くしゅん、くしゅと満は小さなくしゃみを二つした。
学校へ行く、風が枯葉を運んでいる道でのことだ。
口元に手を当てていたがやがてもう一つ、大きなくしゃみが満の口から出てきた。

「大丈夫、満?」
前を行く咲が振り返る。満と薫は毎朝PANPAKAパンでお弁当代わりのパンを買っていくので
咲と一緒に登校することもある。今日は時間が合って舞も合流していた。

「風邪じゃない?最近急に寒くなってきたものね」
「寒くなるのと風邪とは関係があるの?」
手で口を覆って下を向いていた満が舞の言葉に目を上げた。

「えーっと、そのう……寒くなると体の抵抗力が弱るから」
「うん」
「普段は風邪引かないような状況でも風邪を引いちゃうんだった……かな?」
舞の言葉はだんだん自信がなさそうに弱くなっていった。

「そういうものなの」
「うん、そうだよ」
ここは私が断言しないと――と思ったかのように、咲は薫に言い切った。

「だから、寒くなってきたら健康には気をつけないとね」
「そうププ!」
薫のかばんの中からフープがぴょんと飛び出した。

「フ、フープ出ちゃ駄目だって!」
咲が慌てている間に薫がフープを掴んですっとかばんの中に押し込む。
「ちなみに風邪ひいたときは、ネギを首に巻いたりするといいププ」
鞄の中からフープの声が聞こえてくる。

「それテレビで知ったの?」
「そうププ!ワイドショーで紹介してたププ!」
咲と舞は聞こえてくるフープの声に苦笑した。

「ネギは避けたいわね……それで、この寒さはいつかどうにかなるの?」
満が話を無理やり元に戻す。
「いつかどうにかって、」
「春が来れば、寒さは和らぐわ」
「いつ来るの?」急いたように満が尋ねる。

「えーっと、後半年くらい?」
「そこまではなくても……四、五ヶ月かな」
咲と舞が口々に答える言葉を聞き、満は「そんなに」とうな垂れた。

「満……ぶっちゃけはっちゃけ、まだまだ寒くなるなり」
「え!? まだまだ!? 寒いのはこれで十分でしょ!?」
「うーん、でも寒くなるよ……これからが冬本番だし」
「緑の郷って厳しい世界よね」
がっかりとした表情で満は呟いた。

「空の泉は違うの?」
舞の問いに薫が答える。
「アクダイカーン様が支配されていた頃は全てが死んでいたから、季節の変化なんてなかったわ。
 今も、ずっと春めいた気候みたい」
「へえ、そうなの」
「泉の郷は命を生み出すためにいっつも春みたいな陽気ラピー!」
咲のコミューンの中からフラッピの声がする。

「そっか、空の泉からこっちまで来ると寒く感じるよね……あ、そうだ満」
「何?」
「今日のお昼、お弁当分けてあげる」
「いいわよ、別に。いっつも足りてないんだから咲は」
「う……いやでも、風邪に効くいいものを今日は持ってるなり」


咲が持ってきた「いいもの」は蜜柑だった。メロンパンを食べ終えた満に「はいこれ」と
渡す。
「これは? 果物?」
「うん、そう。ビタミンCが一杯入ってて風邪をひいたときにはいいんだよ!」
「ふうん、そうなの」
そう言ってそのままかぶりつこうとした満を咲が慌てて止める。

「ん?」「それは皮を剥いて食べるんだよ、ほらこうやって」
蜜柑のヘタの部分に指を差込み、咲はゆるゆると皮を剥いて見せた。
中に入っている一房を満に渡す。

「はいどうぞ」
「これはもう食べていいの?」
「うん、そのままぱくっと」
言われるまま、満は口の中に蜜柑を入れた。少し酸味のある、全体としては甘い味が
口に広がる。

「おいしい……わね」
「そうでしょ? じゃあ、全部剥いてあげるね」
「いいわ、自分で剥くから」


「それにしても……」
そんな二人を横目に見ながら薫が舞に話しかける。
「これから、もっと寒くなるんでしょう?」
「ええ、そうね」
「何か対策を取らないと……今のままでも結構寒いのに」
「コートとかマフラーとか、そういうのを着ると大分違うと思うけど」
「それは、何?」
「ええと……」
舞はかばんの中に手を入れると雑誌を取り出した。
「この冬流行のファッションを大特集!」という文字が表紙に躍っている。

「そういうのっていつも持ち歩いているの?」
「あ、これは今描いている絵の資料にしようと思って……」
言いながら、舞はぱらぱらとページをめくっていった。
薫が舞の脇から雑誌を覗き込んでいる。
「こういう風に、今着ている服の上から着ることで寒さを防ぐの。
 マフラーって言うのは、この首に巻いている」
「なるほど……」
雑誌はブランド品の宣伝も兼ねているから、写真の横に小さく値段も乗っている、訳である。

――しかし、高いな……
薫は口に出さず、一人物思いに耽った。


「舞、頼みたいことがある」
「どうしたの?」
放課後、満と薫が舞の席に寄ってくる。咲もその前で二人を見上げていた。
「さっき満と相談していたんだが……、私たちには緑の郷で売っている防寒具はとても
 手が出ない」
「そ、そう……」
「滅びの力で作ることも可能だが、滅びの力で作ったものは二、三日で消えてしまう」
「へえ、そうなんだ」
「そこで、そのマフラーというのの作り方を教えてほしい。
 その雑誌には、手作りマフラーで彼をゲットだのということが書いてあったが」
「もちろん、いいわよ!」
「あ、私も私も! 私も教えてあげるなりー」
咲の言葉に満はやや眉を顰めた。「え……遠慮しとくわ」
「どうして? 私も編み物できるよ」
「舞の方が上手だから。どう考えても」
薫がさらりと本当の事を言う。
「あ……あははは……」
舞が力なく笑った。

部活がある咲を置いて三人は学校を出ると
毛糸を買い込み――これはアルバイトのお金で買った――舞の家へ向かう。
まだ誰も帰ってきていない舞の家はしんとしずまり返っていた。

「ごめんね、寒くて。今暖房つけるから」
荷物を置きエアコンのスイッチを入れる。満と薫は静かに舞の準備ができるのを待っていた。
「まず、編み物っていうのは基本的に……」

元々が、器用な二人である。小一時間もすれば基本的な編み方はすぐにできるようになった。

「そうそう、二人とも、そんな感じ。マフラーっていうのは四角く編んでいくだけだから、
 後はもう好きなように編んでいけばいいのよ」
「好きなように……ね」
呟きながら、薫は編み棒を動かした。ふっと舞の手に目を留める。
「舞は何を編んでいるの?」
「咲に、編んであげようかなって」
「咲、持ってるんじゃない? マフラー」
手元から目を離さずに満が言う。持ってると思うけど、と舞は答えた。

「マフラーっていくつか持ってると選べるから」
「ふうん」
あまり興味なさそうに満は答え、またもくもくと編み棒を動かした。


満と薫のマフラーが編みあがったのは舞の家で習ってから二日後。
丁度木枯らしのような冷たい風が吹いている朝、二人は空の泉を出て緑の郷に着いた途端
自分達のマフラーを巻いた。

「あ、満お姉さんと薫お姉さんおそろいのマフラーしてる!」
PANPAKAパンにいくと、みのりがすぐに二人の新しいファッションを批評する。
「いいな〜おそろい可愛い」
首に巻き、下のほうに長く垂らしている薫の空色のマフラーをみのりは手で撫でた。

「お姉ちゃんが、薫お姉さんたちが手作りでマフラー作ってるって言ってたけど、
 それってこれなの?」
「そうよ」
「いいなー、上手で。みのりも欲しいな……」
「……」

「薫? 早く今日のパン選びなさいよ。遅刻するわ」
満にせっつかれて薫はみのりを見つめていた顔をぱっと上げた。


「何してるの?」
空の泉――薫がまた編み棒を動かしている。
「みのりに編んであげようと思って」
「そんなことだろうと思った」
呆れたように満は呟く。「あの子には甘いんだから」
「満、用事じゃないならちょっと黙ってて。集中して早く仕上げたいの」
「はいはい」空の泉に沈黙が流れた。

「おっはよー、満、薫!」
翌朝PANPAKAパンに行くと――、咲がもう学校に行く支度をすっかり済ませて
店の前で待っていた。
「珍しいわね、部活もないのに早いなんて」
「今日はみのりが課外授業か何かで早く行くから、一緒に起きたんだよ」
「いつもそうだったらいいのにね」
「うっ……」
「みのり、今日は居ないの?」
「うん、もう出ちゃった……何か用事だった?」
明らかに残念そうな薫の様子を見て咲は何かあるのかと心配になる。

「帰ってきたら渡しておいて」
薫は咲にどさっと紙袋を渡した。
「ん? みのりに? いいけど、何?」
「マフラーよ。薫が編んだ。みのりちゃんが欲しがってたから、ね」
答えそうにもない薫に代わって満が言った。
「ええっ!? そうだったの!? ありがとう薫! 絶対渡すよ、でもごめんね、
 迷惑だったんじゃない?」
「そんな……ことはないわ」
「じゃあ帰ってきたら、必ず渡すね。薫の手作りだよって。
 うわあ、みのり喜ぶだろうなー」
「ああ、……頼む」

咲が部屋に薫の編んだマフラーを置きに行き、満と薫がパンを買い終えると
三人は学校に向けて出発した。

「そういえばそれ、舞の編んでたマフラーね」
満が咲の巻いていたマフラーに目をつける。
「うん、昨日貰ったんだ。すごく暖かいんだよ」
「あ、咲ー! 満さん薫さん、おはよう!」
三人の姿を見つけて舞が小走りに走ってきた。

「あ、舞……」満は鞄の中から紙袋を取り出す。
「これ、あげる」
「ありがとう……って、これは?」
舞は紙袋を持って怪訝な顔をした。

「マフラーよ。編み方、教えてもらったし――」
昨日は薫が相手してくれなくて退屈だったしね、満は小さな声で呟いた。

「ありがとう満さん! 早速、着けるね!」
咲が手伝い、舞はマフラーを首に巻いた。
「すごく暖かいわ」
「そう」

ぱん、とフラッピがコミューンから飛び出した。
「咲、マフラー編んでないの咲だけラピ〜」
「えええええ!? これってみんな編むものなの?」
「咲は不器用だからしょうがないラピ」
「そ、そんなことなーい! あ、分かった、じゃあフラッピたちのマフラー編んであげる!」
「えええええ!? どうせなら舞に編んでもらいたいラピ!」
「なによー、自分から言っといて! 私だってマフラー編めるんだから!
 フラッピたちのサイズだったら小さくていいし」
「遠慮するラピー!」

フラッピはさっとコミューンの中に引っ込んだ。
「まったくもう……」
ぶつぶつ言う咲を囲むように、満と薫、舞が咲と一緒に学校へと向かっていく。

-完-

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