを得ないような。それでも満たちはうんうんと日向姉妹の話を聞いていた。

そしてあの時間がやってくる。みのりの就寝時間だ。
普段から規則正しい生活を送っているみのりのこと、就寝時間が近づいてくるにつれ
自然と眠くなってくる。あくびをしたみのりに咲は気づいて時計を見やった。

「あ〜、みのりもう寝る時間だね」
みのりはぱちぱちと瞬きをして不自然なほど大きく目を開き、
「大丈夫だもん、まだ寝ない」
「無理しちゃだめだよ、みのり」
「やだ、絶対寝ないもん! 今日は薫お姉さんと一緒に寝るって決めたんだもん!」
がしっと薫の身体に抱きついて咲から隠れるように薫の後ろに回る。

「もう、みのり〜」
「みのりちゃん……」
薫は後ろに手を回してみのりの頭を撫でる
「それなら今から、一緒に寝ましょうか」
「え、薫お姉さんも?」
「ええ。……あなたはまだ小さいからもう休んだ方がいいわ。
 私と一緒に寝たいのならそれで」
「うん、みのり薫お姉さんと一緒だったら寝る!」
「ごめんね〜、薫。みのりがわがまま言うから……」
すまなそうに言う咲に薫は無表情を保ったまま、「今日一緒に寝るって約束してたから」
とだけ言う。
みのりと薫はそのまま二人でみのりのベッドに潜り込んだ。

咲と舞、満は咲のベッドの上に集まって他愛のない話を続ける。
精霊たちも集まってきた。
三人が床についたのは薫とみのりが寝てからしばらくの時間がたってからのことだった。


翌朝、一同の中で一番に目が覚めたのは薫だった。自分の隣でまだ寝ているみのりを
見て表情を緩めると、起こさないようにベッドから滑り降りる。
昨日「明日はこの時間までには起きてね」と言われた時間にはまだだいぶ間がある。
薫は先に顔を洗っておこうと部屋から出る。

――咲たちのお父さんとお母さんはもう起きているのかしら……、
耳を澄ませば、店の方から物音が聞こえてくる。
支度は始まっているのかもしれない。手伝えることがあれば早く行って手伝おう。
そう思い、薫はまぜ洗面所に向かった。――そして、鏡で自分の顔を見て愕然とした。

「満っ!」
起こさないようにという配慮が頭から吹き飛び咲の部屋に怒鳴り込む。
「う……ん、何……?」
初めに起きてきた舞には目もくれず薫はベッドの中の満の襟首を掴んで揺さぶり起こす。
「満、起きなさい! どういうことよ、これは!」
「う……う〜ん……?」
満はうっすら目を開き、目の前にある薫の顔を見てぷっと吹き出した。
「笑うな!」
目の覚めた咲と舞は薫の怒りを見てやや青ざめている。

「う〜ん、薫お姉さん……?」
騒ぎに気づいてみのりまで目を覚ました。咲たちのベッドの上にいる薫の後姿を見て
目をぱちくりとさせる。

「どうしたの?」
「み、見ないでっ!!」
寄ってくるみのりに薫は慌てて腕で額を隠す。
「薫お姉さん?」
じりじりとみのりが近づく。満の襟首を掴んでいる薫の手の力が弱くなり外れた。
「どうしたの?」
みのりの手が薫の腕にかかり、額からはずす。

「あ〜、誰か落書きしてる〜」
額に黒々と大書された「参上」の文字にみのりも笑い声を立てた。薫ががっくりと肩を
落としベッドの上に手をつく。

「あ、あの薫さん、ごめんなさいね、すぐに落とすから!」
「うん、私タオル取って来るね!」
咲と舞が慌てて出て行く。

「薫お姉さん、そんなに落ち込んじゃだめだよ〜」
ベッドの上で固まっている薫の肩をみのりが軽く慰めるように叩く。

「そうそう、落書きされたくらいで」
「満、あなたが言うんじゃないわよ! あなたが書いたんでしょう!?」
「まあね」
満はくすっと笑いを漏らした。薫が睨みつける。
満は薫の口に耳を近づけると、
「ムープとフープも賛成したんだけどね」
「……」怒鳴るわけにもいかず、薫はただ不愉快そうな顔をした。
そうこうするうちに、咲と舞が濡れたタオルを持って戻ってくる。

「ごめんね〜、私たちがちゃんと止めれば良かったんだけど」
咲は薫をベッドの上に座らせると、薫の顔の前で手を合わせる。

「みのりちゃん、ちょっとえーと……先に洗面所使っててもらえるかしら」
満はみのりを部屋の外に出させると、ムープとフープを薫の前に連れてきた。
精霊たちは薫の剣幕が聞こえていたらしくすっかり怯えている。
「薫、ごめんムプ……」
「ごめんププ、こんなに怒ると思わなかったププ」
「別に……いいけど」
「ごめんね、薫。ついついね」
不機嫌そうに薫は満から目をそらす。
仕方ないわねと満は内心苦笑した。

「薫さん、頭動かさないようにしてね」
舞に額を拭かれている薫の様子はどう見ても間抜けで、満は笑わないようにこらえるのが
精一杯だった。

朝食をとってから――薫はほぼ無言――、咲のお母さんに指示されてそれぞれの持ち場に
つくことにする。満はいつものようにドア付近の売り場担当だったが、
「SALE」の文字を値札に書くときに使ったサインペンが落ちているのに気づき拾い上げる。
昨日の夜のことが突然よみがえってきた。

――あれ、私太いサインペンで薫の額に落書きした後、細いのも使ってもう一つ落書き
  しなかったっけ?
満は店の奥の方にいる薫を見る。薫はお客さん相手に精一杯の笑顔を作っていたが、
満の視線に気づくとぷいっと目をそらす。

――多分まだ、薫は気づいてないわね……、

「満、どうしたの?」
背筋を寒くしていると、売れてしまった商品を補充しに咲がやってきた。
「あ、あのね咲……」
ぐいっと咲の手を引き自分の方に引き寄せると、耳に口を当てて事の次第を説明する。

「えっ!? もう一箇所落書きしてたの!?」
「う、うん。どうしよう」
「それは薫に言って謝るしかないんじゃあ……」
「でも、さっきみたいに薫が怒ったらお店に迷惑よ」
「じゃあ、黙ってる? でも薫が気づいたらそれはそれで大変そう……」
咲はパンを棚に並べると、ここは私に任せて、と言った。

「え、私は?」
「薫のところに言って、こっそり消せそうだったら消すか、謝るかしてこないとまずいよ、満。
 たぶん薫だって、そんなものすごく怒ったりしないよ……たぶん」
「う、うん、じゃあしばらくお願いね」
おずおずと満はその場から離れた。


――謝るか、こっそり消すか……

こっそり消す方をまず試してみようと満は考える。一度庭に出てぐるりと回り店の奥にいる
薫に背後から近づく。

気配に気づいたらしく、薫はいきなり振り返ると満を見て、満の持ち場に咲が
いるのを確認するとまた前を向いた。ふうと満は安心すると足音を立てないようにして
接近する。薫がまた不審気に振り返る。満は止まって、何もしていない振りをする。
薫がお客さんの対応に戻る。満が近づく。
――まるで昨日の『だるまさんが転んだ』みたい……

振り返った薫を見て満は再び止まる。と、お客さんが一時的に途切れたらしく、
薫がずかずかと近づいてきた。

「いいかげんにしなさい、満。何ふざけてるの」
「ふ、ふざけてるわけじゃないんだけど……その」
ほかほかの焼きたてパンをトレイに載せて持ってきた舞が二人を見てきょとんとした
表情を浮かべる。

「どうしたの?」
「その、薫、怒らないで聞いてね。昨日、もう一箇所別の場所にも落書きしたのよ」
ぴくっと薫が眉を吊り上げた。

「まだ気がついてないみたいだから……こっそり消せたらいいなって思ったんだけど……」
「どこに書いたの」
「首の後ろ」
満は自分の首の後ろ側に手をやり、髪に隠れてるからすぐには見えないと思うけど、と
続ける。薫は舞の手からトレイを取ると満に持たせた。

「舞お願い、消すの手伝ってくれる?」
「え、ええ……」
それから満には厳しい視線を向けて、
「満は私の分の手伝いと舞の分の手伝いをしてなさい。店には迷惑かけないように」
「う……うん、分かってるわ」
満は薫の声と視線にたじたじとなりながらも答え、店に戻った。


――満にも困ったものね……、
薫と舞は咲の部屋に戻ってくると先ほどと同じように薫が座り、舞が濡れタオルを持って
そのそばに立った。首の後ろという話だったので長い髪を掻き分けるようにして
落書きを探す。

「あ……」
うなじの右側にそれはあった。舞が消すのをためらっているようなのでどうしたのかと
薫が尋ねる。

「何か変なことでも書いてあるの?」
「そういうわけじゃないけど……」
「何が書いてあるの?」
「う……ん」
答えに詰まると、舞は「自分で見た方がいいと思うから」と鏡を二枚持ってきた。
一枚を薫に持たせ、一枚を自分で持って合わせ鏡の状態にする。
「見える?」
「ええ、見えるわ……」
鏡に映るのは、自分の首に書かれた「大好き」の文字。「参上」と比べて
細い上に小さい。

「もう、満さんのこと許してあげたら?」
舞が字を消している間、薫はずっと黙っていた。



薫が戻ってきたので満が元の持ち場に戻ろうと移動しようとすると
薫が「待って」と呼び止める。
「何?」
薫はそのまま満を客に見えないところまで連れて行くとぐっと後ろから満の頭を押さえつける。

「な、何、薫……」
無言のまま満の首筋に何か書くとぽいっと薫はサインペンを投げ出し、
手を拭いて何も言わないまま行ってしまった。
満は文字を確認しようと思うが自分では上手く見えない。

「何してるの、満?」
ちょうど咲が通りがかった。
「咲、ここに書いてある文字見てくれない? なんて書いてあるか」
「うん?」
咲は満の頭を下げさせて髪を上げる。

「薫が書いたの?」
「そうよ。なんて書いてあるの?」
「『許してあげる』って書いてあるよ」
咲はぽんっと満の背中を叩いた。満はほっと息をついて接客している薫の後ろ姿を眺める。

「満、早く行こう! 私たちがいないと薫と舞の分の仕事が増えちゃう」
「え、ええ……」
咲と満は手を洗うと、大慌てで店へと出て行った。

-完-

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