大晦日、PANPAKAパンは昼までの営業である。14時には店を閉める。
昔は30日くらいには休みにすることが多かったが、
最近は大掃除や正月の支度の合間に一息入れるためにパンを買いに来る客も多いので、
昼までは店を開いている。もっとも、普段のようにPANPAKAパンでゆっくりパンを選ぶ客は
あまりおらず、適当なパンを買うとそそくさと――よいお年を、程度の挨拶をして――
去っていく客が一般的である。
比較的のどかな人の多い夕凪町とはいえ、そこはさすがに師走であった。


満はその14時を静かに待っていた。店内をぶらぶらしているだけでは何とも手持ち無沙汰
なので、咲にエプロンを貸してもらって店員然としてPANPAKAパン店内に立っている。
クリスマスのときに彼女を見た客の中には満を覚えている者もいて、
「お疲れ様。よいお年を」と、満にも声をかけてきた。
笑顔が大切、と満は自分に言い聞かせ、「はい」と返す。

そんなに混んではいないPANPAKAパンでなぜ彼女が働いているのか、疑問に思った客も
いたかもしれないが誰も聞いてくることはなかった。


その時、咲は何をしていたかと言うと。
自宅部分の大掃除をしていた。14時以降は家族総出で店内部分の大掃除をすることに
なっているので、それまでの間子供達が自宅部分を掃除するのが日向家の習慣である。
もちろん子供達だけで自宅部分を全部掃除できるわけもないので、自分達の部屋を中心に
掃除をし、後で大人たちと合流すると言うことになっていた。

しかし今年は強力な助っ人がいる。

「薫お姉さん、新しい雑巾持って来たよー」
「ありがとう、貸して」
薫とみのりは一緒に咲とみのりの部屋を掃除してくれている。
みのりだけでは到底できない窓拭きなども薫がしてくれるので、咲はその間に
リビングなどの掃除に回っていた。
今年はもしかすると、14時までに自宅部分の掃除が全部終わってしまうかもしれない。
――そうなったらお父さん達喜ぶだろうな、お年玉ちょっとアップしちゃったりして……、
  よし頑張ろう!

はたきを持つ咲の手にも力が入るのであった。


14時が、来た。今年最後の客も帰っていった。
満はパンの棚を見る。残っていた。メロンパンが、6つも残っていた。
「はい、今年はこれでおしまいね。満ちゃん、約束どおり……」
「はい! メロンパン頂きます! ありがとうございます」
「いいのいいの」
沙織は紙袋に残ったメロンパンを詰めていく。

「満ちゃんたちには今年、忙しいときにいつも手伝ってもらったしね。
 残り物のパンで本当にいいの?」
「はい、私メロンパンが欲しいんです!」
「そうなの」
沙織が出した紙袋を満はすぐに受け取った。
メロンパンが6つである。一度に二つずつ食べるとしても、朝昼晩、
一日中メロンパンばかり食べているという生活も夢ではない。

「薫ちゃんの分は? どれにする?」
「ああ、薫は……」
薫は何がいいと言っていたっけ、と満は考える。確か何でもいい、と言っていたような。
「余ったものなら何でもいいわ、3つくらい貰って」
と言っていたはずだ。
ついでに
「メロンパンを買っていくお客さんがいるからって、威嚇したりしないのよ」
と余計な事を言っていたような気もするが。

「じゃ……じゃあこのクロワッサンとバターロールとチョココロネと、一つずつください」
「3つでいいの」
「はい」
そうよね、普通はそのくらいよね、と言って沙織は笑った。

「お母さーん、部屋の掃除大体終わったよ〜」
14時になったのを見計らって咲とみのり、それに薫が降りてきた。
「え、もう?」
「薫お姉さんが手伝ってくれたからすっごく早く終わったの!」
「薫ちゃん、本当にありがとう。一年の最後まで」
「いえ、別に」
お礼なんて言うことないのに、と満は思う。
薫はみのりちゃんと一緒にいられただけで満足なんだから。理由が掃除だろうが何だろうが。

「こんにちはー」
「あれ、舞?」
舞もPANPAKAパンにやって来た。
「舞も今日、お家の大掃除だって言ってなかった?」
「うん、大体終わったから咲はどうしてるかなって思って」
「私たちはこれから後半戦だよ。店の方の掃除」
「私も手伝えること、あるかな」
「いいのよ、もう。舞ちゃんも満ちゃんも薫ちゃんも。
 あとは私たちだけで大丈夫だから」
「そうですか……」
舞は少し残念そうだ。

「舞、一年ありがとう。満も薫も。また、後でね」
「うん、咲。じゃあ、また後でね。……よいお年を」
また後で、と言う言葉を交わし満と薫もPANPAKAパンから離れた。

師走の町は寒い。二人は学校指定のコートの襟を立てるようにして、風を防いでいた。
商店街を歩くと、どの店もどこか慌しい。
松飾を飾っている店であるとか、正月は何日まで休むと客に説明している店主であるとか……、
普段は見慣れないものが目に付いた。

「明日から、年が変わるそうね」
「そうね。……それに何の意味があるのか、全然分からないけれど」
薫と満の会話は、緑の郷に来たばかりの頃のようであった。
しかし昔はあった、緑の郷を小馬鹿にしているような雰囲気は
今の二人の会話にはない。
「でも、きっと何かの意味はあるんでしょうね。分からないけど」
「ええ、そうね。普段からこまめに掃除をしていたら、大掃除しなくても
 いいような気がするけど」
「普段の掃除ではできないような、高いところまで掃除するのが大掃除の醍醐味なんだそうだ」
「はい?」
「みのりが言ってた」
「そう。……『薫お姉さん背が高いから羨ましいな、みのりも薫お姉さんみたいになりたーい!』
 なんて言われたとか」
薫は顔を赤らめて視線を下にし、何も答えなかった。「……言われたんだ」
更に続けた満の言葉にも何も言わない。
「み、満だってメロンパン欲しさに何かしたんでしょ。6つなんて残りすぎ……」
「してないわよ、私は。私の姿を見た人がメロンパンを買うのを諦めたかもしれないけど、
 積極的には何もしてないわ」
「そう」
どうでもいいわ、くだらない。昔の薫ならこう言っている。
しかし今は、そのくだらないことがひどく大切なものに思えた。
みのりと話し、メロンパンを食べるような生活こそが。

「ねえ満。ちょっと、学校に行ってみたい」
「そう? それなら、行きましょうか」
夕凪中は校門を固く閉ざしていた。二人の力なら中に入ることもできるが、それを
しようとは思わなかった。

普段なら休みの間でも何人かの先生が学校にはいるものだが。
大晦日ということでさすがに誰もいないのだろうか。
校舎はしんとしたまま、風に曝されている。

「もう一週間もすれば、またみんな戻ってくるのね」
「そうね……今の様子とあの様子はとても繋がらないけど」
ひっそりと佇む校舎の様子はどこか侘しいもので――特徴的な三角の形が
人のいないときの侘しさを増幅させているような気もした――普段の賑やかな、笑い声の絶えない、
健太と宮迫の漫才が始まったときには笑い声の途切れるあの学校の様子は
中々想像するのが難しい。
しかし学校には時とともに必ず人が戻って来ることを、満も薫も知っていた。

日が暮れる。
家々の明かりが目立つようになってきた。
満と薫はひょうたん岩を目指して歩く。途中、舞の家の前を通った。
窓から漏れる光が暖かい。
もし、玄関から入っていったとしたら――あるいは、窓から入っていったとしても――
必ず二人は受け入れられるだろう。
少し疑問に思われることはあっても、必ず暖かい部屋の中に入れてもらえる。
入れてもらうかどうか、選ぶのは満と薫である。二人はそれも知っていた。

ひょうたん岩の上は少し寒い。
波は今日も変わることなくひょうたん岩を削っている。二人はPANPAKAパンの袋を開け、
夕食を食べた。
「薫、明日はね」
「うん」
「朝昼晩とメロンパンを食べるわよ」
「……今日は?」
「今日は一つだけ。明日の朝も、一つだけ。明日の昼と夜、二つずつ食べるの。
 お正月だそうだから、すこし贅沢して」
「そう。頑張って」
くだらない、つくづく、くだらない。
多分満が言っていることは誰が聞いても下らないことなのだが、
しかし薫はそれを「下らない」と言う気にはなれなかった。
満が楽しそうならそれでいいと思っていた。


太陽はすでに沈み、ひょうたん岩の上には星が輝いている。
「後で」と咲と舞が言っていた時間、その時まで満と薫はひょうたん岩の上にいた。

時間になった。満と薫はひょうたん岩から飛び立つと、待ち合わせ場所のPANPAKAパンを目指す。
舞はもう来ていた。厚手のコートでしっかりと防寒している。
リュックらしきものも背負っていた。

「ごめん、お待たせ!」
咲がやってくる。まだ眠いようで、どこか目がとろんとしていた。
「今日は起きられたのね」
「絶対起きられないと思ってた」
薫と満が口々に言う辛らつな言葉にも咲はあまり動じた様子もなく、
「だって、今日は一年に一日だけの特別な日だから。
 その、前一度失敗しちゃったから今日はちゃんと寝たし……」
満と薫には分からないことであったが、咲が言っているのは舞と二人でカラオケ大会に
出たときのことだった。

――咲、気をつけてくれてたんだ。
舞は唯一、咲の言葉の意味が分かった者として
「咲、頑張ったのね」と言う。
満と薫は顔に疑問を浮かべていたが、
「じゃあみんな、行こうよ!」
という咲の声に背中を押されてそのまま歩き出した。

四人と、フラッピチョッピ、ムープフープの精霊達がたどり着いたのは
大空の樹の下であった。
まだ空は濃紺色に沈んでいる。

「間に合ったね」
「しばらく時間がありそうね」咲と舞が口々に言う中、咲の鞄からムープとフープが飛び出した。

「楽しみムプ〜」
「フープも早く見たいププ!」
フラッピとチョッピも元の姿に戻り、いつものように大空の樹の周りではしゃぎ回っている。

「はい、満さん薫さん。それじゃ寒いでしょ?」
舞はリュックの中からマフラーを取り出した。いつか貸してもらったものと同じだ。

「ありがとう」満と薫も素直に受け取る。
「それと……」
舞は更に、水筒を出した。
「あったかい紅茶つくってきたの。コップも4つ分用意してきたから」
魔法瓶になっている水筒から、湯気を立てて紅茶がコップへと注がれる。

「さっすが舞、気が利くね!」
「……はい、咲も、満さんも薫さんも」
紅茶は熱いと言える程の温度で、何かの果物の香りがする。
初めて飲む味だったが、満と薫にはおいしく感じられた。

「あとどれくらい? 空の様子が少し変わって来たようだけど」
薫の質問に舞は左腕の腕時計を見る。「もう、すぐのはずよ」

咲、舞、満、薫の四人は東の空を見た。待っていたものが現れた。
東の空に現れた大きな太陽は、微かに姿を見せた途端に地上を明るく照らし出した。

「私初日の出って初めて見た!」
「私もよ!」

朝日の光は満と薫にも注いでいる。太陽が甦った、と満は何となく思った。
「……きれいね」「ああ」
満と薫にとっても、初日の出は初めてのものであった。

「うーん、今年はいい年にするぞ! 早寝早起きして、遅刻もしないようにするナリ!」
咲が日光の中でうんと伸びをする。
「咲、すごい目標ね!」

――それは無理な目標と言うんじゃないかしら……。

満はそう思ったが口には出さずに、隣の咲の真似をして一つ伸びをした。


-完-

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