「満殿、よくおいで下さいましたな」
ダークフォールのある場所で、満とゴーヤーンは二人きりで向かい合っていた。
満がいつも薫と一緒にいる空の泉からも、アクダイカーンとの謁見の場からも
程遠い場所である。
周りには誰もいない。岩ばかりが続いているのはダークフォールのどの場所でも
同じことだが、満とゴーヤーンがいる場所は一際静まり返っているように思えた。


「何か用なの」
「薫殿には何と言って来られました?」
「ゴーヤーンが私に話があるそうだから留守番しててって」
満は早口で答える。正直言って、早く薫のいる空の泉に戻りたかった。

「そうですか」
満のその気持ちを知ってか知らずか、ゴーヤーンはゆっくりと言葉を発した。
その様子が満をやや苛立たせる。

「それで? 私だけに話したいことって、何?」
「もしかすると、今日までに済まされているかもしれないと思っていたんですがね……」
「何を?」

ゴーヤーンは顎に手を当て、ふむ、と呟くと満に背を向け二歩、三歩と
その辺りを歩いた。

「満殿……」
「何よ」
「いつまで薫殿と仲良くされているつもりです?」
「どういう意味?」
軽く首を傾げて満が問い返す。ゴーヤーンは呆れたようにため息をついた。

「満殿。ご自分は何のために存在していると思っているのです?」
「全てを滅ぼし、アクダイカーン様の望みを果たすため」
するすると言葉が出てくる。このことに関して満は一点の疑いも持ってはいなかった。

「その通りです。……カレハーン殿やモエルンバ殿、他の方々と一緒ですね」
無言を返す。頭では分かっていても、彼らと同じと言われたくはないのだ。
なぜかは分からないが。

「しかしカレハーン殿などは、あくまで一人で泉を守っています。あなた方が
 どうして二人で空の泉を預かっているのか、その理由をお考えになったことは
 ありますか」
「さあ」
考えるも何も、そういうものだと思っていた。産み出された時から薫と一緒だったのだから。

「あなた方も、お一人になるべきなのですよ」
「どういうこと?」
「あなた方はダークフォールの戦士としてつい最近産み出されました。
 しかし、泉の郷をほぼ蹂躙した後に産まれたあなた方には戦いの経験がない。
 あなた方が初めて戦う相手は太陽の泉を守る伝説の戦士かもしれません。
 それでは不安だとアクダイカーン様はお考えになったのです。
 だから、敢えてあなた方を二人にしたのですよ」
「……?」
きょとんとした表情で満はゴーヤーンを見る。彼の言葉は色々な意味に解釈できる
ような気がする。


「よくお聞きください、満殿」
ゴーヤーンはぐっと満に顔を近づけた。反射的に満が顔を引いたので、
結局距離は変わらない。

「あなたは薫殿を倒し、消滅させるべきなのですよ。
 薫殿と戦えば、どのように自分の力を使って戦えばいいか分かるでしょう。
 伝説の戦士と戦うときも役に立つはずです。
 薫殿がいなくなれば、空の泉の力はすべてあなたのものとなる。
 アクダイカーン様もそれをお望みですよ」
「アクダイカーン様が」
「そうですとも。あなた方二人は本来、互いに戦い、残った者のみが真の空の泉の
 支配者となる定めです。アクダイカーン様はそのおつもりです。
 私はあなたの方が支配者に相応しいと思いますが……、
 あなたと薫殿がずっと一緒にいるので、アクダイカーン様も
 最近はご機嫌が悪いのですよ」

「アクダイカーン様が……」
満は同じ言葉を繰り返した。ゴーヤーンは大きく頷く。

「お分かりですね、満殿。アクダイカーン様の意思に従うのが我々の定め」
微かに頷いた満を見てゴーヤーンは満足げに笑う。

「今度お会いするときは薫殿を倒したと、報告してくださるのを期待していますよ」
言葉を残して、ゴーヤーンの姿は消えた。満は足を空の泉へと向ける。


「満がまだ戻ってこないムプ」
「遅いと心配ププ……」
ムープとフープは空の泉の木の影から薫の様子を見守っていた。
一定の距離は保ちそれ以上に近づくことはなかったが、満と薫にはどこか
親しみを感じている。

今、横たわった木の上に座っている薫の姿はいつにも増して寂しげだった。
と、不意に薫の背後の空間が歪む。
帰ってきたムプ、とムープたちは呟き、安心して地面の上に降りた。

「……遅かったのね」
満の気配を感じ振り向きもせずに薫は呟く。責めるようでもなく安心したようでもなく、
その言葉から感情は見えない。

「満?」
無言のままの満に不審を抱き薫がその目をちらりと後ろに向ける。瞬間、満の拳が
薫を襲った。顔への急襲は咄嗟に避けるも、バランスを崩しかけた薫に
満の回し蹴りが襲い掛かる。

鈍い音を立てて薫は木の上から地面に落ちた。一瞬地面に手を突くが
すぐに立ち上がって満を見据える。その目は冷たく凍り付いている。


「み、満と薫が喧嘩してるムプ!」
「どうすればいいププ!?」
すぐそばではムープとフープが慌てていたが満も薫もそんなことは無視していた。


「アクダイカーン様はこれをお望みなのよ」
先ほどまで薫が座っていた木の上に今は満が立ち、薫を見下ろしている。
その目は赤くぎらぎらと輝いていた。

「私たちが戦い、空の泉の真の支配者を決めることを望んでいらっしゃると。
 ゴーヤーンが言ってたわ」
「……ふん。そういうこと」
一言吐き出すと薫は地面を蹴り満の首筋に手刀を叩き込む。左腕で受け止めた満は
右腕で逆に薫の腹を抉った。
「ぐっ!?」
反射的に腹を抑えて身を丸めかけた薫の後頭部に拳を打ち込み地に落とす。
立ち上がろうとしない薫を見て終わったと満は思った。
だが薫の指が地面の上でまだぴくぴくと動いている。

――薫……?
薫の指先に紫の光が宿る。はっと満が両腕でガードした時には遅く、
薫の手に生まれた紫の弾が正面から満を捉えていた。
初めての衝撃に満の身体は木の上から近くの岩まで吹き飛ばされる。
岩に叩きつけられ思わず目を閉じた満が目を開くと、
煙の向こうに薫の姿が見える。

睨みつけるように満を見たまま、急ぐことも速度を落とすこともなく
一定の速度で近づいてくる。
危険を感じ全速で空中に飛び上がるも薫も追ってくる。

――くそ、まずい……。
薫の気配が近づいてくる。もうすぐ自分のすぐ後ろに来る。
そのまま薫は満の真上に来た。咄嗟に満は速度を思い切り落とし、
薫を先に行かせて自らは薫から離れる。

薫は一つ舌打ちをするとしつこく追ってくる。
ちらりと後ろを見ると薫の手に先ほどと同じような紫の光が宿っているのが見えた。

――わ、私にも何かないの!? あんな感じの力が!
焦りながら満は身体に力を込める。満の速度が落ちたのを感じ薫は一気に距離を詰めると
自らの力を満に叩き込んだ。ばっと満は上空で転回し紫の光に正面から向きあう。

――満……
避けない満を見て思わず薫は目を閉じる。これで終わりだ――と、だが次の瞬間、
満の右手から放たれた無数の赤い光弾が薫に達した。全身を切り裂かれるような
痛みを感じ薫はきりもみしながら落ちる。
地上、薫は即座に立ち上がる。

――やられる!
満が上空から急接近してくる。薫は全身の力を出し切ろうとした。
「はあああ……」
意図せず、口から音が漏れる。

満もそれは同じ、迎え撃とうとする薫に全ての力を叩きつけるため
意識を集中する。薫と同じように口から言葉が漏れていた。
不意にぞくりと背に寒いものが走る。
今までとは違う感覚だ。今までとはまったく別の力が自分から出ようとしている。

「はあああ……」
二人の気合が頂点に達した時、それは生まれた。二人の丁度中央に
赤紫の巨大な球が生まれ炸裂する。
岩陰に隠れていたムープもフープも吹き飛ばされそうになり必死で堪える。
一番近くにいた満と薫はその衝撃を正面から受け、弾き飛ばされ地面に落ちた。


――い、今のは……?
地面にぶつけた頭を抑えながら満が立ち上がる。煙が晴れると、空の泉の地形が変わって
しまっていた。球が炸裂した辺りを中心に地が抉られ、巨大なクレーターが
できてしまっている。

背後に足音がした。振り返ると薫がすぐ近くに立っている。
その目からは相変わらず感情を読み取ることができない。
「待って」
満は右手を薫に向け薫を止める。

「今の力、私があなたに撃ったのでもあなたが私に撃ったのでもない……、
 もしかすると私たち二人が揃って力を出すと、一人では出せない力が
 出せるのかもしれない……」
「……試してみるか」
薫が満の隣に立つ。先ほどのことをイメージしながら身体に力を入れる。
相手の様子を見ながらタイミングを合わせ、力を放つと同じような球が生まれた。
もっとも二人とも傷ついていたからか、ずっと小さいものではあったが――
それでも空の泉を震わせるには十分だった。

「アクダイカーン様のところに行きましょう」
満は即座に決断した。


満と薫が二人で現れたのを見てゴーヤーンはあからさまに不愉快そうな顔をした。
「一体どうしたんです、満殿に薫殿」
「アクダイカーン様にお願いがあって来たの」
「アクダイカーン様に勝手に謁見するなど。アクダイカーン様ご自身が
 あなた方を呼ばれた時のみ、あなた方はアクダイカーン様とお話できるのです」

満はゴーヤーンを無視し、謁見の場へと進む。二人とも傷ついていたので
お互いを支えるように歩いていたが、湖に突き出した桟橋のような場所で
二人とも互いの身体から手を離し、跪いた。

「どうした、満、薫」
「アクダイカーン様にお願いがあります」
「なんだ」
重々しく声が響く。満はぐっと上を見、怖れずにはっきりと声を出した。

「私と薫はどちらが真の空の泉の支配者か決めるため、どちらかが倒れるまで
 戦おうとしました。しかし、その中で知ったのですが……」
一度口を閉じ、再び満は言葉を繋ぐ。

「私と薫、二人が協力した時には一人一人では出せないような強い力を出すことができます。
 いずれ伝説の戦士を相手にする際に、この力は必要であると思います。
 ですから、アクダイカーン様に私たちが二人揃って空の泉を支配することを
 認めていただきたいのです」

むう、と言ったアクダイカーンに満は更に訴える。

「アクダイカーン様、お願いです。私達はアクダイカーン様の忠実なしもべ。
 どちらかが倒れ、空の泉の力を一人で支配するよりも
 私達が二人とも残り、アクダイカーン様に仕える方が」
「待て」
アクダイカーンは満の言葉を遮った。

「空の泉の真の支配者を決めるとは何のことだ。我は初めから
 お前達二人に空の泉を支配させるつもりであったが」
「え……ゴーヤーンがそのように……」
はっと満は隣に立っているゴーヤーンを振り返る。

「どういうことだゴーヤーン!」
「それもこれも全て、野望の達成のためで……」
揉み手をしながらゴーヤーンは媚びるような笑いを浮かべた。

「満殿と薫殿が、ご自分の力を自覚された方が良いと思ったのですよ。
 そのためには真剣に戦っていただくほうが良いかと思いまして」
へらへらと答えるゴーヤーンを満も薫も横目で睨みつける。

――騙された……あんなことする必要なんて、なかったのに!

「ほう……まあ良い。満、薫。お前達はこれまでどおり二人で空の泉を
 管理するように」
分かりました、と満も薫も口々に答えるとその場を離れ空の泉に戻る。
謁見の場を立ち去る時ゴーヤーンをぐっと睨んだが、ゴーヤーンは
その顔にへばりついた薄笑いを崩さないままだった……


「……なんてこともあったのよね」
「ほえ〜」
焼きたてのパンを前にしながら咲は口を開けたままになっている。
軽い気持ちで「満と薫って、喧嘩したことあるの?」と聞いてみただけだったのだが
なんだか凄い話を聞いてしまった。

「ゴーヤーンは何でそんなこと言って満を騙したんだろう?」
「さあ……もしかするとその時から私たちのことが気に入らなかったのかもしれないわ。
 まあ、分からないけど……」
パンを満は取ろうとするがまだ少し熱かった。しばらく我慢して待つことにする。

「でもあの時、戦ってるとき、私、薫を倒さないですむ理由を
 必死で探していたような気がする……」
「うん……きっとそうだろうね」
まだ熱いパンの内、いくつかを満は選んで他のものから分けた。

「どうするの、それ?」
「薫の分を取っておこうと思って。この前全部食べちゃったって言ったら
 悲しそうにしてたから」
そうだね、と咲は笑ってこれもいいんじゃない? と一つパンを指したが
満はううん、と首を振った。

「どうして?」
「一番大きいのは私が食べるって決めてるの」
大して違わないと思うけどな、と咲が思っている前で、満は真剣な顔で
今度は自分用のパンを選んでいる。


-完-

 ←押していただけると嬉しいです。



SS置き場へ戻る
indexへ戻る