プリキュアの二人に誘われてひまわりの観察記録をつけ始めてからしばらくの
時間が経っている。

満が木陰でノートに書き込んでいると薫は気ままにどこかへ歩いていってしまっていた。
適当に記録を書き終えると満はノートを持って立ち上がる。
満と薫は交代で一日おきにこの記録をつけている。薫が書く日は細かい字で欄内をびっしり
埋め尽くすが、満は適当に大きい字で行間もあけつつ書くので記録の情報量としては
それほど多くない。
とはいうものの咲や舞の記録と比べて特に見劣りすることもなく、全体を見ると
薫の書いた部分だけが突出して黒っぽく見える。


薫はそれほど遠くないところにいた。小川のすぐそばに座り、
水面を眺めている。
「どうしたの」
後ろから満は薫に近づいた。水面に満と薫の顔が並んで映る。
どちらの顔にも表情らしい表情は見えない。

「風が波を起こしてる」
ふうん、と満は思う。確かに水面にはさざ波が立っていて水面に映った
二人の顔が微かに揺れている。

「それで?」
「……どうでもいいわ」
薫は川から目を離した。少し遠くでぴしゃんと魚の跳ねる音がして
そちらに鋭い視線を向ける。

「書き終えたの」
何事もないのを確認すると満にその目を向ける――緑の郷の住人達に似て
瞳こそあるものの、決して光の灯ることのない目である。

「こんなのすぐに終わるわ」
「そうね」
「何が楽しくてこんなものをずっと書き続けているのかしら」
「さあ?」
光が灯らないのは満の目も同じことだ。

「でもこんなことでプリキュアのことを探れるのなら楽なものね」
皮肉気に満は笑い、観察日記を薫に押し付けるように渡す。
「……」
薫はその言葉に対して沈黙で返した。満はやや怪訝な表情を浮かべる。

「どうかした?」
「何でもないわ」
薫は音もなく立ち上がる。今まで彼女が座っていた場所の草は地面にぺたりと
張り付いていた。
その中に緑色の蕾がある。まだ固く締まったまま、他の草と同じように
地面を這っている。

「……」
「どうかした?」
いつまでも下を見ている薫に満がやや苛立ちをこめた声で尋ねる。
なんでもない、と薫は無感情に答えると満と並んで歩き始めた。



西の空から満月が海を照らす。
この夜も満と薫はひょうたん岩の上で空と海を眺めていた。
ドロドロンはダークフォールにでも行っているのか今夜は出て来そうにない。

いつものように無言で、背中合わせになったまま満と薫の二人は
風と光を味わっている――と、薫はすっと立ち上がった。

「薫?」
「ちょっと……」
それだけ言って薫は上空に身を浮かべた。二人にとって空を飛ぶことは
歩くことと同じくらい自然なことだ。
満が不思議そうに見ているのを気にも留めずに薫はひょうたん岩を後に
夕凪町上空を飛びひまわりパークへと向う。

公園内には入らずに薫は小川を目指した。昼間ぼんやりと時を過ごしていた
あの場所だ。
暗いと少し様子が違って見えるので正確な場所にたどり着くのにはやや手間取った。
彼女が踏み倒した草も今はそれぞれに立ち直り天に伸びるものは天に、地に伸びるものは
地に、それぞれの好きなように生えている。

今となっては薫が昼間そこに座っていた痕跡などまるでなかった。
緑の蕾も、それを支える茎が立ち上がり空に向って伸びようとしている。
薫はその蕾が昼間よりも少し膨らんでいるように感じた。それは気のせいではなかった。
良く見ると蕾の緑から黄色が漏れ出してきている。
薫はまたその近くの地面に腰を下ろした。
蕾の様子が見えるように丁度良い距離をとる。

川の流れは昼間と変わらない。だが水の流れる音は昼よりもずっと大きく、
快く耳に響く。
高い木が多いこともあって、月光は木の葉のかすかな隙間を通して
柔らかい光を届けている。

川の音に耳を傾けながら薫は蕾に視線を注ぐ。
ちょっと見た目には蕾に何も変化はない。しかしじっくりと腰を落ち着けて気長に待って
いると次第にその様子が変わっていくのが分かる。

閉じていた蕾が徐々に緩んでいく。
黄色い花弁が少しずつ現れる。
花の変化と同時に空にも変化は起きていた。月はゆっくりと西に姿を隠そうとしている。
まだ見えないが、東の空は白んできているはずである。

蕾はぐったりとしたようにほどけていき、その内からはまだ形になっていない
花がゆるやかに形を作っていく。
じっと見ている薫の視線に構うことなく、花はそのまま身繕いを続けた。
日の光が薫にも届くようになってやっとその過程は終わる。
黄色い花が、最初からそこに存在していたかのように堂々と開いている。

咲き終えた花を見、薫は何故か天を仰いだ。そこに満が飛んでくる。
「何してたの」
「……見てしまったわ」
「何を」
「これが咲くのを、見届けてしまった……」
薫が花を示す。満はふうん、と興味なさそうに声を漏らした。

「そんなものをずっと見てたの」
「……」
無言で薫はその手に滅びの力を宿し先刻まで観察していた花を睨みつける。
だがふっとその力を消し去った。

「……こんなちっぽけなもの、どうでもいいわ」
「そうね」
花に背を向けて満と薫は再び並んで歩き始める。
学校が始まるまでにはまだ間がある。
いつものように、二人は当てもなくこの町を歩くことにした。

-完-

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